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「アメリア様、今日のご予定はどうなさいます?」
朝食を終えてすぐ、侍女のマリーが尋ねてきた。
「そうね……このあいだ“雑貨屋さんの品揃えが変わった”って噂を聞いたし、気分転換に覗いてみようかしら」
私がそう口にすると、マリーは楽しそうに笑う。
「賛成です。最近いろいろドレスを買いましたし、たまには小物や置物も欲しいですよね」
それだけじゃない。お菓子も買いたいし、昼間からカフェ巡りするのもいい。
(王太子妃だった時期には考えられなかったわ、こんな好き勝手な外出)
わくわくしながら、私たちは早速馬車に乗り込み、パルミエーレ公爵家を出発した。
王都の中央通りはいつ来ても活気がある。路上では小さな出店や大道芸人がちらほら見え、ちょっとしたお祭りのような雰囲気だ。
私はさっそく目についたパン屋に入り、新作パンを数個買い込み、マリーと食べながら歩く。店の人も慣れたもので、「アメリア様、いつもありがとうございます」と笑顔で送り出してくれる。
(もうすっかり私が“自由に街をうろつく公爵令嬢”って認識になってるみたいね)
目的の雑貨屋は広場の先にある。途中、通りがかりに見たのは小規模な移動遊園地のような露店。珍しい娯楽道具やお菓子が並び、人々の笑い声が絶えない。
「マリー、あれ面白そう。ちょっと寄り道してみない?」
「いいですね! あ、風船を売ってますよ。子供向けでしょうけど……大人が手に取ってもいいのかしら」
こんなやりとりをしながらのんびりしていると、ふと目の端に見覚えのある顔が映った。
(……あれ、学園時代に私にちょっと意地悪してた子たちじゃない?)
思い出した。シンシアという子爵令嬢を中心に、昔“殿下の婚約者”である私に嫉妬して嫌味を言ってきたあのグループだ。今は露店のアクセサリーを見つめながらクスクス笑っている。
私に気づいた彼女たちも、どこかバツが悪そうに視線を逸らす。ここで黙って素通りするのもつまらない。前なら遠慮していたけれど、今の私にそんな我慢は不要だ。
「マリー、ちょっと寄ってくるわね」
そう言い残し、私はシンシアたちのほうへ近づく。
「シンシアさん、随分久しぶりね。お元気そうで何よりだわ」
にこりと微笑むと、シンシアはビクリと肩を震わせる。仲間も目を逸らしているが、私は逃がさない。
「な、なんだ……どうかしら、アメリア様? こんな庶民的な場所でお会いするなんて奇遇ね」
慌てて取り繕っているが、真意は「何しにきたの」という戸惑いが透けて見える。
「ええ、本当に奇遇。しかもこんな小さな移動遊園地、あなたたちも来るんですね?」
わざと上から目線で言ってみると、シンシアがバツの悪そうな顔をする。「だ、だって退屈しのぎに来ただけよ」と小声。
私は続けて微笑み、過去のことを持ち出す。
「そういえば学園の頃、あなたたち“私を羨ましがって”いろいろ嫌味言ってたけど……今はどうなのかしら? 私、王太子との婚約破棄になったんだけど、喜んでる?」
真正面から言われ、シンシアたちは明らかにうろたえている。「い、いえ、そんな……」と口ごもる仲間たち。
「遠慮しなくていいのよ? 昔は“どうせ殿下に捨てられるに決まってる”って私に聞こえるように言ってたじゃない?」
シンシアは額に汗をにじませ、「あ、あれはその……」と歯切れが悪い。
私が前より強気になったと知らず、安易に声をかけられない状況が可笑しい。
「まあいいわ。捨てられたおかげで、今はこんなふうに遊んでられるし、あなたたちも私に嫌味を言う理由がなくなったんでしょ? むしろ平和になったわね」
そう言うと、シンシアは「ええ……確かに、もう恨みも何も……」と口をつぐむ。
仲間の一人がこっそり「それに今のあなた、なんだか雰囲気も違うし」と言うが、私は聞き逃さない。
「雰囲気が違う? ふふ、たぶん“理想の后”のために大人しくしてた頃より、私が自由になったからそう感じるのね」
軽い笑顔で返すと、彼女たちの視線がどこか恐縮しているように下向きになっていく。
「そ、それじゃあ私たちはこれで……お邪魔しました……」
結局、まともな言い訳もできないまま、彼女たちは逃げるように立ち去った。昔はあれだけ嫌味を言ってきたのに、今では逃げ足がやけに早い。ちょっと笑いをこらえるのが大変。
マリーが後ろからやって来て、「アメリア様、今のは……」と目を丸くしている。
「ちょっと懐かしくて声をかけただけ。でも、昔みたいに舌鋒鋭く嫌みを返してくるかと思えば、すっかり大人しくなってて拍子抜けだったわ」
マリーは「うふふ、昔のアメリア様が黙っていた分、彼女たちも心当たりがあるんでしょうね」と笑う。
遠目にシンシアたちが「こ、怖い……変わった……」とざわついているのが見える。思わず肩をすくめ、「ま、そんなもんよね」とマリーと顔を見合わせた。
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