アマドはシャルルと対面する
ネトコン運営ピックアップの記事にて紹介していただきました。
本当に素敵なコメントをありがとうございます。続きなんとか書けました。
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アルルの遺跡群は、壁や屋根は崩れているが、柱や梁は残っている。
潮風に侵食され、草木に埋もれた遺跡を歩き回ると、不自然に草の背丈が低い場所があった。恐らく人が通った場所だろう。そうあたりをつけて、俺は岩を動かす。
いくつか動かしてみると、その下には、金属の扉があった。
ずいぶんと真新しい。寂れた様子も、腐食した様子も見られない。
俺は迷わず、その扉を開けた。
はしごを伝って、暗闇の中をおりる。
火で明かりをつけると、石をくりぬいたような柱が点在していた。かつては壮大な建物の残骸も、現在の建物からすれば素朴にも見える。だが、その建築技術は現在の技術をもってしても解明されない、オーパーツの一つだ。
別の方向を見る。
暗闇から、骸骨が現れた。
壁一面に、骸骨がハチの巣のように並んでいる。
なるほど。アムスは地下貯水池と言ったが、葬送所らしい。
カタコンベは、元々死者を葬るために使われていた洞窟だが、この地域では宗教弾圧から逃れるために集まる地下集会所としての役割もあった。
ぽちゃん、と水の音がするのは、水路を利用した葬送所だからだろう。
そのまま真っ直ぐ進むと、塔の形をした柱が二つ並んでいた。
「やあ」
甘く低い男の声が反響する。
真ん中には火を灯したランプ台があり、その奥に祭壇のようなステージがある。そこに、男は座っていた。
彼女いわく、その幼なじみは『銀の髪に青い目』だと言っていた。
だが、目の前にいる男は、黒い髪を肩まで切り揃えている。
それでも俺は、それがシャルル・ヴンソンだと確信した。
「この地を散々蹂躙した『竜提督』が、わざわざ一人でここまで来たとはね。自棄になったのかな?」
「その方が都合がいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、そうだね、とシャルル・ヴンソンはうなずく。
「単刀直入に聞く。
ロヴン・ルンドストロムは生きてるのか?」
その問いに、シャルルは目を見開いた。
「……驚いた。聞くのそっちなのかい?」
「重要だろ。少なくとも俺は、それが知りたくてここに来た」
彼女は親友二人を「殺された」と言っていた。けれど、改めて調べたところ、やはり二人とも「消息不明」だった。
彼女が勘違いしているのか、あるいは――歴史が改ざんされたのか。
それは、どのタイミングでされたのか。
俺が思いつく限り、それは、十四年前のあの出来事しかない。
イルは、親友二人を亡くしたあと、無意識に異能力で時を渡り、俺と出会った。それが恐らく、二人を死から救った。
「これは俺の『私情』だ。竜提督としての任務じゃない」
「……竜提督の任務のついでだろ?」
シャルルの表情が変わる。
「お前たち権力者が、『私情』のために義務を捨てるとは思えない。義務は権力と同意だ。出来るものなら、そんな貧乏くじなんてとっとと捨てるだろう?」
言葉につまった。
まるで、自分の心を読み上げられたようだった。
『竜提督』と言われ、恨まれて、それでも利用されてなおそこに居続けるのは、異能力者が権力を手放す訳にはいかないからだ。 俺たちが権力を手放せば、異能力者は本当にこの世界の生贄になるしかない。
長い歴史で民主主義が主流になっても、結局貴族制度が残り続けているのは、特定の異能力者を義務で縛り付けるものでもあり、他の異能力者の権利を守るものでもあった。
シャルルはゆっくりと立ち上がり、俺の方へ歩いていく。
骸骨たちの何もないはずの眼孔は、それでも歩くシャルルを視線で追いかけているようだった。
「多くの人間はさ、そんな優れていたくないんだよ。
普通よりちょっとだけ、階段一つ分だけ見下ろせたらそれでいい。能力が優れているからって嫉妬なんてされたくないし、『何で助けてくれなかった』とか、『おまえのせいで不幸になった』なんて八つ当たりされたくない。思い通りにしたいのは目の前の人間ぐらいだ。
だけど、そう言う役割を血筋なんていう理不尽で縛り付けなきゃ、この世界は運営できない」
手を伸ばせば届くか届かない距離で、シャルルは止まる。
「破綻している。君もそう思わないかい? ――たった一人の人間を縛り付けて背負わせる世界なんて、とっとと滅べばいいじゃんか」
……目の前が開くような思いだった。
それは、俺にはない考え方だった。
【今ここで死んだ方が、世界のためじゃない?】
今も、そんな声が頭に響く。
俺に優しくない世界なんか知るか、何でそんな世界のために死ななくちゃいけないんだ。何度もそう思うたびに、こうも思っていた。――きっとこの世界は、こんな俺を受け入れはしないだろう。
世界なんかクソくらえ。破滅してしまえ。そんな風に呪っておきながら、誰かに仲間と認められたかった。生きることを許してほしかった。
そんな願いが根底にあるから、心の奥で、「認められるために、俺は世界のために死ななくちゃいけないんだろう」と思っていた。
生きることを許されるために死ぬなんて、矛盾している。
だから、「一人に救えるなら滅べばいい」と言う言葉は、「認められたい」と願う俺の心を揺らした。
仲間と認められない自分を、認められた気がした。これも矛盾している。
だけど、どうしようもなく嬉しい。
もし、あの時出会ったのがイルではなく目の前の男だったら、どうなっていたのだろう。
そんな俺の様子を見て――シャルルが口角を上げた。
「ああ、別に同情はしてないよ? 君にはこれっぽちも興味なんてないし、価値も感じないし。単に、君や世界は馬鹿らしいって話をしているんだからさ。迷惑なんだよね、縋りつかれるの。君が犠牲になっても、多くの人間にとってはどうでもいいし」
息もつく間もなく喋りつつ、吸う空気を言葉の矢にして吐き出す。
侮蔑の感情を魅せる彼を見て、なるほどな、と思った。
「--それでも、アンタにとって、イルマタルさんとロヴン・ルンドストロムは、大切な人なんだな」
シャルルの顔が、一瞬にして真顔になる。
「……俺の洗脳が、本当に効かないとはね」
「いや、ちょっとは効いていた」
俺は少し考えて、続けた。
「……自分を否定するものから、自立するのは難しいな。否定するものから認められなきゃ、自分の存在を消されるような気持ちになるから。
アンタのやり口は、相手を少数派だと言って、人格を否定させてから自分に依存させる手口なんだろう」
何時までも頭の中で響く、自分を否定する声。
『悪魔祓い』だと騙し、『両親が認めた』と嘘をついた司祭。
俺を孤立化させて、否定して、「誰も俺の味方なんかしない」と絶望させて、反抗する自我を奪おうとする。
それでも俺は、どうやらまだ、自分を諦められないらしい。
これだけ自分のことが嫌いなのに、皆から認められる自分になりたいのに、できない。ますます嫌いになる。だけど。
『生きていいに決まってるじゃん』
イルがいなかったら。
あの言葉がなかったら、俺は間違いなくこの男の術中に嵌っていただろう。
シャルルの表情は、やはり真顔だった。
さっきから、感情と表情が嘘らしく見えていた。やっぱりこっちが『本物』か。
恐らく彼の地は、笑顔や侮蔑と言った感情のあるものではなく、この顔なのだろう。
「ロヴン・ルンドストロムの活動報告を読んでみた。彼女の無償の医療機関や治水事業は、有償医療団体の利益や権力者の水利権に差し支えるものだった。だから奴らは、地元のテロリストを煽って殺そうとした」
弱者を救うために、既得権益者から権力や利益をとっていく。
それは至極当然の行為であり、また、権力者が「奪われている」と危機感を持つのも当然だった。なぜなら、彼らにだって守るべき存在がいるからだ。
俺が――例えイルの友人であったとしても、権力者としての権利と義務を捨てない限り――ハッキリとロヴン・ルンドストロムの生存を知れば、彼女はまた確実に命を狙われるだろう。
その医療団体や水利権を支援・管理しているのは、まぎれもなく俺たち権力者だ。権利や利益が侵害されていると分かった以上、俺たち貴族はそれを阻止しなくてはならない。
「だが、彼女たちの活動が法で制限されるならともかく、権力者が不安を煽って分断を試みたのなら、話は別だ。証拠が固まり次第、団体や個人の指導方針、あるいは権利の剝奪を――」
俺の言葉を、シャルルが遮った。
「本当にそんなことが、キミに出来るのかい?」