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怪我と魔石


……置いていかれてしまった。

まだ頭の中の記憶はごちゃごちゃしているが、休めと言われても何度も気を失っているからか全然眠くない。考えることは一旦やめて部屋の中を見渡してみた。


壁にはたくさんの飾りがかけてあった。

綺麗な石や羽のようなものが括られていたり、よく分からない落書きのようなものが壁に直接書かれていた。

床を見ると、あらゆるところに本が置かれていた。正確には、落ちている本が何冊も積み重なっていた。彼は片付けが苦手なのだろうか。

ベッドは思っていたよりも高く、降りるというより飛ぶように着地した。ベッドが軋む音が大きく響いた。


……そういえば、服のこと聞き忘れたな。


彼は私を「検査」したと言っていた。もしかして、本当に追い剥ぎのような形で服を剥かれたのだろうか。

今着ている服はただの白いワンピースに膝下くらいまでのズボンという簡素な服だった。命があるだけ良かったが、彼に着替えさせられたのかと思うと気分が沈んだ。そういえば、彼は私が着ていた服のことで何か言っていた気がする、何か特別な服なのだろうか。

服のことを思い出そうとしたが、何も思い出せなかった。ただ、頭痛がしなくなるというのは本当らしい。それだけでも進歩があって良かった。

部屋をうろうろしていると、急に足裏に鋭い痛みが走った。


「痛っ!」


しゃがんで足元を見ると、ゴツゴツとした石のようなものが落ちていた。小指の半分くらいの大きさで、薄いピンク色が半透明に透けてとても綺麗だった。

どうやら靴も持っていかれていたようで、裸足だった為石を気づかずに踏んでしまったようだ。


じわじわ痛い、石よりも私の足のほうがピンクに染まってきた。床に座り込んでさすっていると、バン!と強い勢いで扉が開かれた。思わず体が跳ねる。


「……おい、俺はお前に休んでいろと言ったはずだが。一体何をしている?」


また彼が戻ってきた。じろりと睨まれる。


「ご、ごめんなさい。部屋を見ていたら、石を踏んでしまいました。」


びくびくしながら踏んでしまった石を差し出した。


「……何かしたか?」

「え?」

「この石に触れて、何かしたか?」

「何か、と言われても……床に落ちていたのを踏んでしまいました……それ以外は何もしていません」


もしかして私が踏んだことにより欠けてしまったのだろうか、それとも、床に落ちていたとはいえ大事な物なのかもしれない。石はゴツゴツとした不規則な形をしていて、私にはどこが欠けたのか分からない。


「……この部屋が問題無いなら良い、それより、踏んだ足を見せろ」

「きゃっ!?」


彼はしゃがむと座っていた私の足首を掴み持ち上げた。急に足が上がったせいで、結構勢い良く背中を床にぶつけた。


「い、痛いです、掴み方!」


今、この服を着ていて良かったと思った。スカートを履いていたら大惨事になるところだった。はたから見たら子供を襲う大人という図にしか見えないだろう。実際、似たようなものだけど。

彼はまじまじと先ほど石を踏んで赤くなった箇所を見ていた。人に足裏を見られるのはなんだか恥ずかしくて思わず顔を背ける。


「……まあ、これくらいならいいか。」


彼は私の足を床に降ろすと何かを考えるように無言になった。とても気まずい。


「あの……」

「そこでじっとしていろ」


目線を合わせることもなく彼は部屋を出ていった。一体何なのだろうか。ぽかーんとしながら扉を見つめていると、彼が木箱を持って戻ってきた。

彼はその場に座ると、問答無用で私の足首を掴み自身の足の上に乗せた。


「な、何をするのですか?」


なんだか不安になって聞いてみたが、返事は返ってこない。ただ、先ほどよりも目線が怖くなくなっている気がした。

彼は木箱を開けると、その中から包帯を取り出した。次に瓶を取り出すと、中からドロドロとしている何かを包帯に塗り、私の足にべたっと張り付けた。


「ひゃっ!」

「うるさい、静かにしていろ」


ベトベトしたものは思っていたよりも冷たくて、空気に触れるとスースーする。

今度は足を全て覆うようにぐるぐると包帯が巻かれていった。

その時点で、もしかして彼は怪我の応急処置をしてくれているのかもしれないと気が付いた。

何か言いたかったが、またうるさいと言われてしまうので黙って終わるのを待つ。


まるで白い靴下を履いているように綺麗に包帯が巻かれた。おぉ〜と見ていると、こちらに向けられた金色の瞳と目が合った。またきつい目つきに戻っている。


「……応急処置をしてくださった…のですか?」

「そうだ」

「あ、ありがとうございます」


勝手に連れてこられて、貴方に靴を奪われたせいで怪我をしたのですが、と思ったが、ここで変に反感を買っても仕方ないので余計な口は噤んだ。しかし、少しだけ腫れてしまったとはいえなんだか処置が過剰な気がする。


「痛かったので有り難いのですが、少し大げさではありませんか?」


彼は立ち上がるとフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


「勝手に荒らされても困るので、早めに手伝いに入ってもらう。靴をとってきてやるので、そこを動くなよ」


びしっと指を指されて、じろりと睨まれた。




彼が戻ってきて渡してくれた靴を履いた。変な色のシミが付いていて、とてもぶかぶかだが裸足よりはマシだ。


「ついて来い」


彼の後に続いて扉を出た。山小屋だと思っていたが、木製の廊下は左右とも突き当たりが見えないくらい長かった。天井は高くないのにとても広い事に驚いた。

辺りを観察しながら彼の後に着いていく。廊下も部屋の壁と似たような飾りがずらずらと並んでいる。掃除が大変そうだ。

後ろから見ると、彼の紺色の髪はとても綺麗だった。自分とは違う髪色も良いな、なんて考えていると急にその背中が目の前に来てぶつかりそうになった。


「うわっ!」

「ぼさっとするな、この扉だ。今後よく使うようになるだろうから覚えておけ」


横を見ると周りの木板には合わないよく凝った扉があった。白くてつるつるとした表面に黒い装飾が付いていて、真ん中には閂があった。

彼が扉に手をかざすと、カチャという音と共に閂が外れ扉が開いた。どういう仕組みなのだろう。


彼に続いて部屋に入ると、明るい光に目が眩んだ。正面に大きな窓があり、日差しが入り込んでいるからか廊下よりも空気が暖かい。

先ほどの部屋と広さはそこまで変わらないけれど、ベッドは無く代わりに真ん中に広めのテーブルと無造作に置かれた椅子、横にはカウンターがあり、壁はどこを見ても棚がずらりと並んでいた。

彼は椅子に座ると私にもう一つの椅子を指さした。


「そこに座れ」


言われた通りに座ると彼とテーブルを挟んで向かい合わせになった。不機嫌そうな顔がこちらを睨んでいる。


「メルンと言ったな。………俺の名はレオキス、魔術師だ。これからお前はこの家の雑用係として過ごしてもらう、拒否権は無い。勝手な行動はするなよ。これから手伝いをしてもらうがその前に何か質問はあるか?」

「レオキス……様。質問があります、私を殺さないのですか?」

「はあ?今お前を殺してどうする、雑用係にすると言っただろう。抵抗しなければ最低限の生活は保障する。あと、様付けはやめろ」


睨まれてはいるが、ただ嫌われてるだけでどうやら命拾いしたらしい。少しだけほっとした。ちなみに、私は気絶した後半日ほど眠っていたらしい。


「雑用係が何をするのか分かりませんが、生活を保障してくれるのならば頑張ります。けど、どうして私を拾ったのですか?レオキスさん」

「詳しい事情は省くが、簡単に言うとお前はとても珍しい種族だ。記憶は無いだろうが、お前の種族がこの辺りにいるのは神話級にあり得ない事で、余所のやつに手を出されたら面倒なんだ。お前の体を悪用しようと思えば……ああ、この話はいいか。まあつまり、俺が保護してやるからお前は大人しく働けということだ。」


レオキスは種族について説明してくれた。人間、エルフ、ドワーフ、人魚、魔人……細かいものは分からなかったが、主にその5種族に分かれているらしい。私はその中に入っていない珍しい種族なのだそうだが、なんという種族なのかは教えてもらえなかった。種族については一般常識らしいので、私はそういう当たり前の記憶も忘れているのかもしれない。


「難しいですけど、頑張って覚えます。レオキスさんはどの種族なのですか?」

「俺は普通の人間だ。お前も人から種族を聞かれた時は人間と答えるようにしろ。見た目はそれほど変わらないからな。他に質問は?」

「私の記憶は戻るのでしょうか?」


名前が分かっただけで、どこから来たのかも、誰といたのかも分からないし、自分で言うのもあれだけどこんな得体のしれない女を保護して良いのだろうか?


「さあ?言っただろう、無理に思い出す必要はない。お前はまだ子供なのだ、どうせこれから生きる年数のほうが長いし、焦ったところでどうしようもない。」


レオキスは私に魔術がかけられていると言っていた。魔術のことはよく分からないけど、つまり私の記憶を消したい誰かがいて、私はその誰かに恨まれていたのではないのだろうか。そんな私の不安をよそに、レオキスは立ち上がって部屋のカウンターの方へ向かった。


「あとは作業をしながらで良いだろう、こっちへ来い。仕事の説明をする」


レオキスの横に立ち説明を受けることになった。

レオキスがカウンターに手をかざすと、先程までは無かった模様が浮かび上がってきた。かざした手には大きな宝石が付いた指輪をしていた。


「この魔法陣は魔力を感知すると浮かび上がる。この上に鍋を置いて素材を煮込むと回復薬を作れる。それがお前の担当だ。」

「魔力というのはなんですか?そういえば、魔導とか、魔導師というものもよくわかりません。これも一般常識ですか?」

「一般常識だ。まず、魔力は体内や空気中に存在する星の力だ。魔導は、魔力を通して使うことができる道具などを周囲の魔力を集めて使うこと。それをする者は魔術師と呼ばれる。」

「星の力……?」

「……神々や死者から降り注がれる、この世界に溢れている動力を星の力と言う。星の力という名前は神話に出てくる呼称で、一般的には魔力という。全ての生き物は体内に魔力を持って生まれる。そういえば、魔法は分かると言っていたが、お前が知る魔法とはどのようなものだ?」


私が知る魔法は概念的なもので、何か超常的な力、くらい抽象的なものだ。そう言うと、レオキスは大きく溜息をついた。どうやら私は相当無知らしい。


「魔法とは、周囲の魔力だけではなく体内にある魔力をも引き出し、自らで魔法陣を構築し発動することだ。体力は勿論だが、才能が無いと難しい。一つの国に一人魔法使いがいるだけで他国への威圧になるほどなれる者が少ない。まあ、所属をしていない野良魔法使いがたまにいるが……」


真顔に戻っていたレオキスの表情がまた不機嫌そうになった。魔法使いが嫌いなのだろうか。


「お前は種族的に魔法を使える可能性が高いが、ここまで常識が無いと不安だな……。俺は魔法を使えないので教えることは出来ないし、魔導具があれば魔法は必要無い。これを付けろ」


レオキスから指輪を渡された。レオキスの指輪とは違い、石は透明で色が無いし、輪は少し大きい。


「私には大きい気がします」

「それは魔導具だ。付けた物に合わせて変形するのでどの指に付けても問題無い」

「そうなのですか。………わあ」


レオキスと同じように中指にはめてみると、金属がぐにゃんと曲がり私の指に合う大きさに変形した。


「次は魔石の登録だ。魔石はその個人の魔力の色を映し、魔導師にとっては魔法陣を動かすには必ず必要なものだ。それはまだ無色だが魔力の登録によって色が変わる。魔力を扱えないものは登録できない。先程お前が部屋を勝手にうろついて勝手に踏んで勝手に怪我をした石も魔石だ。人の魔石に勝手に触れると怪我をするので気をつけろ」


じろりと睨まれた。どうやら勝手に部屋をうろついたことをまだ怒っているらしい。

レオキスの指輪に付いているのも魔石なのだろうか。深い紫色をしていて日差しに反応してきらきらとしている。


「私、魔力の扱いなんて分かりませんよ?」

「出来なかったら俺の魔力を籠める。魔導具は誰の魔力でも効果は同じだからな。一旦やってみろ、体の中にある流れを指輪に向かって集める感覚だ。最初は目を閉じたほうがやりやすいかもな」


言われた通り目を閉じて集中する。魔力はよく分からなかったが、体の中の血を手に集めるような感じで力を入れてみた。


目を開けると、先程までは無色だった石が濃い水色になっていた。きらきらと光が揺らめいて目が奪われてしまう。

レオキスは何故か椅子に座って読書をしていた。私の視線に気がつくとぱたんと本を閉じ私の前に立って魔石を覗き込んできた。


「時間はかかったが、初めてにしては上出来だな。やればできるじゃないか、これで俺の手間が減る。」

「魔石、すごく綺麗です」

「ああ、上質な素材を使っているからな。これでその指輪は、壊れるかお前が魔力を取り除くかするまでお前専用だ。仕事道具としてやるから大事にしろ」


その後は仕事の説明が始まった。

私の仕事は、朝起きてこの部屋に来て、レシピ通りの回復薬を作り、一定の量を作り終えたら部屋に戻って寝るという単純なものだった。レオキスが3食のご飯と共に進捗を確認しに来るらしい。

魔法陣と同じで、扉の閂も指輪をかざすと開けられるらしい。私の部屋にも外から同じような鍵がかかっていた。この指輪が無くなるとどの部屋にも入れなくなるそうだ。



「……必要な説明はこのくらいか?回復薬はレシピ通りにすれば作れるが、明日最初に俺が指示するのでそれで覚えろ。お前はお前が思っているより体力を消耗している、今日はもう部屋に戻って寝ろ」

「え?でも、まだ元気ですよ?今教えてもらっても……」

「魔力を扱ったことが無い者が魔術具を使うとかなり辛いはずなのだが……とりあえず、俺は今日やる事がある。本当はこの説明も明日するはずだったのにお前が勝手に起きてきて怪我をして勝手な行動をしそうだったから今日にしただけだ。それにもう夜だ。子供はさっさと寝ろ」

「え?夜?」


窓を見ると、先程まで眩しかった太陽は消え去り真っ暗な夜の闇が広がっていた。


「あれ?さっきまでお昼でしたよね…?どうして……」

「魔石の登録に数時間かかったからな。自覚が無いだけで数時間は掛かっていたぞ」


先程レオキスが私が登録をしている間に読書をしていたことに納得した。私はずっと立ちっぱなしだったのだろうか。言われてみると、なんとなく足が疲れてきた気がする。


「今日の夕食は部屋で食べろ。あとで運ばせる」


レオキスはそのまま私を部屋まで案内してくれた。私が布団に入るまで睨んで監視してくる。とても不機嫌そうで怖いが、その金色の目には昨夜のような殺気を感じる圧は感じなかった。


「早く寝ろ、食欲がなければ無理して夕食を摂らなくてもいい。明日の朝は無理にでも食べさせるがな」


最後まで睨まれたまま、扉が閉まる。


次の日から、私の住み込み雑用係としての生活が始まった。

レオキスの目つきの悪さは育ちのせい

タレ目のイケメンなのにメルンにとっては怖い人認識のまま


次は魔術でお手伝い

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