0話 はじめの一歩
「ガタン、ガタン」
大きな砂利にタイヤを引っかけた馬車は車体を上下に揺らしながら、俺達を目的地に運んでいる。
長時間移動しているわけではなかったが、
乗り心地の悪いこの馬車でさえ、多くの乗客がうとうとしているのが分かる。
乗ってから15分くらいだろうか。
自分も寝ていたから、正確な時間が分からない。
ただ、俺たちが乗ってきた町からは、
想像もできないのどかな大自然が、馬車の隙間からちらりと見える。
一面に咲いている黄色い穂を持つ植物に、
奥にそびえたつたくましい山々。
どれもこれも馬車を走らせた町からは想像できないほどの田舎の風景。
もっと都会の町ならば、たった数十分程度ではここまで自然に囲まれることも少ないのだろうが、
ここらではこれが普通らしい。
もっと都会の方にあると思っていたから、
案外ひっそりとした場所にあるんだなと少し驚いている。
「グイィィ」 「グイィィ」
おお、シツケナキメクロが上空を優雅に飛行している。
さえずり?だろうか。
この時期は繁殖期のはずだ。
シツケナキメクロは春から夏にかけて繁殖期を迎える。
「ハナワリ」っていう涼しい地域に住むガの幼虫を好んで食べるから、
ここら辺の山や森には結構な数が見られそうだ。
俺の住んでいた村でも結構な数が生息していて、
時たま屋根の上に巣を作るもんだから、あっちじゃ「屋根大工」なんて呼ばれてたりする。
ほぼ方言みたいなもんだけど。
まあまあ離れたところまできたつもりだったけれど、周りの生態系を考えると、
そこまで故郷の村とは変わらないらしい。
新しい生き物とか植物とか見たかったんだけど、
ちょっとがっかりだ。
そんなことを考えながら外を見つめていると、
シツケナキメクロはメスを求めて、眼前に薄く映る大きな山々へと消えて行ってしまった。
「もうすぐつきますよ。」
馬車の前方からしゃがれた渋い声が車内にしっとりとひびいた。
その合図と同時に、うとうとしていた皆も少しずつ目覚まし始める。
俺も荷物をまとめて、馬車から降りる準備を始める。
とは言っても、大切なものや財産などは町の倉庫に預けてきたので、ほぼ生活用品だけでそこまで大荷物というわけではない。
火起こし用の、瓶に入れた焼き石と、水筒、少しのお金と着替えが2セットほど。
あとは細かいのがちらほらと……あ、町で買ったパン食べるのを忘れてた。
俺はリュックの側面から軽く押しつぶされたパンを取り出す。
このパンは携帯食で水につけてふやかして食べるものだから、そこまでぺしゃんこになっているわけではなかったが、それでも見た目は少し悪くなってしまっている。
とはいっても、このままリュックの中で腐らせたしまうのも嫌なので
着くまでに食べてしまうことにした。
………ジャムが欲しい。
水でふやかしているのに、噛み応え抜群のかったーいパンをもぐもぐしていると、なんともむなしい気持ちになる。
そういえば、学校についてからの食事はどうなるのだろうか。
ついてからは校内に売店があるとの話だったが、どこまで食品が充実しているのかわからない。
最悪自分で調達してもいいかもしれない。
近くの山からいろんな食材が取れそうだ。
鹿とか食いたい。
かたいパンのもぐもぐタイムはじきに終わりを迎え、
気づけば車輪が砂利にタイヤを引っかける不快な音も、あんなに激しかった車体の揺れもそこまで気にならなくなっていた。
道が整備されてるのだろうか。
何度か馬を走らせてできたような道がここずっと続いている。
それもそのはず。
俺たちは到着したのだ。
「ルーク魔術学校」に。
「ルーク魔術学校」
名前の通り、魔術専門とする学校である。
学校と聞くと、傭兵や冒険者数多く輩出する「剣術学校」
貴族の跡取りが教養を身に着けるために通う「貴族学校」
他の国ではわからないが、少なくともここヴァーロット大陸中部を統治する
サリスでは、この2種類の学校しか存在していない。
魔術を専門とする新しい学校。
まさに前代未聞。まったく新しい試みだ。
何より、そもそも魔術が一般的なものではない。
魔術とは長年、貴族が代々受け継ぐ護身術である。
その存在は俺たちのような一般人も知っているが、
どうやって使っているのか、そもそもどういったものなのか、
使い手の少なさも相まって知る機会があまりない。
大昔では、魔術は最も優れた戦闘術だとされ、魔物の駆除や戦争などで使用されてきた歴史があるらしいのだが、今では剣術の技術の向上もあってか魔術の影はかなり薄い。
代々受け継いでいる貴族でさえも、
護身術として最近では魔術ではなく剣術を学ぶものが増えているのだとか。
年々減っていく継承者…
そこでこの問題を解決すべくある一人の魔法使いが立ち上がった。
といった感じで最初は校長一人で始めたプロジェクトだったらしい。
廃校となった貴族学校の校舎を買い取って教員を雇って…
さすが貴族様だ。
やることの規模が俺たち一般人とは違うな。
今日はその魔術学校の入学式。
もちろんおれもここの魔術学校の入学生としてここへやってきた。
幼いころから村の元ベテラン冒険者である、キクノばぁちゃんの冒険譚が好きだった。
小さな村で年の近い子が少なかったから、
毎日のようにばぁさんの話を聞きに行ったっけな。
ばぁさんの話す話はどれもこれも新鮮で、
いつも新しい刺激をくれた。
特にひかれたのが「常世の魔法使い」の話だ。
不老不死の魔法を使う魔法使いの話なんだけど、
これがまたかっこよくてさ、
自在に魔法を操って魔物をバッタバッタとなぎ倒す。
俺にとってのヒーローだった。
なのにばぁさんってば自分が恋した戦士の話ばっかりするんだから。
もっといろんな話が聞きたかったよ。
今度は自分が話す番になるのかな…。
それまでばぁさんに生きててもらわなくちゃ。
ふと、馬のスピードがゆっくりになる。
馬車の構造上、前方が布に覆われていて見えないのだが、
どうやらとっくに学校の門をくぐり、
校内に入っているようだった。
はじめの一歩がこんなあっさりと行われてしまったことに
少しショックをうけた
しかしそんな憂鬱は長くは続かない。
俺たちは目を奪われた。
馬車を降りた先に見えた、そのたくましい校舎に。
ちょっとぼろいけど。