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『努力で世界を取り戻す観測者~灰の巫女と終わりの塔』  作者: ちゃぴ


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第10話 灰界の記憶

 ーー灰の塔の上層へ。

 そこは「記憶の階」と呼ばれる領域だった。

 扉をくぐった瞬間、空気が冷たく変わり、足

元の灰が水のように波打つ。


 灰は過去の残滓。

 ここに流れているのは、塔が飲み込んだ世界

の”記録”だ。

 音、光、記憶、痛みーーそれらが灰として沈

殿している。


 はるひは灰神の眼を細め、静かに周囲を見渡

す。

 眼が開くたびに、灰が文字や映像となって空

中に浮かび上がった。


「ここが……”灰界の記憶”か」

 呟いた声が、塔の奥でこだました。


 セレスが慎重に周囲を観察する。

「塔は記録を失っていた。けれど、あなたが灰

律を再構築したことでーー封じられていた”記憶”

が流れ出したの」


「つまり、世界の真実がここにあるってこと

か」

「ええ。ただし、見る覚悟が必要です」


 はるひは頷き、灰に手を伸ばした。

 触れた瞬間、視界が反転した。



ーー気づくと、彼は別の場所に立っていた。


 石畳の街路。人々の笑い声。

 空には青空、風は温かい。


 それは懐かしいようで、見たことのない風

景。

 セレスの声がどこからか響いた。


『これは、灰界が生まれる前の記録……”原界の

時代”です』


 街の中央に、巨大な塔が建設されている。

 今の灰の塔と同じ形ーーいや、それよりも美

しかった。

 白銀の外壁に、金の紋章。塔は人類の象徴と

して建てられていた。


 その名はーー観測塔アルカ・リゼ

 世界の理を観測し、神々の沈黙を破るために

作られた塔。


 その中を歩く一人の少女。

 白い髪、静かな瞳。今のセレスに酷似してい

る。


「……セレス?」

 彼が呼ぶと、少女が振り返った。

 けれどその顔は穏やかで、まだ灰を知らない

光を宿していた。


『これは、わたしの過去。灰律を作る前の……

”原初のセレス”よ』

 声だけが響く。

 記憶の中の少女は仲間たちと笑い、塔の設計

を指示していた。


『人類は神を超えられる。観測すれば、真理に

届くーー』

 それが、彼女の理想だった。


 だが、映像はやがて歪み始める。

 塔が完成し、灰を媒介とした”観測儀式”が始

まった瞬間。

 世界の色が消え、空が崩れ落ちていった。


 人々が灰に変わり、街が無音になる。

 セレスが涙を流しながら手を伸ばす姿が映

る。


『観測は……世界を壊す……!』


 塔が光を放ち、灰界が生まれた。

 そこが、はるひたちの今いる世界の原点だっ

た。



 映像が終わり、はるひは再び灰の階に戻って

いた。

 膝に手をつき、息を整える。


「……これが……灰界の誕生……」


 セレスは彼の隣に立ち,俯いた。

「わたしは神を見ようとして、世界を灰にし

た。

 その罪を贖う《あがな》ために、”灰律の管理者”として

塔に縛られたの」


「でも、今こうして俺と歩いてる」

 はるひは微笑む。

「罪を抱えたままでも、誰かを救える。俺はそ

う信じてる」


 セレスは彼を見つめ、少しだけ笑った。

「……あなたは本当に、人間のまま観測できる

のね」


 そのとき、灰の奥から声が響いた。

《記録を見た者よ。次なる観測を望むか》


 塔が再び光り、天井の灰が裂ける。

 そこから、黒い柱が現れた。

 内部に浮かぶのは、無数の”人影”。


 シオンが息を呑む。「これは……人の魂?」

「違う。これ、観測者の残骸だ」ジルが低く呟

く。

 灰神に挑み、塔の試練を超えられなかった者

たちの”記録”。


《観測継承。選ばれし者、灰律を超えよ》


 光の柱がはるひの右眼に吸い込まれる。

 視界に膨大な情報が流れ込み、灰文字が身体

を走る。


「くっ……! まだ観測を続けるつもりか、塔

は……!」

 右腕に灰の紋章が浮かび、形を変えていく。

 それはまるで”契約の印”のように脈動してい

た。


 セレスが叫ぶ。「はるひ、やめて! それ以

上はーー!」

「大丈夫だ。俺は、あのとき決めたんだ」

 はるひは右眼を開き、灰光を放つ。


《灰律第二式・深層解析(ディ-プ・アナライ

ズ) 》


 周囲の記録が動き出す。

 灰が浮かび、かつての観測者たちの声が響

く。

「見ろ、これが真理だ……!」「神は我らを拒

絶した!」

 悲鳴、笑い、狂気、祈り。

 無数の声が彼の頭の中に流れ込む。


 だが、はるひはそれらを受け止め、静かに目

を閉じた。

「全部、観測する。これが”灰界の記憶”なら、

逃げない」


 灰光が爆ぜ、塔の内部に円環が広がる。

 その中心に、ひとつの扉が浮かび上がった。


 黒く、冷たく、何よりも”静か”な扉。

 扉の上には灰文字が刻まれている。


 ーー≪神の残響≫ーー


 セレスが青ざめた。

「その先は……”神の記録”の領域。

 灰神の意識、つまりーーこの世界の創造主

よ」


 ジルが息をのむ。「マジかよ、神と話す気

か?」

 はるひは笑った。

「観測者がここまで来たら、あとは神を観測す

るだけだろ」


 セレスはうつむき、静かに頷く。

「……なら、わたしも一緒に行く。今度は、逃

げない」


 はるひは灰神の眼を輝かせ、黒の扉に手をか

けた。

 灰が渦巻き、空間が震える。

 

 そして、扉が開かれた。



 その瞬間、塔全体が低く唸った。

 灰の塔が再び”観測”をはじめたのだ。

 記録が、意志を持って動き出す。


 灰界の底で、誰かが囁いた。


《観測者はるひ。汝、神を観る覚悟はあるか》


 はるひは静かに答える。

「俺は、人として世界を観測する。灰に染まろ

うともーー」


 その声が、塔中に響き渡った。

 灰界が震え、世界が次の段階へと移り始め

る。


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