第14話 灰遺の都(ミレウス)
――それは、かつて“神々の墓所”と呼ばれた都市だった。
灰堂はるひが辿り着いたのは、南方の大地。
かつて文明が灰に沈んだ際、最後まで“記録”を保管しようとした聖域。
それが、灰遺の都である。
地平線まで続く灰の砂原を抜けた先、黒い塔の残骸が林立していた。
風が吹くたび、灰が舞い上がり、空を覆う。
その下で、はるひたちは慎重に歩みを進めていた。
同行者は、セレス、ジル、シオン――そして新たに合流した一人の青年。
金髪の魔導士、《ライゼ》。
塔の学士であり、灰律研究の第一人者だった。
「ここが……灰神が最後に“記録”を残した場所か」
ライゼが呟く。
「灰律の流れが不自然だ。まるで生き物の鼓動のように動いている」
「観測領域が歪んでる。……感じるか?」
はるひは瞳を細めた。
《観測》が異様な反応を示していた。灰の流れがねじれ、空間そのものが脈動している。
「ここでは“世界”が呼吸してるみたいだ」
「呼吸?」
「うん。まるで、何かが眠ってる。……俺たちを見てる気がする」
セレスが杖を構えた。
「油断しないで。ここは灰神が人間の記録を封じた場所。
彼らにとって“思考”も“感情”も異物だったのだから」
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灰遺の都の入口。
崩れた門をくぐると、内部は静寂に包まれていた。
街の中央には、巨大な円環の構造体。
石造りのアーチの上に、無数の古代文字が浮かび上がっている。
その中心に、灰の光が蠢いていた。
「……記録核だな」
ライゼが呟いた。
「灰神の時代、人間の魂や記憶をこの核に“転写”していたという。
その一部が今も稼働している」
「つまり、灰神の意識がここに?」
「可能性は高い。あるいは、かつての“観測者”の残滓かもしれない」
その瞬間、街全体が軋むような音を立てた。
地面が揺れ、灰光が弾ける。
ジルが短剣を抜いた。
「やばい……! 来るぞ!」
灰の霧の中から、無数の影が現れた。
人の形をした灰像――しかし、その目は光を失っていた。
「《灰影の記録兵》……!」
セレスが叫ぶ。
「記録された兵士の意識が、灰に飲み込まれた存在です!」
「つまり、元人間ってことか」
「ええ。でも今は“記録”として動いている。倒すしかない」
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「ジル、右から! シオン、結界を固定!」
「了解!」
「《聖灰防壁》!」
シオンの祈りが空間を包み、淡い光が霧を切り裂く。
その隙間を縫うように、ジルが疾走した。
短剣が灰像の喉元を貫くが、灰の体は崩れず再生を始める。
「くそっ、再構成してやがる!」
はるひが前に出た。
瞳が淡く輝く。
《観測》――発動。
灰像たちの内部構造が視界に浮かぶ。
核となる灰律が、心臓部に刻まれている。
「《観測解析・灰核照準》!」
灰剣が蒼く光を放つ。
はるひは剣を振り抜き、最前の灰像を貫いた。
灰光が弾け、兵士は沈黙する。
「核を潰せば止まる!」
「了解だ!」
仲間たちが連携して動く。
セレスの魔力が走り、ライゼが詠唱を開始する。
「《灰律変換・共鳴場》!」
空間に魔法陣が展開され、灰の波が共鳴する。
灰像たちが一斉に動きを止め、構造が乱れる。
「今だ、はるひ!」
はるひは走った。
《観測拡張》を発動し、全ての灰像の核を同時に捉える。
灰剣が一閃し、閃光の軌跡を描いた。
――轟音。
灰像たちが崩れ落ち、灰の粒子となって風に舞った。
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静寂が戻る。
セレスが杖を下ろし、周囲を見回した。
「……終わった、みたいね」
「いや、まだだ」
はるひが中央の記録核を見つめる。
灰の光が、まだ脈動している。
まるで“心臓”のように。
「これは……?」
ライゼが魔力計を確認し、顔をしかめた。
「反応が異常だ。灰律が自律的に再構成してる。まるで、誰かが“中から”操っているようだ」
その瞬間、光が弾けた。
空間がねじれ、灰の風が渦を巻く。
地面が裂け、中央に巨大な紋章が浮かび上がる。
《観測者――灰堂はるひ。記録へようこそ》
空間に、声が響いた。
それは、懐かしい声。
だが、温度はない。
「……まさか」
セレスが息を呑む。
灰の光の中から、ひとりの“影”が歩み出た。
灰堂はるひと瓜二つの姿。
だがその瞳は、完全に無機質だった。
「灰神の……コピー!?」
「いいや」
影が微笑んだ。
「俺は、君の“観測記録”。君が積み上げてきた記憶そのものだ」
はるひは一歩前に出る。
「記録が……人格を持ったってのか」
「そう。人が神を観測し、神が人を模倣する――その果てに生まれた“もう一人の君”だ」
灰の風が吹き荒れる。
影のはるひが灰剣を構えた。
その刃は、まるで神の残響そのもののように輝いている。
「証明しよう。
どちらが“本当の灰堂はるひ”か」
灰界の風が唸り、
観測者と記録の戦いが始まろうとしていた――。




