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 二人は医療テントに入る前、恒例の治験リストを確認する。新たに一件が更新されており、そこにはキャップ付注射器が付属していた。


『急募:心身共に健康な成人一名。要・遺書。報酬:遺族一名への嗜好品支給一年分』


 ハヤミは希望者欄に『アキ』と殴り書きしてから中に入ると、本人も中に居た。

 薬品臭いテント内を見渡すと、中央のベッドには見慣れた寝たきり老人がうつぶせて居る。誰の報酬でキャンプが面倒を見ているのかは不明だが、彼の愛称は『ロミオ』。今日も寝言で『ジュリエット』と呟くのだろう。

 奥のベッドには青褪めた女が横たわっていた。固く組んだ手には汚れたネコのヌイグルイが握られており、その傍で伴侶と思われる男が憔悴しきっている。見覚えがある。マツキだ。ここ最近、『父親になった』と浮かれていた矢先だった。

 その肩に手を置いているのがアキだ。死神が死の哀別を慰めるとは酷い皮肉だとハヤミは顔をしかめる。もう片方の手からチグサのネックレスを垂らして、彼は諭すように語り掛けていた。


「彼女はキャンプが責任を持って葬送する。お前の規律正しい献身を踏みにじった外道は追跡者に始末させた。アクラで屍を晒したと聞いている。手引きした男にも、私がこの手で苦痛を与えてやった。そいつの処刑は間もなくだ。この程度で気が晴れるとは思わないが、最前列で見届けよう。それが、最初のセレモニーだ」


 アキに手を添えられながら、男は幽鬼のように出ていった。どうしてもテルテルボウズの前で演説がしたいのかと、ヨシノは小声で「大根役者。オスカー取って来いよ」と毒づいたが、ハヤミは目を向けず、キャンプ医フチュウの話に注意を向けていた。


「――つまり、峠は超えられると思う。さすが『アンチ・レイン』って言いたいけど、チグサの腕も確かだったわ。でも、まだまだ予断は許さないわね。万全を期すなら抗生物質が欲しいところよ。『カイセイ』の連中が流通量を絞ってきたから、これからは調達が生命線ね。あ。ねぇ、暇だったら二人行ってきてくれない? カイタ病院って火災か何かのせいで外身アレだけど、物資にはほとんど手垢ついてないの知ってる?」


 この眼鏡女医は遠回しに『死ね』と言っているらしい。場所ロケ危険区画(レッドゾーン)でさえない。地図更新のときも、あの場所にはナカノがスカルマークと十字マークを二重スタンプするから支給地図はいつも滲んでいる。歩いて行ける死後の世界の一つだ。


「大穴狙うなら雨上がりの今がチャンスよ。最近は汚染濃度が基準値未満だし、にわか雨が降っても無傷なら大丈夫。どう?」


 フチュウが親指の爪を噛み始めたとき、ヨシノが白衣の襟を掴んだ。


「ねぇ親指偏愛家のお医者さん。冗談はハイセンスなメガネだけにしときな。カイタ病院が手付かずな理由は見た目のせいでもお天気のせいでもない。『カイセイ』の焼却隊が、サイジョウが巡回拠点として直々に赤十字マーク掲げているからだよ。これまで何人の自称腕利きが調達に行って、何人が瀕死の熱傷で戻ってきたか知ってるか? ゼロだよ。一人残らず灰か炭だ。あそこを平然と往復してるバカは一人だけ、ホイールマンのユズリだけだよ。私達がサイジョウとユズリの二人に出会ったらお前ん家のホームパーティーに招待すればいいのか? 完熟スリムレッドのアップルパイでも焼いてくれるんだろうな? 調達をピクニックだと勘違い――」


「いいよ。それでカエデの手当てをするんだな。他に報酬は?」


「ああ、もっと言ってやれハヤミ。は?」


 ヨシノはハヤミの言い間違えを振り返る、が、彼女の目は真剣だった。フチュウはヨシノの手を払ってからハヤミの目を値踏みする。


「そうね。この子の面倒を引き続き見てあげるし、ある時払いで良いなら、二人が持ち帰った物資で世話した連中からふんだくって何割かあげる。……『高価』なんでしょこの子? 事情は聞かないけど、聞いた方が良い? 例えば彼女の首に付いてた傷テープの下とか、珍しいタトゥがあるけど消毒してあげようか?」


 ヨシノは目を眇めた。


「おやおやフチュウさん、頭の血の巡り最悪じゃん。鼻詰りが酷くて酸欠起こしてるんだよ。鼻に三つ目の穴空けてやろうか? 医師免許ないから格安で」


 言いながらホルスターの銃に手をやったが、フチュウは怯えた様子もなくおどけて両手をあげる。馬鹿げた依頼だ。普段の二人なら笑って殴って背を向ける。が、今はハヤミの手落ちで明らかに足元を見られている。それどころか脅されている。ヨシノもそれは分かっていた。


「分かったわヨシノ。残念よ。すごくね。それでハヤミはどう?」


 フチュウは値踏みを終えたハヤミを見る。


「ナカノに依頼出しときな。『間違いなくカイタ病院だ』って。それからもし、アタシ達二人が戻ってきたときにこの子が散歩に出てたら、アンタは自分の首を探しにキャンプ裏までお散歩だよ。いい?」


 指差しで強く念押しするハヤミの腕を、ヨシノが黙って引いて行った。

 二人がテントから出ていったのを見届けると、フチュウはカエデの寝顔を見つめる。アイツらが出発したらすぐにアキへ報告するつもりだ。その後のことを想像すると、また親指の爪を齧りたくなってきた。

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