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そう思い、すたすたと歩み寄って挨拶をする。
「みなさん、今夜はいい夜ですね。ごきげんよう」
やや砕けた口調なのは、緊張していないからだろう。男爵家の男性たちも苦笑しながら「アメリア様、今日はまた華やかですね」などと言ってくれる。
別にお世辞を言ってほしいわけじゃないが、批判的な噂の裏でこういう穏やかな反応もちゃんとあるのだ。
そのまましばし談笑していると、遠巻きに見ていた令嬢の一人がわざわざ近づいてきた。
「アメリア様、男の方ばかりの中に普通に入っていくなんて、なかなか大胆ですわね」
声に含まれる皮肉を感じるが、私は笑顔で応じる。
「あら、そう? 昔は殿下に『他の男性と仲良くしすぎるな』と言われていたけど、今はもう構わないから」
令嬢は一瞬目を伏せる。恐らく「破棄されたのに気丈ね」と思っているのだろうが、私はまるで意に介さない。
「それよりも、あなたのドレスも素敵じゃない。シックな色合いが落ち着いていて上品だわ」
さらりと誉め返してみると、令嬢は戸惑いながら「そ、そうですか」と頭を下げて去っていく。
(表面上は嫌味を言いたかったのかもしれないけど、私が全然落ち込まないもんだから肩透かしを食らったのね)
マリーがくすっと笑いながら小声で言う。
「アメリア様、本当に堂々としておられますね。さっきから周囲が驚いてますよ」
「そう? 私としては普通にしているだけなんだけど」
思えば、ちょっと前までは王太子殿下の顔色を気にして姿勢さえも卑屈になっていた。今こうして笑顔であちこちの人と話しているだけで、周りから見れば“随分変わった”印象を与えるのかもしれない。
軽くワルツが始まったので、ホールの中央に目をやると、何組もの男女が優雅に踊っている。そのなかには私の顔見知りもいて、視線が合うと微笑んでくれた。
たとえ王太子との縁が切れたって、こうして懇意にしてくれる人たちはいる。それだけで十分に温かい気持ちになれる。
やがて、背後から公爵である父が声をかけてきた。
「アメリア、調子はどうだ? 疲れてはいないか?」
心配しているのは体調だけでなく、周囲の評判だろう。私は肩をすくめて「何の問題もありませんわ。むしろ皆といろいろ話せて楽しいです」と返す。
父はほっとしたように微笑み、「そうか」と頷く。
そのあと父と少しだけ会場を回り、主催者のカルド侯爵夫人に挨拶を済ませる。夫人は「まさかアメリア様がこんなにも華やかなドレスで来てくださるなんて。会場が明るくなりますわ」と嬉しそうに言葉をかけてくれた。
昔なら「お上品ですね」程度の感想で済まされていたかもしれないけど、どうやら今は“洗練された派手さ”として受け止められているようだ。なんだか私自身にも新たな扉が開いた感じがする。
夜会の終盤、私はマリーと休憩を取るため廊下へ出た。さっきまで踊ったり会話したりでさすがに足が少し重い。
「それにしてもあっという間でしたね。何か嫌な絡まれ方をするかと思いきや、そうでもなく……」
私が言うと、マリーは「意外と皆さん気後れしてるのかも?」と笑う。
「昔と違う私にどう反応するか、周りが測りかねているのかもしれないわね。まあ、いいことじゃない?」
「ええ、本当に。“理想の后”ではないアメリア様も素敵です。……ごめんなさい、余計なことを言いました」
「いいの。私もようやくわかったのよ。自分が本当に楽しみたいことを追いかけるほうが性に合ってる、って」
それから少しホールを見回し、最後に軽くみんなに挨拶して夜会を後にした。帰りの馬車では、父が「おまえを連れてきて正解だったな」と珍しく素直に言う。
「変に落ち込んで隅にいるかと思っていたが、いい意味で裏切られたよ」と照れくさそうに笑うのを見て、私も少し嬉しくなる。
馬車の窓から夜の街灯りを眺め、ふとマリーに聞こえるくらいの声で呟いた。
「……私、王太子殿下の隣にいた頃より、ずっと自分らしくいられる気がする。あのときの私って何だったんだろうね」
マリーは小さく微笑んで「さあ……でも、今のアメリア様が一番素敵ですよ」と答える。その笑顔を見て、私も自然と頬が緩むのを感じる。
心配や不安は何もかも消えたわけじゃない。だけど、それを抱えつつも私の生き方はこれでいい――そう思えた夜会だった。
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