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『努力で世界を取り戻す観測者~灰の巫女と終わりの塔』  作者: ちゃぴ


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第11話 神記の門

 ーー灰が静かに流れていた。

 塔の最深部。そこにあるのは、ただ一枚の

扉。

 黒く、重く、そして、永遠に眠るような静寂

を纏っている。


 扉の上に刻まれた古代文字が淡く光りを放ち、

空気が震えた。

 《神記の門》ーーそれは、灰神の記録へと至

る唯一の道。


 はるひは、その前に立ち、灰剣を地に突き立

てる。

 背後ではセレス、ジル、シオンが息を潜めて

見守っていた。


「……ここが、最深層か」

 灰神の眼が微かに光を帯びる。


「ここから先は、”神”の記憶。

 観測を誤れば、あなたの存在が上書きされ

る」

 セレスの声には、微かな震えがあった。


 はるひは笑った。

「上書きされるってことは、それだけ”近づけ

る”ってことだ。

 この世界の真理に」


 ジルが鼻を鳴らす。

「お前、本気で神とやり合うつもりかよ。人間

の限界、超えてんぞ」


「限界は、自分で決めるもんだろ」

 そう言って、はるひは灰剣を構える。


 灰が渦を巻き、扉の中心に小さなえんが生まれ

た。

 そこから声が響いた。


《観測者はるひ。問う。お前は神を視る覚悟を

持つか》


「持ってる。……俺は”人として”、世界を観る」


《ならば、門を開け。汝の記憶と引き換えに》


 その瞬間、灰が弾けた。

 はるひの足元に灰文字の陣が広がり、光が身

体を包む。

 記憶が削られていく感覚。

 それでも、かれは目を逸らさなかった。


 扉が軋み、静かに開いた。



 そこはーー光の海だった。

 灰ではない、純粋な”記録”の光。

 無数の線が空間を満たし、形のない神々の声

が響いている。


《記録は記録を喰い、観測は世界を形づくる》

《我らは創造の残響。灰神は記録の終焉》


 その中心に、一つの存在が立っていた。

 灰でも光でもなく、ただ”観測そのもの”の

形。


「……お前が、”灰神”か」


《否。我は灰神の残滓。神記を守るもの》


 声が重なり、空間が揺らぐ。

 その姿は次第に人の形を取り始めた。

 白銀の髪、灰色の瞳ーーはるひに似ていた。


「……俺?」


《そうだ。お前は観測者。過去すべての観測者

の”写し身”》


 はるひの中で、灰神の眼が共鳴する。

 記録が流れ込み、過去の観測者たちの声が響

いた。


「我らは真理を求め、神を観測した」

「だが、神は記録を拒絶した」

「観測は、世界を壊す」


 それは、無数の”失敗”の記憶。

 セレスが言っていた通りだ。

 観測は、神を殺し、世界を灰に変えた。


 だが、はるひは拳を握った。

「同じ道を巡る気はない。俺は、壊すためじゃ

なく、”救うために”観測する」


《救う?》


「ああ。灰の塔も、灰界も、セレスも……全

部、元に戻したい」


 灰神の残響が沈黙する。

 やがて、光が強くなり、空間が震えた。


《ならば、見せよう。神記の記録ーー創造の真

理を》



 視界が反転した。

 世界が形を持つ前。

 灰も、光も、時間すらも存在しない場所。


 そこに、一つの”声”があった。


《観測とは、神の目である。

 神は己を観測できぬ。ゆえに、世界を造っ

た》


 無から生まれる”存在”。

 それは観測のための鏡。

 神が自らを知るために生み出した、”人間”だ

った。


《人は神の代理観測者。世界は記録、生命は

眼》


 セレスの声が遠くから響く。

「……そう、だから私たちは……観測を続けた……

でも……」


《観測は飽和した。神は己の存在を完全に記録

し、矛盾を生じた》

 《矛盾の果てに、灰が生まれた》


 それが、”灰律”の起源。

 神の記録が崩壊し、世界が灰へと還った。

 灰界とは、神が己を見つめすぎて壊れた”記録

の残骸”。


 はるひは、息を吞んだ。

「……神もまた、観測に耐えられなかったの

か」


《ゆえに、人間がその役を継ぐ。

 観測を再び始めよ、人の観測者よ。

 灰神は、お前の中で再び生まれる》


 光が収束し、灰がはるひの胸に流れ込む。

 灰神の印が輝き、彼の右眼が完全に変化し

た。


「これが……神記の眼……」


 セレスが駆け寄る。

「はるひ……あなた、神の情報を取り込んだの

ね……!」


「ああ。でも大丈夫だ。まだ俺は”人間”だ」

 微笑むその瞳の奥に、灰と光りの二重の輝きが

宿る。



 その瞬間、塔全体が震えた。

 上層から轟音が響き、灰の風が吹き抜ける。


 ジルが叫ぶ。「おい、塔が崩れるぞ!」

 シオンが祈りを紡ぐ。「灰律が……変化して

る……!」


 セレスがはるひを見る。

「神記の門が閉じようとしている……!」


「まだだ。まだ終わってない」

 はるひは扉に向かって駆け出す。


 灰神の眼が閃き、観測式が展開された。


《灰識展開ーー再構築律・零式》


 扉が爆ぜ、灰光が世界を包む。

 塔の外まで、光が届いた。


 崩壊しかけた灰の塔が、静かに再生を始め

る。

 灰が逆流し、塔が形を取り戻す。


 はるひの足元に、淡い光の紋章が残った。

 それは”新たな灰律”の印ーー 人の意志で神を

超えるための、新たなルール。



「……やったのか?」

 ジルが呟く。


 はるひは静かに頷いた。

「これで、灰神の記録は更新された。

 次の観測は……”俺たち”のものだ」


 セレスが微笑み、静かに言った。

「あなたが見た神の記録……それを人の手で書

き換えた。

 ーーこれが、本当の”灰律の異端”ね」


 はるひは笑う。

「異端でも構わない。灰が世界を壊すなら、俺

がそれを救う」


 灰光がゆっくりと消え、塔の中に朝のような

光が差し込む。


 シオンが祈りを捧げ、ジルが笑う。

「……やれやれ、こっからどうなるんだ?」


「まだ続くさ。灰界の奥には、まだ”神の記憶”

がある。

 次は、それを俺たちの”観測”で上書きする」


 灰神の眼が静かに輝く。

 その奥で、神と人の境界が、少しずつ溶けて

いった。

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