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『努力で世界を取り戻す観測者~灰の巫女と終わりの塔』  作者: ちゃぴ


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第9話  灰律の真核

 光の階段を登るにつれて、空気が変わってい

った。

 上昇するたびに重力が軽くなり、音が遠のい

ていく。

 足音も、心臓の鼓動も、まるではいの中に沈ん

でいくようだ。


「……ここが、塔の中心か」

 はるひが呟いた先に、広がっていたのはーー

空白だった。


 何もない。

 灰でも石でもない、ただ”観測されていない空

間”。

 まるで世界の外側に迷い込んだような感覚。


 その中心に、淡い光の球が浮かんでいた。

 人の頭ほどの大きさ。

 無数の紋様が回転し、静かに鼓動を刻むよう

に光を放っている。


 セレスが息を呑んだ。

「……これが、《灰律の真核》。塔の心臓、灰

神そのもの”記憶”です。」


「これが……神の記録……」

 はるひは一歩踏み出す。

 しかし、足が地に着いた感覚がなかった。

 灰すら存在しない、純粋な”観測の海”。


 シオンが不安そうに後ろを見回した。

「ここ……現実、なんですか?」

「境界よ」セレスが答えた。「この場所は”灰

界”と”原界”の狭間。真核を観測できるのは、観

測者だけ」


 ジルが苦笑した。「つまり俺たちは、おまけ

ってわけか」

「おまけでも、必要なんだ。俺ひとりじゃ、こ

こまで来られなかった」

 はるひの声に、ジルは肩をすくめ、剣を抜

く。「ま、最後まで付き合うさ」



 その瞬間、空間が震えた。

 光球の中から声が響く。

 それは無数の声が重なったような、性別も存

在も感じさせない音。


《観測者はるひ。汝、灰神の眼を得し者。ここ

より先は、記録の領域》

《灰律の創造、世界の終焉、人の堕落。すべて

は”観測”の結果なり》


 声とともに、はるひの脳裏に映像が流れ込

む。

 古代の都市。灰を操る術を持つ民。

 やがて力を求め、灰を”観測の道具”とした者

たち。

 その頂点に立つ、ひとりの観測者ーーセレ

ス。


「……え?」

 はるひが振り返ると、セレスの表情が凍りつ

いていた。


「……やめて……」

 彼女の声は震えていた。

 光球がさらに輝きを増す。


《灰律創造の原初観測者:セレス・ヴェイル》

《灰界の崩壊は、彼女の”観察過剰”によるもの

なり》


「そんな……セレスが、塔を……?」

 ジルが絶句した。

 はるひの頭の中に、断片的な映像が流れる。


 若き日のセレス。

 塔の前で祈りを捧げる姿。

 そして、観測の暴走。灰が溢れ、世界が白く

染まる瞬間。


「……私が……世界を灰にした。観測を止められ

なかったの……」

 セレスは膝をついた。

 その肩を、はるひが支える。


「それでも……俺たちはここまで来た。過去が

どうであっても、今を選べる」

 セレスの目が潤み、震える声で問う。

「あなたは、私を……許せるの?」


「許すとかじゃない。俺は、世界を取り戻すっ

て決めたんだ。あんたも一緒に」


 はるひの手から淡い灰光が滲み出す。

 灰神の眼が反応するように光を放ち、真核が

振動した。


《観測干渉、確認。観測者の意志により、灰律

構文が再構築されます》


 セレスの身体から、灰の光が立ち昇る。

 塔の記録が動き出した。

 過去の記憶が剥がれ落ち、灰が再び”形”を取

り戻していく。


「……はるひ、だめ!あなたが灰に……!」

 せれすの叫びが届く前に、はるひの右眼が光

り輝く。

 神眼が開き、真核に刻まれた命令が見えた。


『観測者、世界を再定義せよ。代償は存在の一

部』


 はるひは微笑んだ。

「代償なんて構わない。俺は、努力でここまで

来た。最後までやり抜くだけだ」


「はるひっ!」


 灰光が爆ぜた。

 世界が反転し、塔の内壁に無数の光が走る。

 灰が溶け、空が現れ、塔の内部に”色”が戻っ

ていく。


 ジルが叫ぶ。「おい! 何が起きてる!?」

 シオンが祈りの声を上げる。「灰が……祈り

に応えてる……!」


 セレスの頬を、涙が伝う。

「あなたは……世界を塗り替える”観測者”になる

のね」


「俺は”修復者”だよ。はいの中に希望を観測す

る、それだけだ」



 光が収束したとき、灰の塔は静かに呼吸して

いた。

 真核は沈黙し、塔の内部は穏やかな青光に包

まれる。

 はるひの身体は膝をつき、灰を一筋だけ吐い

た。


「……やっぱ、ちょっと無理したかもな」

 微笑む彼の右眼は、淡く輝き続けていた。


 セレスが彼の隣に座り、静かに呟く。

「灰律は安定しました。でも、あなたの”存在”

が、少しだけ削れています」

「それでも、まだ動ける。……次の階層が呼ん

でる」


 彼の眼に映るのは、塔のさらに上。

 灰の光の中に、黒い階段が浮かんでいた。

 まるで”神の記録”のさらに上位、未知の領域

へと続くように。


「行こう、セレス。今度こそ、この塔の全部を

観測する」

「……はい。あなたが灰に堕ちても、私は見届

けます」


 灰光が舞う中、彼らは新たな階層へと足を踏

み出した。

 観測者の旅は、まだ終わらない。

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