第35話 新しい人を迎え入れよう その4
区切りがいいところで切ったので、今回他のより割と短めです
「……そういえば、ここはどういう場所です?」
まだ慣れていないせいか、敬語禁止令を受けているにもかかわらず敬語が残った口調でそう確認を取るセレナ。
セレナの質問に、どう説明すればいいのかと考え込む一同。
「最近出現した超古代遺跡という名目の固定ダンジョン、というのが一番正確な答えじゃな」
無言で押し付け合いの結果、レティが代表してそう説明する。
その説明を聞いたセレナが、訳が分からないという表情で首をかしげる。
その姿は、魔王のような出現の仕方をした女性とは思えないほどあどけなくて可愛らしい。
「……言葉の意味は分かるけど、どういうことなのかが分からない……」
「じゃろうな。そのままの内容ではあるが、最近出現したという時点で、超古代遺跡という名称と矛盾するからのう」
「あの、出現で正しいのですか? 発掘ではなくて?」
「微妙に敬語が漏れとるぞ。それはそれとして、出現で正しい。この島はの、条件を満たせばダンジョンや遺跡が出現する仕様になっておるのだ」
「……意味が分からない……」
「大丈夫じゃ。この場におる全員、意味は分かっておらん」
頭を抱えるセレナに対し、苦笑しながらそう告げるレティ。
実際問題、超とつくものをも含む古代遺跡関連は、意味不明な内容になっているのは間違いない。
「で、この島の場合、ダンジョンや遺跡の危険度は前もって分かるようになっておってな。ここは危険度が皆無という判定じゃったので、全員で調査に来たわけじゃ」
「まあ、今のところ危険度が高い超古代遺跡って、出現してないんだがな」
「確か、私がよく行く祠で危険度・微ですからねえ」
〔・ちなみに、危険度・皆無は
・つまづいて転ぶとか足を踏み外して落ちるとか
・そういう要因以外でケガをする危険がない危険度。
・危険度・微はギミックなんかに多少の危険が入っているもの。
・だから、微以上はともかく
・皆無の遺跡もダメって言うと日常生活すらできない〕
今いる場所が実質的なダンジョンだという説明に、どことなく不信と不安を覚えている様子があるセレナ。
その懸念をぬぐうために、レティ達がそんな補足説明を入れる。
「まあ、そういう訳だから、エリザベスとクリスもここに連れてきたんだ。何せ、拠点に居てもすることがないし」
「朝の畑仕事が終わった後は、本当に、本当に暇ですの……」
「勉強をするにしても、教材も何もなしでは限界がありますしね……」
耕助が告げた身も蓋もない事情に、死んだ目でコメントを重ねるエリザベスとクリス。
自分しかできないことが多数ある耕助と違い、エリザベスとクリスはできることが少ない。
シェリアと違い、二人は崖崩れに巻き込まれて実質無傷なんて生物であることを疑うような頑丈さはないので、自由にあちらこちらに出向いてという訳にもいかない。
かといって、やることがないからと八歳の子供が延々と労働するのも健全とはいいがたい。
なので、本当に暇なのである。
「というあたりで、納得してもらえたか?」
「……そうね。確かにここには、直接的な危険がある感じはありませんし、よしとしましょう」
耕助たちの事情説明に、ようやく態度を柔らかくするセレナ。
物心ついたころから大公家に仕えていたセレナだが、何気に侍女としてだけでなく冒険者としてもベテランだ。
護衛対象であるエリザベスに対して危険があるかどうかぐらいは、なんとなく分かったりする。
その感覚を信用するなら、この遺跡に危険なものはないので、エリザベスがいても問題はないだろう。
「で、あんたはまた、なんであんな魔王か何かが出現しそうな感じでここに移動してきたんだ?」
「姫様を探している途中で空間のゆがみを見つけて、姫様の気配が漏れてたから強引にこじ開けたらここにつながっていたの」
「……分かるけど分からん……」
セレナの説明に、真顔でそう答える耕助。
言っている意味は分かるが、行動も結果もなぜそうなるのかが分からない。
そもそも、空間のゆがみを強引にこじ開けるなんて真似ができること自体、意味が分からない。
「漂着してから一カ月は経っていますけど、わたくしが死んでいるとは思わなかったのですの?」
「えっ? 一カ月?」
「違いますの? ここでは暦も何もないので、日付感覚がどんどんなくなっていきますの……」
「そのレベルの誤差ではないですよ。だって、あのクズが物理的にも状況的にも絶対不可能な冤罪で姫様を海に流してから、一年以上経ってますし……」
〔・何気に、外とは時間の流れが独立してる
・だから、エリザベス達が漂着してから
・外では何年か経っててもおかしくない。
・もっと言うと、百年前の人とかが漂着しても
・何の不思議もない〕
「そんなことになっていたのですか……」
「まあ、こんな変な島なので、それぐらいの事は全然おかしくはありませんの」
時間経過に関するエリザベスとセレナの食い違いを、立て札がそう説明してくれる。
その説明に、あっさり納得するエリザベスとセレナ。
状況的に、そういうことが起こっても何の不思議もないので、この反応も当然と言えば当然だろう。
「それで、一カ月にせよ一年にせよ、普通なら死んでいると判断してもおかしくない期間だと思いますの。なのに、生存を疑わずに探していましたの?」
「大公家の守護神様が、一応安全な場所に保護されていると神託をくださいまして。ただ、それと同時に、完全に隔離された特殊な場所にいるから、いつ帰ることができるか分からないともおっしゃっておられました」
〔・ボクが伝言を頼んでおいた。
・だけど、その伝言だけで
・ここにたどり着くとは……〕
エリザベスの疑問に、生存を確信していた理由を曇りなき眼で告げるセレナ。
それについて補足しつつ、セレナにドン引きして見せる立て札。
「大体のことは分った。それで、セレナよ。エリザベスを探しておったということは、国のほうは片が付いておると思ってよいかの?」
「ええ。大公家の総力を挙げて、これ以上ないぐらいきっちりと報いは受けてもらったわ」
「なんだか響きがものすごく不穏ですの!」
レティの問いに、にやりと笑って嬉しそうに言い切るセレナ。
セレナの言葉と声色に、震えながらそう突っ込むエリザベス。
そんなエリザベスの突っ込みを無視し、レティが話を続ける。
なお、ピピガガーはギミックの一部だからか、一連のやり取りには一切反応を示していない。
「報いとな。せっかくじゃから、どのような内容か聞いてもよいかの?」
「ええ。まず、あのクズ王子を生み出したグレイカス王家は、グレイカス朝ファルクーズ王国とともに滅んだわ」
「まあ、そうじゃろうな。しかし、そうなると、全員処刑でもしたのかの?」
「いいえ。処刑したのは国王と王妃、それと王弟一家だけよ。諸悪の根源であるクズ王子は罪をとことんまで悔いてもらうために、当人の希望通り年回りが近いローザリア女王の王配の一人として嫁がせたわ。ちなみに、国王一家には例の薬で断種処置済みのクズ王子しか子供がいないから、グレイカス王家は間違いなく断絶ね」
「それが償いになるのか?」
「ええ、なるわ。だって、ローザリア女王は第一王配以外に異性としての興味がない上、顔だけは整っている高貴なクズ男が本気で嫌がりながら本番に至るのを見るのが趣味という、大変特殊な趣味をお持ちなのよ」
「……まさかの腐女子というか喜腐人、それも生モノ専門とはまた、業が深いのう……」
恐ろしい話を嬉々とするセレナと、押しつけ先の性癖にドン引きするレティ。
その後ろでは、耕助とエリザベスが青ざめながら耳をふさいでいる。
「あの、セレナ先輩。その処罰だと、まかり間違って目覚めてしまってご褒美になってしまう可能性があるのでは?」
「それも大丈夫。Mにもそっちの性癖にも目覚めないように、特殊な呪いをかけるのが決まりになってるから」
「なるほど、それなら大丈夫そうですね」
「そもそも、ローゼリア女王の第二王配以降は、言ってしまえば体のいい厄介払いだし。ローゼリア女王自身が処分に困る高貴な問題児を積極的に集めて回ってるから、そのあたりのシステムもきちっと整ってるのよ」
「それは素晴らしいですね」
レティですらドン引きするローゼリア女王のやり口に、特に思うところもない様子で気になる点について確認を取るクリス。
クリスの疑問に、何も問題を感じていないという風情でなかなかに鬼畜なことを言い放つセレナ。
二人とも見目麗しい少女の外見なので、会話内容のドギツさがより増幅されて感じてしまう。
「とりあえず、クズ王子が完璧にざまあされたのは分った。国王と王妃はともかく、王弟一家や国まで亡ぼす必要はあったのか?」
「こちらが抗議するより先に、テイラーソン大公家を反逆者として討伐隊を出そうとしてきたから、先に独立を宣言して攻め滅ぼしたのよ。ちなみに、ファルクーズ王国の貴族の七割と二大騎士団は、こちらの独立宣言と同時にテイラーソン大公国に恭順の意を示してきたわ」
「すげえ人望のなさだな!」
「そりゃそうよ。クズ王子を処罰するならまだしも、こちらが悪いと言い張って攻め込んできたのよ? まともな感性を持っている家なら、明日は我が身と思うものよ」
「それにそもそも、五代前に分かれた当初はともかく、今では王家より大公家のほうが全ての面において上ですの。国中の戦力をかき集めたならともかく、半分でも中立の家がいれば間違いなく大公家が勝ちますの」
「王家についたのはそれが分かってない家とやたら乗り気だった王弟一族、立場上裏切れない近衛ぐらいね。まあ、近衛に関しては、姫様の島流しを嬉々として実行するぐらいには腐ってたから、まともにやれば負けるという判断もできなかったでしょうけど」
「よくそれで、ケンカを吹っかけたもんだな……」
最初から勝負にもならない流れを聞かされ、遠い目をする耕助。
なお、騎士団が裏切った背景に、大公家が分かれた当初からの申し送り事項で、こういう状況になった場合はよほど王家に正当性がない限り大公家につけと言われていたからだったりする。
裏での極秘の申し送り事項なので王家はもちろんのこと、実は大公家すらその話を知らないのだが、こんな申し送り事項がある時点で王家の信用がどれほどのものだったか分ろうものである。
むしろ、その状況でヤれるまでに七、八年かかるのが嫌だからという理由だけで、大公家の幼い姫君の島流しを成功させるクズ王子の認識が甘すぎる。
「そういえば、わたくしを島流しにする口実になっていた御令嬢は、結局どうなりましたの?」
「当人の懇願と周囲の証言により、家はおとがめなしです。当人はおとがめなしとはいきませんが、積極的にクズ王子にすり寄っていたわけではなかったというか逆らえなかっただけなのと、真っ先に姫様の救助のために動こうとしていた点を評価して、身分剝奪の上大公家の下級使用人として雇用しています」
「そうですか。可もなく不可もなくという家柄の子爵家の三女となると、そうそう抵抗もできませんの」
「まあ、側室としてちょっとぐらい美味しい目に合えないかな、とは思っていたと正直に白状していましたが」
「あのクズ王子に付きまとわれていたようですし、子爵家の三女で婚約者がいないという逆らえない立場だったようですし、それぐらい期待するのは当然ですの」
断罪の場で驚いて青い顔をしていた子爵令嬢を思い出し、さほどひどいことにならないと知ってホッとするエリザベス。
正直、今回の元凶はエリザベスとクズ王子の年齢差が開きすぎていたことなので、子爵令嬢にそこまでの瑕疵はない。
大体、お互い面識も伝手もない相手で特に悪口を流し合ったりしたわけでもないので、恨むも何もない。
「あの、セレナさん。エリザベスさんの国が滅んだのは当然だとして、結局のところエリザベスさんの立場って、どうなるのでしょう?」
「いわゆる王女の立場になっているわね。ただ、純潔がどうとか面倒な瑕疵をつけたがる連中はどこからでも湧いてくるでしょうから、現在の生活によほどの不満がある場合を除き、無理に帰ってくる必要はないと陛下はおっしゃっておられるわ」
「ということは、ここのほうが楽しいのであれば、今まで通り一緒に暮らしてもいいんですね!?」
「そうなるわね。というか、そもそもここからどうやって帰ればいいのか分からないから、どのみちしばらくは現状維持になると思うけど」
〔・ん、そうなる。
・まだここと外の世界をつなぐのはリスキーすぎて
・当面は隔離を続けざるを得ない……〕
よく分からない部分をスルーしたシェリアの疑問に、セレナと立て札がそう結論を告げる。
なお、シェリアはクズ王子がローゼリア女王送りになるのがなぜ罰なのか、全く理解していない。
「というわけで、セレナ・ウィンスター三十二歳、今日から好みの異性もいるこの島にお世話になります」
〔・耕助モテモテ〕
「シェリアといいセレナといい、なんで俺が好みのタイプなんだか……」
「平和な性格でヘタレそうなのがいいのよ」
「私たちが守ってあげないと、コロッと死んでしまいそうなのですごく守りたいんです!」
「……シェリアさんはともかく、セレナが思った以上に特殊な趣味をしていましたの……」
「でも姫様。大公家の血筋を考えると、姫様も耕助さんにコロッと行くかもしれませんよ? まあ、クリスの好みのタイプとは違うから、今の時点でもめることは少なそうだけど」
「……お父様やお姉様のことを考えると、あながち否定できませんの……」
「なんだか、熱い風評被害が飛び交ってる気がするぞ、おい……」
本人に聞こえる形で、そんな益体もない話をするシェリアとセレナ、エリザベス。
藪蛇を恐れてか、レティとクリスは黙っている。
〔・そうそう、耕助。
・実年齢的にはシェリアのほうがセレナよりかなり年下だけど
・肉体年齢的にはセレナのほうが年下だから
・むしろ、本番的にはセレナのほうがアウト〕
「……まじかよ」
〔・ん。
・セレナの肉体年齢は十四歳ぐらい
・せめてもう四歳ぐらい育たないと
・妊娠出産にリスクあり〕
「耳がとがっておらんだけで、実質エルフじゃからな。三十二歳だとそんなもんじゃろう」
〔・もう少し顔とかが幼ければ
・合法ロリ巨乳だった。
・まあ、エルフの強靭さ的に
・若年出産ぐらいで出産リスク変わらないけど〕
立て札とレティから告げられた衝撃の事実に、思わず絶句してしまう耕助。
「年回りもちょうどいいんだし、遠慮なく手を出してね」
「いやいや、最初はシェリアを優先じゃろ」
「そんな! そうでなくても大公家でも行き遅れ扱いなのに、もっと待てというの!?」
「逆に、もはや誤差のようなもんじゃと思うがの……」
すぐに戻れないと分かったとたんに、何かから解き放たれたように耕助にアプローチをかけるセレナ。
そんなセレナに呆れつつ、待ったをかけるレティ。
「それよりまずは、子供ができても大丈夫な体制の構築と、娯楽や教育の弱さを何とかするほうが先だと思いますの……」
「……それは間違いなくその通りなんだが、エリザベスはセレナを止めないのか……?」
「シェリアさんならまだしも、セレナはいい大人ですの。大人の恋愛に口を挟むのは、ろくなことになりませんの」
「八歳なのに、そんなことを悟ってるのか……」
「子供だからと言って、そういうのに巻き込まれないわけではありませんの……」
やたら物分かりがいいエリザベスに、いったい過去に何があったのか不安になる耕助。
「なんにしても、まずは遺跡の調査と攻略です。セレナ先輩も、そういうのは夕食後にお願いします」
「そうね、了解」
状況を鑑みてのクリスの言葉に、素直に同意するセレナ。
こうして、いろいろ棚上げになったまま、遺跡の攻略に戻る一行であった。
ローゼリア女王はやるほうやられるほうともにいつまでも嫌悪感が隠せないのに快感に負ける様を見るのがいいという、それはそれはお近づきになりたくない方向で素晴らしい趣味の二十歳です。
それを見て整った後、旦那としっぽり何ラウンドもやるのが最高だそうです。
それを受け入れて女王を心から愛している旦那は、器がデカいのかいい趣味しているのか不明です。
なお、女王は十歳のころから王位をついで、十二には不穏分子を全部排除、国中を掌握、十五の年には苦言を呈す人間はいても逆らおうと思う人間はいなくなっております。
高貴な不良債権を集め始めたのは、結婚した翌年の十六の時。
後、ややこしい話ですが、テイラーソン大公家にはグレイカス王家の血は入っていても、クズ王の血は入っていません。
そもそも大公家が王家から分離した理由が、王太子にクズ王の末裔疑惑がある姫君が嫁いできたので、当時の王が念のために第二王子を近隣の国の王女と結婚させて分家として切り離したからというあれです。
当時の王様の懸念は結果として大正解だった、というのがこの話。
ざまあとしてはこんなところでどうでしょう?




