アマドはシャルルの真意を見抜く
配光の狭い空間で、青い目が強い光をたたえる。
「そんなことをしたら、キミたちディアス家の基盤も弱くなるだろ。ただでさえ威圧して『夜の大陸』の敵対組織を抑え込んでいるのに、できるのかい?」
「やってやるさ」
そうやって、溜めていたツケをずっと見ないふりして過ごしてきたんだ。
そろそろ『誰か』が払わないといけない時が来た。それがたまたま、俺に回ってきただけだ。
しばらくシャルルは俺を見ていたが、やがて視線を地面に落とした。
「……まあいいよ、そういうのは」
雑談する軽さで、シャルルはとんでもないことを言った。
「どうせ、あと少しでこの世界は終わるんだからさ」
「……どういう、ことだ」
失敗したと、俺は思った。
この空間は、声が反響しやすい。だから、簡単に声も震える。
心の隙を、やつに見せてしまった。
「キミがよくわかっているだろ? あの時、自分は死ぬべきだったんだ、って」
あの時。
それは、イルに助けられた十四年前のことだろうか。
俺を爆発から守るために、イルはあの大きな氷の盾を出した。あの氷を出すために、どれだけの熱量が、どこにツケられたのか。――それが世界を終わらせるほどのものだったのか?
あるいは、俺が『子山羊』の生贄だから、死ぬことによって世界が救われるという話だろうか?
「違う違う。そうじゃないよ」
心を読んだのか、ぞんざいにシャルルが否定した。
「死ぬべきだったのは、キミだけじゃない。――俺も、ロヴンもだ」
思わぬ返答に、俺は息をのむ。
「キミも知っているんだろ? あの子には、過去を改ざんする力がある。俺とロヴンが死んだ時、あの子はこう望んだ。『何もかも壊れてしまえばいいのに』……って」
頭の中で、あの日、ワインを飲みながらそう言った彼女を思い出す。
俺を守ってくれた時には、強い意志を持つ水色の瞳が、頼りなげに揺れていた。
「そう願った結果、あの子は過去へ遡って、俺とキミ、ロヴンを生き返らせたのさ。そして俺たち三人が生きている状態で、世界は破滅に向かっている」
「……どういうことなんだ? 三人が生きている状態が、何がどうして世界の破滅になるんだ?」
「知るかよ」
ツバを吐くように、シャルルは言った。
「このクソみたいな『世界』の考えていることなんか、俺が知るか。世界に直接聞いてくれ」
憎悪と嫌悪感を混ぜて塗ったくったナイフのような声だった。
シャルルは迷いなく俺の方へ歩いていく。ブーツの踵の音が、カツカツと響いた。
「俺にわかるのは、生きているのが三人じゃなきゃ良いってことだ。つまり誰かが一人死ねば、世界の破滅は止まる。けど、ロヴンと俺が死んでも、またあいつは世界の破滅を願うだろう」
長く細い人差し指を俺の額に差して、シャルルは言った。
「つまり死んで世界を救えるのは、お前だけだ」
身体が動かなかった。
脚も腕も、ほんの少し指を動かすことすら出来ない。まるでメドューサに睨まれて石になったかのようだ。
それでも、まだ口だけは動いた。
「……お前は、世界を救う気でいるのか?」
俺の言葉に、ピクリ、とシャルルの目元がゆがむ。
「まだ喋れるんだ、お前。身体も動かないみたいなのに」
シャルルの目には、憎悪だけが浮かんでいる。
けれど、それは俺に向けたものではないように思えた。
俺は力の限り、言葉を続ける。
「さっきお前は、『たった一人の人間を縛り付けて背負わせる世界なんてとっとと滅べばいい』と言った。なのに、今お前が提案したのは、世界の救済だ。お前、何がしたいんだ?」
「別に」
俺の言葉に被せるように、シャルルは吐き捨てた。
「別に。どっちでもいいんだよ、俺は。ただ、全部気に食わないだけだ。秩序のために弱者を虐げるお前たち貴族も、自分の弱さを強者に押し付ける弱者も、何もかも」
……そうか。
腑に落ちる前に、俺の口からするりと答えが零れ落ちた。
「お前は、イルが世界の破滅を心の底から望んでいるわけじゃないことを知っているんだな」
イルが世界の破滅を願ったのは事実なんだろう。
結婚する前、『盾の乙女』の役割を、タハティ一族の秘密を、ルオンノタルから聞いたことがあった。
――タハティ一族の役割は、世界が滅んでしまった時、あるいはこれ以上発展が望めず滅んだ方が良いと判断された後、「星の記憶」でまたよみがえさせる。
『そんなことにはならないだろうけど、一応知っておいて』とルオンノタルは言っていたが、この世界は「そんなことが起きた」世界だったらしい。
あの時、俺は死ぬはずだった。それを、『シャルルとロヴンがいない世界』の破滅を願ったイルは、世界を破滅させるために俺を救った。
イルには、『時を超える』異能力を持っている自覚がない。だから、全ては本人のあずかり知らぬところで起きている。
俺を助けたことで、シャルルとロヴンが生き返ったことも、世界が破滅に向かっていることも、知らない。
もしわかっていれば、間違いなくイルは罪悪感に駆られ、世界の破滅を止めようとするだろう。
口に全部出して、俺はようやく、この男が何を望んでいるのかわかった。
『たった一人の人間を縛り付けて背負わせる世界なんて、とっとと滅べばいいじゃんか』
あのたった一人の人間とは、イルのことだ。
イルの命も、信念も、尊厳も、願いも、この男は守ろうとしている。
なら、ルオンノタルが言っていた『変な組織にちょっかいかけられてる』状態も、トリドで行われた爆発テロも、今まで行われていた、すべての行動は、
「いい加減、お前黙れ」
不機嫌そうに、シャルルが俺の目を手のひらでかざす。
意識を刈り取られ、今度こそ俺は何も話せなくなった。




