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朝食の席。
パルミエーレ公爵たる父が、落ち着かない様子で私を見てきた。
「アメリア、おまえに頼みたいことがあるのだが……来週、カルド侯爵家の夜会に出てはくれないか」
以前の私なら「公の場へ行くなんて気が重い」と渋ったかもしれない。ところが今は違う。
「いいですよ。社交の夜会なんて、ずいぶん久しぶりですね」
思わず軽やかに返すと、父は目を瞬かせた。まさか即答で了承されるとは思わなかったらしい。
「き、気が進まないんじゃないか? ……いや、もちろん来てくれるなら助かるんだが」
「どうして? 少し前ならともかく、今はそうでもありません。ふふ、久々に夜会に出るのも悪くないでしょう」
父と母は顔を見合わせ、不思議そうにしていたが、これ以上言わないようだ。軽く頭を下げて、私は食事を済ませる。
部屋に戻ると、すぐに侍女のマリーがやってきた。
「アメリア様、夜会に出席されるんですね。何を着ていきます?」
「やっぱり、例の赤いドレスを持ち出そうかしら。ちょうど縫いあがったばかりの、あの金糸の刺繍が入ったやつ」
まだ試着しかしていない派手な一着がクローゼットの奥にある。王太子の婚約者時代の私なら「場の空気を乱すのでは」と怯んだだろうが、今となってはそんな心配もない。
「きっと目立ちますね。華やかな場ですし、楽しめそうです」
「そういうの、大歓迎よ。どうせ噂好きには思われるんだから、思いきり振り切ったほうがいいわ」
そう言って笑いあい、私は夜会が来るのを楽しみに待つことにした。
迎えた当日、夕刻。
自室の鏡の前で、マリーが仕上げてくれた赤いドレスをまとう。身頃には繊細な金の刺繍が走り、裾にはふんわりしたレースが重なっている。さらに頭には羽根の髪飾りを添えて派手さをプラス。
「派手すぎますかね……でも、アメリア様にはお似合いかと」
マリーが少し照れくさそうに言うので、私は笑って肩をすくめた。
「“理想の后”としてはやりすぎって言われるかもしれないわね。でも、もう私はその理想から外れてる身ですもの。むしろ周りがどう反応するか楽しみだわ」
軽くターンして裾を翻す。目に映る自分の姿に少しだけ高揚感を覚える。一度きりの夜会とはいえ、こうして自分が好きなスタイルで挑むのは久しぶりだ。
準備を整えて玄関ホールへ行くと、父が少し遅れてやってきた。
「アメリア……そのドレス、派手ではないか? いや、まあ、構わないのだが……」
「気にしないでくださいな。さあ、早く行きましょう。カルド侯爵家の夜会は豪華と有名ですし、遅れて行けば目立ってしまいますよ」
父は目を逸らしつつ、「お前がそう言うなら」と馬車に乗り込む。私は内心で苦笑い。結局、父だって家の体面を気にしているが、私が昔よりも気を張っていない分だけ、下手な説教はしづらいのだろう。
夜会の会場はカルド侯爵家の大邸宅。玄関ホールから既に照明がきらびやかで、大勢の貴族が出入りしている。
ドレス姿の女性たちが視線を向けてくるのは、私がいつにも増して派手な装いだからだと思う。
「……あれってパルミエーレ家の娘じゃない?」「王太子に婚約破棄されたって噂の……」
囁きが漏れてくるが、私は聞こえないふりをする。そのほうが余裕を感じさせるというもの。
父はさっと主催者のもとへ挨拶に行く。私は「それでは、ごゆっくり」と頭を下げて早々に別行動を取り、マリーとともに会場のホールへ入った。
大理石の床にシャンデリアの明かりが反射し、正面では楽団が柔らかな音楽を奏でている。男女がシャンパン片手に笑い合う姿があちこちに見られ、かつての私ならその華やかさに圧倒されたかもしれない。
でも今はなんだか気楽だ。「ああ、こんなにきれいな場所なら、もっと派手でもよかったかな」とすら思う。
そこへ、見知った貴族令嬢が声をかけてくる。
「まあ、アメリア様じゃありませんか。久しぶりですわ」
彼女はかつて学園で一緒だったメラニー。いつも丁寧な言葉遣いで物腰も穏やかだ。
「お久しぶり。メラニーさんもお元気そうね」
そう言って握手を交わすが、メラニーの目が私のドレスに釘付けになっているのがわかる。
「それにしても、なんて素敵な装い……私、思わず見とれてしまいました。以前はもう少し落ち着いた感じだったと思うんですが……」
「あら、そうかしら。最近、こういう明るい色も悪くないかなって思って」
軽くはぐらかすと、メラニーは目を丸くして「いい意味で変わりましたね」と言葉を濁す。
その奥からは、私を嫌うわけではないが何かと批判したがる令嬢グループが見えて、ヒソヒソ話をしている。どうせ「王太子を失ったのにあのドレス?」とか言っているのだろう。
私は気にせず、笑顔でメラニーと会話を続ける。その最中、ちらっと聞こえてきた言葉が「でもなんか華があるわよね……?」というもので、思わず心の中でにやりとする。
ひとしきりおしゃべりを楽しんだあと、マリーと少し歩いてホールの端を見渡した。
そこでは、以前から知り合いの若い男爵家の男性が集まり、笑い声を立てている。私を見ると彼らの一人が気づいて、軽く手を振ってきた。
(前なら、男の人とはあまり近づくなって殿下に言われていたけど……もう関係ないわね。)
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