Chapter 4:断罪の業火(Judgment of Crimson)
——「消せるのは記録ではない、存在そのものだ。」——
——“What can be erased is not memory, but existence itself.”——
——銀光が閃く。
俺は黙ってTenebris Gladius(闇刃)を手に取った。
刃が微かに震えた。
いや——語りかけてくるようだった。
「またか」と。
「……また、お前か。」
炎の化身を見据え、低く呟いた。
Rubrum Lotus(紅蓮)。
記憶の縁に、その名が浮かぶ。
知っているはずだ。けれど、掴めない。
柄を握り直す。
「五年前——俺を殺せなかった。」
「炎の中で俺を見捨てたお前が、今度こそやれるか?」
——轟。
紅蓮の笑いが空間を揺らす。
「ハハハハハハッ……!」
狂気が炎と共鳴し、熱が景色を歪めていく。
地面が軋み、熱波が押し寄せる。
「五年前?」
紅蓮が一歩前へ踏み出す。
その動きに、微塵の迷いもない。
「あれは、ただのプロローグに過ぎない。」
——轟!!
EnsisInferni(獄焰刀)が天に掲げられる。
刀身の炎が膨張し、Ignis Judicii(審判の業火)へと変貌する。
神罰か、ただの模倣か。判別はつかない。
だが、焼かれる未来だけは確実だった。
「今こそ、お前を終わらせる。」
俺は静かに構え直す。
終わらせられるものなら、それもいい。
それでも、この刃は折れない。
——轟!!
紅蓮の一撃が空間を切り裂く。
灼熱の焔が裂隙のように奔り、街並みを焦土へと変えていく。
岩が溶け、紅の熔岩が滾る。
「気をつけろ——お前が終わるか、世界が終わるか。」
白霧の声。冷静。
Alba Noctis(白夜剣)が振るわれ、剣の符が淡く輝く。
だが——遅かった。
「——ッ」
言葉の途中で、灼熱が迫る。
空間が押し潰され、息が止まる。
足元に広がる裂け目。
赤と黒の亀裂が現実を断ち切るように開いていく。
身体が飲み込まれる——闇の中へ。
——だが、影が翻った。
残像が一瞬舞い、灼熱をすり抜ける。
次の瞬間、銀光が空を走る。
闇刃が虚空を裂き、炎の軌道を断ち切った。
——斬。
炎が暴発し、衝撃波が地を抉る。
「……クソが」
紅蓮が低く呟き、拳を強く握る。
灼けた刻印が腕に浮かび上がり、瞳が再び狂気を宿す。
「|███(Excisus)《エクシスス》……」
俺を呼ぶ声。
だが、本来の名は失われたままだ。
「抗ってみろ。この終焉に、お前がどう堕ちていくかを——見せてみろ。」
怒りが具現化するように、炎が大地を呑み込む。
紅の環が地を這い、結界が形成される。
Ignis Imperium(獄焰結界)。
紅蓮が冷たく笑う。
「囲った。」
その瞳が真っ直ぐ俺を捉える。
「炎は浄化だ。お前の罪も、過去も、全て燃やしてやるよ。」
宣告のように吐き捨て、紅蓮は指を鳴らす。
結界の内側、空気が振動し、炎の巨獣が現れる。
神罰の模倣体。咆哮が世界を震わせる。
それでも、俺は一歩も退かない。
——灼熱が炸裂する。
紅蓮の両腕が獄焰刀を振りかざす。
半身を覆う灼刻、そして狂気に染まる金紅の瞳。
「ハァァァァ——!!!」
空間が歪み、裁きの焔が刀身に宿る。
それでも、俺は。
「……この男、本気で死ぬ気か……?」
遠くから誰かの声が聞こえた。
五年前の焔が記憶の断片を掠める。
だが、掴めない。歪むだけだ。
「終焉」が、俺の輪郭を蝕み始める。
左腕が淡く透けはじめる。
Data Torrent(データの奔流)が暴走し、存在の輪郭が曖昧になる。
“俺”が世界から削除されようとしていた。
それでも——
俺は剣を離さない。
Signum Terminus(終焉刻印)が、紅蓮の炎に呼応する。
紅黒の光が交差する。
「……Reformatio(再構築)」
——瞬間、「時間」が凍りつく。
「Codex Terminus(終焉コード)、展開。」
空間が裏返り、衝撃が肉体を貫く。
風が情報を削り、視界がノイズに沈む。
存在の定義が乱れ——
“俺”という参照が世界から切り離される。
闇刃が、データの嵐に溶けていく。
その渦の中に——
崩壊した都市。
燃え落ちるビル、砕けた街、裂けた大地。
無音の悲鳴が記憶の奥に染み込んでいく。
何かが、俺の中に響いた。
……意味は、まだわからない。
「貴様の未来、ここで終わらせる。」
俺は静かに目を細める。
終わるのは——お前だ。
再構築、展開完了。




