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そして、私たちは予定の仕立て屋へ行き、追加の派手な布や刺繍を相談しつつ、今度は“珍しい原色の羽根飾り”なんかも特注でお願いした。店員は「お、おお……今回はさらに攻めたデザインですね……!」と感嘆しきり。
店を出る頃、通りすがりの貴婦人が「あの派手なドレスを平然と頼むなんて……でも、なんだか素敵」とこそこそ言っているのが聞こえてくる。
(ふふ、好きな服を好きなように作るだけなのに、意外と評判はいいのね)
きっと“王太子妃の品位”だとか“理想の后”だとかに縛られない姿を見て、逆に羨ましく思う人もいるんだろう。
ランチを済ませようと、マリーと連れ立って評判の食堂へ行ってみると、中で出会った見知らぬ令嬢グループが「あ、あれがパルミエーレ家の……すごく堂々としてる」と囁いている。
食堂でゆったり食事を楽しみ、さらに街を歩き回ってアクセサリーを見て回る。殿下に遠慮していたころより圧倒的に開放的で、マリーも「アメリア様、前より健康そうですよ」と嬉しそうだ。
「この調子で、明日も違う店を開拓してみようかな。もう、あれこれストップをかけられることはないし!」
私が笑って言うと、マリーが「はい、ぜひ! 私もお供します!」と張り切ってくれる。
特にこれといった目的はないけれど、こうして思うままに動ける時間は尊い。いくらでも散歩し、買い物し、美味しいものを食べ、人助けができるなら手を貸す――そんな日常こそが今の私にとって幸せなのだ。
そして夕方。
馬車に戻りながら、ふと先ほど本屋で見かけた令嬢さん(小柄な子)を思い出し、マリーに話す。
「そういえば、あの子が抱えていた本、どんな内容なんでしょうね。家族に読み聞かせするって言ってたけど」
「さあ……『東方の童話集』とか言ってましたかね? 余命がどうこうじゃないにしても、病気の方に笑顔を届けるには、確かにいい本かもしれません」
「いいことよね……そういう優しい気持ち、殿下の婚約者の頃の私なら耳に入っても反応できなかったかも。いつも“まず殿下が優先”って頭がいっぱいで」
やがて馬車が公爵家へと戻り、玄関前で執事やメイドたちが迎えてくれる。
「お嬢様、お帰りなさいませ。どうか疲れは出ていませんか?」
使用人たちの間でも、私の“気風のよさ”が少し話題になっているらしい。「前よりずっと元気で、カリスマ性まであるように見える」との噂だ。
私自身はそこまで自覚していないが、家の中の空気が重くならないような配慮なら、嫌いじゃない。
「ええ、おかげで楽しく買い物できたわ。パンもいっぱい買ってきたから、皆で食べてね。甘いお菓子もあるわよ」
そう言って笑顔を向けると、使用人たちは嬉しそうに頭を下げた。私が気まぐれでこんなに買ってくるのは珍しいからだ。
周りも驚くだろうけど、それがいい。王太子妃を頑張っていた頃とは正反対の行動が、私をどんどん解き放ってくれるのだから。
部屋へ戻り、マリーと一息つく。今日は朝からずっと街を歩き回ったので足はやや疲れたけれど、心は充実感に満ちている。
「ねえマリー、また明日も行きましょう。今度は噂のカフェで思い切りケーキを食べるの。あと、ちょっと面白そうな雑貨も揃えたいし……」
「賛成です。アメリア様のペースで楽しみましょう!」
――しばらく談笑していると、ふとドアがノックされた。
「……どなた?」と声をかけると、兄のギルフォードが遠慮がちに顔を覗かせる。
「アメリア、ちょっと様子を見に来ただけだ。まさかもう倒れてないかって思って……」
苦笑を禁じ得ない。私が弱々しかった印象をまだ兄は拭えずにいるのだ。
「ご覧のとおり、ピンピンしてるわ。むしろ前より健やかになったって評判よ? 体調が劇的によくなったわけじゃないけど、気力が満ちてるの」
兄はほっとしたように微笑んで、「そうか……ならいい」とうなずく。
「まあ、結局殿下とのことは正式に破棄が成立するまでゴタゴタがありそうだが、おまえの好きにすればいい。両親も、少しずつ折れていくだろうさ」
「そうね。ありがとう、兄さま」
以前ならこんなやり取りさえ緊張したかもしれないのに、今は穏やかに言葉を交わせる自分がいる。何だか不思議だ。
兄が部屋を出たあと、私は椅子に腰を下ろし、大きく伸びをする。
(やっぱり落ち込むより走り回ってるほうが私には合ってるわ)
思えば“理想の后”を演じていたころはいつも周りから「無理しないで」「ゆっくり休め」と言われていた。――もしかすると、その心の変化こそが私を輝かせているのかもしれない。
そんなことを考えていると、マリーが微笑みながら「そろそろお茶をお持ちしますね」と立ち上がる。
「お願い。できれば甘い焼き菓子もちょうだい。さっきパンも食べたけど、甘いのは別腹だし」
私は明日の予定を頭の中でイメージしながら、窓から染まりゆく夕焼けを眺める。
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