エピローグ
それからしばらくして、わたしは屋敷のある都へ戻り、何事もなかったかのように日常を過ごし始めた。父や母に旅行の土産話を聞かせれば、「そんなに海が良かったのか」と意外そうな顔をして笑っている。マリーは友人らに海辺の写真代わりに絵葉書を見せてうらやましがられたり、いろいろと賑わいが絶えない。
わたし自身は、ふと気が向いたときは街へ出て散策を楽しむのが当たり前になっていた。朝起きて、今日はあそこに行きたいと思えばすぐ馬車を出させる。周囲の人も、最初は驚いていたが、今では「そんな人なんだ」と理解しているらしい。
ある日、色とりどりの小物を扱う新しい店ができたと聞けば、わたしは派手なドレスをまとい、さっそく訪れる。客たちの視線がわたしに集まるのがわかるが、もう気にもならない。むしろ「素敵な衣装ですね」と店員に言われれば「気分で選んでるだけ」と答える。
周囲がどう思おうが関係ない。わたしは欲しい物を好きに買い、好きな人と好きな場所でお茶をする。それを続けているうちに、いつしか「あの派手な令嬢、すごく自由奔放だけどなんだか魅力がある」と噂され始めた。気づけば「カリスマ令嬢」などと呼ばれるようになったらしい。
「カリスマ……? 変な呼び方ね」
わたしは最初そう思ったが、悪い気はしない。わたしがわたしらしく行動した結果、周囲が勝手に呼ぶのだから放っておくだけだ。どこかの街角で「見て、あの人よ。噂のカリスマらしいわ」「凄い派手…でも不思議と似合ってるのよね」などと聞こえてきても、わたしは苦笑しか浮かばない。
そんなある日、屋敷を出ようと門をくぐったところで、子どもたちに囲まれる。以前も一度顔を合わせた子たちで、「お姉さん、今日はなに買いに行くの? どこに行くの?」と目を輝かせて聞いてくる。わたしは楽しげに「内緒よ。でもお菓子をいっぱい買うかも」と答えると、子どもたちが「わたしたちもお菓子好き!」とはしゃぎ回る。
人々はわたしを何と呼んでもいい。わたしはわたしのやり方で日々を楽しむ。それが破天荒に見えようと、結果として周りの人が面白がってくれたり、その楽しさを共有してくれたりするならそれでいいと思っている。
馬車に乗り、街中へ出ると、知り合いの店が増えていて、顔見知りにあいさつされることも多い。「新作のドレスができましたよ」「今度また旅に出るんでしょう? お土産話を聞かせて」などと声をかけられ、わたしは笑いながら受け流す。
近ごろはあの港町からの連絡も届き、祭典後もにぎわっていると聞いて嬉しい。ときどきやりとりする手紙の中で「次は別の季節においで」「あなたの活躍を今でも語り草にしてる」なんて書かれると、少しこそばゆい気持ちだ。
そうやって笑顔で街を闊歩しているとき、周囲の雑踏がわたしに注目しているのを薄ら感じる。誰かが「あの方……」と耳打ちする。でももうその理由を深く考えることはない。
わたしは単純に、好きなときに好きな服を着て、好きなものを買い、好きな人と会う。小さなイベントや誰かの困りごとに首を突っ込むこともあるけれど、それで笑顔が増えるならいいじゃない。そんな気持ちだ。
後ろを歩くマリーはいつも「本当にどこへでも行かれるんですね」「予定なくても楽しめるっていいですね」と感心したり呆れたりしているが、わたしはうなずいて答えるだけ。まだ行っていない場所は山ほどある。山も谷も川も湖も、気が向いたらまた旅に出るかもしれない。
かつてのわたしには想像できなかった暮らしだ。でもそう変わったきっかけや過程をわざわざ口にしなくても、もう周囲は受け入れている。わたしが何をしようが気に留めないし、むしろ「また面白いことをやってる」と囃し立ててくれる。
今日もどこかの露店を冷やかし、珍しい雑貨を買い込んで、余裕があれば新しく開店したお菓子屋を巡り、気が乗れば友人と合流してお茶をする。わたしはそんな毎日を楽しんでいる。
人はいろんな呼び名を付けるけれど、たとえば「カリスマ令嬢」とやらだってかまわない。わたしはあくまでわたし。好きな道を歩く姿を勝手に面白がる人がいるなら、それはそれでいい。うるさく言われないなら、どこへでも行けるし、何でもできる気がする。
馬車から降り、大通りを歩くわたしを指さす人々の視線を感じながら、わたしは小さく微笑む。あの港町で見た夜の花火を思い出し、あれほど綺麗な光は二度と見られないかもしれないと思うと少し胸が騒ぐけれど、また違う景色がこの先にはあるだろう。
それを探すための足は、わたしの意志で動かせる。どこへ行っても遠慮はいらないし、誰かの期待に縛られることもない。今の生活を続けるか、それともまたふらりと旅に出るかはわたし次第。
通りの先に新しい店の看板が見えてきた。何を売っているのだろう。気になったら即行動。わたしはマリーを振り返り、「ちょっと寄っていこうか」とウキウキな声で告げる。
彼女は苦笑しながら、「いいですね。早速行きましょう」と笑ってくれる。
そんな何気ないやりとりの一つ一つが、かけがえのない瞬間だとわたしは感じる。大げさな夢も目標もないけど、やりたいことを積み重ねていけば、どこまでも先へ進めるはず。
わたしが背負うのは、とびきり華やかなドレスとわくわくする心だけで十分。ふと横を見ると、子どもがわたしの装飾を見て目を丸くしていて、「すごい」と口をあんぐり開けていた。
わたしは軽く手を振って、にこりとほほえみかける。子どもも笑い返す。そのやりとりを経て、また新しい一日が始まろうとしている。
今日もわたしは派手に街を巡る。周囲が指さし、口々に何を言ってもかまわない。わたしはわたしらしく、どこまでも歩いて、気になるものを全部見に行く。
人はいつしか、それを「カリスマ」と呼ぶのかもしれない。わたしは特別そんな意識はないけれど、それでも好き勝手やっている姿を面白がってくれるなら、このまま続けるのも悪くないだろう。
大通りの先へ、薄明るい陽射しの中を足早に進みながら、わたしは小さく笑みを浮かべる。そっと胸に込めたわくわくを感じながら、今日はどんな街角の風景に出会えるかを想像しながら――。
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この話で完結となります。
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