第2話 生活環境を整えよう その1 材料を集めよう
〔・さて、無事クラフト台ができたところで
・クラフトスキルが解放されたはず〕
「そうなのか?」
〔・ん。クラフト台の前に立てば分かる〕
立て札に促され、クラフト台の前に移動する耕助。
クラフト台に手を置いた瞬間、頭の中に作れるものと材料が思い浮かぶ。
「なるほど、頭の中に浮かんだ材料を集めてきて、この上に置けば製作開始できるってわけか」
〔・ん。さすがにゲームみたいにゲージが出て勝手に完成ではないけど
・作業そのものは大幅に簡略化されてる。
・今あるレシピのものぐらいなら
・品質を気にしなければまず失敗せずに作れる〕
「失敗する可能性があるんだな……」
〔・もちろん
・そのためのスキル〕
なかなかシビアな話に、真顔になるしかない耕助。
本当に身一つで飛ばされたケースと比べれば圧倒的に恵まれているが、この種の物語にありそうなチート類ほど圧倒的な能力はないらしい。
まさしく、スローライフ系サンドボックスゲームの開幕直後である。
「そういや、この手の道具って修理は無理なのか?」
〔・今は無理
・スキルが足りないし、それ以上に耕助のキャパシティが足りてない。
・もっと頑張って環境を整えて、自身を鍛えるべし〕
「キャパシティと来たか。一応聞いておきたいんだけど、習得したスキルって全部常時機能してるのか? それとも、意識してスキル欄にセットしないとダメなタイプか?」
〔・常時発動のほう〕
「ってことは、キャパシティの範囲内で習得するスキルを考えないと詰むタイプか……」
続けて出てきた厄介な情報に、どんどん表情が渋くなっていく耕助。
そこに、立て札が補足説明を突っ込んでくる。
〔・そもそも、耕助に習得するスキルのコントロールはできない。
・習得上限にしても、死ぬほど苦労するだけでキャパシティは無制限に成長する。
・なので、後先考えずにガンガン習得してガンガン鍛えるべし〕
「コントロールできないって、またなんで?」
〔・行動に応じて勝手に覚えるから〕
「マジか……」
〔・ゲームっぽい状況だけど、ゲームじゃない。
・だから、ゲームみたいに自分の都合でとはいかない。
・今耕助が身に着けてるものは例外的に救済措置として簡単に習得してるけど
・本来スキルなんてひたすら訓練と反復作業で体に染みつかせるもの〕
立て札の正論に、そりゃそうだと納得するしかない耕助。
ゲームのようにビルドを決めて必要なものだけ習得など、普通に考えてできるわけがない。
なお、それを言い出せば救済措置という建前ですでに絶対必要となるスキルを付与するというご都合主義が発動しているわけだが、それがなければすでに詰んでいる。
なので、そこに突っ込むつもりはないのだが、だったらもう少しぐらい優遇してくれてもいいのではと思わなくもなかったりはする。
「まあ、選べないなら選べない前提で頑張るしかないか」
〔・ん。そもそも、大体のスキルは習得条件を満たすころには普通にキャパシティ足りてる。
・もっと言うなら、スキルを習得するということは、それが必要だったということ。
・習得したからって損はしないから、細かいことは考えない〕
「だな」
とことんまで正論をぶつけてくる立て札の言葉に同意し、とりあえず次の作業に入ることにする耕助。
ここであっさり納得して引き下がるから、社畜っぽいと言われてしまうのだろう。
が、この手の作業というのは一段落すると、次は何をすればいいのか悩むことになりがちである。
特に今回は、クラフト台の導入で一気にやるべきことやできることが増えたのだから、余計にであろう。
「で、なんか一気にやれることとか作れるものとかが増えたんだが、この後は何をやったらいいんだ?」
〔・基本的には木材と石を集める作業を続行。
・ついでに草刈りもしておくといい。
・アドバイスとしては、最初に渡したのを使いつぶすまで材料集め。
・その後、道具類を作り直してから予備をいくつか作る。
・クラフト台の材料も二回分ぐらいは確保しておくこと〕
非常にポンコツな耕助の質問に対し、ちょっと考えれば分かりそうなことを細かく説明する立て札。
立て札的にはこれぐらいは自分で考えてほしかったのだが、異常な状況に適応しているようで適応していない感じなので、しばらくはしょうがないかと大目に見ることにしたのだ。
あと、本人の自覚は薄いが、何気にかなり深刻なレベルで指示待ち社畜精神に侵されている。
いくらどうにもならないとはいえ、すでに葉っぱ一枚のほぼ全裸に文句も出なくなっているあたりにも、その問題が見え隠れしている。
こういうのは矯正に時間がかかるものなので、そういう意味でもしばらくは大目に見ることにしたのである。
「了解。つうか、よく考えたら、聞くまでもなかったよなこれ。我ながらポンコツ過ぎてちょっとハズイ……」
〔・バーヤ、バーヤ(棒読み)
・AA略〕
「わざわざ煽んなや……」
〔・ぷー、クスクス(棒読み)
・ざーこ、ざーこ(棒読み)〕
「ケンカ売ってんのか? 棒読みってついてりゃ、どんな煽りやっても許されるってわけじゃねえぞ……」
〔・実際に棒読みだったから棒読み表示されただけ。
・ぶっちゃけ、ガチのメスガキほど本気の煽りは無理。
・単に、ここでやらないとやる機会がなさそうだからやっただけ。
・ネタ師としては、タイミングがあるのにやらないという選択肢はない〕
「いや、普通に滑りそうだから、そこは自重してもいいんじゃないか?」
どこまで本気か分からない立て札の言い分に対し、まだこれから作業だというのにどっと疲れが押し寄せてくる耕助。
現状で唯一コミュニケーションが取れる相手なので会話をしないという選択肢はないが、こういうところはもう少し何とかならないかと思わずにはいられない。
「まあ、いいか。まずは限界いっぱい材料を集めてくるわ」
〔・いってら~〕
立て札に送り出され、持てるだけの道具を持って材料集めに行く耕助。
もっとも、先ほど使わなかった鎌はともかく、斧とハンマーはすでにいつ壊れてもおかしくない状態である。
それに、インベントリ的なものがないという状況は何も変わっていない。
なので、結局耕助はすぐに戻ってくることになる。
「……先に使いつぶしてから運ぼうと思ったんだが、斧は二本目切り倒すまで持たなかったわ……」
〔・ああ、やっぱり。
・さっき持ってきた木の太さから、そんな気はしてた〕
「つまり、やばかったってことか……」
〔・危うく、救済措置を用意する羽目になるところだった〕
「救済措置があるのか?」
〔・どうしようもなく詰んだ時だけ、一応用意してる。
・ただし、こちら側の暗黙のルール及びマイルールから、三回までの予定。
・なお、この三回がトータルで三回なのか、
・それとも一日に使える最大回数なのかは、現在協議中。
・また、救済措置と言っても、今回の場合は耐久力が半分になった斧を渡すだけ。
・なので、あてにされても困る〕
「だよなあ。そんなに甘くはないよなあ……」
かなりしょっぱい救済措置の内容に、そりゃそうだと納得しつつ落胆する耕助。
救済措置があるだけましだが、楽はさせてくれないらしい。
「石と草があればもっぺん斧が作れるっぽいし、今のところ最優先はそこだな……」
〔・がんばれ~〕
立て札にゆるく送り出され、もう一度素材集めに向かう耕助。
結局ハンマーも二回ほど石を砕いたところで壊れて消滅し、すぐにクラフトしに戻ってくることになる耕助であった。
「……どうにか、ぎりぎり斧とハンマーは作り直せるな。鎌までは材料が足りないか」
回収してきた素材をもとに、何が作れるかを確認する耕助。
鎌を作るのに意外と大量の石がいるとか、伐ってきた木材が微妙なサイズで端材はたくさんできるが柄としてはそんなに数が作れないとか、なんとも言えない情報が大量に出てくる。
「まあ、まずは木材を棒に加工だな。斧とかハンマーの柄だけでなくほかのことにもいろいろ使いそうだし」
作れるものや必要な素材を確認し、いろんなことに使う長さ一メートルほどの棒を作れるだけ作ることにする耕助。
実のところ、そのままの長さで使うことはほぼなく、この後作るものは大体半分ぐらいの長さで行ける。
が、長い分には切れば使いまわしがきくので、とりあえず今のクラフト台と耕助の技量で加工できる最大サイズで作っているのである。
というより、最大サイズでないと失敗しそうな予感があったというのが正しい。
「ちょっと待て。軽い力で表皮を剥いだり握りやすい太さに削ったりできるのはいいとして、なんで切り落とした破片が破裂するんだ?」
という感じで十分ほど素材と格闘を続け、クラフト台の意味不明な挙動に振り回されながらもどうにか木材の加工を終了する耕助。
その様子を立て札がニヤニヤしながら見守っているだろうという気配を感じ取りつつも、次の作業に移ることにする。
「次は、刈ってきた雑草の繊維を編んでひもを作って……」
次の作業として、斧やハンマーの頭と柄の接合部を縛るためのひもを、雑草を加工して作る耕助。
本来ならそんなものはいらないのだが、素材も作りも間に合わせもいいところなので、この手のフォローが必要になるのだ。
ちぎった草が別のところにつながったりいきなり膨れ上がったりといった、どうにも物理演算がバグってるのではと疑いたくなるような挙動に悩まされつつも、どうにか刈ってきた雑草全てをひもに加工し終わる。
こちらは木材や石と違い、現状ではひもに加工する以外の使い道がない。
なんとなく機材か技量かのどちらかが足りないから他に加工できないのだろうというのは分かるのだが、分かったところで今の時点ではただひたすら素材を加工して必要なものを作って腕を磨くしかない。
必要なものを作りながらスキルを鍛えられている時点で、ネトゲでありがちなレベル上げのためにゴミを生産し続けるという状況でないだけマシであろう。
「最後は斧の刃とハンマーヘッドを作って……。結構細かく砕けてる石が、なんでクラフト台で適当にこね回したり叩いたりしたら一つの大きな塊になるのかは、深く考えたらダメなやつなんだろうな……」
粉々とまではいわないものの、大部分が片手で数個持てる程度のサイズになっている石を石斧やハンマーとして機能するサイズに合成できるというのは、原理不明にもほどがある。
しかも、合成した石の塊は、もともと破片だった名残がどこにもないのだ。
そうでないと困るのも事実だが、中途半端にゲーム的な仕様は違和感が強すぎてどうにも慣れない。
「……さて、あとはこれを組み立てれば斧とハンマーは完成だけど、これ本当に大丈夫か?」
原理不明なまま完成した斧刃とハンマーヘッドを手に、悩ましい顔でそうぼやく耕助。
気にしたところで無駄なことではあるのだが、見た目だけはしっかりできているため、実はダメだったとしても分からない。
問題は、この斧とハンマーが本当にダメだった場合、素材を集めることができなくなって詰むことだろう。
〔・悩んでる暇があったら、実際に使って確かめるべし〕
「そうなんだけどなあ……」
〔・うじうじされても鬱陶しいから、独断で特別仕様決定。
・今日一日は、チュートリアルということで救済措置の回数無制限〕
「いいのか?」
〔・ん。
・耕助しかいなくて今後補充の可能性もほぼないから
・初日で詰んで終わりはもったいない〕
「そうか、悪い」
〔・なお、耕助以外にも定期的に流れ着くようだったら
・この時点で見捨ててた。
・神は、自ら行動するものしか助けない〕
「だよなあ……」
立て札に厳しい現実を突きつけられ、思わずうなだれる耕助。
異常な状況に立たされているとはいえ、これはあまりにも情けない。
〔・あっ、しまった〕
「ん? どうした?」
〔・大したことじゃないけど
・ざーこ、ざーこ(棒読み)は
・このタイミングで使うべきだった〕
「本気でどうでもいいというか、大したことじゃないな……」
〔・致命的なことだったら、もっと慌ててる〕
「だろうな」
いきなり出てきたクソしょうもない話に、ジト目になりながらそう突っ込む耕助。
生殺与奪を握っている相手に対して非常にリスキーな対応だが、ここまでの反応を見るにこういう突っ込みの範疇に入る態度ならば気にしないのは分っている。
というよりむしろ、ボケには突っ込め、というプレッシャーのようなものが立て札を通してにじみ出ている。
「てか、ずっと気になってたんだが……」
〔・ん? なに?〕
「なんか、あんたが使うネットスラングとか、絶妙に古いよな」
〔・むう、ついに言われた〕
「そもそも、どう考えてもあんたは神とかそっち方面の、いわゆる上位存在とかの類だよな?」
〔・ん、そうなる〕
「……違うと言われても嘘つけって秒で突っ込んでたとは思うけど、またやけに素直に認めたな?」
〔・この状況でごまかしても、ネタにもならない〕
「いやまあ、そうなんだが。まあ、それはいいとして、そんな存在が、なんで地球の一部地域のネットスラング、それも絶妙に古い感じのを知ってんだよ?」
〔・身内に仕込まれた。
・どういう身内かは、プライベートのことだから黙秘。
・それを明かすには、耕助との親密度と好感度が足りない〕
「単なる雑談のネタだからそこまでは聞かないけど、どんな身内なのかは気になるな。主に性格とかそういうキャラクター面について」
〔・ボクの性格とか言動は、ほぼほぼその身内が伝染った感じ〕
「本気で、どんなキャラなんだ……」
立て札の告白に、どことなく恐ろしいものを感じて乾いた声でそう漏らす耕助。
どう考えても、相当濃い存在だ。
〔・機会があれば、代表的なエピソードを教える。
・そういう耕助も、社畜っぽい感じなのに
・ゲームとかネット小説に妙に詳しい。
・なんで?〕
「なんでもなにも、社畜だから、金も時間もかからないネット小説とか基本無料のソシャゲを気分転換に触ってたからだが?」
〔・なるほど。
・いろいろ気になることは出てきたけど、それはおいおい
・今は、その道具類のテストから〕
「……ああ、そうだな」
立て札に促され、作ったばかりの斧とハンマーを手に取る耕助。
立て札とのバカ話のおかげで、何となく不安が吹っ切れたような気がしなくもない。
「さて、頑張ってみるか」
〔・がんばれ~〕
立て札にゆるく送り出され、先ほど途中で斧が壊れた木を伐りに行く耕助。
なお、運搬の問題もあるため、木も石も立て札が見える範囲で集めている。
「さすがに、このぐらいの時間で元に戻るってことはないか」
先ほど伐りそこなった木は、ちゃんとそのままの状態で傷が残っていた。
恐らくあと一撃か二撃で伐り倒せるであろうその木に、全力で石斧を叩き込む耕助。
狙い通り、きっちり一発で木が倒れる。
「よし、斧も大丈夫そうだな。これ運んだら次行くか」
耐久ゲージの減り方を見て、満足げにうなずく耕助。
とりあえず、これで不安の半分は解消された。
そのあと、耐久力チェックも兼ねて十本ほど木材を伐り、耐久ゲージが残り三割を切ったところで立て札から見える範囲に生えている木を全部伐ってしまったので作業を終える。
「そういや、こいつの鑑定を忘れてたな。最初からそれでチェックしてれば、立て札に煽られずに済んだんじゃ……」
ここまで来て、己の抜けに気が付く耕助。
これでは、立て札に何を言われてもしょうがない。
なお、立て札に対してなぜ鑑定について突っ込まなかったのかと文句をつける気はさすがにない。
相手がそういう性格だというのもあるし、そもそもよほどでない限り耕助が忘れていたり気が付かなかったりすることについては、気が付くまで触れないルールがあるようだ。
なんにせよ、究極的には耕助が間抜けなのが悪いという話でしかない。
そう割り切って、気を取り直して斧とハンマーの鑑定をする。
”粗雑な石斧:ものすごく雑なつくりの石斧。最低限の機能しかないが、それなりに丈夫にできている。少なくとも、ぼろい斧よりは作業効率がよく長持ちする”
”粗雑な石のハンマー:ものすごく雑なつくりの石のハンマー。最低限の機能しかないが、それなりに丈夫にできている。少なくとも、ぼろいハンマーよりは作業効率がよく長持ちする”
「やっぱり、最初から鑑定しとけばよかったか……」
鑑定内容を見て、心底がっくり来る耕助。
必要最低限のことしか分からない鑑定だが、結果を見た限り使い物になるかどうかは普通に分かる。
なので、うだうだやっていた時間は本当に無駄だったのだ。
「なんかこう、クラフト台ができてからの俺、情けないにもほどがあるな……」
あまりの情けなさにへこみつつ、石のほうも集めて回る耕助。
同じように石を砕いては運びを繰り返し、ゲージが残り三割を切ったあたりでこれまた近場の石が全部なくなる。
なお、素材も鑑定をするようにしたものの、結果が単なる石とか単なる木とかだったので、今のところ大した意味はない。
「まあ、これだけあれば道具類とクラフト台の予備はいけるな」
積みあがった素材を見て、とりあえず当面詰みの可能性が消えたのではと一つうなずく耕助。
〔・おつ。
・なんかへこんでた感じだけど
・もしかして、今頃鑑定の存在を思い出したとか?〕
「ああ、そうだよ。間抜けなことにな、近場の木を伐り終わるまで全く気が付かなかったんだよ……」
〔・急に与えられた能力なんて、そんなもん。
・慣れてるゲーマーでもちょくちょくやるポカミス。
・そもそも、普通の人の日常に鑑定なんて行動は入らない〕
「……やけに優しいな……」
〔・さっきみたいに普通に気が付いてしかるべきことはともかく
・気が付かなくてもしょうがないことまでいじるのは
・ネタじゃなく単なる意地悪。
・それをやると、いい性格してるじゃなく性格が悪いになる〕
「そういうもんか?」
〔・そういうもの〕
いまいちよく分からない基準に内心首をかしげながらも、とりあえず表面上は納得しておく耕助。
せっかく慰めてもらっているのに、そこを突っ込むのは性格が悪いというしかない行いである。
「さて、とりあえず取り急ぎやることは、斧とハンマーもう一本ずつと、鎌をあと二本ぐらい作っておくことか」
〔・ん。それが終わったら
・お皿とかの小物と火を起こす道具を作るべし。
・無人島生活での必需品〕
「火を起こす道具って、火打石とかあの系統か?」
〔・火打石に似てるけど、もっと便利なものがある。
・木をこすり合わせたりとか火打石を一生懸命打ち合わせたりとかよりは
・圧倒的に楽な道具がある〕
「そんなもんがあるのか」
〔・ん。とはいえ、現代文明ではもっと便利なものがいっぱい。
・普段使いとしては普通に駆逐されて、趣味の人以外にはなじみがなくなってる〕
「だよなあ。ライターだけの話じゃなくて、炭に着火するのも着火剤とか便利なものがあったし」
〔・ん。文明と技術の発達はすごい。
・でも、意外。
・耕助が、炭火に着火する経験してるとは〕
「勤めてた会社が、募集要項にアットホームな会社ですって書いてるタイプでな。休日にバーベキューに駆り出されては、炭火起こしをやらされてたわけだ」
〔・ああ、アットホーム(隠語)っていう……。
・でも、そういうのに引っかかるとか、世間知らず過ぎない?〕
「就職したころはそうでもなかったんだけど、よくある代替わりでダメになった感じでな」
〔・二代目がブラック企業の思想にかぶれて会社をつぶす。
・割とよく聞くあるある。
・なんにしても、耕助があばら浮き出る手前の貧相な体してた理由に
・ものすごく納得〕
立て札の疑問に答えつつ、二度目となる斧とハンマーづくりを進めていく耕助。
二度目だけに多少手際は良くなったものの、出来栄えが大きく変わるかというとそんなことはない。
なので、出来上がったものは、最初に作ったものと耐久ゲージの残量以外違いが分からない代物であった。
「次は鎌っと」
〔・がんばれ~〕
「おう。というか、やたら簡単に作れるよな、この系統」
〔・一番最初のレシピで一番使いつぶすものが簡単に作れないのは
・ゲームバランスとしてアウト〕
「いやまあ、そうだけど。しかし、斧の時も思ったけど、よくこんななまくらで切れるもんだよな」
〔・そこは、この島のゲーム的物理法則が仕事してる〕
「ありがたいような、釈然としないような……」
などと言いつつ、手際よく鎌を二本完成させる耕助。
そのあたりで、コップや皿、トレイなどの生活雑貨のレシピが思い浮かぶようになってくる。
「なんか、大量に細かいもののレシピが思い浮かんだんだけど、クラフトのレベルが上がったとかか?」
〔・さすがに、この程度で上がるほど甘くない。
・単に、作ったものの種類と数が条件を満たしただけ。
・食器と小さめの収納でも作れば
・ファイヤースターターがアンロックされる〕
「ファイヤースターター? 着火器具か?」
〔・ん。そろそろ日が暮れる。急ぐべし〕
「もうそんな時間か」
立て札に言われ、大慌てでミカン箱ぐらいのサイズの収納ボックスと皿やコップ、箸といったものを作っていく耕助。
途中でトイレの穴を掘って用を足したりしながら大体の食器類を作り終えたところで、ファイヤースターターと薪、桶、茣蓙のレシピが思い浮かぶ。
「このタイミングで、薪のレシピか……」
〔・詰み防止の一環。
・最初に大量に薪作ったら詰む〕
「だなあ」
〔・ここで重要なお知らせ。
・薪はともかく、桶とファイヤースターターは
・普通に失敗が発生する〕
「あ~、どっちも作るの難しそうだからなあ……」
〔・構造というか、作業手順が今までのものより複雑。
・だから失敗する。
・失敗すると材料全部アボン〕
「つまり慎重に……、やっても変わらないか……」
〔・ん。どうせ今の技量だと
・失敗するかどうかは確率の問題〕
立て札の言葉に、先ほどの石斧の時とは違う不安が頭をよぎる耕助。
ここ数年の耕助の運だと、普通に失敗を量産しかねない。
ちなみにファイヤースターターとは、マグネシウムやフェロセリウムといった金属を用いて作ったロッドを、ストライカーという名称の部品で擦り火花を作るための道具で、火打石の発展形のようなものである。
今回作業手順が複雑になる理由は、正体不明の石をロッド状に成型しつつ火花が飛ぶように調整するという、錬金術とかそっち方面じゃないのかと言われそうな作業が入るからだ。
なお、この種の道具でもう少し使い勝手がいいものにファイヤーピストンというものがあるが、こっちは熟練度が足りないのでレシピがアンロックされていない。
「……材料、足りるかな?」
〔・そこを心配する?
・と、言いたいところだけど
・勤めてた会社がブラック化した挙句こんなところに来てる運を考えると
・ありえないとは言い切れない……〕
「だろ? まあ、作るけど」
そう言いながら、先にほかのことに使えない端材を薪やチップに加工する耕助。
種類と製作総数でレシピがアンロックということなので、少しでも数を稼いでおくことにしたのだ。
そうして、端材の処理が終わったところで、大きく深呼吸してファイヤースターターの製作に入る。
「たしかに、こりゃ難しそうだ……」
最初の部品の加工からして、今までのようにスムーズにいかずに苦戦する耕助。
そもそもの話、これまでこの手のものづくりは実習ぐらいでしかやってこなかったのだから、簡単に木材や石を加工できていたいままでがおかしい。
なので、本来の実力からすれば、現時点でも相当補正が効いているのは間違いない。
もっとも、これも石斧などと同じである種のセーフティネットなので、失敗確率は実は1%しかない。
技量が影響する部分は使いやすさと使用可能回数だけという、実にサービスが効いた品物だ。
が、まだまだ耕助の不運は尽きていないようで……
「あっ……」
〔・……ん。まあ、一回目は想定内〕
「まあ、そうなんだけどなあ……。あっ……」
〔・二連続までは可能性として予想してた。
・むしろ、最初のほうで失敗判定が出てよかった〕
「……なあ、これって成功かどうかどういうタイミングで決まってるんだ?」
〔・たしか、製作開始の時点で判定が入って
・失敗した場合、どのタイミングで失敗かを工程ごとに判定。
・だから、失敗自体は作り始めた時点で確定してる。
・部品一個作るたびに判定、みたいな鬼仕様じゃないから安心して〕
「何回も成功判定が入る仕様だったら、絶対完成品は作れないだろうな……」
〔・ん。その場合、耕助でなくても危険〕
耕助の感想に、立て札がそんなコメントを添える。
実際問題、たとえ失敗の確率が1%だったとしても、判定が十回あれば9%強の確率で失敗することになる。
計算上は十回だから一割、二十回だから二割の確率という訳ではないが、どちらにしても成功判定の回数が増えれば加速度的に失敗しやすくなるのは事実だ。
「……冗談抜きで、材料足りるか、これ?」
〔・失敗の確率は1%のはずなのに、五連続。
・さすがとしか言いようがない運のなさ〕
「こうなると、ガチャでポテチ引かなかったのは奇跡の範疇だよな……」
〔・そこまでではない、はず〕
「っと、やっと成功した」
〔・おつ。
・さすがに、材料を使い切るまではいかなかった〕
「だな。後は寝床のための茣蓙を作って……、こいつは失敗しないのか?」
〔・そこまで詳細なデータは、覚えてない。
・でも、材料に木の皮が含まれるだけで、やることはひもづくりの発展形。
・たぶん、失敗はしないはず〕
「なら、安心して作れるな。それと、一応桶までは作っておいたほうがいいか?」
〔・アンロック的な意味では、できれば今日のうちに。
・でも、時間的にも運勢的にも無理かも〕
「だよな……」
そういいつつ、せっせと茣蓙を編んでいく耕助。
立て札の言うとおり、茣蓙は成功判定がなかったようで、無事に編みあがる。
そのままの流れで、とりあえず桶にチャレンジしてみたところ……
「あっ、できた……」
〔・失敗が今のスキルレベルだと5%ぐらいあったのに……。
・いや、むしろ5%もあったから?〕
「ありそうだな、それ……」
なぜかあっさりできた桶にいろいろがっくりきながら、火を熾して夜を超える準備をする耕助であった。
ファイヤースターターと桶の作成は、キャラ設定以外で本作初のダイス判定となりました。
ガチで五連続失敗しやがったんですよ、耕助。
それはそうと、友人たちにこの話を下読みしてもらったところ、みんなして立て札がフェアクロのヒロインの澪っぽいって言うんですよ。
おかげで、書いてるうちにそうとしか思えなくなってきまして。
ただ、これだけは断言します。
どれだけ言動や口調が似ていようと、立て札の中身は澪ではありません。
関係者にすることにはしましたが、澪だけはありえません。
NTRっぽくなってしまうので、澪だけは絶対に中身にはなりません。