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Chapter 8:真名解放 (Liberatio Nomen Verum)

 ——「名は、存在の原点だ。」——

 ——“A name is the origin of existence.”——




 裂け目の囁きが、悲鳴へと変わる。

   Lumen(ルーメン) Rubrum・ルブルム(猩紅の光)が奔流のように噴き出し、視界を焼き尽くす。

   俺と白霧は、崩れた瓦礫の海を疾走していた。


 ……だが、足元が急に揺らぐ。

   地鳴り。空気が歪む。重い圧が全身を覆いかぶさる。


「……妙だ」

   白霧が低く呟く。

   その眼差しが、裂け目の奥の“何か”を鋭く捉えていた。


 ——次の瞬間。

 Lumen(ルーメン) Rubrum・ルブルム(猩紅の光)の粒が闇に明滅する。

   そして現れたのは——


 Extinctio(エクスティンクティオ) Corpus・コルプス(滅魂体)。


 裂け目から異形が這い出す。

   データの狂気が具現化した、捩れた肢体。

   輪郭は崩れ、理性もない。

   ただ“咆哮”だけが、その存在の証だった。


 ……それはまるで、世界が排出したシステムエラーの塊だった。


「……数が多すぎる」

   白霧の声に、焦りはなかった。

   だが、その目の奥に灯る光が、事態の異常性を物語っていた。


 無数の滅魂体が、いっせいに襲いかかる。

   白霧は瞬時にAlba(アルバ ) Noctis・ノクテス(白夜剣)を抜き、銀藍の鎖が光を纏って先頭の一体を貫く。

   ——一閃、そして爆散。


 ……だが、終わらない。

   その奥から、さらに異形が湧いてくる。


「このままでは、持たない」


 彼女は冷静に三体を切り裂きながら言った。

   それでも、裂け目は止まらない。


 同時に——左腕が疼いた。

   Data(データ) Torrent・トレント(データの奔流)が半身へと広がり、

   Fissura(フィッスーラ) Translucida・トランスルシダ(透明な亀裂)が肩口を越えて進行する。


 ——崩壊は、すぐそこにあった。


鏡夜きょうや!」


 白霧が爪を噛み切り、指先から血を流す。

   瓦礫に赤が滴り落ちた。


「お前の状態じゃ、もうもたない!」


 ……なんだと?


 ——今、なんと言った?


「……違う」

   掠れた声が漏れる。


「こいつらは……存在してはならない」


 滅魂体が跳躍する。

   視界が揺れ、時の流れが止まったかのように感じた。


 ——その瞬間、指先が何かに触れた。


 Reformatio(リフォルマティオ)(再構築)


 ——轟。


 世界が崩れた。

   だが、それは破壊でも死でもない。


 これは——「存在しなかった」ことにする力。


 Signum(シグヌム) Terminus・テルミヌス(終焉刻印)が囁く。

   言語を超えた、感覚への“命令”。


「……これは、何だ?」


 問いは独り言のように漏れた。


 白霧の瞳が、わずかに見開かれる。

   そこにあるのは——恐怖。


「……お前……滅魂体の本質に触れたのか……?」


 彼女の声に震えが混ざっていた。


「滅魂体の本質……?」


 返したその瞬間——

   裂け目が再び脈動する。


 Lumen(ルーメン) Rubrum 《・ルブルム》(猩紅の光) が世界に染み込み、

   Data(データ) Torrent・トレント(データの奔流)が狂気の奔流となって暴れ出す。


 異形の触手が裂け目から溢れ、

   滅魂体が更なる凶暴性を帯びて出現する。


 白霧が剣を構える。


「来るぞ——!」


 だが、俺は動かなかった。

   胸の奥で、何かが引っかかっていた。


 恐怖でも戦慄でもない。

   それは——拒絶。

   生理的な嫌悪。存在そのものを拒む感覚。


 こいつらは——Error(エラー) Systema・システマ、すなわち滅魂体の具現だ。


 ならば、俺は?


「……終わりだ」


 指先が空をなぞる。

   まるで、世界の縫い目に触れるように。


「コード解析:Reformatio-α——因果分岐点の再構築プロトコルを起動」


 脳内に構造図が展開され、

   同時に空間が微かに逆巻いた。


 指先が空を割く。


Reformatio(リフォルマティオ)

   ——Liberatio(リベラティオ) Nomen(・ノーメン) Verum・ヴェルム(真名解放)」


 ——ガキィン!!


 破滅の音が響いた。


 Collapsus(コラプスス) Conceptus・コンケプトゥス(概念崩壊)

   見えざる刃が空間を割き、

   滅魂体を染め上げるデータ嵐が放たれる。


 Regio(レギオ) Deletio・デレティオ(削除領域)が形成され、

   触れたものすべてが“存在しなかった”ことになる。


 苦しみもない。死もない。

   ただ——痕跡が残らない。


 消すのではない。

  “存在したことをなかったことにする”。


「Rewrite——この未来ごと、消し飛べ!」


 世界に染みついた罪も、狂気も、歪みも。

   全てを、俺が書き換える。


 白霧が息を飲んだ。

   滅魂体の群れが、まるで初めから存在しなかったかのように霧散する。


 Lumen(ルーメン) Rubrum・ルブルム(猩紅の光) は色を失い、

   裂け目の囁きも止み、世界は静寂に還った。


 だが、そのとき。

   俺の内側が大きく揺れた。


 この力は何だ。


 これは、俺のものか?


 それとも、俺を創った“誰か”のものか?


 俺の意志ではない。

   Codex(コーデクス) Terminus・テルミヌス(終焉コード)も、肉体も。

   なのに——Reformatio(リフォルマティオ) だけは、まるで俺の一部のように動く。


 ……錯覚か?

   あるいは、忘れているだけなのか。


 最初から知っていたのか。

   ——“この先”がどうなるかさえも。


 ——ズキン。


 胸が焼ける。

   膝が折れかける。


「……この力……何なんだ」


 白霧が血まみれの手で一歩近づき、震えながら告げた。


「……まさか……」

  「お前、直接Deletio(デレティオ)したのか……?」


 血を流しながらも、彼女は俺に歩み寄る。

   その目は、ありえないものを見てしまった者のそれだった。


 ……そして。


 俺が、自分の掌を見下ろした瞬間——


 脳裏に、声が響いた。


「——お前の名は……」

  「九重(ここのえ)……鏡夜(きょうや)


 ……心臓が、大きく跳ねた。


 過去の断片が一気に脳を突き刺す。


 ——燃えるNova(ノヴァ) Tokyo・トーキョー

   ——崩れる高層ビル。

   ——白霧の背中。

   ——紅蓮の怒声。


 ……俺は、誰だ?


 いや、もう分かっている。


 俺は、「九重 鏡夜」。


 そして、これが——


「Liberatio Nomen Verum」


 真名解放。

   すなわち、俺が世界に再定義された瞬間だった。

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