表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/39

第32話 服の材料をそろえよう

「そろそろ、服も何とかしたいよなあ……」


 味噌を仕込むべく蒸した大豆を味噌桶に詰めたところで、耕助がそう漏らす。


 耕助の視線の先には、漬物を作るために大根の下処理をしているエリザベスの姿が。


 祠の発生から数日後の朝。畑仕事を終えて、朝食の準備に入る前の時間。


 いい加減目をそらしていた問題に対し、ついに向き合うことにしたようだ。


 なお、現在シェリアは日課の採取採掘関係をこなしに出ており、レティは今日は巣の中と周辺の掃除をするから来ないと宣言している。


 なので、ここにいるのは耕助とエリザベス、クリスの三人だけである。


「全員の分が厳しいのはどうしようもないにしても、せめて姫様の分だけでもどうにかしたいですね……」


「だよなあ……」


 植物資源採取場から収穫した麻の下処理を行いながらのクリスの言葉に、心の底から同意する耕助。


 別段他の人間の服がどうでもいいという訳ではないが、仮にも大公家の姫君がいつまでもバーバリアンルックというのはまずい。


 恐らく祖国に戻っても復権は無理だろうとは思うが、それでもこのままシェリア並みに服装に無頓着になられても困る。


 そういった教育やらなにやらの面で考えるなら、エリザベスの服が最優先になる。


「問題は、糸の材料ってどれもそう簡単に手が出ないってことなんだよな……」


「そうですね。栽培の難易度を考えるなら、一番簡単な麻でもまだまだ厳しいかと思われますし」


「木綿になると、もっと難易度が上がるしなあ……」


「他の繊維素材も、似たようなものです」


「後は毛糸か絹だが……」


「家畜も養蚕も、現状では厳しいかと思われます。特に養蚕は、熟練度ゼロでもいいので誰かがスキルを入手しないと、恐らくまともにこなすのは無理でしょう」


「だよな。それに、毛糸で編んだ服って、それだけを着るのはちょっとどうかって思うし」


「それについては同意します」


 現状を確認して、同時にため息をつく耕助とクリス。


 思った以上に服のハードルが高い。


「よもや、衣食住のうち衣が一番難しいとは思わなかったな……」


「そうですね……」


「来た当初の俺みたいに、全裸に葉っぱ一枚じゃないだけでもましだと思うしかないか……」


「……葉っぱ一枚だったのですか?」


「ああ。『武士の情け』っていう葉っぱが、ものすごくしっかり股間に張り付いて隠してたんだ」


「……私と姫様がこの島に流される前に、耕助さんの服が現状のものになっていて良かったです……」


 耕助の話を聞いて、心の底からそう漏らすクリス。


 状況的にしょうがないとはいえ、全裸に葉っぱ一枚のおっさんの姿はエリザベスの教育に悪いなんてものではない。


 もっとも、教育に悪いといえばシェリアと堂々と同衾している、というよりシェリアが勝手に一方的に耕助のベッドにもぐりこんでしがみついている状況のほうがよっぽど教育に悪いのだが、それを耕助に言っても仕方ないだろう。


 なにせ、同衾の主犯はシェリアであり、耕助は一応抵抗していたのだから。


「最終的な目標は栽培できるようになることだとして、とりあえず今のところは、麻か綿花を採取できるポイントがないか探してみるぐらいしかやりようはないか」


「それしかなさそうですね」


「レティやシェリアにも手伝ってもらって……、レティはともかくシェリアにそのあたりの判断ができるのかが不安だな……」


 シェリアに物を頼む場合、どうしてもついてくる問題に悩ましい顔をしてしまう耕助。


 お菓子の城で中学卒業程度の問題を解けているので、シェリアも別に頭が悪いわけではない。


 が、なんでもパワーで押し切る傾向がある上にちょくちょくポンをかまし、さらにエロトラブル体質も重なってどうしてもアホの子的なイメージが強いため、こういう作業だと常に不安が付きまとうのである。


「何を話していますの?」


「そろそろ、服を何とかしたいなって話」


「我々の分はまだしも、姫様がその格好になじみすぎるのは、少々問題が多すぎますので」


「まだまだ大きくなる予定ですので、私は後回しでも問題ないと思いますの」


「こっちとしても今の体格で成長が止まられても困るが、それとファッションセンスやずぼらな服装に慣れていいかどうかは別の問題だからなあ」


 エリザベスの主張に一定の理解を示しつつ、一応そう釘をさす耕助。


 実際問題、来た当初と比べると、エリザベスの体は育っている。


 毎日見ているせいで逆に気が付きづらいこともあって、今は実測値で比較しないと分からない程度の差だが、それでもドラゴン肉主体の食生活の影響か、普通の同年代よりやや成長が早い。


 恐らく、来月には、この島に流れ着いたときに来ていたドレスは着られなくなっているだろう。


 というより、すでにかなり無理をしないと入らなくなっている。


 が、それはエリザベスのおしゃれ着を作らない理由にはならない。


〔・現在の環境下だと

 ・すぐに体格が変わって着られなくなるのは

 ・ある意味メリットかもしれない〕


 どうにかしてエリザベスを納得させようとしていると、唐突に現れた立て札がそんなことを主張する。


「ふむ。その心は?」


〔・どうせしばらくは袋に頭と腕を通す穴空けただけの

 ・原始人的貫頭衣しか作れない。

 ・だったら、エリザベスの分をガンガン作って

 ・レシピ解放のための回数とか熟練度を稼ぐのはありだと思う〕


「ああ、確かに……」


「レシピは熟練度と作った数で解放だからなあ……」


 立て札の言い分に、納得しかないクリスと耕助。


 毛皮のバーバリアン衣装もある現状において、大人用のその手の貫頭衣なんて、せいぜい一人三着もあれば十分だ。


 さらに言うなら、今の服やその貫頭衣に関しては、素材やデザインの面でもっといいものを作れるようになったら容赦なく廃棄されるので、どのみち成長すれば着られなくなるエリザベスに全振りのほうが無駄がないと言えなくもない。


 もっとも、この話も、材料が潤沢に手に入るのであればの話だが。


〔・まあ、さすがに成長期といっても

 ・よほどぎりぎりのサイズにしない限り

 ・三カ月ぐらいはそのままになるとは思うけど〕


「だよなあ」


〔・成長期といえば

 ・シェリアの一部分が、もうすぐワンサイズアップする〕


「その情報、いるか?」


 唐突にいらぬ情報をぶっこんでくる立て札にジト目でそう突っ込む耕助。


 毎日押し付けられている耕助にとっては、言われるまでもなく知っている情報である。


「あれで、まだ育っていますの!?」


「……恐るべし、ですね……」


〔・大丈夫。

 ・シミュレーターでの予測によると

 ・エリザベスも成長期終わるころには

 ・今のシェリアとそんなに変わらない体形になる〕


「それは朗報ですの!」


「つまり、現状では成長期もほぼ終わっている私だけが、絶壁のままということですね……」


〔・胸部を永続的に盛る薬とかも

 ・一応ダンジョンから産出することはある。

 ・逆に、減らす薬なんかも〕


「それはそれで、負けた気になりますね……」


 さらにいらぬ情報をぶっこんでくる立て札に、目を輝かせるエリザベスと死んだ目になるクリス。


 かなり先のこととはいえ、主従でここまで明暗分かれるのもなかなか興味深い話であろう。


〔・あと、耕助に朗報。

 ・シェリアはまだ育つけど

 ・エロ同人的超乳奇乳の領域には達しないから

 ・安心していい。

 ・ついでに言うと、地球人類だと再生しないものも

 ・九割は再生するから垂れたり形が崩れたりもしない〕


「余計なお世話だ……」


 余計な情報を垂れ流しにする立て札に対し、力なくそう突っ込む耕助。


 確かにおっぱい星人である耕助でも限度というものがあるのは否定しないが、そのあたりを一応女性人格である立て札につつきまわされるのは、なかなかにダメージが大きいのだ。


「なんにしても、まずは森を探すか」


〔・行くなら、シェリアかレティと一緒に。

 ・クリスの戦闘能力はよく分からないけど

 ・少なくとも、エリザベスと耕助は

 ・クマやイノシシに襲われるとアウト〕


「そうだな。クリスは、クマやイノシシを仕留める自信は?」


「正面からまともに戦うとなると、さすがに厳しいですね。ただ、罠を仕掛けた上で不意打ちでなら、どうにかはできます」


「……罠さえあれば、仕留められはするのか……」


「これでも、一応護衛も兼ねていますから。といっても、私の場合は本職にはかないませんが」


「普通、そうじゃないのか?」


「同じく姫様付きのセレナ先輩なら、侍女として完璧な仕事をしつつクマやイノシシどころか大半のモンスターや騎士、冒険者を素手で軽く仕留めるだけの技量はありますよ。恐らくですが、武器を持てば、飛ばないタイプのレッサードラゴンなら倒せるかと思います」


「何、その創作でしかいなさそうな化け物侍女……」


 恐ろしい情報を聞き、思わず顔を引きつらせる耕助。


 創作ではメイドや侍女というのは、なぜか頭おかしいとしか言いようがない戦闘能力を持っていることがよくあるが、それが現実となると突っ込みどころしかない。


「セレナ本人によると、大昔に混ざったエルフの血が、隔世遺伝として表に出たのではないか、とのことですの」


「エルフねえ……」


 ファンタジーでおなじみの種族であるエルフの名前を聞き、なんとなく身構えるものがある耕助。


 おなじみの種族だけあって、日本の創作におけるエルフは他の追随を許さないほど多様性がある種族となっている。


 さらに言うと、翼が生えている系の種族である翼人族が脳筋アマゾネスだったという前例もあるので、よくあるイメージとは一致しない可能性のほうが高い。


「俺の世界にはエルフなんて創作の中にしかいなかったんだが、エリザベス達の世界でのエルフって、どんな感じなんだ?」


「どんな感じ、ですの?」


「創作にしかいないだけあって、高貴という名の排他的で差別主義的な種族から変態の集団、農家、蛮族に果ては野菜扱いまでいろいろあってな」


「野菜扱い、ですの……。そんなにいろいろあると、どんな種族かと分からないのは当然ですの」


 野菜扱いという単語に妙に納得したエリザベスが、一つうなずいて説明を開始する。


「私たちの世界のエルフは、高い身体能力と極悪な魔力に高度な魔法技術を併せ持つ、トップクラスに強力な種族ですの。ただ、千年を生きる寿命と引き換えか、同族同士ではあまり子供が生まれないそうですの」


「他の種族との関係はどんな感じだ?」


「よくもなく、悪くもなくといったところですの。別に排他的でもなければ差別的でもありませんの」


「ということは、翼がない翼人族という感じで考えておけばいいか?」


「近いですけど、大きな違いがありますの。まず、翼人族みたいに、四肢や翼がもげても生えてくるような極端な再生能力はありませんの。後、翼人族の子供は確実に翼人族ですけど、エルフと他の種族の子供はたまに相手の種族が生まれますし、男女どちらも同じぐらいの割合で生まれますの」


「そうですね。それに何より、翼人族の女性は最低でも巨乳ですが、一部例外を除いてエルフに巨乳はいません。というより、ほぼ絶壁です」


 エリザベスの説明に続いて、そこが何より重要だと言わんばかりに強調するクリス。


 どうやら、自身の絶壁度合いはよほど深刻なコンプレックスになっているようだ。


〔・一つ補足。

 ・例外となってる巨乳のエルフは

 ・大体後天的にエルフになったケース。

 ・多分、そのセレナって侍女も

 ・そのうち種族がエルフになると思う。

 ・後、隔世遺伝でエルフに生まれた場合は

 ・巨乳になることは結構ある。

 ・後、巨乳のエルフからは巨乳が生まれるように〕


「後天的にエルフになったりしますの?」


〔・エルフの血を引いている場合に限り

 ・ドラゴンを倒したり食べまくったりすれば

 ・エルフになることがある。

 ・レッサードラゴンの討伐ができるんだったら

 ・エルフ化する可能性は十分ある。

 ・ちなみに、その人巨乳?〕


「今のシェリアさんよりはだいぶ小さいものの、とても大きいですの」


〔・なるほど。

 ・となると、新たな巨乳エルフが……〕


 エリザベスの答えに、何やら感じ入った様子を見せる立て札。


 そこに、腑に落ちない点が出てきた耕助が口を挟む。


「そんなすごい侍女がいて、なんでエリザベスの島流しが防げなかったんだ?」


「王命で、ランドドラゴンの群れの討伐に向かっていましたの」


「ああ、シンプルに不在だったのか。てか、そんなのが仕えてる人間を無理筋の冤罪で島流しとか、どうして無事に終わると思えるのか……」


「そういうところが、頭が、というか想像力が足りない人だったんですの」


 耕助の疑問に、ため息交じりでそう答えるエリザベス。


 セレナについては他にもいろいろ祖国にとっての爆弾があるのだが、もはや縁を切る以外の選択肢がないエリザベスからすればどうでもいい話である。


「まあ、居ない人のことは置いておこう。この後服の素材を探すにしても、まずは朝飯だな」


「ですの」


 なんだかんだで味噌や漬物の仕込み作業も終わったところで、耕助とエリザベスがそう結論を出す。


「今日の採取場と採掘場は全部終わりました!」


 そこに、いつもの日課をこなしに出ていたシェリアが返ってくる。


「おかえり、ご苦労さん。今から朝飯作るわ」


「はい!」


 朝食の言葉に、顔を輝かせるシェリア。


 ずっとやっていた蓄積の賜物か、最近の耕助の料理は、味がいまいちだと明言されている島野菜を使っているとは思えないほど美味しくなっている。


 おかげで、シェリアのモチベーションはずっと高いままだ。


 なお、料理の技量は耕助>シェリア=エリザベス>越えられない壁>クリスとなっている。


 なぜかクリスだけは、どんなに頑張っても肉や魚を焦がさないで焼ける、というところから進歩しないのだ。


 なお、何気にレティはプロ級の料理の技量を持っているのだが、ここではドラゴンパワーに耐えられる調理器具や腕を生かせるだけの調味料がないため、まともにその腕を振るったことはない


「まあ、朝飯のメニューは何も変わらないんだが」


「全然問題ありません!」


 耕助の言葉に、にこにこと元気よくそう告げるシェリア。


 今日も元気に一日を始める一同であった。








「この森、こんなに野生動物が多かったんだな……」


「びっくりするぐらい、何度も襲われましたの……」


 朝食から一時間後、拠点近くの森。


 シェリアがいつも種とかをもらっている「変な木」に会いに向かった耕助たちは、動物たちからの襲撃の多さに早くも疲弊していた。


 わざわざ森の中を歩いているのは、レティが不在なのにエリザベスとクリスも同行することになったからである。


 なぜ二人が、というのは単純に、「変な木」からの要望だ。


「普段はこんなに襲ってこないんですけどねえ……」


「それはシェリアが普段から飛んでるからじゃないのか?」


「採取するものを探すときは、普通に歩いてますよ」


「だとしたら、やっぱり俺とエリザベスが獲物認定されてるってことか……」


「普通に考えて、猛者の気配が漏れてる気がするシェリアさんを、わざわざシカが襲いに来たりはしないと思いますの……」


「……つまり、シェリアが近くにいるにもかかわらず、襲って食おうと思うほど俺らはちょろくて魅力的な獲物に見えるわけか……」


 自分たちがちょろい獲物認定されていると突きつけられ、うなだれる耕助とエリザベス。


 さすがに、シカにまで襲われるとは思いもしなかった。


 というより、草食であるはずのシカが、なにゆえに耕助やエリザベスを襲おうと思ったのかが分からない。


 当事者に聞こうにも、耕助たちに動物の言葉が分かる人材はいないし、そもそもすでに息の根を止められて後は解体するだけとなっている。


 なお、余談ながら、普段からシェリアは長距離移動や飛ぶ必要があるとき以外は、普通に地面を歩き回っている。


 ついでに言うと、一分程度なら、地上を最高時速百キロ超で走るぐらいの走行能力はあったりする。


「それで、変な木ってのはまだ遠いのか?」


「地上を歩いて行ったことがないのではっきりは言えないんですけど、そんなに長くはかからないと思います」


「だったらいいんだけど、シェリアの基準はいろんな意味で俺たちと違うからなあ……」


 いまいち信用できないシェリアからの情報に対し、疑いのコメントを直球で叩き込む耕助。


 田舎の人の歩いて十分は車で十分のことだとはよく言うが、シェリアもそれに近い何かがある。


「あの、一応確認しておきたいのですが、その木は歩いたりはしませんか?」


「歩くのは歩きますけど、一度ではそんなに長距離は移動できないって言ってました。さっき大体の位置は確認してるので、移動してても迷うほどのずれはないと思います」


 クリスの質問に、そう答えるシェリア。


 その言葉に、疑わしそうな顔で耕助が突っ込む。


「長距離ってどれぐらいを指すんだ?」


「えっと、数十歩ごとに休憩して地面から栄養補給するって言ってましたから、多分一回百メートルぐらいの移動だと思います。だから、一日に動ける距離は長く見積もっても、せいぜい一キロぐらいかなと」


「一キロって、けっこうな距離だと思うんだが」


 シェリアの答えに、やっぱりという感じでそう突っ込む耕助。


 一キロという距離は、四百メートルのトラックを二周半、カーナビだと大きめの交差点の信号二つ分で七百メートルと案内することが多い、と書くと何となく距離感がつかめるだろうか。


 ものすごく遠いとは言わないが近いかというとそんなこともない。


 が、それは平地での場合。


 こんな森の中で一キロも位置がずれると、かなり大きな違いである。


「一応、もうちょっと行ったら目印になる場所があるので、そこまで行ったらもう一度空から確認します」


「目印ねえ……」


 すでに、自分がどこにいるかも分からなくなっている耕助が、ぼそっとそうぼやく。


 ところどころ伐採しながら来ているので、どこを通ってきたかは一応分かりはするのだが、明日になれば伐った木が復活する。


 つまり、耕助だと自力でここまで到達できないのだ。


 なお、耕助は把握していないことだが、森の中に関しては湖や川などの固定オブジェクト以外はリポップポイントがランダムだ。


 さらに言うと、別に採取や伐採をしていなくても、木や石は毎日配置がランダムに変わる。


 なので、仮に配置を覚えていてイノシシやシカに襲われなかったとしても、耕助やエリザベスが自力で同じ道を通ることはまず不可能だろう。


 そんなこんなをしているうちに、いきなり視界が開けて目の前に小さな泉が現れる。


「ここが目印になる場所ですね」


「なるほど、確かに分かりやすいですの」


「だな。素材集めでなくなる大木とかデカい石とかより、よっぽど確実な目印だわ」


 泉を見て、そんな感想を口にするエリザベスと耕助。


 ここに来るまでの目印が一切ないのが厄介ではあるが、現在位置を特定するための目印としては確実で分かりやすい。


「じゃあ、ちょっと確認してきます」


「おう」


「今後もシェリアさんが言うところの変な木に会う必要があるのであれば、ここまで来るための道を作っておく必要があるかもしれませんね」


「そうだな。問題は、どうやれば伐採した木とかのリポップを防いで道として定着させられるかが、現時点では分からないことだが……」


「一日で復活するのは、そういう点が厄介ですね……」


 変な木の位置を探しに飛び上がったシェリアを見送り、そんな話をする耕助とクリス。


 この島のリポップシステムは長期的には資源に困らない半面、道をはじめとしたインフラ整備には大きな障害として立ちふさがってくる。


 今のところ家と畑はリポップ対象外になっているが、それ以外となると耕助のレシピにもそれらしいものが一切ないのだ。


 そんなことを悩んでいると、シェリアが戻ってくる。


「こっちに向かって真っすぐです」


「了解」


 シェリアが指さした方向に、まっすぐ進み始める一同。


 途中何本か木を伐採しながら歩くこと十分ほど。


 耕助たちの前に、顔っぽい模様とうろがある立派な太い木が現れた。


『よく来られた、島の主よ』


 耕助たちの姿を確認したその木が、口のように見えるうろをもごもごと動かしながら、実に渋い声で脳内にそう語りかけてきた。


「初めまして。えっと、どう呼べばいい?」


『特に名などないから、好きに呼べばいい』


 シェリアが言うところの「変な木」であろう目の前の木にそう言われ、どんな名前を付けるべきか迷う耕助。


 とりあえず、なにかヒントはないかと鑑定をかけてみる。


 その結果は


”エルダートレント(転生体):永い時を生き抜いたエルダートレントが、新たな体を得た存在。このまま育てばいずれ精霊樹・エントへと進化する”


 となっていた。


「トレントでエントかあ……」


 種族名を見てもいまいちピンとこず、全力で悩む耕助。


 どういう種族かが分からないわけではないが、有名なキャラがいないので固有名詞につながらないのだ。


「……セガール、でいいか……」


 特に脈絡もなく出てきた名前を口にし、もうそれでいいかという気分になる耕助。


 なんとなく「沈黙」というシリーズでくくられている、実態は製作会社も配給会社も一切関係がない、勝手に日本でシリーズ扱いされている各映画に主演で出てきそうな名前だが、特に因果関係はない。


「という訳で、セガールと呼ばせてもらう」


『うむ、セガールか。いい名だ』


「それで、セガール。教えてもらいたいことがあったから、俺が出向くのはいいんだが、エリザベスとクリスまで呼んだ理由は?」


『この(世界)の人類のアーキタイプになる存在故、今のうちに確認をしておきたかった』


「アーキタイプって言葉が非常に不穏な響きだが、まあいいとして今でないとだめだったのか?」


『遅くとも、今週中でないとだめだった』


 なかなかに不穏なことを言うセガールに、思わず顔をしかめる耕助。


 エリザベスとクリスも、不安そうな表情を浮かべている。


「ちなみに、今週を過ぎると何かあったのか?」


『主が来てから二カ月が過ぎるため、我が初期配置時の情報を取れなくなる』


「もし仮に、今すぐに新しい住民が来たとして、何か問題はあるのか?」


『我が初期配置の情報を取れないこと以外、問題はない』


「二カ月たってから、新しく増えたとしたら?」


『自然交配で誕生したケースを除けば、主たちには問題はない。単に、我が森で過ごす上での処理が変わるだけである』


 なんとも意味深なことを言うセガールに、どんどん不安が募る耕助。


 だが、セガールは耕助の不安を気にする様子もなく、話を続ける。


『主が求める、布に使える植物は何カ所か群生地がある。ただし、栽培するものより質、量ともに低下する』


「どうせ栽培できないから、あるだけありがたい。が、群生地なんてあればシェリアが気が付きそうなもんなんだが……」


「綿花と麻や亜麻ぐらいは見てわかりますけど、そういうのは見つかりませんでしたよ?」


『重要物資ゆえ、主が直接目視せねば誰も採取はおろか認識すらできぬ』


「「ああ、そういう……」」


 セガールの説明で、綿や麻が不足していた原因を理解する耕助とシェリア。


 どうやら、一部の重要な物資は、耕助が存在を目視で認識しなければ野生のものは出現しないシステムになっているようだ。


「じゃあ、後は現地まで移動して確認すれば、シェリアでも採取はできるんだな?」


『うむ。後、主よ』


「なんだ?」


『もう少しで、我の特殊テイムが成立する。さすれば、畑で綿花や果樹を問題なく育てられるようになるだろう』


「……了解」


『それと、我の特殊テイムが成立すれば、この辺りまでの実効支配が成立する。それで野生動物が出てこなくなるわけではないが、ポータルなどの設置は可能になる』


「ああ、実効支配って、そういう感じで進むのか……」


『全てではないが、この森はそうなっている。最終的に、我のマスコットレベルが上がって進化すれば、この島の森林は全て実効支配したことになる』


「急にシステム的なことを言い出したというか、マスコット扱いなのか……」


「マスコットって言うには、違和感がすごすぎますの!」


 セガールのやたら親切なシステム説明に、思わず突っ込まずにはいられない耕助とエリザベス。


 その後ろではクリスが、コメントに困ってこめかみのあたりを人差し指で押さえながら渋い顔をしている。


「じゃあ、この後は耕助さんを連れて行けばいいんですね!」


『うむ。綿が中央の湖から東へ4単位、麻が西へ3単位移動したあたりにある』


「だとすると、ここから歩いて移動は難しいですね。エリザベスさんとクリスさんを、先に拠点へ連れて帰ったほうがいいかも」


『うむ。実効支配が成立してから、獣除けを持って中央の湖の近くにある遺跡から採取に向かうのが、安全なやり方となろう』


「そうですね。じゃあ、一人ずつ連れて帰りますので、その間の護衛をお願いしますね」


『任された』


 どうでもいいことを気にして悶絶している耕助たちを放置し、さっさと段取りを決めて行動に移るシェリア。


「じゃあ、行きますよ」


「わわ!! いきなりすぎますの!!」


 そのままの勢いで、エリザベスを捕獲し拠点へ飛び去る。


 その後、三分とかからずクリスを連れて帰り、後は耕助を目的地へと連れて行くだけとなる。


「では、行きますね」


「今日は助かった」


『うむ、息災でな』


 最後に挨拶をし、目的地へと向かって飛び去るシェリアと耕助。


 とはいえ、この二人の組み合わせでそのまま無事に終わるわけもなく……


「えっ? あれ?」


「ど、どうした?」


「なんか、急にまっすぐ飛べなくなって……、わひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 突然制御を失ってきりもみしながら墜落するシェリア。


 当然のごとく巻き込まれる耕助。


 墜落地点はなぜか広場になっていたため、一応二人ともけがらしいけがはせずに済む。


 ただし、けがをせずに済んだからといって無事だったわけではなく……


「……いててて……、って、シェリア! 早くどいて服をちゃんとしてくれ!」


「……あいたたた……。って、ごめんなさい耕助さん! すぐに……、って、えっとこれもしかして……」


 何がどうなってそうなったのか、このままエロシーンに突入せいとばかりに、乱れた服装で6で9な感じに折り重なりあう。


「えっと、耕助さん……。エリザベスさんも居なくて教育云々も問題なさそうですし……」


「どこでそういう知識を仕込んできたかは知らんが、初手が野外のそれもクマとかがいつ乱入してくるか分からん環境とか、ダメに決まってるだろうが!」


 妙なスイッチが入っていらぬ積極性を見せたシェリアを、全力でそう絶叫して拒絶する耕助。


 野生動物の乱入を指摘されては引き下がるしかないらしく、渋々という感じで立ち上がって身づくろいをする。


 その後、何事もなかったかのように採取を続け、大量の綿花を手に入れる。


「結構取れたな」


「ですね」


「まあ、多分服一枚には足りないだろうけど」


「結構たくさんいりますからねえ」


「そうなんだよな。まあ、次は、麻だ」


「はい!」


 暗黙の了解で先ほどの一件はなかったことにし、次の麻の採取地に移動する耕助とシェリア。


 その後、シェリアに当てつけのように胸を押し付けられたりはしたものの、これといってハプニングが起こることもなく、無事に麻の採取を終えることができたのであった。

ノクターン云々以前に、熊やシカやイノシシやスライム交じりの変な生き物がうろうろしてる森の中で、自衛能力がない男とそういうことをいたすのは無謀だと思うのですよ。

なお、シェリアが唐突に盛りそうになったのは、シンプルに耕助の息子が反応しかかってたから。

お預け棚上げが長く続いた状況で目の前にそれが来たもんで、妙なスイッチが入ったとさ。


後、この島で取れるであろう毛糸だと、肌にとてもやさしくなさそうな上太さも絶対ばらつきがデカく、さらには網目もムラが大きそうなので、素肌の上に直接着用だとビジュアル面でも実用面でもろくなことにならない気がものすごくするわけですがいかがでしょう?


書いてるうちに唐突に湧いたクリスの先輩メイドさんについては、エリザベス達の国がどうなったかの情報源兼状況へのテコ入れ要員としてちょうどいいので、近いうちに合流させたいと考えています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
マスコットは幸運のお守りや集団のシンボルなどなので、土地の象徴、幸運をもたらす存在なら可愛くなくても問題ないんですけど、一般的には可愛い小動物っぽいのを思い出すのですよね。 そして順調にレベルアップ…
更新お疲れ様です。 服は難しいですよね。 優先順位は低いけど、他が充足したら真っ先に必要にななりますから。 あと森での行動していると、皮膚が出ている箇所を怪我しやすいので、できれば長袖の服がほしいで…
猪の毛歯ブラシや靴を縫う糸に向いているくらい固くて鹿の毛は中空で筆や刷毛に向いているのだとか。 毛の長いうさぎとかいればワンチャン? レッサードラゴンに産毛が生えてたら、それを撚り合わせて糸にできない…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ