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Chapter 2:白夜と裂隙 (Fracture and Frost)

 ——「崩壊はいつも静かに始まる。」——

 ——“Collapse always begins in silence.”——




 ——その瞬間、閃光が視界を裂いた。


 ……眩しい。


 反射的に腕で顔を覆ったが、遅かった。

   白光が闇を切り裂き、軋むような音が耳を叩く。


 何かが、動いた。


 瓦礫の上に現れた影。無駄のない動き。

   静かで正確、殺すために訓練された身のこなし。


 ……誰だ?


 刹那、冷たい閃きが視界を貫く。

   Alba(アルバ) Noctis・ノクテス(白夜剣)——

   見覚えはない。それでも、その名だけは知っていた気がする。


 鋭い光が走り、何かが斬り裂かれる。

   甲高い断裂音、紅い粒子が舞い散り、霧のように溶けた。

   ……残滓すら残さない。最初から存在しなかったかのように。


 敵か? それとも——


 記憶が乱れる。引きずられ、歪んでいく。

   だが混乱はない。すべてはただ、記録されていく感覚。


 宙に舞う紅い雨が消え、白刃の主が地に足を下ろす。


 その視線が、こちらをまっすぐ捉えていた。

   冷たいが、殺意はない。

   感情の欠落と、目的だけがある眼差し。


「……まだ生きているのか」


 静かな声が、静寂に落ちた。

   女の声。体温を感じさせない。


 剣を鞘に納めると、わずかに目を細めた。


「なら、まだ価値はある。お前の終焉を、私が見届けるまで」


 終焉。

   その言葉が何を意味するのかは分からない。

   けれど、妙にしっくりときた。

   当然のように、俺の中に収まる。


 月光に揺れる白い髪。

   氷のような無機質な佇まい。

   その瞳の奥、脈打つような光が走っていた。

   未来を読むような視線。可能性を測る視点。


 彼女の軍服は一糸乱れず、風にすら揺れない。

   腰の剣はすでに沈黙していた。

   柄に下がった懐中時計が微かに光る。


 終焉のカウントダウンか、それともただの飾りか——

   どちらでも構わない。


 背後では、砕けた機構が軋みを上げている。

   それだけが、この世界がまだ動いているという証。


 彼女の視線が、俺の存在を測っている。


 この崩壊が「予定」か「変数」か——

   そんな問いを、無言でぶつけてくるようだった。


 息を一つ吐いて、周囲を見渡す。


 瓦礫。焦げた空気。砕けた構造物。

   どれも既知の風景。

   肩に積もった灰を払い落とす。


 ……また、ここか。


 ここがどこなのか、知っている気がする。

   けれど、今は思い出す必要がない。


 視線を彼女に戻す。

   その背後——天に裂けた猩紅の裂け目。


 瘴気が滲み出し、深淵のような気配が脈動している。

   目覚めようとしている。……何かが。


 それが何かは、もう知っている。


 ポケットの中で右手が震えた。

   腰のTenebris(テネブリス) Gladius・グラディウス(闇刃)が共鳴し、

   刀身に歪んだ光が浮かぶ。


 まるで、武器そのものが怯えているようだった。


 ……ありえない感覚。だが、確かに震えている。


 恐怖か? それとも——


「……お前は誰だ?」


 掠れた声が漏れる。

   感情はない。ただの確認。


「ここは……どこだ?」


 意味のない問い。それでも、言葉は口をついた。

   既視感。何度も……ここに戻ってきた気がする。


 ——どこから、戻ってきた?


 白髪の少女は目を閉じ、指先を眉間にあてた。


 一瞬の沈黙のあと、短く名乗る。


白霧(シロギリ)。終焉を調律する者」


 その言葉には、何の説明もない。

   それ以上は語るつもりもないようだった。


 けれど、言葉が頭に響く。

   記憶の奥底に引っかかる。


 ……だが、掴めない。


「ここは、Codex(コーデクス) Terminus・テルミヌス(終焉コード)に消された領域。」


 彼女の声が続いた。


 “消された”という言葉に、妙な納得があった。

   そう——ここは「かつて存在していたもの」の消失点。


 この場所に立つのは、初めてではない。

   それだけは確かだった。


「そして——」


 言いかけた彼女の言葉に被せるように、思考が走る。


「お前は、本来ここに存在してはならない」


 ……そうか。


 驚きも、否定もなかった。

   それは、すでに知っていたことだ。


 俺は「異物」。

   この世界にとっては、排除すべき存在。


 乾いた笑いが漏れた。


「……そうか」


 その言葉には、意味も力もなかった。

   理由も、経緯も、もうどうでもいい。


「そのセリフは……もう聞き飽きた」


 誰に言われたか。

   どこで聞いたか。

   それすら思い出せない。だが、確かに聞いた記憶がある。


 頭が軋むように痛む。


 ポケットから右手を引き出し、闇刃を抜く。

   刀身を走る燐光が、ゆるやかに波打った。


 意志を持つように、刃が応える。

   これは俺の意志なのか?

   それとも、もっと別の何かか。


「……試せばいい」


 目を細め、低く呟いた。


「この俺を、本当に抹消できるかどうか」


 ——その瞬間。


Reliquiae(レリクィエ)(殞存者)……還る……」


 猩紅の裂隙が脈動する。

   空間が歪み、足元に震動が広がる。


 何かが——来る。


 この世界を拒絶する“何か”。

   俺を救うのか、葬るのか。


 ……その答えは、まだいらない。

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