Chapter 11: Rewrite: Zero
——「未来を書き換えるには、“起点”を壊すしかない。」——
——“To rewrite the future, you must destroy its origin.”——
暗闇の中、微かな振動が俺を呼び戻す。
懐中時計の針が、静かに刻む音。 目を開けると、俺は膝をついていた。
焦土の中心。裂け目の下。
左腕のData Torrent(データの奔流)が砕け、符文の断片が空間に虚ろな残響を撒き散らす。
神経を焼くような痛みが、全身を這う。
だが、それすらも「慣れた」。
これは日常。 俺の存在がこの世界と衝突するたび、必ずやってくる“代償”。
「無駄だ。」
終焉王が低く、断定するように告げる。
「俺は“未来”そのもの。お前のRewriteでは、触れることすら叶わぬ。」
その言葉は冷たく響くが、もう俺の足を止める力はない。
——だが、後退はしない。
右目が、冷徹に終焉王を捉える。
「……未来、か。」
口元がわずかに歪む。
血が滲んでいるのがわかる。
それでも、笑う。
「……なら、“起点”を見せてやる。」
——俺のRewriteは、お前の未来を否定する。
Signum Terminus(終焉刻印)が閃光を放ち、
紅黒の粒子が渦を描き、空間そのものが震え始める。
崩壊しかけた俺の肉体が、目に見えぬ力により再構築されていく。
終焉王の眉がわずかに動いた。
警戒と、苛立ちの気配。
Liber Terminus(終焉之書)の頁が微かに震え、干渉を検知する。
静寂の中、俺は懐中時計を握り潰すように力を込める。
その針が、微かに動き出す。
「真名解放—— Rewrite: Zero」
——轟!!
銀紫の光芒が、虚空に引き裂くような轟音を刻む。
懐中時計から放たれた光が背後で膨張し、巨大な時計の幻影が現れる
——その針が逆行を始める。
時の流れが反転し、あらゆるデータが逆巻く。
因果の構造が壊れ、終焉王の猩紅を、黒の潮が呑み込んでいく。
「……何?」
終焉王の声が初めて揺れた。
俺はゆっくりと立ち上がる。
左腕の崩壊は停止し、
世界からの座標干渉が剥がれ落ちる感覚——
——“未来”への依存を、俺は断ち切った。
掌に再び現れる、深い闇色の刃。
Tenebris Gladius(闇刃)。
その刃が、俺の存在そのものを証明する。
「Rewriteは、“改寫”じゃない。」
声は静かに、しかし、迷いなく。
「“帰零”だ。」
——それは、存在の原点を塗り潰し、Reformatioを世界に刻む力。
終焉王が書を掲げる。
「Rewrite - Absolute」
その呪文が口にされると同時に——
頁の文字が滲み、崩れ落ちる。
概念が溶けていく。
ルールそのものが、“零”に還される。
Rewrite: Zero。
それは“書き換え”ではなく、“存在の否定”。
Liber Terminus(終焉之書)の頁が虚空で引き裂かれ、
終焉王の姿がブレ、裂け、そして形を失いはじめる。
「このRewrite……なぜ……?」
その声は、ついに焦燥と恐怖を混ぜていた。
「どうやって——!」
「終焉、ここで断つ。」
闇刃を構え、俺は静かに宣告する。
「『殞存者のいない世界』——Reformatio」
——黒炎が体内から溢れ出す。
Signum Terminus(終焉刻印)が紅黒の極光を放ち、
空間そのものを燃やし尽くしていく。
終焉王の叫びが、歪んだ次元に吸い込まれていく。
Liber Terminus(終焉之書) は灰と化し、
“終焉”という構成要素は、世界から完全に『初期化』された。
「……この世界に……終焉が……ない……」
終焉王、消失。
——残響だけが、虚空に滲む。
データ嵐が一斉に炸裂し、
その残骸もやがて静かに霧散していく。
猩紅の裂け目が閉じられ、
Nova Tokyoの空が青へと塗り直される。
この世界に、“終焉王”を覚えている者はいない。
“殞存者”という概念すら——消えた。
Rewrite: Zero によって、世界は『起源の彼方』へと帰零された。
俺自身もまた、情報の粒子へと希薄化していく。
意識が、霞む。
「……これで、終わりか……」
独り言のように、呟く。
右目が最後の銀光を灯し、
幾つかの記憶が、星の残骸のように過ぎ去る。
——紅蓮の影。
——白霧の瞳。
——奪われた五年。
白が視界を溶かそうとした、その時——
虚無を貫くように、確かな“声”が響いた。
「……誰もが貴様を忘れても、私は覚えている」
——白霧。
確かにあった温度。
確かにあった関係。
心臓が跳ねる。
失われたはずの感覚が、俺を引き戻していく。
八つの断片が、記憶の地層から浮上する。
一度目:紅蓮に焼かれ。
二度目:白霧に貫かれ。
三度目:終焉体に呑まれ。
四度目:戦車の炎に倒れ。
五度目:終焉王の洪流に砕かれ。
六度目:終焉之書に届かず。
七度目:虚空の幻影に裂かれ。
八度目:第零紀元にて、独り立ち、倒れた。
それでも——
記憶は終わりじゃなかった。
次の瞬間、
俺はかつての「始まり」に立っていた。
Nova Tokyo。
まだ何も知らぬ“九重鏡夜”として。
街角。
宵の空。
通りを行き交う人々のざわめき。
時が動き始めた音。
右手には、Tenebris Gladius(闇刃)。
その甲に刻まれたSignum Terminus(終焉刻印)が、静かに輝く。
低く、言葉がこぼれる。
「……九度目」
「……真のRewriteを見つける」
——全ては、“ここ”から再び始まる。