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異カイの探偵  作者: KAlaN
3/5

#2 Take leg

”逃げる”は手段


君の”脚を持っていく”

 太陽が西側に傾く13時30分


のんびりとコーヒーを飲む優雅な昼食の時間を過ごすことなく、お気に入りのカフェでサンドウィッチを持ち帰りで頼み、電話先が示した場所に歩いて行く。


歩きながら眠りそうになるほど心地の良い光を背に浴びながら、紙袋に入っているたまごサンドウィッチを取り出し、1口2口と口に含んでいく。


ほんのり甘い柔らかな卵が口の中に広がる。


真っ白な食パンもふわふわとした弾力で、噛めば噛むだけ小麦の甘さが舌を撫でる。


コーヒーが欲しくなる、と、今の状況に不満を抱きながら、助手兼妹である”阿崇あたか けい”に向かって紙袋の中身が見えるように開く。


彼女も紙袋に手を入れ、ハムとレタスのサンドウィッチを取り出す。


ふんわりとした柔らかなパンと、厚みのあるハム、鮮度の落ちていないシャキシャキとしたレタスを口に含めば、彼女も頬を綻ばせる。


あのカフェのハムレタスのサンドウィッチは、ちょっと辛めのマヨネーズがいいアクセントだよな、と、いつか食べた味を思い出しながら、手元のサンドウィッチを最後の一口まで口の中に運んでいく。


丁度、彼女が食べ終わった辺りで、私たちは現場に辿り着くと、人の気配が多くある住宅街、その街路地に黄色と黒色のテープが道を遮っていた。


近くの警察官に会釈をした後、テープの先にある女性の背中に恵が声をかける。


紗嶋さじま刑事!」


まっすぐ届くような、はっきりとした声で彼女を呼ぶ。


彼女、“紗嶋さじま 紺衣このえ”刑事は、直ぐに振り返り、


けいちゃん!阿崇あたか探偵も!こっち、こっちよ!」


と、手招きをして呼びかける。



紗嶋さじま 紺衣このえ


現在25歳の警察官、“奇怪事件対応課”に飛ばされた可哀想な刑事。


一見真面目で大人しい、一般的な優しい女性と言う雰囲気だが、残念、奇怪事件対応課は基本的に問題行為を起こした警察官の左遷先として使われている。


常人じゃあ解決できない事件だから作られた課だというのに、この扱いは流石の私でもギャグとして笑える。


まぁ、常人はそもそも怪異を見えも感じもしないから、ネジが外れた変人ぐらいが怪異関与の恐れのある事件を担当した方が良いと私も思っている。


実際に彼女は…まぁ、彼女の異常性はいずれ君たちも知ることになるから、今は事件に集中させてもらおう。



日常と非日常の境界線を潜れば、乾いた鉄の臭いが鼻を擽る。


紗嶋刑事と臭いの出所に近寄り、


「今回のはどんな感じのですか。」


と、彼女の持つクリップボードに手を伸ばす。


彼女は、私にクリップボードを渡し、


「怪死体よ、見ればわかると思うけど、腰から上下が引き裂かれているの。」


と、膨らんだビニールシートを指差して答える。


私はしゃがみ込み、そのビニールシートを持ち上げる。


ご対面した怪死体は、腰から上半身と下半身が分けられており、どちらも引っ張られて裂かれたような痕をしている。


上下ともに女性の死体だが、腰の大きさが異なっていて、1人の死体ではないことを主張している。


私の後ろで、恵が紗嶋刑事と話をしている。


「この被害者のお名前は?」


「DNA鑑定によると上半身の持ち主は、青柳あおぎ 千空ちそら、30代の女性よ。下半身は、北村きたむら 加奈子かなこ、20代後半の女性ね。北村きたむらさんはこの地域の住民らしいけど、青柳あおぎさんはここから大体10km離れたアパートの住民よ。」


「なるほど、因みに北村さんがこの地域の住民らしいということに対して、何故青柳さんがここじゃない区域の住民だと断定できるんですか?」


恵の言葉に彼女は、あぁそれは、と言葉を続ける。


「この奇怪事件、同じものがこれ含めて今週で3件起きているの。それで、2件目の怪死体なんだけど、そのアパート付近で起きた事件でね。上半身は男性のモノに対して、下半身は女性、そして下半身の持ち主が、今回の上半身の持ち主である青柳あおぎさんだったの。」


「そうなんですね。…ということは、青柳あおぎさんは、下半身とは別で、上半身だけここにあると…」


「そう、それに、この怪死体の上半身と下半身の断面を見ると、乾き具合が違うの。」


確かに、上下それぞれ異なる臭いがするなと思っていたが、上半身の方が血や肉がしっかり乾いているのが分かる。


更には、前腕に這ったような擦り傷が残っている。


まぁ、ここまで検証せずとも、上下が違う人の怪死体というだけで、関与している怪異は断定できる。


私はその場から立ち上がり、クリップボードに挟まっている捜査資料に目を通す。


これは、上下ともに女の異なる人間の怪死体、


2件目は、上が男、下が女の怪死体、


ここまでは全員健常者だ。


1件目は、上が女、下が男の怪死体、


下は健常者、上は女学生で、


彼女の下半身は、1件目の事件前に線路上で潰れているのが発見されていた。


その下半身も、引っ張ってちぎれたような痕をしていたらしい。


覚えのある内容に自然と口角が上がる。


事件について話を続ける彼女らの言葉を遮るように、私は口を開く。


「ネット掲示板では有名な怪異だぞ、今回のは。」


クリップボードを仰ぐように揺らしながら、彼女らに向き直る。


恵は分かっているのか、私の言葉に頷き、私頼りの刑事は首を傾げる。


「有名な怪異なの?」


「有名だよ有名、名前ぐらいは一度は聞いた、見たことはあんじゃないですか?


“テケテケ”


って。」


流石に名前は聞いたことはあったのか、彼女も、あぁ!と声を上げて目を見開く。



“テケテケ”


ネットの掲示板に書かれた作り話であり、一説によると、元は北海道で起きた電車と人の事故である。


ある人が事故で上半身と下半身が分断されるも、真冬の北海道は気温がかなり低く、傷口が凍結し、少しの間、上半身だけが這いつくばっていたということから、話が広がり、テケテケという怪異が生まれた。


テケテケは、脚を失くした亡者が強い未練を持ち、脚を取り返すことを目的として人を襲うのである。


無差別かつ、腕の力を使って這っているのにも関わらず、直線で時速100㎞もの移動速度を持っている。


捕まると、まるで電車にぶつかられたような強い力で上半身と下半身を引きちぎられ、下半身をテケテケに奪われる。


その時点で、そのテケテケは目的を達成するため、その場で死に果てる。


そして、下半身を奪われたモノが、また新たに未練を持ちテケテケになるという無限ループの怪異だ。


テケテケは、この話を知った人を3日以内に襲いに来る。


遭遇した場合は、逃げ切るか、テケテケに死を自覚させれば、避けることが出来るらしい。



「テケテケが生まれてしまったタイミングで、この事件の被害者たちは順当にテケテケについて知ってしまったから、襲われた、と考えるのが妥当ですかね。」


クリップボードを彼女に返し、自分の意見を述べる。


彼女は、「なるほど…」と納得したかのように数回頷き、


「なら、この件の上半身たちは、全部テケテケになってしまったモノということ?」


と言う疑問を投げかけてくる。


「まぁ、そもそも怪異にならない限り、上半身だけが10キロも移動するとかないですよ。真面な人間が力で上下分断させても、上半身だけを山じゃなくて街中に放置する方も可笑しいしさ。」


「だよねー、…そもそも、真面な人は、殺しはしないと思うけど…」


彼女は、そりゃそうか、とでも言うような表情で納得を示す。


同意の後に何か話していたが、聞こえなかったことにしよう。


素知らぬ涼しい顔で彼女を見ていれば、彼女は片眉を下げ苦笑する。


「じゃあ、北村きたむらさんの上半身、そのテケテケをどうにかすれば、事件は解決と言う訳ね。」


「そう、例外が無い限り、こんな怪死体になんのはテケテケだけだと思いますし。」


私と彼女の話を聞いていた恵が口を開く。


「お姉ちゃん、テケテケって出現時刻とか決まってたっけ?」


「ない、でもこういうのは大体日が無い時間だ。んで、…出現場所は今決まった。」


私の言葉にけいは、あー、と意図を察したのか一つ頷く。


それに対して紗嶋さじま刑事は、意味が伝わっていないのか、再度首を傾げる。


私とけいは彼女の様子に、互いに顔を見合わせ、同時に彼女の方を見る。


彼女は、私とけいを交互に見ると、冷や汗をたらりと垂らし、ゆっくりと自身を指差して、恐る恐ると言った様子で口を開く。


「もしかして…、今初めて知ったのって、私だけ…?」


彼女の様子に私と恵は堪らず、肺に溜まった空気を吹き出す。


「そりゃ、私とお姉ちゃんが知らないなんて無いですって!」


「い、いや…待って待って!?また囮役させられるの!?死にかける役とか嫌なんだけど…!」


「くはっ、刑事はほんとーにこういうのに詳しくないから丁度いいんですよ。それに、3日間ですよ、3日間、遅くても3日なんすから、1ヶ月よりマシじゃあないですか。」


「そうだけど…!!1ヶ月とか、無期限で怯え続けた日々よりかはマシだけど…!」


「それに、刑事は逃げんの得意じゃないすか。」


「いや…あの…だからと言って、囮は…」


「3日間だけ私とお姉ちゃんの傍に居ればいいだけなんですから~!」


「それが死にかける原因なんだからね!?」


紗嶋さじま刑事は、何かを想像したのか、身体を震わせる。


大方、あのしょーもなプライド高おじさんのことなんだろうけど、というか私たちと関わるだけで怒られてんのに、それでも私たちを頼って来るこの刑事も大概だな。


こっちとしては好都合だけど。


「大丈夫ですって!怒られないように逃げていればいいんですから!」


「どれだけ逃げても職場で鉢合わせるんで、最近は逃げるの諦めてるわ…」


「あぁ…」


けいが刑事の背中を擦っているのを横目に、3日間の内、どの日に良い邂逅と悪い遭遇をするのか、口角を上げて考えるのであった。




 事件から3日目、月に雲が被さる22時


怪異のターゲットにさせたその日から日夜、紗嶋さじま刑事に同行しているが、相変わらず彼女は、私たち、否、私と一緒に居るのが奴にバレると怒られるのが嫌なのか、警視庁に帰らず、捜査内容をメールで送るだけ送って私たちの事務所に居る。


私たちと居ることがバレたところで、私がその場に居ればヘイトは私に向くというのに、それに気付かないなんて、捜査中の洞察力が普段にも効かないのが玉に瑕である。


事件の日から睡眠をとる以外は、テケテケに遭遇できるように外を出歩くようにしている。


時速100kmで移動する怪異だ、直線でないと移動はしにくいだろう。


昼間は、刑事やけいが気になる店に入っていき、私はそれを外で待っている。


夜間は、適当にふらふらと歩き、2日間が過ぎた。


彼女にとっての鬼、私にとっての厄介者に遭遇することなく、3日目の夜、待ちわびていた存在に邂逅した。



事務所から少し離れた、寂れた公園の前、車道がまっすぐ広がり、所々に右折左折が出来る通路がある大通り。


黒く欠けた月が、街灯と共に辺りを照らしている。


後ろでけい紗嶋さじま刑事が話しているのを聞き流しながら、肌に触れる冷たい風に瞼を閉じる。


再び目を開ければ、薄い雲が光を隠そうとしていた。


次の瞬間、嫌な気配と生暖かい空気が辺り一帯を支配する。


街灯がチカチカと明滅し、不規則に光を失わせる。


「これは…」


私の後ろにいる2人も、この異様な状況に会話を止め、空いた口を閉ざす。


正面から、ずる…、ずる…、と小さく何かを引き摺るような音が、後ろでは、ごくりと息を飲む音、一歩後ろに下がる足音が聞こえる。


それが光の下に辿り着けば、影に色が付く。


生気を失った白い肌に乱れた黒い髪、不気味な笑みで呻くように「あ゛、あ゛ぁ゛…」と声を上げ、こちらに向かって手を伸ばし、それは前腕を使って這い動く。


冷や汗をかく必要も、恐れを抱く必要もない。


上半身しかないそれは、茶色のカーディガンの下を真っ赤に染め上げている。


それが動けば、動くだけ。


怪異 “テケテケ”


前腕を地面に付ければ、ばたばたと音を鳴らし、風を切るようにこちらに向かって這って来る。


瞬間速度は、凡そ時速78km、


私が瞬きをした一瞬で眼前まで距離を詰められる。


それは、狙いを遮る私を退けようと、スピードを使って身体を浮かし、私に手を伸ばす。


ただ障害物のように立つ私を、別の影が越していく。


手の甲に、活字が円を作り、中央に大きく“封”と描かれた手袋を付けた拳が、それの顔に入り込む。


この間0.82秒


髪が後ろに流れるほどの風圧に眉が動く。


直ぐそこまで迫っていたそれは、私との距離を大きく広げ、背を地面に付ける。


それと私の間に、私より少し小さい、黒い背広が入り込む。


私は、ゆっくりと視線を後ろに向け、


「刑事、これは死体を遺族に渡す?それとも、全部持って行っていいですか?」


と、今にも逃げようと顔を歪ませる彼女に声をかける。


彼女は、何度こういう現場に遭遇しても慣れないのか、震えた声で、しかし、揺らがない意思の元に声を出す。


「…あれがどうなろうかは、阿崇あたか探偵に任せる、…私は、事件が解決されれば、犯人がどうなろうか、どうでもいいから…!」


そう言うと、彼女は私から離れ、路地の中に身を隠す。


逃げ足の速さに感心しながらも、離れられたことにより囮を守りにくくなり、自然と顔を顰める。


まぁ、私も距離を取っておくか、と、妹を背に彼女の近くに歩んで行く。


どうせ、奴は彼女狙いだし、意地でも距離詰めてくるだろう。


背後では、けいが奴との距離を詰めるために歩んで行く。



奇怪事件は、人為的事件のように容疑者から犯人を見つけ出し、逮捕、とはならない。


人のように実体を持つ怪異もいるが、大体は未練や悪意、恐怖の塊である。


悪霊、と言えばわかりやすいだろうか、そういう類のが多い。


そのため、奇怪事件の解決は、怪異を対処することである。


怪異を対処さえすれば、誰が死のうが、何人死のうが、奇怪事件の解決である。


怪異を対処するにあたって、取られる手段は基本的に祓うこと。


しかし、祓うも便利な手段ではない。


だからこそ、私のような、怪異の本質を理解し、管理下に置くものが必要なのである。



刑事のいる路地にまで辿り着けば、後ろに振り返り、妹とそれを眺める。


テケテケが仰向けから俯せに状態を直し、再び凄まじい速さでこちらに迫ろうとする。


それを阻むけいは、左脚で軸を取り右足を一歩下げ、それが左足の近く来ると、右足を動かし、それの腕を過ぎ顔に蹴りをめり込ませる。


華麗なフォームに感心しながら、ボールのように飛ばされるそれを見つめる。


テケテケは、下半身を求めて一直線に向かってくる。


知った人の元に3日以内に出現するが、その人が1人のときを狙うとは限らない。


そのため、狙いはほぼ無差別になる。


私に飛びかかってきたのも、それが理由だろう。


しかし、聞こえる悲痛な呻き声が人間の声だと、元が人間だったんだなと思わざる負えない。


「あ゛か゛、…あ゛、し、……あ゛し、」


「わ、た゛しの、あ゛し…!!……と゛こ…!」


だから何だという話である。


成ってしまったモノに、人間に向けるような感情は無い。


人間と怪異は別モノなのだから。


けいに目もくれず、こちらに向かってこようとするそれを、彼女は阻み続けている。


彼女によって投げ飛ばされたり、蹴り飛ばされても、テケテケは腕を使って起き上がり、砂埃を立ててまっすぐ一直線で駆けてくる。


その様子を、路地から顔を出している紗嶋刑事が


「…けいちゃん、相変わらずね…」


と、眉間に皺をよせ、引き目で呟く。


ウェストポーチに手を入れ、からからと音を鳴らしながら中身に触れる。


けいが、顔がへこんだテケテケの頭を右足で踏む。


「毒を以て毒を制すように、バケモンを以てバケモンを制すんだよ。」


テケテケの右手がこちらに向かって伸ばされる。


しかし、その手は伸びているだけで、届くことは全くない。


けいは、テケテケの頭を押し潰すように踏みつけ、顔に影を作り見下ろしている。


「あ゛、めろ゛、…あ゛、し…!かえ、じて!」


音を鳴らす手を止める。


「…実の妹をそんな扱いでいいの?」


何の気なしに投げかけられたであろう彼女の言葉に、私は何も返す気が起きなかった。


ポーチから1つ、“深く暗い真っ赤なガラス玉”を取り出し、それを片手にテケテケとの距離を詰める。


私の足音にけいは顔を上げ、口角を上げてはにっこりと笑う。


「お姉ちゃん、どうする?」


好きで嫌いな笑みを浮かべる彼女のことを思うなら、


「…親族に葬式だけでもさせてやるか。」


綺麗なふりは嫌いでも、どうしても妹の根からの優しさは無碍には出来ない。


私の言葉に彼女は一瞬目を見開くと、優しさを含んだ春のような笑みを浮かべ、


「ありがとう、お姉ちゃん。」


と、言葉にする。


テケテケの手が身体に触れないギリギリのところにしゃがむと、けいは、力を入れたまま、頭から背に右足を移動させる。


そして、右手で握りこぶしを作り、それの頭頂部目掛けて力いっぱいに振りかざす。


「ア゛か゛!!!」


衝撃でそれの頭と腕が地面に伏せたとき、ガラス玉をそれの額に押し付ける。


次の瞬間、テケテケは、絶叫を上げ、藻掻くように両腕をバタバタと動かす。


助けてとでも言うように表情を歪ませ、


「や゛めて゛!!まだ!まだしにたくな゛い゛…!!!」


と、まるで人のように喚き叫ぶ。


テケテケは死んでいる自覚がないと聞いたことがあるが、死を自覚させると襲われるのを避けることが出来るというのは、こういう人間らしさが原因なのだろう。


だから何だという話である。


そのまま、彼女の中身を取り出すことを想像し、テケテケという怪異の未練を取り出す。



この“深紅のガラス玉”は、実体のない怪異や、実体のある怪異の未練や悪意、本質を閉じ込めるために作った、私の封印手段である。


といっても、印を切ったり、唱えたりしたものではなく、祓い屋の家系である自分の血をガラス玉に垂らしたもの。


お札に血で書かれた印が使われているのと、殆ど同じ性質のものである。


しかし、私の血は、祓うより怪異を抑えるのに向いている。


だから、このガラス玉に怪異を閉じ込めることが出来るのだ。


“赤い部屋は好きですか?”も、殺しに来る怪異をガラス玉に閉じ込めたので、犠牲者リストを見ても新たな被害者が出なくなっている。


大体の怪異なら、このガラス玉で捕まえることが出来る。


まぁ、時間は少しかかるため、こうやって行動不能にさせてからが確実である。



それは、途端に力なく項垂れ、ぴくりとも動かなくなる。


隠れていた月の白い光が辺りを照らす。


その光に向かってガラス玉を透かせば、小さな呻き声と、上半身だけの女学生の姿が映し出される。


これが、テケテケと呼ばれる存在、テケテケという怪異になった、下半身を失い、脚を求め続けた女学生の未練である。


ガラス玉をポーチに仕舞い、こと切れた彼女の腕を掴み手首に触れる。


脈拍が無く、数秒待っても動きがない。


彼女の上半身は、ただの人の死体となった。


けいは遺体から離れ、手袋をスーツの内ポケットに仕舞い、刑事の元へ駆けていく。


紗嶋さじま刑事!もう大丈夫ですよ~!」


「あ、ほんと?」


紗嶋さじま刑事が恐る恐るといった様子で路地から出てくる。


彼女は、私たちと遺体を一瞥し、ほっ、と胸を撫で下ろす。


「はい!…あの、この遺体は、…お任せしてもいいですか?」


「…分かった、一応現状の写真だけ撮って記録はするけど、奇怪事件としてが解決したのなら、…後はこっちで片付けるよ!」


「はい!ありがとうございます!」


けいは刑事に向かって深々と礼をし、彼女と共にこちらに戻って来る。


私は遺体から一歩離れ、写真を撮る刑事を見る。


けいは私の隣に寄ってきて、同じように彼女を眺めている。


今回はけい自身が全く狙われることが無かったため、彼女に1つも傷がついていない。


彼女自身も疲れていないのか、緩やかに微笑みながら立っている。


紗嶋さじま刑事は、写真を撮り終わるとスマートフォンを耳に当て、誰かと話し始める。


大方応援を呼んでいるのだろう。


時刻は、月が真上にある23時、


他の警察官が来たら帰ろう、と眠気に対して欠伸を零しながら、彼女たちの会話を聞き流していた。


「今回もありがとね。」


「いえ!こっちとしても、怪異関与の事件に呼んでくださるので助かっています!」


「まぁ、そこらの自称祓える人に頼るよりも、何度も奇怪事件に関わっている阿崇あたか探偵ならちゃんと事件解決に繋がるからね。バレたら先輩にしこたま怒られるけど…」


「あはは…、でもちゃんとやりますので、これからもよろしくお願いします!」


「勿論よ。」





 怪異を管理する。


それには大きな意味がある。


それは、新たな“被害”と、新たな“怪異の発生”を抑える為である。


この世は、噂や作り話、事実が口伝いで広がり、恐怖と悪意が煽られ、未練や恐れが怪異として形を作って生まれるようになっている。


“祓う”は、怪異の未練や本質諸共それを退ける。


しかしそれだと、また誰かの未練や恐れに繋がり、人に害を成す怪異を生む循環となってしまう。


怪異の未練や本質を封印することで、人への害を失くした怪異にし、恐怖による新たな怪異の発生を抑え、人の悪意に触発されないようにする。


これが、怪異の管理であり、”私”の役目だ。



決して、“祓う”は便利なモノではない。


また、それは“封印”も然り。



私は色々好きです。


どんな都市伝説も伝承も面白いです。


by.KAlaN

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