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二人はキャンプの車庫を目指して進む。ハヤミは前に進むため、ヨシノはそれが真逆だと諭すためだ。
「ハヤミ、ある時払いの催促なしなんて依頼受けたら賞金稼ぎは廃業よ。そういうのパシリっていうの。特に『カイタ病院』は最高に笑える。ナカノが包帯千切りながら腹抱えるんじゃない? だいたい命貼ってまであの子を助ける義理なんてないじゃない。動機がウェットにも程があるって」
ヨシノはまるで犬のように付いていく。
「いいハヤミ? これは簡単なことよ。私達二人はもう一度医療テントまで戻って、親指の爪にハマってるヤブ医者をお座りさせる。それで私はこう言う。『さっきの依頼がジョークでない可能性を考えて戻ってきたんだけど今いい?』。ハヤミはこう言う。『あの子のタトゥが気に入ったなら腕の良い彫り師を紹介するよ? はじめまして』。ね、簡単でしょ?」
ハヤミは急に立ち止まる。
ヨシノの言う通りこの流れは賞金稼ぎ失格だ。おろか自殺行為である。そして足元見られてまでカエデを救う義理もない。
何よりあの子は爆弾だ。
医療機関『カイセイ』からの逃亡者を匿ったとあれば個人ではなくキャンプ同士の抗争になる。焼却隊が来たらここは焼け野原だ。否、そうなる前にアキはカエデを取り上げて早々に送り返すだろう。最低なテルテルボウズのペアなど添えて。しかも今から向かおうとしている場所は、よりによって焼却隊の『お気に入り』場所だ。馬鹿なのか自分は。
ハヤミの目から葛藤を読み取って、ヨシノは続きの言葉は飲み込んだ。深呼吸してから手にした濾過水のボトルを一口飲み、代わりのセリフを吟味する。
「……いいハヤミ? 私達は双頭の野犬だよ。片方の頭が死ぬと決めたら、もう片方も死ぬしかない。そこに迷いがあったら双頭じゃなく二頭になる。それじゃダメだ。ダメなんだ。慣れ合う二頭はもう野犬じゃないし、この世界じゃ生きていけない。私はバカじゃないから今ハヤミが抱えているもののヤバさが分かってる。……一緒に死ぬことに迷いはないよ。二人でバーベキューになってもいい。でも理由は知りたい。どうして?」
ハヤミはかぶりを振った。
「ごめん、正直うまく説明できない。でもここがきっと境目なんだよ。明日も二人で、見ず知らずの馬鹿を軽口で罵ったりするためのさ。もしここであの子をアキやナカノに引き渡して『破棄されるまで幾つ投薬マーク増えるか賭けようか』って笑えるヤツは、たぶんアタシ達じゃないんだよ。そんな形で生きていくって、もう死んでるんじゃない?」
まるで思いつめた様に真剣だった。
しかしヨシノは納得できない。そんな綺麗ごとはオイザワ家に捨ててきたと思っていた。今更そんな縋るような目をして、バカみたいじゃないかと思った。
「……分かったよ。なら。曇ってるうちが良いね。急ごう」
それでも彼女は、二頭ではなく一頭の双頭でいることを選んだ。
ヨシノは諦めた様に『淑女』に向けて歩き出し、そして後悔した。何故素直に『私のことはどうでもいいの?』と言えなかったのかと。