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Chapter 3:獄焰の影 (Shadow of Inferno)

 ——「怒りは記憶よりも深く刻まれる。」——

 ——“Anger carves deeper than memory.”——




 ——白霧が、わずかに首を傾けた。

   氷のような瞳が細まり、無機質な声が空間を滑っていく。


「……追跡者、到着。」


 追跡者。

   意味は不明だ。だが、無視すべき言葉ではなかった。

   胸の奥にざわめきが走る。わずかに皮膚が粟立つ。

   ……生理的な、脅威反応。


 俺の指先は自然と、腰のTenebris(テネブリス) Gladius・グラディウス(闇刃)へと伸びていた。

   鋼の冷たさが、掌に静かに馴染む。

   感情はない。ただ、備える。

   唇がわずかに動いた。

   それが笑みなのか、反射的な収縮なのかは、自分でも分からない。


「……試せばいい。」


 立つのは初めてじゃない。

   炎の中で“何か”を失った。

   それが何だったかは分からないが、確かにそこにあった感覚だけは、焼き付いている。


 それを取り戻すためなら——何度でも。


 ——轟。


 紅の裂隙の奥から、深紅の脈動が響く。

   熱風が頬をかすめ、視界が赤黒く染まっていく。

   焼け焦げる空気、軋む鉄。崩れる瓦礫。


 そして——現れた。


Ignis(イグニス) Damnatio・ダムナティオ(獄焰の戦車)、出撃。」


 鉄と炎が融合したような、歪な機構。

   まるで地獄から這い出てきたかのような塊。

   中心に赤黒く脈動する核がある。

   ——悪意の凝縮体。


 兵器じゃない。これは……終焉そのもの。


 俺を「終わらせる」ために生み出された“終焉コード”の試作型。

   かつて禁忌の果てで、防衛軍が創り出したという存在。

   名称が脳裏をよぎる。

   

 符号が装甲を奔り、車輪が大地を粉砕する。

   炎が空間を飽和させ、空気が溶ける。


 その頂点に——影。


Rubrum(ルブルム) Lotus・ロータス(紅蓮)」

   ——神城 蓮。


 その名に記憶はない。

   ……けれど、反応が起きた。

   内側が、確実に何かを覚えていた。


 爆炎の中から、声が響く。


「|███(Excisus)《エクシスス》……!!」


 胸に鋭い衝撃が走る。

   名を呼ばれた感覚。……だが直後、それはDeletio(デレティオ)(削除)の波に飲み込まれた。


 音が……失われた。

   ノイズだけが、耳に残る。

   俺の“名前”だったはずの音は、もはやこの世界に存在していない。


 拳が自然と握られる。

   この世界は、俺を「Reliquiae(レリクィエ)(殞存者)」と呼ぶ。

   それ以外の名は、奪われた。


 名がないということは、存在を縛られるということ。

   記号だけの生命。記憶なき存在。


 それでも——俺は、ここにいる。


 紅のロングコートが風に翻り、炎を纏う。

   金紅の瞳が、上空から俺を射抜いてくる。


 冷たい——けれど確かな殺意。

   それを隠そうともしない。

   それでも、あの眼差しの奥にあるのは、狂気だけじゃなかった。

   観察者の目だ。

   ……俺のすべてを“見極めよう”としている。


「夢から覚める時間だぜ。」


 獄焰、降臨。


 紅蓮が、戦車から飛び降りる。

   爆風が辺りを包み、瓦礫が砕けた。

   コートが闇に溶けていく。


 その背後——無数の影が地を覆う。


 人ではない。

   Homunculi(ホムンクリー) Ignis・イグニス(獄焰傀儡)。

   焼け焦げた人工生命体。

   紅の符文が骨格に走り、四肢には灼熱が宿っている。


 ……かつて“人間”だったもの。


 今はただ、俺を「消す」ために動く機械。

   だが、共通点がある。

   俺もまた、炎に焼かれた存在だからだ。


「獄焰の刃——解放。」


 Ensis(エンシス) Inferni・インフェルニ(獄焰刀)が紅の光を放ち、

   熱波が空間をねじ曲げる。

   刀が地に触れた瞬間、焦土が広がった。


 紅蓮は、自身の指先から滲んだ血を舐め取る。

   金紅の瞳が細まり、唇がゆるく歪む。


 破壊の象徴。

   それが、彼の在り方。


「闇神話の意志はシンプルだ——奴の炎に全てを還す。」


 その言葉には、宣告のような冷たさがあった。


「お前を、抹消する。」


 ——断定だった。


 俺は、闇刃を握り直す。


 重みは変わらない。

   この手に、何度も刻まれてきた記憶の感触。

   それが曖昧でも、意味が薄れていても、関係ない。


 ただ一つだけ、言葉を返した。


「抹消されるのは……どちらだ。」


 感情は、ない。

   だが——その声には、たしかな「意志」があった。


「もしも未来が定められたものなら……俺の存在そのものが、Rewriteだ。」


「世界の果てに、俺の名を刻め。」


 炎と殺意がぶつかり合う前に、

   俺は心の奥底で、静かに誓った。


「俺が消えるのは構わない。ただ、お前たちの“正義”ごと、道連れにする。」


 ——この戦いが、ただの生死では終わらないと知っていた。

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