3.宇宙人は『地球人◯◯◯』だ
喫茶店黒舟のマスターである黒瀬鉄舟は自宅兼拠点に戻ると地球人型スーツを脱ぎ、頭部から無数の触手を生やした本来の姿に戻る。
そう、彼の正体は宇宙人。
遥か遠くガンダー星からやってきた調査員で個体名をアルという。
普段はさっきまでまとっていた外気完全遮断機能付きの地球人型スーツ着用で情報収集を行っている。
「いや今日は驚きましたね。薩浜さんの推測、いいとこ突いてましたよ」
ガンダー人にとっての地球の価値というのは薩浜が推測した通り地球が『実在するif世界』と言っていいからだ。
だからアルが地球に派遣されて母星に情報を送り続けている。
「ただ私達が地球人達と交流しない理由については……まあ、表向きの理由としては正解なんですけどね」
何かの拍子に地球人を含めた生物を間違えて滅ぼしてしまってはガンダー人の不利益になるから、というのは理由の1つではある。
だが実はもっと根本的な理由があった。
それについては永州の『地球人と見た目が違い過ぎて怖がらせてしまうから』という発言の方が正解に近い。
実際、地球人と変装を解いたガンダー人が出くわしたりしたら、恐怖で正気を保てず、叫び、嘔吐し、漏らしまくるだろう。
お互いに。
そう、地球人の外見はガンダー人から見て途轍もない生理的嫌悪をもよおすものだったのだ。
それはもう日本人がGに抱きがちな嫌悪感を極限まで煮詰めたレベルだ。
つまり『地球人恐怖症』と呼んで差し支えない。
そのためガンダー人の間では食事中はもちろん普段の雑談でも地球人の姿形を想像させる発言はマナー違反とされる。
なお、研究により地球人もガンダー人に対して同レベルの嫌悪感を抱くであろうとされており、それを聞いたアルの友人は
「はあっ!?俺らの数千本の触手がキモい!?あいつらの頭に何十万本も生えてる『毛』とかいうもんの方がよっぽどキモいだろうが!」
と叫んでいた。
恐らく互いの姿を見ないようモニター越しにアバターで交流しようとしてもアバター越しの相手を想像してしまってまともなコミュニケーションなど取れないであろう。
しかし政府はそれを非交流の理由には出来なかった。
ガンダー人にも地球人で言う人種や民族があり、見た目に差異がある。
それら民族同士が血みどろの争いを繰り広げた歴史がある。
それを現政府が宗教団体ガンダー教と手を組んで『ガンダー人皆平等』をスローガンにガンダー星統一国家を建国したのだ。
ここで非交流の理由を地球人の外見嫌悪にしてしまったなら
「下等な地球人は我々に嫌悪をもたらす。ということはやはり外見には内面がにじみ出るものなのだ!したがって青い肌、触手の吸盤に鉤爪という優れた容姿を持つ我等ドサン族が全ガンダー人を支配すべきなのだ!」
と未だに相当数存在する差別主義者達を勢いづかせかねない。
なのであくまでも非交流の理由は『生態等の差が大きすぎるため』であり外見嫌悪であってはいけないのだ。
ではそんな地球人だらけの星に送り込まれたアルの精神状態はどうなのかというと――すこぶる充実していた。
実はガンダー星人の中でもごく稀に地球人の外見に嫌悪を抱かない者がいてアルもその1人だった。
ごく稀にというのがどのくらいかというと全ガンダー人1000億人に対して100人程度しか存在しない。
つまりアルは10億人に1人くらいの変人であり、それが故に地球に赴任となったわけだ。
今のアルは例えるなら毎日が『カブトムシ捕りに行く小学生男子の気分』であった。
そしてアルは今日の分の報告を終える。
「さて、今日はどれにしましょうかね」
膨大なアーカイブから1本の映像を選んで鑑賞する。
今日は大都会のスクランブル交差点の映像だ。
鑑賞しながらアルは夢想する。
このスクランブル交差点で自分が真の姿を現して暴れ、駆け出したならと。
その映像は地球人には醜悪な邪神の侵略に見え、ガンダー人には無数の地球人に囲まれたガンダー人が決死で逃走路を切り開いているように見えるだろう。
互いが互いに恐怖を抱くであろうという滑稽さにアルは「グォプォプォプォプォ」と含み笑いを洩らすのだった。