表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/39

第5話 生活環境を整えよう その4 食料を確保しよう

〔・耕助ちゃん、起きて〕


「……今日はまた、えらく普通の起こし方なんだな。まあ、立て札が人間を起こそうとするのが普通かどうかは置いとくけど」


〔・古のノベルタイプのギャルゲーの元祖の真似。

 ・メイドロボという概念をこの世に送り出した神作。

 ・ドジっ子メイドロボとか、属性過多にもほどが。

 ・ちなみに、パッケージヒロインの幼馴染の起こし方。

 ・特徴がなさ過ぎて

 ・これだけだと何のネタか分からないのが難点〕


「いや、それを俺に言われても……」


 三日目の朝は、昨日と同じく妙な方向に全開の立て札に起こされて始まった。


「というか、昨日も思ったけど、朝早いんだな」


〔・そもそも、寝てない。

 ・時間の概念そのものが違うから

 ・耕助の三日はボクの一秒とほぼ同じ感覚〕


「それって、ちょっと目を離した隙に何万年も経ってるとかならないか?」


〔・それは大丈夫。

 ・あくまでも感じ方だけで

 ・同じように時間が流れてるわけでもない〕


「……なんつうか、ちょっと何言ってんのか分からない」


〔・人間が理解しようとするのはやめたほうがいい。

 ・下手に理解したら、SAN値にダメージが〕


「……物騒だな、また」


〔・いくら精神性とかが似たようなものでも

 ・本質的には隔絶した存在。

 ・ガガンボとガガンボモドキが見た目そっくりでも

 ・種としてはものすごくかけ離れてるのと同じ〕


「ガガンボって、あの足が長くてデカい蚊だよな。モドキなんてのがいるんだ」


〔・ん。

 ・ちゃんと調べてないからどっちがどっちだったか忘れたけど

 ・たしか片方がシリアゲムシの一種で、もう一方がトンボの一種。

 ・実はどっちも血を吸わない。

 ・モドキのほうは何気に肉食〕


「なんでだよ!?」


〔・自然界って、そういうもの。

 ・特に虫にはこういう話多い〕


 立て札が披露した豆知識に対し、思いっきり突っ込みを入れる耕助。


 実のところ、特に魚類や無脊椎動物にはそういうネタが枚挙にいとまがないぐらいあるのが、世界というものの奥深さを感じさせる。


〔・とりあえず、起きたところで今日のガチャ〕


「分かった、分った。ガチャを回してくれ」


〔・りょ。

 ・演出どうする?〕


「レアリティ演出だけ残してスキップでいいんじゃね?」


〔・分かった〕


 耕助の指定を受け、マシーンのハンドルが回転する演出をスキップする立て札。


 昨日に続き、取り出し口が激しく輝いて銀色のカプセルが出てくる。


〔・またしてもスーパーレア〕


「どうせはずれなんだろうけど、何が出たのやら」


〔・とりあえず、オープン〕


 立て札の宣言と同時にカプセルが開き、耕助の足元に製造されなくなって久しいブラウン管テレビが現れる。


〔・……耕助、すごい。

 ・……二日連続で三種の神器なんて……〕


「ブラウン管の時点で、日本でももはや使い物にならない気がするけどな……」


 そう言いながら、やたらレトロなテレビを鑑定する耕助。


 鑑定結果は


”14インチ白黒テレビ:かつて三種の神器ともてはやされたブラウン管テレビ。なお、地デジに対応する手段がないため、基本的に視聴不能”


 であった。


「本気で白黒テレビかよ……」


〔・ということは、明日は冷蔵庫?〕


「どっちにしても、役には立たないなあ……」


〔・冷蔵庫なら、まだ収納として使える〕


「何を入れるのか、って話だけどな……」


 いろんな意味でレアリティが高い代物を前に、がっくり肩を落とす耕助。


 状況が状況だけにどうしても外れ率が高くなるとはいえ、ここまでピンポイントでいじられているとしか思えないアイテムがそろうと、なんとなくくさくさしてくるものである。


「……で、今日は煽らないのか?」


〔・むしろ、明日への期待が高まってるから

 ・今日はとりあえず様子見で〕


「……いやまあ、こうなると俺も、ちょっと期待してる部分はあるけど……」


 立て札の反応に対し、苦笑気味にそう告げる耕助。


 実際、ある意味でここまで美味しい流れだと、今日の時点で騒ぐ気は起らなくなる。


〔・とりあえず、ガチャの結果は明日への期待として

 ・後はデイリーの確認と、マンスリーも出てきたはず〕


「了解。そういや、デイリーはともかく、ウィークリーとマンスリーはどのタイミングで更新なんだ?」


〔・ウィークリーは七日ごと、マンスリーは三十日ごと。

 ・デイリーが更新されたタイミングで同時に更新。

 ・デイリーは朝四時ごろに更新。

 ・スタートの基準は耕助がこの島に来た日。

 ・だから、次のウィークリーは今日を入れて五日後〕


「そっか。伝言板設置のタイミングじゃないんだな」


〔・ん。

 ・というか、ソシャゲだって運営開始のタイミングと

 ・ウィークリーやマンスリーの基準日は違うのが普通。

 ・マンスリーは大体各月の一日だし

 ・ウィークリーは日曜か月曜。

 ・ウィークリーはたまに定期メンテナンスに合わせるケースもあるけど

 ・それも別に開始日と因果関係がないことのほうが多い〕


「そういうもんか?」


〔・そういうもの。

 ・なので、とっととミッションのチェックを〕


「はいよ」


 立て札にせかされ、完全栄養食ブロックをかじりながら伝言板の前に移動する耕助。


 更新されたミッションの内容は


・今日中に畑作業を十回完了せよ(0/10):食料品もしくは調味料

・今月中に建築物を一つ完成させよ(0/1):レシピ一種


 というものであった。


〔・耕助は持ってるのか持ってないのか分からない〕


「というと?」


〔・建築物一つは、東屋でいける〕


「それでいいのか?」


〔・あれだって建築物〕


「そうか」


〔・まあ、デイリーが食料品なのは当然。

 ・もっとも致命的に足りないのが食料〕


「だな」


〔・そういう訳だから、こちらからも緊急ミッション。

 ・食料の確保と製塩関係のミッションを出した。

 ・報酬は調理関係と製塩に使えるスキル〕


「言われるまで、塩のことまでは考えてなかったな……」


〔・ん。それはそうだと思う。

 ・だって、完全栄養食もポテチも、塩気が強い〕


「ああ……」


〔・でも、明日からはそうもいかない。

 ・デイリーミッションやガチャで手に入る可能性もあるけど

 ・さすがにそれは不安定すぎる〕


「そうなんだが、塩を作るのって、かなり大変じゃなかったか?」


〔・正攻法でやるには、今の環境だと難しい。

 ・いずれそっちでやることになると思うけど

 ・当面はゲーム的というかファンタジー的な手段で何とかする。

 ・具体的にはミッションを確認して〕


 そう言われて、伝言板の緊急ミッションを確認すると


・食料を確保しよう(0/10):錬金術スキル、錬金窯および錬金窯のレシピ

・塩を確保しよう(0/1):調理スキル、漁スキル、釣り具および漁の罠のレシピ


 という内容が示されていた。


「なるほど。塩は錬金術で確保しろってか」


〔・ん。

 ・海水汲んで煮詰めてだと

 ・下手したらそれだけで一日が終わる。

 ・錬金術なら、せいぜい海水を汲む時間で済む。

 ・いずれ錬金術だけだと生産量頭打ちになるけど

 ・耕助一人だけなら十分賄える〕


「ああ、助かる」


〔・努力すればやっていけるようにするのがボクの仕事。

 ・これは努力以前の問題だから

 ・このぐらいの調整はする〕


「だとしても、助かったのも事実だから、素直に感謝させてくれ」


〔・ん〕


「じゃあ、まずはデイリーのクリアも兼ねて、畑作業からだな」


〔・がんばれ~〕


 各種ミッションのおかげでやることが決まり、今日の作業に入る耕助。


 なんだかんだで三日目にもなると、それなりにスムーズに予定が決まるようになっているのであった。








「マジで、一日で収穫できるんだな……」


 植えたところにびっちりと生え、葉っぱと土の隙間から赤い実りが見えるラディッシュを見て、力なく突っ込む耕助。


 場合によってはこれが生命線になる可能性もあるのでありがたいことではあるが、またしても常識がどこかに逃げていくのを感じてしまう。


「……まあ、いい。収穫するか」


 そのあたりのことを気にしていても、何も進まない。


 そう割り切って、ラディッシュを収穫していく耕助。


 と言っても、ラディッシュの収穫自体は比較的簡単な部類で、せいぜい姿勢の問題で無茶苦茶腰に来るぐらいしか問題らしい問題はない。


 全部で三十個ほどなので、十分程度で作業は終わる。


 ちなみに収穫したラディッシュは、適当に持ってきた桶の中に入れている。


「デイリーにしろ緊急ミッションにしろ、1カウントあたりに必要な数は分らないんだが、さすがにこれで全くカウントなしってことはないだろう」


 収穫を全部終え、完全に耕す前の地面に戻った畑を眺めながらそうつぶやく耕助。


「っと、一応鑑定しとかないと」


 作業が一段落してしまって気が抜けた耕助が、鑑定のことをすっかり忘れていたことに気が付く。


 もっとも、この場で鑑定が必要なのは収穫したラディッシュのみで、それ以外は「地面」か「成長途中のジャガイモ」という、見れば分かるものしかないのだが。


 そのラディッシュの鑑定結果は


”島ラディッシュ:正式名称は無人島ラディッシュ。栽培してから夜を一回経過すると収穫可能になる。土と水だけで特に肥料などなくとも育つが、それだけに味はそれほど良くはない。生食可能、よく洗って土をきっちり落として食べよう。”


 となっていた。


「一応、生で食べて大丈夫なんだな」


 鑑定結果を見て、ちょっと助かったと思ってしまう耕助。


 そもそもラディッシュの調理方法なんて知らないというのもあるが、現状食材に火を通す手段が非常に限られている。


 なにしろ、かろうじてぼろいナイフが食材を切るのに使えそうな以外、初日に支給された道具の中に調理器具は一切ない。


 また、現時点で調理関係のスキルがないからか、調理器具を作るためのレシピもない。


 なので、火を通さなければならないと言われてしまうと、適当な木の枝にさして焚火でじっくりあぶるぐらいしかできないのだ。


「よくよく考えたら、今のままだとジャガイモ収穫しても、食べる手段がないんじゃないか?」


 調理手段がないという事実から、ジャガイモの問題について思い至ってしまう耕助。


 とろろ芋など一部例外はあれど、基本的にイモ類は火を通さないと食べられないと考えていい。


 かといって、漫画で見るように焚火の中にそのまま芋を放り込んでも、外が黒焦げになるのに中まで火は通らない。


 幸か不幸か、耕助は会社でのバーベキューがらみでそのことを嫌というほど知っているので、仮に今芋があってもそんな真似はしないが、そのせいでこうして悩む羽目になっている。


「……まあ、どっちみち俺、調理実習レベルでしか料理なんてできないから、悩むだけ無駄ではあるが……」


 少し悩んだ末に、そう割り切る耕助。


 ブラック企業勤務の影響でバーベキューコンロを使った料理だけは上達したものの、それ以外の料理はからっきしだ。


 あの手の料理は炭火を前提としているうえ、使う機材も適した構造のものが必要である。


 恐らく石で作るとなるとバーベキューコンロではなくかまど(に近い何か)になるだろうが、そちらはさほど上手ではない。


 また、アルミホイルなど、代用品をどうすればいいのか分からないものも多い。


 それらを踏まえると、どう考えてもバーベキュー料理の腕を生かす前に、サバイバル料理で普通に食えるものを作ることができるようになるのが先だろう。


「よし。畑耕して残ってる種植えたら、ミッション達成の確認だな」


 気持ちを切り替えて、昨日に続いて畑を耕し始める耕助。


 一度耕した後だからか、それとも昨日半日作業して多少コツをつかんだからか、昨日よりはだいぶ早く耕し終える。


「こんなもんか。後は昨日みたいに畝を作って……」


 せっせと畝を作り、残っていた種を植えていく耕助。


 なんだかんだで、収穫も含めて一時間ほどで作業が終わる。


〔・おか~〕


「ただいま。昨日に比べて、だいぶ楽に耕せたけど、なんでだ?」


〔・昨日の丁寧な作業の影響。

 ・耕助のスキルが気持ち程度育ったのもあるけど

 ・一番は丁寧に耕して丁寧に種を植えたから

 ・土の状態が柔らかくなってる〕


「そこまでは元に戻らないのか」


〔・ん。

 ・何度も言うように、やったことはやっただけプラスになる。

 ・畑も、何度も耕してきっちり土を作れば

 ・それだけ作業も楽になるし、収穫もよくなる〕


「なるほどな。つっても、肥料とかどうすればいいのやら、って状況だけどな……」


〔・一番簡単なのは、雑草焼いて作った灰。

 ・ちゃんと肥料としての効果あり。

 ・べただけど、森林地帯から土を持ってくるのもあり〕


「なんか、どっちもうっすらと聞いたことがあるようなないような……」


〔・基本的なネタ。

 ・コンポストとか人糞肥料とかは

 ・道具が足りないし多分管理できないから

 ・おいおいやっていくといい。

 ・そのうちスキルが育って、どうすればいいかなんとなくわかる〕


「了解」


〔・そもそも、今の段階で肥料使っても

 ・あんまりいいことはない。

 ・せめて、一時間で今の倍は畑を耕せるようになるまで

 ・水やって放置で勝手に育つラディッシュとジャガイモで

 ・きっちり経験積むこと〕


「だな」


 立て札のアドバイスに、素直にうなずく耕助。


 よくわかっていないうちにいろいろ手を広げても、ろくなことにならない。


〔・それより、ミッションが終わってる。

 ・報酬を受け取るべし〕


「おう。ミッション完了、っと」


 立て札にせかされ、ミッション完了の操作をする耕助。


 まずはデイリーミッションが終わり、耕助の手に小さな瓶が現れる。


「……塩コショウ150グラム……」


〔・……すごく、コメントに困る……〕


「……今から塩を作りに行くって時に、これかあ……」


〔・……昨日と違って、あたりではある。

 ・ただ、モチベーションにはすごいダメージ〕


「……まあ、これ一本でどうにかなる状況じゃないし、そもそも塩だけ使いたいことって結構あるっぽいしな……」


〔・実際、150グラムって使いだすと結構知れてる〕


「だよな」


 手に入った塩コショウについて、そんなことを言い合う耕助と立て札。


 実際、塩は調味料としてだけでなく、殺菌や消毒、洗浄などにも使う。


 さらに言うなら、今後保存食として塩漬けを作ることもあるだろうと考えると、コショウが入っていると用途によっては不都合があるだけでなく量的にも全く足りない。


〔・まあ、日持ちしないバターとか渡されるよりはいい〕


「言われてみれば、そういう可能性もあったか」


〔・ん。他にもいろいろ、扱いに困りそうなものは思いつく〕


「いやまあ、それはそうなんだろうけど、フラグになりそうだからこれ以上は……」


〔・ん。これぐらいにしておく〕


 昨日のポテチと今朝の白黒テレビを思い出し、これ以上は余計なことを言わないようにする立て札。


 洗濯機や白黒テレビは笑えるが、バターなんかだと鮒ずし味のポテチより笑えないことになりかねない。


「で、次のミッション報酬がこの窯か」


〔・ん。使い勝手の問題で、小型のやつ。

 ・使い方は分るはず〕


「錬金したい材料を入れて、魔力を込めながらかき回すんだよな」


〔・そう。魔力は使えそう?〕


「やってみないと何とも。スキルもらった段階で、存在は分かるようになったけどな」


〔・ん。そこをクリアしてれば、あとは練習あるのみ。

 ・ほかに魔力の使い道がない今のうちに、練習すべし。

 ・いずれいろんなことに使うようになる〕


「分かった」


 いつものように足元に落ちた寸胴鍋ぐらいの大きさの窯を昨日作った作業テーブルの上にのせ、立て札相手にいろいろ確認をとる耕助。


 さすがに未知の作業なので、そのあたりはしっかりしておきたいところである。


「とはいえ、まずは肉体労働からだけど」


〔・がんばれ~〕


 立て札に送り出され、先ほどラディッシュを入れたのとは別の桶を持って海へ向かう耕助。


 こうして、塩という生存に必要な物資の入手のため、初めてファンタジー的なスキルにチャレンジすることになる耕助であった。








「まずは、できるだけきれいな海水を確保する」


 海岸にたどり着き、脛ぐらいの水深になるまで海に入っていく耕助。


 できるだけ砂が混ざらないように注意しながら、桶いっぱいの海水を汲み上げる。


 それをえっちらおっちら運び、錬金窯の隣に置いて一息つく。


「さて、塩の作り方は簡単。海水を錬金窯に入れて、塩とそれ以外を分離するよう念じながら魔力を込めてかき回す」


 覚えたやり方を頭の中で念じながら錬金窯に海水を入れ、洗って表面を処理した適当な木の棒でゆっくりとかき混ぜる耕助。


 とはいえ、今まで概念は知っていても存在するとも自分が扱えるとも思っていなかった魔力を、すぐに思うとおり扱えるわけがない。


 一応クラフト台で多少は使っていたのだが、あれは耕助が意識して使っているわけではないので、扱えているとは言えない。


 耕助の魔力は耕助の中でぐるぐる回るだけで、なかなか外に出ていこうとはしなかった。


「魔力を動かすのはできるんだけど、なかなか錬金窯の中に入っていかないな……」


 一筋縄ではいかない作業に苦戦しつつ、かき混ぜる手は止めない耕助。


 苦戦すること約一分、ひたすら体内でぐるぐる回り続けていた耕助の魔力が、じわじわと木の棒に流れ込んでいく。


「おっと。いきなりうまくいきだしたな。このまま、魔力が錬金窯に流れ込んでくれればいいんだが……」


 なぜうまくいったのか、その感覚も分からぬまま、なめくじの歩みのようにじわじわと木の棒を伝わっていく耕助の魔力。


 その様子に、なんとも不安になるしかない耕助。


 そんな耕助の心配をよそに、さらに一分ほどかけて、ついに錬金窯に魔力が流れ込む。


「よし、流れ込んだな。後は反応が終わるまでひたすらかき回すっと。注意事項は、この工程だとあくまで分離するだけで、塩以外のものがなくなるわけじゃないってことだな」


 スキルとして耕助の存在に焼き付けられた手順を頭の中で復唱しながら、塩になれ塩になれとかき回し続ける耕助。


「塩になれ、塩になれ。塩以外は海に戻れ……」


 余計なことを考えないよう、ひたすらそう呟いて念じ続ける耕助。


 かき回し続けること五分。錬金窯の中が光り輝く。


「おっ、反応が来たか」


 耕助のそのつぶやきに応えるように、光が強くなっていく。


 光が消えた後には、十グラムあるかないかというぐらいの塩が残されていた。


「……できたのはいいけど、これだけか」


〔・耕助の技量や錬金窯のスペックも踏まえると

 ・あの程度の水の量だと、そんなもの。

 ・もっと精進すれば、本来含まれてる量の三倍ぐらいまでは狙える〕


「……質量保存の法則、どこ行った?」


〔・何をいまさら。

 ・リソース的にはちゃんと帳尻があってるから

 ・そういうことは気にしない〕


「……それもそうか」


 立て札に言われ、あっさり納得する耕助。


 一日で伐った木や刈った草が復活し、植えたラディッシュが実を結ぶ世界だ。


 海水の含有量を超える塩が取れたところで、何ら不思議はない。


〔・じゃあ、次は海で魚。

 ・ミッションも出しておいた。

 ・報酬は調理器具のレシピ〕


 立て札が新しいミッションを出しつつ、耕助にそう指示を出す。


「了解。とはいえ、塩は最低でもあと二回は作っておかないとまずそうだし、東屋づくりも考えると、釣りは拘束時間が長すぎるな。あんまり自信はないけど、罠を作って仕掛けてみるか」


〔・いいと思う。

 ・なんだったら、銛を作って素潜りでとったどー〕


「無茶言うな」


 難しいことを平気で言ってのける立て札に即座にそう言い返し、籠罠を作る耕助。


 この二日で結構いろいろ作ったこともあり、ほぼロープが付いただけの単なる箱という感じの一番簡単な籠罠ぐらいなら、苦労せずに作れるようになっている。


「三つぐらい仕掛けておけば、一個は何かかかるだろう。難易度的には川のほうが楽っぽいけど……」


〔・川は森の中。

 ・行ってもいいというか

 ・そろそろちゃんと確認したほうがいい〕


「そうだな。東屋作ったら行ってくるか。さすがに、優先順位はそっちが先だ」


〔・ん。活動拠点の充実は重要〕


「まあ、罠仕掛けてくる」


〔・その前に、錬金窯から塩を取り出しておくこと。

 ・忘れて海水入れたら技量的に考えて

 ・一回目の塩はなかったことに〕


「おっと、危ない」


〔・耕助のそういうところは

 ・本当に注意するべき〕


「本気でそうだよな……」


 立て札に突っ込まれ、しょげながらも錬金窯から適当な皿に塩をうつす耕助。


 本当なら蓋ができる瓶か何かに入れたいところだが、現在そんなものは存在しない。


 もともと塩を作る予定がなかったというのもあるが、そもそも今の耕助に、蓋ができる筒状の容器なんて作れない。


 なので、とりあえず今は皿に移すことにしたのだ。


「後で、塩用のコップか桶作っとかないとな」



〔・今の感じだと、桶のほうが安全。

 ・コップだと、うまく入らなくて大部分を飛び散らせる未来が〕


「……俺もそう思う」


 立て札の指摘に、同じ未来を想像した耕助が遠い目をしながらうなずく。


 いくら少量とはいえ、というよりむしろ、少量の塩が底のほうに溜まっている状態だからこそ、小さなコップへ移すのは難しいのだ。


「この辺も、今後の課題だな」


〔・ん。

 ・結局この問題、やり方に関係なく

 ・今後ずっとついて回る〕


「だよなあ。まあ、今の時点ではどうにもならないことはいったん置いとくとして、罠を仕掛けてくるか」


〔・いってら~〕


 とりあえず今考えてもどうにもならないことだと問題を先送りにし、食料調達兼ミッションクリアのために罠を仕掛けに行く耕助。


 浅瀬に仕掛けても効果は薄そうだと漠然と考え、崖になっているところ探して罠を沈めることにする。


 選んだポイントは、森にほど近い場所であった。


「えっと、籠を海に投げ込んで、ロープの先の杭を適当なところに打ち込んで固定すればいいんだな」


 レシピと一緒に覚えた罠の仕掛け方に従い、適当に間隔をあけて三つの罠を慎重に仕掛けていく耕助。


 穏やかではあっても波はあるので、杭を打つなり木に括り付けるなりしないと流されてしまうのだ。


「さて、塩用の桶を用意して、塩を作るか」


 腹具合から昼までまだ時間があると判断し、次の作業を塩作りに決める耕助。


 拠点に戻って塩を入れる桶を作ったのち、先ほど海水を汲んだ桶を手に取り、ひたすら黙々と砂浜で海水を汲んでは塩に加工する作業を繰り返す。


 おおよそ300グラムは作ったであろうタイミングで、立て札が声をかけてくる。


〔・そろそろ、罠を確認してもいいと思う〕


「そんなに早くかかるものか?」


〔・無人島補正があるから

 ・これぐらいで普通にかかる〕


「便利だな、無人島補正……」


〔・ないと、耕助は普通に餓死する〕


「いやまあ、そうなんだけどな……」


 立て札に身も蓋もないことを言われて肩を落としつつ、罠の確認に行く耕助。


 立て札の言う通り、ちゃんと何かが罠にかかっていた。


「さて、何がかかっているのやら……」


〔・わくわくどきどき〕


「って、なんでいるんだよ」


〔・場合によってはリリースする選択があるから

 ・現場でないと何がかかったか分からなくなる可能性が〕


「はいはい。だったら、俺の手におえるかどうかのアドバイスはくれよ」


〔・りょ〕


 いきなりにゅっと生えてきた立て札にそう突っ込みながら、最初の籠罠の中を確認する耕助。


 中から出てきたのは、とても立派なタコであった。


「……タコか。まあ、罠と言えばタコってイメージがなくはないが……」


〔・残念。今の状況だと、処理が難しい。

 ・もう少し、調理関係の設備や機材が整って

 ・油や塩が潤沢にならないと

 ・寄生虫とか細菌とかの意味で危険〕


「やっぱりか」


〔・まあ、足一本ぐらいなら

 ・今ある塩でもんでぬめりをとって

 ・串にさして焚火で丸焼きにする手はある〕


「確かタコって、足を切っても生えてくるんだっけ?」


〔・さすがにそんなことはない、はず。

 ・無人島のタコがどういうものか分からないから

 ・絶対生えないとは言えない〕


「そうか。というか、鑑定結果はどうなってるんだ?」


〔・多分、タコとしか出ないと思う〕


「……タコとしか出ないな。まあ、無理せずリリースするか」


〔・それでいいと思う〕


 立て札のアドバイスに従い、素直にタコを海に逃がす耕助。


 基本丸焼きしかできない現状では、手に余る食材はこうするしかない。


「で、次は……、おそらくウツボか? リリースだな」


〔・ん。耕助の技量で捌くのは、危険すぎる。

 ・指でも噛み千切られたら終わり〕


「だな……」


 タコ同様に立て札のアドバイスを聞き、噛まれないように注意しながら海へ逃がす耕助。


 バラエティ番組で銛漁に覚醒した某芸人と違い、耕助にウツボをどうにかする能力はない。


「となると、最後の籠に入ってるのが手におえるかどうかだな……」


〔・籠罠は、何気に普通の魚がかかりづらい〕


「そうなのか?」


〔・隙間に潜り込む習性のある相手をひっかける罠だから

 ・どうしてもタコとかウツボとかそういうのがかかりやすい〕


「なるほどなあ……」


〔・網を使うのもありだけど

 ・それはそれで耕助の手に余ると思う。

 ・主に獲れすぎるほうで〕


「一網打尽って言葉があるぐらいだからなあ……」


 そんなことを言いながら、最後の籠を引き上げて中を確認する。


 最後の籠に入っていたのは、そこそこ立派なカニだった。


「これは、食えるんじゃないか?」


〔・殻を割るのに苦労はすると思うけど

 ・普通に大丈夫。

 ・一応食べて大丈夫な種類かは確認しておくこと〕


「そうだな。確か、カニの中には毒があって食えないやつもいたはずだし、見ておくに越したことはないな」


 立て札に注意され、念のために鑑定をしておくことにする耕助。


 鑑定結果はベニズワイガニと、耕助とは思えないほど豪勢なものであった。


「……ズワイガニ、だと……!?」


〔・おめ〕


「カニカマじゃないカニなんて、二十年ぐらい食ってないな……」


〔・そうなると、ちょっともったいないというかさみしい。

 ・現状だと、丸ごと茹でてそのまま食べるしかない〕


「贅沢を言い出したらきりがないし、完全栄養食バーとラディッシュ以外に食えるだけでもありがたいと思うさ」


〔・ん、確かにそれはそう。

 ・でも耕助、今思ったんだけど〕


「なんだ?」


〔・もしかしたら耕助の場合

 ・最終的には島で暮らしてたほうが

 ・日本に帰るよりいい暮らしできるかも〕


「……ありえないとは言い切れないな……」


 立て札の指摘に、飛ばされる直前の状況を思い出して愕然とする耕助。


 あの時の耕助は、言ってしまえば詰み寸前だった。


 年代的にも微妙にセーフティネットからはみ出がちで、下手をすると生活保護すらスムーズには受けられないかもしれない世代だ。


 三十五歳というのは求人も急速に減り始める年齢のため、選ばなくても仕事にありつけるかどうか怪しくなる。


 しかも、火事でアパートが燃え落ち、住所不定になってしまっている。


 兄弟は親の介護で手一杯な上に、社畜をやっていた関係で介護に全く協力していなかったため、ほぼ縁が切れている。


 なので、保証人はもとより、実家に転がり込んで助けてもらうのも簡単ではない。


 介護を代わるかわりに生活を助けてもらう方法も、生活費が一人分増えるので一家そろって共倒れになる可能性が否定できない。


 そもそも、実家に帰る予算も結構ギリギリだったりする。


 そういったもろもろを踏まえると、ここから立ち直るのは、当人の努力だけでなく相当な運が必要になってくる。


 なので、冗談抜きで最終的に島暮らしのほうが生活環境がよくなりかねない。


「……そうだな。むしろ、そうなるように頑張るか」


〔・ん、なんだか前向き〕 


「前向きにならないと、やってられないからな」


 カニの入ったかごを前に、そんな決意を口にする耕助。


 この時になって、ようやく耕助が無人島生活に対する覚悟を決めたのであった。

本気で、起こし方のネタは秒で尽きました。


耕助ぐらいの年齢って、本気で就職環境が一気に悪化するわりにセーフティネットが薄い年代なんですよね。

ここからどうにか55歳ぐらいまで生き延びれば、セーフティネットの恩恵にあずかりやすくなりはするんですが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ToHeartかな?
[一言] この世界の海水の塩分濃度はかなり薄いのでしょうか。地球の海水なら1リットルに25グラム以上の食塩が含まれています。海水を運んだ桶が普通のバケツサイズだとすると容量がだいたい10リットルですか…
[一言] 連続更新、お疲れ様です。 3日が一秒ってかなり大変ですよね。 お疲れさまですよ、本当に。 塩は作るの大変ですからね~。 簡略化できるのは良いことかも。 世代によってセーフティネットは違…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ