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途中、あちこちの露店でちょっとした玩具やお菓子を買い込み、マリーと一緒にわいわい試食。チェーンのミニコーヒースタンドでは客寄せのための大道芸をやっており、子供が笑い声を上げている。
こういう光景は私にとってとても新鮮で、昔なら「王太子の格を落とさないように」と避けていた場所。今は楽しく眺められるって、本当に自由だと思う。
「アメリア様、あれ面白そうです。綿菓子屋さんですよ。甘さが独特だって評判で……」
マリーが指差す先には、派手な看板で“ふわふわ大綿菓子!”と書かれた店がある。店主は怪しげな仮面をかぶり、ふわっとした綿菓子を頭上で回して見せ、客を呼び込んでいた。
私も興味をそそられ、行列に並ぶ。貴族としては少し目立つが、もう慣れっこだ。
しばらくして順番が回り、大盛りの綿菓子を受け取る。そのふわふわ感と甘い香りがたまらない。
「うわあ……大きいわね。どうやって食べたらいいんだろう」
マリーと一緒に分け合いながら、むしろ子供に戻った気分で笑う。周りから「公爵令嬢が綿菓子食べてる」なんて言われても気にしない。
そんなこんなで遊び回ったあとは、賑やかな通りを離れて少し裏通りへ。
「今日は満喫したから、あとは雑貨屋で品を見るぐらいにして帰りましょうか」
私がそう言うと、マリーは「はい、そうですね!」と頷く。
雑貨屋は控えめな看板ながら、結構品揃えがいい。ドアを開けてみると、店主が「いらっしゃいませー」と陽気に迎えてくれた。
中をざっと見回すと、中央の棚に可愛い陶器の人形や異国風のランプが並んでおり、見ているだけで楽しい。
「わあ、これ素敵! 赤と金の細工が私好みだわ。どこで作られたのかしら?」
尋ねると、店主が「隣国の工房ですよ。最近入荷したんです」と説明してくれる。やはり雰囲気がいい。私の部屋に置いたら華やかになるかも。
買おうかどうか迷っていると、突然ドアが開き、勢いよく入ってきた女性客が「ああっ!」と声を上げた。
「あ、アメリア様……!?」
私を見て驚いているのは、どこかで見覚えのある顔。前に学園の同期だったが、あまり親しくなかったリタという子だ。
「リタさん? どうしたの、そんなに慌てて」
リタは息を切らせ、「いや、その……ここで会うなんて思わなくて……」と動揺している。
思えば、学園時代このリタはシンシア一派とは別行動ながら、時折私のことを“優等生ぶってる”と陰口を叩いていた覚えがある。私が殿下の婚約者だから嫌みを言えなかったのだろうが、無言の距離感があった。
「こんな雑貨屋で私に会うのがそんなに意外?」
私が笑いかけると、リタは視線を左右に動かして頷く。
「だって、王太子殿下に……い、いや、もう違うのね。あの、あまり庶民的な場所には来ないと思ってたから……」
――やはり彼女も“昔の私”のイメージで止まっているのだ。婚約破棄の後、私が変わったと聞いていても、実際に会うのは初めてだろうから戸惑っているらしい。
ここで卑屈に出ることはない。私はドアを閉める隙にさっと退き、リタの横をすり抜けて棚に戻る。
「ふふ、もう自由に出歩いてるのよ。リタさんもゆっくり品を見たいなら、遠慮なく」
「そ、そう……。あ、あれ? 何かすごく……余裕を感じるわ。昔はもっと縮こまっていた気がするのに」
“縮こまる”という表現は心外だけど、そう思われていたのなら仕方ない。しかし今の私は堂々と笑っていられる。
「昔はね、いろいろと気にしてたの。でも、今はもう気にしない。こういう店が好きなら来るし、欲しい物があれば買う。それだけよ」
マリーが「そうなんです。アメリア様はどんどん大胆に……」と付け加えると、リタはますます落ち着きを失い、「う、うん……それは良いことよね」と口を開く。
「ごめんなさい、学園時代、私……ちょっといろいろ誤解してて。あなたがただ王太子の婚約者ってだけで、偉ぶってるかと思ってたけど……そうじゃなかったのね」
真面目に頭を下げる姿が可愛い。私は悪い気がしない。
「気にしなくていいわ。結局私も“理想の后”を演じてたから、周りにはそう見えたんでしょうし……。今はただ好きなことをしているだけよ」
リタがしみじみと「そっちのほうがずっと素敵よ」と呟いて微笑む。嫌味の気配がなく、素直に言っている感じだ。
その後、私たちは互いに棚を眺めつつ、ちょっとした雑談を交わした。こんなふうに昔の微妙なわだかまりが消えるなら、それも素敵な結末かもしれない。
そのまま店を出た私とマリーは、笑い合いながら馬車へ向かう。
「アメリア様、ほんのちょっとの時間でいろんな人と再会しましたね」
マリーが楽しげに言うので、私も軽く息をついて馬車に乗り込む。
「ええ、しかも昔は言い返せなかった人にも堂々と話せるのが痛快。なんだか、もっと街を巡りたい気分よ」
「さあ、帰ったらさっき買った置物を部屋に飾ってみよう。マリー、手伝ってくれる?」
「もちろんです!」
馬車がゆらりと動き出し、街角の風景が次々と流れていく。
明日はまた別の発見があるかもしれない。
(もし昔からこうして素直になっていれば、みんなとも楽しくやれていたのかな。でもまあ、今気づけたんだからよしとしましょう)
私は何気なくそんなことを思いながら、軽やかな足取りで公爵家へ戻っていく。次に出かけるときは何が起きるか、ちょっぴり楽しみだ。