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『努力で世界を取り戻す観測者~灰の巫女と終わりの塔』  作者: ちゃぴ


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第2話  観測者の印

 灰の荒野を歩くたび、靴の底から「ざくっ」

と鈍い音が響いた。

 粉のように舞う灰が喉に入り、息をするのも

苦しい。

 それでもーー立ち止まるわけにはいかなかっ

た。


 セレスが言った。「この世界を取り戻すため

に、観測を始める」と。

 それが何を意味するのか、まだはるひには分

からない。

 けれど、行かなければならない理由だけは、

身体が知っていた。


「……この”終わりの塔”、どれくらい遠いん

だ?」


 彼は、霞む地平線の彼方にそびえる塔を見上

げる。

 雲を突き抜けるほど巨大で、まるで空そのも

のを支えているようだった。


「歩いて三日。ですが、途中には《灰獣》《はいじゅう》

がいます」

 セレスが淡々と告げる。

 彼女の足取りは軽く。灰の上を滑るように進

んでいた。


「灰獣……それって、モンスタ-的なやつ

か?」


「そう呼ぶなら、近いでしょう。観測を失った

人々の”残骸”です」


 はるひは息を呑んだ。

 灰の世界に、人が”残骸”として存在するーーそ

れはつまり、

 ここでは”死”すらも曖昧な概念なのだろう。


 そのときだった。

 遠くで低い唸り声が響いた。


 灰を巻き上げながら、何かが地を這ってく

る。

 黒い影。骨のように痩せこけ、顔のない獣。

 灰で形作られたその身体は、まるで人の形を

失った魂のようだった。


「灰獣です。……来ます」


「おいおい、初っ端から戦闘とか、チュ-トリ

アルもなし!?」


 文句を言う間もなく、獣が飛びかかってき

た。

 反射的に後ろへ飛び退く。爪が頬をかすめ、

血の匂いが混ざる。

 痛みが、現実を突きつけた。


「セレス、武器はーー!」


 言い終わる前に、彼女が指を鳴らす。

 空間が歪み、灰の粒が渦を巻く。

 そこからーー1本の剣が現れた。


「《灰剣(アッシュブレ-ド)》です。観測者

の印として、あなたに」


 はるひは思わず受け取る。

 剣は軽く、しかし手のひらにビリビリと伝わ

る重みがあった。

 まるで自分の”思考”そのものを掴んでいるよ

うな感覚。


「意識を集中させてください。”見る”ことで

す」


 セレスの声に従い、はるひは息を整えた。

 灰が流れている。

 風のように、光のように、世界の中を走る灰

の流れ。

 それがーー視える。


 《観測同期》、発動。


 視界が一瞬、灰色に染まった。

 獣の動きが遅く見える。

 それが踏み出す前に、はるひの身体が自然に

反応した。


「はっ!」


 灰剣を横薙ぎに振る。

 刃が灰獣の体を貫き、ざらりとした灰が舞い

上がった。

 灰獣は形を保てず、音もなく崩れ落ちる。


 沈黙。

 荒野を満たすのは、再び灰の風だけ。


「……やった、のか?」


「はい。初めてにしては、見事です」


 セレスが小さく微笑む。

 彼女の笑みを見て、ようやくはるひは息を吐

いた。

 心臓がまだ暴れている。

 手が震えて、剣を握る力も抜けそうだった。


「これが、”観測者”の力……?」


「いえ、これは始まりにすぎません。

 あなたの灰律は、まだ眠っています」


 セレスは灰剣を見つめながら、静かに続け

た。


「灰堂 はるひ

 あなたが戦うたびに、この世界は”少しだけ”

記録を取り戻します。

 それこそが、観測者の存在意義、

 この世界の流れを、再び”見える”ようにする

ことです」


「俺が……世界を”見せる”?」


「はい。努力で、灰を超えてください。

 あなたが見ることで、世界は再び意味を得る

のです」


 セレスの声は不思議なほど静かで、それでい

て力強かった。

 はるひは剣を見つめた。

 刃の表面に、微かに文字のような模様が浮か

んでいる。

 灰律の記号ーーそれはまるで、彼の意思を刻

むように光っていた。


「努力で世界を取り戻す、か。……簡単に言う

なよ」


「でも、あなたはもう一歩踏み出しました」


 セレスが指差す先。

 倒れた灰獣の跡地に、小さな光の粒が浮かん

でいた。

 まるで灰の中から生まれた命のかけらのよう

に。


 はるひは無意識に手を伸ばした。

 光が触れた瞬間、頭の奥で音が鳴る。


 ーー≪灰律容量:12→15≫


 小さな数字の変化が、努力の証に見えた。

 ほんの少しでも、この世界を”取り戻せた”気

がした。


「よし。……もう少し、やれる気がする」


 灰剣を肩に担ぎ、はるひは塔の方向を見つめ

た。

 遠い。果てしなく。

 だが、その距離が不思議と怖くなかった。


 セレスが微笑む。

「観測者は、見るたびに強くなるのです」


「だったら、何度でも”見る”さ」


 灰が風に舞い上がり、彼の視界を包む。

 灰堂はるひはその中を踏みしめ、歩き出し

た。


 努力で世界を取り戻す、その最初の一歩を。


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