Chapter 5:終影滅刃 (Terminus Umbra)
——「一振りで、未来すら断て。」——
——“With one strike, even the future can be severed.”——
「……なっ」
あいつが、息を呑んだような気配を放つ。
紅蓮の烈焰が、飲み込まれた。
俺の Data Torrent(データの奔流)が戦場を覆い、空間の境界が解体されていく。
紅蓮の身体が、裂け目の向こうに沈みかけていた。
——逃がさない。
「燃え尽きろ……この現実の残骸が」
紅蓮の狂気が爆発する。
Reformatio(再構築)——Overload(過負荷)。
灼熱の獄焰刀が、赤黒の炎壁を生み出し、世界を喰らおうと牙を剥く。
俺のデータ嵐と正面からぶつかり合い、災厄の渦が広がる。
「オォォォォォ……!」
紅黒の衝撃が押し寄せ、空間が捩じれ、大地が裂ける。
——崩壊の波。
「崩波。」
焦土が砕け、地が軋む音が響いた。
「獄焰」対「再構築」——力と力の正面衝突。
俺は、一歩踏み出した。
「これが……Reformatioか。」
あの時、左腕を捨てて得た“代償”。
その果てに、今がある。
限界は近い。
虚像が崩れ、存在の輪郭が乱れていく。
時間が、溶け始めていた。
「闇刃、再構築。」
剣が紅黒の光に変わり、線のように形を歪めていく。
握り潰すように力を込めると、刃が分解し、歪んだ光が空間そのものを侵食する。
右手のSignum Terminus(終焉刻印)が、焼けるように脈打つ。
耳の奥で共鳴が唸り、裂けるような音が脳を裂く。
——空間が、割れる。
指先が震えた。
剣身からあふれる紅黒の符文が、虚空に円陣を描き出す。
視界が揺らぎ、あの炎の記憶がよぎる。
——五年前。
お前が、俺を見捨てた夜。
すべてを失った。
名前も、記憶も、意味も。
それでもいい。
この呪いを。この歪みを。
お前ごと、終わらせる。
「——Terminus Umbra(終影滅刃)」
時間が凍った。
空間が悲鳴を上げる。
紅黒の光が一点に収束し、静寂の中で一閃。
——瞬間、一閃。
虚空が裂ける。
紅蓮の“核”に、深く切り込む感触。
呻くような吐息。
そして、沈黙。
気づけば、俺はやつの背後に立っていた。
いつ移動したのか、自分でもわからない。
——決着。
獄焰刀が力なく地面に落ちた。
音はなかった。
終わらせたのは、俺だ。
戦いは、終わった。
だが、左腕は戻らない。
焦げた袖の奥には、もう何もない感覚が広がっていた。
「……クソが」
あいつが血を吐きながら、それでも笑っていた。
「逃げろよ、|███(Excisus)《エクシスス》……」
炎がやつを呑み込み、赤黒の光が立ち上がる。
「Rex Terminus(終焉王)が目覚める……」
その名が、頭の奥で警鐘のように鳴った。
胸が、軋む。
「闇神話は、貴様を許さない……
終焉王が俺を喰らう、その時までな」
——空間の裂け目が、脈動を始める。
「闇」が、開こうとしている。
紅蓮の最後の視線が、俺の中に何かを刻みつけた。
それは、確かに“死に際”ではなかった。
だが、やつの炎は尽きた。
紅の光が、闇に沈んでいく。
……まるで警鐘のように。
そのとき、白霧の声が届いた。
「……行くぞ。」
冷静で、ブレない声。
「このままでは——お前のデータが崩壊する。」
身体が揺らぐ。
限界はとっくに過ぎていた。
だが、まだ終われない。
五年前の炎を越えた俺が、ここで倒れるわけにはいかない。
炎の彼方、白霧の瞳がこちらを射抜いていた。
冷たい。けれど、確かな意志。
その奥に見えた——崩壊しかけた“時輪”が時間を歪めていた。
「今すぐ、離脱する。」
次の瞬間、影が跳ねた。
風が、頬を掠める。
それでも、心は静かだった。




