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顔見せ五千円の男

顔見せ五千円の男

 十七歳の小森少年は好奇心で生きている。危険な目に遭ったことはまだない。面白い噂を聞きつけたら、とことこ調査する。そのため、コンビニでせっせと働いている。好奇心を満たす調査のためにはお金がいる。


「そうねぇ、面白い話ねぇ。あ、うちの娘がなんか言うてたわ。五千円払ったら会って顔を見せてくれる美青年の話。すっごい美青年やねんって」


 パートの西野さんの話に小森少年は食いつき、西野さんの娘さんに会いに行き、情報を聞き出した。


 その娘さんはファミレスのバイトの先輩から聞いたと言うので、そのファミレスにも聞き込みに行った。そしてネットで検索をかけまくった結果、Xでそれらしきアカウントを見つけた。


 アイコンはショートカットの黒髪の後ろ姿。

 アカウント名は「K」だけ。

 プロフィールには「大阪/直見せ顔五千円」。


 小森少年はすぐに「会って顔を見せて欲しい」とDMを送った。料金は先払いでPayPay送金。すると「梅田ルクアイーレのタリーズコーヒーに土曜の十一時にお願いします」という日時と場所が送られてきた。


「目印です」と、黄色の刺繍入りサンディエゴ・パドレスのニューエラの写真も送られてきた。小森少年も「緑色のニューエラをかぶっていきます」と写真を送る。


 よっしゃ、と小森少年はガッツポーズをした。

 一体どれほどの美青年なのか。見せるだけで五千円も取るのだから相当だろう。ルクアイーレのおしゃれな匂いを嗅ぎながらワクワクし、十分前にはホットコーヒーを買って奥の座席に座った。


 待っている間、PinterestでK-POPアイドルの顔を眺める。クラスの女子たちが騒いでいたグループの画像を見て「みんなイケメンで足長いなぁ」と感心する。小森少年はBTSくらいは知っている程度だ。


 小森少年が男性で初めて美しいと感じたのは、ビョルン・アンドレセンだ。

 Netflixで『ミッドサマー』を観て、ビョルン・アンドレセンが美しいおじいちゃんになっているのを見て感動した。


 一緒に観ていた父は「気分悪い映画だ」と鬱になっていたが、小森少年は「あれってハッピーエンドやん」と言ったところ、父は化け物を見るような目で息子を見た。


 今か今かとカフェの入り口を見ていると、黄色の刺繍キャップが見えた。思わず立ち上がる。キャップに黒マスク、白いヘッドホンをつけている。とても細身で、黒いシャツに淡い色のデニムという服装だが、どことなく高級さを感じるのは「美青年だ」という刷り込みのせいか。


 彼はカウンターで飲み物を注文し、アイスコーヒーを持ってスッと小森少年の前に座った。


「どうも、顔見せ五千円です」


 ぼそっと彼は言った。


「来てくださってありがとうございます! 小森草太と申します。草に太いで草太です」


「はぁ、どうも。じゃ、顔……見せます」


 彼がキャップを取った。さらっと黒い髪が額に落ちる。マスクを外し、僕を見た。


 ああ、すっごくキレイな満月か、と僕は直感した。


 透き通るような白い肌、大きな青い瞳、長いまつ毛。二重の幅は広く、下まぶたもふっくらしている。鼻はまるで彫刻で彫ったように整い、唇は自然な薄紅色。眉はすっと細く上向きだ。彼が瞬きをすると、小森少年の鼓動は早くなった。


「はい、じゃあ、これで」


 彼はすぐにマスクをつけてしまった。でも目だけでも強烈な印象の美だ。


「あ、あの。追加で五千円払うので少しお話を聞かせてくれませんか?」


 小森少年が言うと、彼は目を伏せてキャップをかぶり、テーブルに手を置いた。悩んでいるようだ。マスクをずらし、ズズーとアイスコーヒーを飲み込む。


「まぁ、少しだけなら……じゃあ、すぐにここで五千円、PayPay送金してください」


 僕はすぐに送金した。彼の手がちょっとビクッと動く。


「うわ、そんなに早く……あの、お金もらっといてこんなこと言うてごめんやけど、君もっと警戒心とか持たんと詐欺に遭うで」


 そう言った彼の声は、おじさんっぽかった。中川家の弟さんの声に似ている。


「心配ありがとうございます。そこは母から厳しく言われているから大丈夫です。僕はまだ十七ですけど、人を見る目には自信あります。コンビニでバイトしてるんですけど、嫌なお客さんとか顔見ただけでわかります。あの、本当に五千円払っても満足なきれいな顔なのに、どうして芸能界で活動とかしないんですか? あなたほどなら有名モデルとかすぐなれそうなのに」


 はぁー、と彼は長いため息をついた。


「それな。君、変わってるかと思いきや凡人やな。わかってへんなー。こんな周りくどい怪しいことして金もらって顔見せる奴が普通な訳ないやん。俺、めっちゃ人間嫌いやねん。とにかく人と関わりたくない。

 俺な、フツーに生きたいのに勝手に『顔がキレイ』『心もキレイ』とか思い込まれて、ちょっとした態度や、普通に『あー、うん』みたいな相槌しただけで『顔がいいから澄ましてる』と言われる。ルッキズムで悩んでるのは不細工だけやなくて、美形すぎるやつもや」


 満月のような麗しい顔とは裏腹に、話し方はヤンキーっぽい。

 めっちゃ愚痴るなぁ。お金払って愚痴を聞かされるとは。しかし、彼からしか聞けない貴重な話である。


「スカウトとか、君ぐらいの歳の時ようされたわ。でも人間嫌いの俺が、いろんな人と関わる仕事なんてできる訳ないやん……ゲホッ、ゴホッゴホッ」


 ゴホ! と彼は大きな咳をして、アイスコーヒーを飲み込む。


「あと、君、俺の顔見てハーフとか思ったやろ。違うねん。この目の色はジジイの隔世遺伝。ジジイ、ロシア人やったらしい。両親とも日本人顔やねん。弟はめっちゃ日本人顔、母方の弥生顔や。兄貴の俺がジジイの血を全部持って行って、両親どっちにも似てへんから貰い子とか噂されるし、あれめっちゃ気分悪い。それに『ハーフ』って言い方、なんなん。人間の遺伝子がそんなきっちり西洋人と東洋人で分けられる訳ないやろ。人間たどっていけば日本人以外の血も混ざってる。血統主義が『ハーフ』とかいう言葉を生み出すんや。あー、ここ禁煙かぁ。タバコ吸いたい」


 彼は貧乏ゆすりをした。小森少年は黙って聴くしかない。うん、五千円以上は話してくれている。


「この近くに狭い駐車場あんねん。そこ、俺の持ち土地。その金でなんとか人と接することなく暮らせる金額ではあるけど、こんな世知辛い世の中やで、米もまともに買われへんやん」


 彼はアイスコーヒーのカップのフタを開けて、氷を手でつかんで口に入れ、ガリガリ噛んだ。

 この人、口から出る音がすべて大きい。


「老後は静かに一人で暮らしたいから、この顔でちょっと金稼いどこうと思って、顔見せ五千円やってんねん。あ、そうそう。俺の顔見たの広めといてな。基本的に今のとこ口コミで頼ってる。でもこっそり写真撮って来そうな奴は見分けてる。常識ある奴おったら言うといて。あ、なんか君、聞き方うまいからめっちゃ喋ってもうた」


 彼は「すまん」と頭を下げてスマホを手にすると、小森少年にPayPayで五百円送ってくれた。


「じゃあな、少年。あんまり変なヤツと関わったらあかんで」


 そう言って、テーブルに置いていたヘッドホンをつける。


「あ、君、いい子やから名前教えたるわ。俺の名前は薫。じゃあな」


 薫は一瞬だけマスクを下げて、ニコッと笑った。

 満月が光り輝いている。

 ありがとうございます。思わず拝んでしまった。


 この話を小森少年はあちこちでした。すると薫からDMで「調子のんな」と文句がきた。

 

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