お金がなくなったら泥棒を始めるに限る
「あー……金がない……」
安アパートの一室で、俺の状態は最悪の一歩手前だった。
こないだ失業しちまった。
財布の中にはあと何食か分ぐらいの金しか入っていない。
このままじゃ家賃も払えない。大家さんから部屋を追い出されちまう。
そうなったら最悪だから、今は最悪の一歩手前なんだ。
今すぐ金を稼がなきゃならない。
そこで俺が思いついたのは“泥棒”だった。
なにしろそれが一番手っ取り早いからな。
しかし、泥棒をやるにせよ、何から始めるべきか……。
考えた末、俺は形から入ることにした。
形から入るってのは意外に大事だ。
野球をやりたいからまずユニフォームを着る。絵を描くためにまずベレー帽を被る。歌が上手くなりたいからまずマイクを握る。
こういうところから生じるモチベーションってのは結構バカにならないからな。
さっそく俺は、近所のショッピングモールで白の手拭いと唐草模様の風呂敷を買ってきた。買ってから言うのもなんだけど、風呂敷の方はよく売ってたもんだ。
手拭いをほっかむりにして、風呂敷を背負ってみる。
鏡を見る。
「おお……! 泥棒じゃん!」
そこにはどこからどう見ても泥棒な俺がいた。
よし、これならきっと上手くいく。
俺はとりあえず当面の家賃を稼ぐため、町へと飛び出した。
***
泥棒の基本は抜き足差し足、そして忍び足だ。
俺はコソコソと歩き回った。
このままどこかの家に忍び込んで、金を盗んでやる。
不用心そうな家を探していると――
「あっ、泥棒だーっ!」
お下げでスカートを履いた、小学生ぐらいの女の子に声をかけられた。
「ちょっ、シーッ、シーッ」
静かにしろと頼んでも、女の子は大騒ぎする。
すると、これをきっかけに次々と周囲が俺に気づく。
「あら、泥棒だわ」
「うわ、マジじゃん」
「今時こんなレトロな泥棒いるんだな」
どんどん人が集まってくる。
スマホで撮影してる奴までいる。
やめろ、やめてくれ。泥棒が写真なんか撮られたらそれこそ致命傷だ。
誤算だった……。
どこからどう見ても泥棒に見えるということは、周囲からも泥棒に見えるということ。
つまり俺のやったことは「自分はこれから泥棒をします!」と宣伝しているようなものだった。
野次馬連中に囲まれ立ち往生していると、ついに恐れていた人間が現れる。
警察――おまわりさんだ。
俺より一回りは年上そうなおまわりさんがこう言った。
「君は泥棒かね?」
「ええ、まあ」
「私も警官になって長いが、君のような典型的な泥棒スタイルの泥棒を見るのは初めてだよ」
「そうですか……」
「で、何を盗んだんだね? お金? 宝石? それともカード類かね?」
「いえ、まだ何も……」
「なんだ、それじゃ逮捕できないじゃないか!」
「す、すみません」
怒られてしまった。
俺はまだ悪いことしてないのに。いや、悪いことしてるのか? どっちなんだろう。
そうこうしてるうちに、俺を取材したいという記者までやってきた。
「なぜ泥棒を始められたんですか?」
「ええと、お金がなくって……」
「憧れの泥棒はいますか?」
「やっぱりルパンとか、鼠小僧とか……」
「目標金額は?」
「とりあえず、家賃払えるぐらいは盗まないとな、と思ってます」
インタビューまで受けてしまった。
ますます人は増えてきて、話しかけられ、撮影され、取材され、握手まで求められ、もう泥棒どころじゃない。
とうとうこんな人まで俺に名刺を渡してくる。
「もしよかったら、芸能界デビューしてみませんか?」
「はぁ?」
「泥棒タレント……きっと受けますよ!」
正気かと思ったが、俺としても自分の職業を選り好みできるような身分じゃないことは分かってる。
受けるしかなかった。
「じゃあ……やります」
かくして泥棒タレントとしてデビューした俺だったが、今時珍しい昔ながらの泥棒スタイルが受け、まさかのブレイク。
色々なテレビ番組に引っ張りだことなり「前科ゼロ犯の泥棒」「レトロ泥棒」「何も盗まない泥棒」などとあだ名をつけられ、可愛がられた。
警備会社のコマーシャルに、セキュリティに捕まる泥棒役として採用されたこともあった。
「何も盗んでないけど……君たちのハートを盗んじゃうぜ!」
俺が思いつきで放ったこの言葉は流行語大賞にまでなった。
世の中何が流行るか分からないとはいうが、分からないにも程がある。
こうして俺は人気タレントになった。
人気者になってからも決して驕らず、ファンを大切にしたり、地道な活動を続けたりした。なにしろ元が元だからな。謙虚さは忘れてはならない。
クリスマスの日に泥棒の格好で幼稚園にプレゼントを配りに行ったら、園児たちに喜ばれて嬉しかった。
今は人気こそ落ち着いてきたけど、タレントとしての地位は安定したといっていい。
近々、結婚もする予定だ。
そうしたら今のアパートは出て、もっといいマンションに移ろうかな。
今日も俺はほっかむりと風呂敷スタイルで仕事に向かう。
「前科ゼロの泥棒でーっす! どうぞよろしくぅ!」
ファンの声援を浴びつつ、俺はつくづくこう思うよ。
お金がなくなったら泥棒を始めるに限る。
完
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