第23話 新しい人を迎え入れよう その3
〔・ようこそ、元無人島へ!〕
「なんですの、これ!?」
「文章が頭の中に!?」
唐突に生えてきた立て札と、唐突に脳内に表示された文章に、漂着してきたお姫様とメイドが警戒の表情を浮かべる。
なお、お姫様はプラチナブロンドの縦ロールに青い瞳の整った顔をしているが、青いドレスを身にまとっていて子供のくせに妙に迫力がある。
メイドは栗色の髪にこげ茶の瞳で中肉中背、目立つ特徴と言えば胸が全くないという点ぐらいしかない、それなりに美人だがパッと見ていまいち印象に残らない容姿の女性である。
それを見た耕助が、渋い顔で立て札に声をかける。
「怪しすぎて、もろ警戒されてるんだが……」
〔・そもそも、耕助の格好の時点で
・一定以上の文明人なら警戒する〕
「いやまあ、そりゃそうなんだがな……」
「なんでこの怪現象にあっさりなじんでますの!?」
「俺、この島に来てから十日経っててな。そのころからこの立て札に振り回されてたから、さすがに普通に慣れる」
お姫様からの突っ込みに、遠い目をしながらそう答える耕助。
「怪しいことは否定せんが、こ奴らは別に悪い存在ではない。少なくとも、お主らが筏に乗って漂流する羽目になった原因よりは信用していいと思うぞ」
「それを知っている時点で、こちらとしては警戒せざるをえませんね」
「言っておくが、妾はお主らの境遇なんぞ何一つ知らんよ。ただ、恐らく高位貴族であろうお主らが、そんないつ転覆してもおかしくないようなちゃちな筏に乗って漂流しておる時点で、誰かに嵌められたという推測ぐらいはできるわ」
「……船が転覆してどこかに漂着、脱出のために自力で筏を作ったという可能性は?」
「おぬしらにそんな技術があるとは思えんし、ありものを使って作ったにしては、その筏はいろいろと形が整いすぎておる」
「そんなことは」
警戒をあらわにするメイドに対し、あれこれ指摘しながら己の推測を口にするレティ。
それに対して、何か反論しようとするメイド。
それを制して、レティが決定的な一言を口にする。
「それにの。漂着した島から自力で脱出したにしては、おぬしらの健康状態がよすぎる。この島でこ奴らと行動しておるからわかるが、着の身着のままで無人島に漂着した人間が、自力で筏を作って脱出なんぞした日には、まともな食事なんぞできんでもっと痩せておるわ」
「確かにそうだよな。一度漂着してる時点で脱出するまでに何日かはかかるだろうし、その間まともな飯が食えるとは思えないし」
「この島のように三日でジャガイモが収穫できたり妙なシステムで食料が支給されたりすることなんぞ、普通はあり得ない話じゃからの」
レティの指摘に、ひどく納得する耕助。
確かに漂着した二人は、あちらこちらが海水で濡れてはいるが、耕助のようなまともに食えていない種類の痩せ方をしているわけでもなく、健康状態に問題は見て取れない。
船が転覆してサバイバルを経由した後に漂着というのであれば、こんなに健康そうな体はしていないだろう。
「逆に、誰かに助けられて痩せない程度にきっちり食わせてもらっていたとしても、結局そんな筏で逃げて漂流せざるをえなくなっておるんじゃから、はめられたのと大差あるまい」
「……クリス、これ以上もめていても仕方ありませんの」
「うむ。どうせ現状ではこの島からは出られんのだし、我らが拠点にしておる場所がすぐ近くにあるから、一度そこで落ち着いて話をしようではないか」
〔・ん、それがいい。
・心配しなくても、この島で唯一の男である耕助は
・多分その気になればそっちのお姫様でも殺せるし〕
「そこまで貧弱な覚えはないんだが……」
〔・ボクの世界には、攻撃魔法というものが〕
「ああ、そりゃ簡単に殺されそうだな。つうかこの人たち、俺と違って立て札の世界の人たちなのか」
〔・ん。
・単に隔離してるだけでつながってはいるから
・基本的にこの島に迷い込んでくるのは
・ボクの世界の存在だと思ってもらっていい〕
「なるほどな」
〔・そもそも、世界の壁を越えて迷い込んだ
・耕助のほうが特殊例。
・初めの時にも言ったけど
・普通原型もとどめないぐらいぐちゃぐちゃになって死ぬ〕
「そういえば、言ってたな。つうか、俺がこの格好なのもそれが原因だしな……」
立て札の説明に、嫌そうな顔をしながら納得する耕助。
〔・そのあたりの詳しい話は拠点で。
・今日はいろいろ予定が詰まってるし
・さっさと移動する〕
「だな。そういや、シェリアは……」
「話が長引きそうだと思ったのか、あっちで海水を汲んでおるの」
「まあ、人数が増えるんだったら塩はもっといるから、悪い判断とも言い難いか……」
「礼儀という面ではどうかと思わんでもないが、あ奴を蚊帳の外に置いてばちばちに対立したのは妾じゃからのう……」
〔・そういう話も拠点で。
・さっさと移動する〕
立て札にせかされ、砂浜から拠点へと移動する耕助とレティ。
それにつられ、筏から降りて二人の後をついていく漂着者組。
拠点についてすぐに、無人島の最初の洗礼が漂着者組を襲う。
「なんか変なのがいますの~!」
「うおっ!?」
「どり?」
「耕助さん、海水をいっぱい汲んできました!」
「シェリアよ。耕助に報告する前に、服をちゃんとせい」
「あっ」
「破廉恥ですの~!!」
畳みかけるように連続で襲い来る島の日常に、せわしなく大声で突っ込むお姫様。
〔・あのお姫様、絶叫系の突込みらしい。
・なんともいじりがいがありそうで
・今後にすごく期待が〕
「今そういうこと言うな」
「誰が突っ込みですの!?」
「多分、そういうとこだと思うぞ……」
立て札の言葉に即座にかみつき、耕助に突っ込まれるお姫様。
なんだかんだで、新顔が来ても島は平和であった。
「さて、改めて自己紹介だが、俺は荒田耕助三十五歳。この島に飛ばされてきた最初の人間だ。この世界とは違う世界から飛ばされてきたんだが、細かい話は長くなるうえにややこしくなるから、そのうち暇なときにでも」
「次に迷い込んだ、世界樹の梢部族のシェリアです。婿探しの旅に出されて、とりあえず近場の村に移動しようと森の上を飛んでたら、なぜか急に海の上に迷い込んでこの島に墜落しました。年は十六歳です」
「妾はレティシア・バハムート、ドラゴンロードの一体じゃ。そこな立て札の中身の部下のようなものでな、連絡が取れんようになったので探して居ったら、この島でおかしなことをしておってな。しばらく手伝うことにしたのじゃ。年齢は一応二千を超えておる」
「もうすでに、いろいろおかしな情報が出てきていますの!」
十分後、拠点の伝言板前。ようやく落ち着いたところで、自己紹介に移る耕助たち。
その耕助たちの自己紹介に、さっそくお姫様が突っ込む。
特にレティがドラゴンに変身しながら自己紹介をしたのが効いているらしく、その顔はとんでもないところに来てしまったと雄弁に語っている。
〔・気持ちはわかるけど、そういうのは後で。
・ちなみにボクは君たちの世界を管理する
・いわゆる神みたいなもの。
・この立て札は、単なる端末。
・とりあえずボクのことは、立て札と呼んでくれたら〕
「またしてもおかしな情報が……」
「姫様、諦めましょう。そもそも、立て札の文章が見ている前で書き換わっていくこと自体、怪現象以外の何物でもないのですから」
「ですわね……」
しょっぱなから意味不明すぎる情報の羅列に、疲れ切った顔でメイドの言葉にうなずくお姫様。
気を取り直して、自身の自己紹介に移る。
「わたくしはテイラーソン大公家が長女、エリザベスです。つい先日八歳になりましたの。この度、王太子殿下に婚約破棄と追放を言い渡され、筏で島流しにされましたの」
「私はクリスティンと申します。エリザベス姫様付きの侍女としてお仕えさせていただいておりました。あと二カ月ほどで十八になります。姫様一人を島流しにさせるわけにいかないと、一緒に流されてまいりました。クリスとお呼びください」
「そっちはそっちで、突っ込みどころが多いんだが……」
「この場合、詳しい話を聞いていいのかどうかも悩ましいところじゃのう……」
「むしろ、愚痴として聞いてほしいですの……」
「それはそれで、すさまじい地雷臭が漂っておるのう……」
どんより濁った表情でそんなことを言い出すエリザベスに、ドン引きした表情を浮かべるレティと耕助。
シェリアはよく分かっていない様子で、きょとんとした表情を浮かべている。
「そもそもの話、本来わたくしは王太子殿下と婚約することなどありえないはずでしたの」
そんなレティ達の様子をスルーし、今までさんざん絶叫させられたお返しとばかりにこれまでの経過を淡々と語り始めるエリザベス。
出だしの時点で、すでに不穏である。
「理由は二つあって、一つはそもそも王太子殿下には同じ年の婚約者がいたこと。もう一つは殿下は十八歳で、わたくしより十も年上だったことですの」
「うわあ……」
「えっと、婚約者がいてなんで十歳も年下の子供とさらに婚約を?」
「それもこわいのじゃが、十も年下の普通どこの社会でも子供扱いされる年齢の人間を筏にのせて島流しとか、どんな人間性をしているのかそっちのほうが怖いのじゃ」
出てきた情報にドン引きする耕助と、二人目の、それも今の時点で子供でしかない相手との婚約について率直に疑問を口にするシェリア。
レティは王太子の行いに、世も末だと嘆いている。
「婚約については簡単ですの。単に婚約者となったネルソン公爵家のお嬢様が、王都で流行った女性だけが罹患する病で亡くなられましたの。その時の病で王都の貴族女性が多数亡くなられましたの。特に今十六歳から十九歳の女性が多く犠牲になられまして、その年代は男女比が大変なことになっていますの」
「補足しますと、その病は魔力量が大きいほど重症化し、また十二歳から十八歳までのいわゆる思春期の方の致死率が高いようで、高位貴族ほど死者が多くなりました。王家も第二王女殿下が亡くなられています。病が流行したのが一年前で、特にひどかったのが貴族が十五歳から十八歳まで通う王立学園でしたので、今十六歳から十九歳の高位貴族の女性が少なくなっています」
「その結果、王太子殿下と身分が釣り合う婚約者がいない女性で、一番年が近いのがわたくししかいなくなりましたの。男爵家や騎士爵家なら何人かいたのですが、さすがにその人たちを王太子妃になんて可哀想すぎますので、当然選択肢としてはありませんでしたの」
「で、子供を婚約者に据えられたのが不満だから、お主を島流しにしたということかの?」
「本質はそういうことだと思いますの」
エリザベスが婚約の経緯について説明し、クリスティンがそこに補足説明を入れる。
その内容に、どれだけクズなのかそいつはという表情を隠しもせずに、背景から読み取れる結論を吐き捨てるレティ。
「なあ。いくら不服だからつって、そう簡単に八歳の子供、それも大公家なんて高位貴族を島流しになんてできるのか?」
「ですので、あのクズ男はわたくしに冤罪をかぶせてきましたの。それも婚約者としてお披露目した後、初めての茶会の日にですの」
「誰がどう聞いてもあり得ない罪をかぶせてきまして、全員が唖然としているうちに姫様だけでなく抗議をした私も拘束されてしまい、裏取引を持ち掛けられてけった結果、姫様と一緒に流されました」
「筏に乗せられるときに抵抗しましたけど、子供の抵抗ではどうにもなりませんでしたの」
「私はこれでもかというぐらいきっちり縛られていましたので、抵抗の余地はありませんでしたね」
「筏に乗せられてすぐに、クリスが隠し持っていた刃物で頑張ってロープを切ったのですが、その時にはもう、陸が見えないところまで流されていましたの」
「大人を縛って抵抗できなくしてるあたり、クズさがえげつないな」
「なんで、エリザベスさんは縛ってなかったんでしょう?」
「慈悲のつもりか子供だと侮ってるのか、判断に困るところだな」
「どちらにせよ、クズの所業なのは変わらん」
島流しになった経緯を聞き、そんなことを言い合う耕助、シェリア、レティ。
何度も言うが、理由はどうあれ子供を筏に乗せて海に流す時点で、言い訳が通じないレベルでクズの所業だ。
そこに多少の慈悲があろうがどうしようが、救いようのないクズより評価が良くなることはない。
もっとも、救いようのないクズがもっと悪くなる可能性はなくもないが。
「で、吹っ掛けられた冤罪っていうのは、どんなものなんだ?」
「お気に入りの子爵令嬢をいじめたそうですの。それも半年も前から継続的に」
「……八歳児にいじめられて王太子に泣きつく令嬢って、身分踏まえてもそれはそれで恥ずかしくないか?」
「それ以前に、その位の年の差で学園に通っている令嬢とは、同じ時期に兄弟姉妹もしくは親戚が通っていなければ、普通に全く接点がありませんの。そもそも半年前は、まだ婚約の話も出ていなかった頃ですの」
「それに、姫様は婚約が調うまで、大公家の領地におられましたからね。いくら高位貴族でも、まだ八歳の子供が親も通さずに独自で事を起こせるような伝手を持っているわけもありませんので、どう頑張ったところで無理筋です」
「しかも、そのいじめの内容がペンを隠した、連絡事項を伝えなかった、お茶会に呼ばなかった、挙句の果てに階段から突き落とした、ですの。それも、取り巻きではなくわたくしが自ら行ったと仰せになりまして……」
「いやいやいや。ペンはまだしも学内の連絡事項は通ってない人間が教えられるわけないし、お茶会って呼ぶのは同年代だろ? 普通十五歳以上の学園生なんて呼ばねえよな?」
「兄弟姉妹をまとめて招待したときや年配の方からのお誘いを除いて、普通はそんな年齢差のある相手を誘うことはありませんの。わたくしだって、領地で主催したお茶会で招待状を出したのは、一番上がお隣の伯爵家のご子息とご令嬢でしたもの。ちなみに、お二人は十歳で双子ですの」
「そんなもんだよな。もっと言うと、全般的にそもそも泣きつく相手が違うし」
貴族のお茶会その他に対するイメージがさほど間違っていないことを知り、あきれた顔を隠そうともせずに正直な感想を漏らす耕助。
ペンと連絡事項は教師に、お茶会がらみは親か寄り親に相談すべき内容である。
階段に至っては犯罪を捜査する機関に通報が必要な内容だ。
「ただ、その子爵令嬢は、少なくともお茶会での追放劇には関わっていなかった感じですの」
「そうなのか?」
「ええ。王太子のお気に入りなのは間違いないようですが、いきなり王太子の隣に呼ばれたときは戸惑っていましたし、理由を宣言されたときには顔を青くしながら驚いていましたの」
「ってことは、子爵令嬢とやらはそこまでヒドインじゃなかったわけか」
「ヒドイン、ですの?」
「俺の故郷のスラングで、クズな性格のヒロインをひどいヒロインを短縮してヒドインって呼ぶことがあるんだ」
「面白い言い回しですの。ただ、見たところ、野心はありそうでしたけど一応身の程はわきまえていた感じでしたの」
エリザベスの証言に、正妃は狙っていないが側室もしくは妾として王の寵愛をバックに幅を利かせようとは思っているタイプかと納得する耕助。
実際、その子爵令嬢は自身の美貌とともに教育水準や政治的な実力もちゃんと自覚しているので、王太子妃だの王妃だのは考えてもいなかったのは事実である。
ついでに補足しておくと、実家の経済力まで踏まえるなら、子爵令嬢は側室になら問題なくなれる立場だ。
王太子の婚約者が亡くなって半年で喪に服しているべき時期で、まだ次の婚約者が決まっていないのに王太子に取り入ったことに眉を顰められてはいるが、正室になろうとさえしなければとがめられるほどのことではなかったりする。
「あの、エリザベスさんに突き落とされたって、お相手の方は同じぐらいの体格なんですか?」
「いいえ。姫様は同年代では小柄なほうですし、そのご令嬢は少なくとも私と同じぐらいの体格ではありましたね」
「じゃあ、エリザベスさんがドラゴンかエルフの血を引いているとかは……」
「ございません。姫様は普通の人類で、むしろそういう方面での身体能力は低いほうになります」
「ペンより重いものを持ったことはない、とまでは申しませんが、辞書を二冊も持たされれば持ち上げられない程度には非力ですの」
「辞書っつってもピンキリだからなあ……」
「姫様は、五キロあれば抱えて運ぶのは不可能だと思ってください」
「コメントに困るぐらいの非力さですねえ……」
「だなあ……」
「人間の八歳女子の普通がどれくらいか、よく分からんからのう……」
具体的な数字を出されて、かえって困惑する耕助たち。
同じ種族の同じ年齢でも、国や階級によってそのあたりの違いはかなり大きい。
なので、五キロを運べないと言われても、子供基準でどのレベルの非力さか分からないのだ。
「なので、姫様がその子爵令嬢を階段から突き落としたとなると、元から何もしなくても落ちるような状態でなければ、二人同時に落ちるような当たり方をしなければ不可能です」
「そんな落ち方をすれば、二人そろってかなりの大怪我をしますの。やったのがお披露目の日という時点で、わたくしも子爵令嬢も無傷でお茶会に出ていること自体おかしいですの」
「えっと、多分私たち翼人族なら無傷だとは思いますが……」
「高高度から墜落する前提で進化したお主らと一緒にするでないわ」
人類の基準として不適切なことを言い出すシェリアの言葉を、白い眼を向けながらばっさり切り捨てるレティ。
ドラゴンの次ぐらいに頑丈な種族の感覚で物事を語られても困るのだ。
「そもそもそれだけガバガバな理由付けで、なんで普通に逮捕されてるんだ?」
「分かりませんの。ですが、わたくしたちの捕縛に動いたのは近衛ですの。なので、少なくとも近衛はグルですの。あと、その場にいた執事や侍女は驚いた様子も見せなかったので、使用人を束ねる部署は事前に知らされた上で静観することを選んだ可能性が高いですの」
「ちなみに、ただの国外追放が島流しに格上げされたのは、我々が脱獄したからだそうですよ。にやにや笑いながら教えてくださいました」
「捕まえてすぐに馬車に乗せて港まで運んでおきながら、脱獄とは不思議な話ですの」
「腐っておるのう……」
世も末だという顔で、レティがあきれたようにそう漏らす。
城で働く大人たちが、穴だらけの冤罪で八歳の子供を追放することに対してみて見ぬふりをしたり積極的に協力したりするとは、よほど腐敗が進んでいるのは間違いない。
「そういえば、裏取引を持ち掛けられた、って言ってましたよね? どんなことを言われたんですか?」
「単に、姫様を売って王太子の味方に付けば、私だけは見逃すと持ち掛けられただけです。そんなことをすれば結局親バカの大公閣下に殺されるだけなので、普通に断りました」
「そこは、エリザベスさんに忠誠とかそういう話じゃないんですね」
「姫様のことは大切ですが、本当に犯罪を犯していればさすがに味方はできませんもの。それに、裏取引に応じれば姫様を助けに動ける可能性があれば、一応応じるつもりはありました。追放が犯罪奴隷として城の地下で強制労働になるだけだったので、検討の余地はありませんでしたが」
クリスの言葉に、そういうものかと納得するシェリア。
所詮少数種族で派閥争いと言えば男の取り合いである翼人族からすれば、この種の陰謀(というには今回は穴だらけでお粗末すぎるが)は、どう頑張っても理解できない。
なお、もっとそういうのと無縁なウォーレンとドリーは、我関せずと仲良く寄り添って光合成中である。
どうやら、ウォーレンはいろいろとあきらめたらしい。
「後気になることと言えば、二人ともそんなに濡れてもないよな。島流しにされたの、いつなんだ?」
「ごめんなさい。わたくしはいろんな意味でいっぱいいっぱいだったので、時間経過は分りませんの。クリスは分かりますの?」
「そうですね……。筏に乗せられたのは日の出直後でしたので、漂流していたのは長く見て三時間程度だと思います。馬車の中では眠らされていたので、お茶会からの時間は分かりません。ただ、眠り薬の効果時間を考えると、せいぜい一夜明けた程度だとは思います」
「そうか。ってことはこの島とエリザベス達の国は、案外近いのか?」
〔・それはない。
・事故防止のため、この島は
・どこの海路からも大きく離れた場所に置いた。
・だから多分、漂着物ガチャに選ばれて
・本来漂ってた海域からワープしてる〕
「それは運がいいのか悪いのか……」
立て札の説明に、微妙な表情を浮かべる耕助。
三時間ほどで転覆などの危険から解放されたのは運がいいが、現状例外を除いて入ることはできず、出る手段は一切ないと断言されている島に来てしまったのは運が悪いと言ってしまって間違いなかろう。
ついでに言えば、この島は衣食住全てが原始時代の水準だ。
食料そのものは十分あり、今も継続して耕助とシェリアが確保するので飢えることはないだろうが、お世辞にも食事が美味しいとは言えない。
高貴な身分ゆえに舌が肥えているであろうエリザベスと、それに近い場所にいたクリスが、ここでの食生活に耐えられるのかどうかも悩ましいところだ。
「まあ、話を聞いてる限り丸一日近く何も食ってないだろうから、食事を用意するわ。ただ、ぶっちゃけこういう暮らしだから粗末なものしかないが……」
「食べさせてもらえるだけでも感謝ですの。正直、わたくしたちは単なる厄介者でしかありませんの。今すぐもう一度筏に乗せられて追い出されてもおかしくない立場ですの」
「いやいやいや。そんな外道な真似はしないから」
「じゃが、落ち着いたらいろいろと手伝わねばならんぞ?」
「それはもちろんですの」
ただ飯ぐらいは許さんと釘を刺したレティに対し、真剣な表情でうなずくエリザベス。クリスもそこは異論はないらしく、特に反対はしない。
〔・後、ぶっちゃけこの島だと
・一番重要なのは耕助。
・他は死のうがどうしようが問題ないけど
・耕助だけは生存させなきゃいけない。
・お姫様とメイドは、優先順位だと最下位〕
「そうなのか? 外部からそれなりの頻度で人が来る可能性が出てきたから、俺の重要度は下がったと思ってたんだが」
〔・島のいろんなシステムが耕助に紐づけされてるから
・むしろ耕助がいなくなると致命的なバグが出る。
・そのあたりのシステムは再構築の予定だけど
・いつ終わるか分らないデスマーチ状態〕
「そうか……」
とりあえず一番在庫が残っているレッサードラゴンのベーコンを倉庫から取り出し、適当に一口サイズに切って焼きながら、自身の現状について遠い目をする耕助。
この分では、耕助だけは何があっても島から出ることはできそうにない。
「それにしても、エリザベスよ。お主、本当に八歳か?」
「言葉遣いも考え方も、すごくしっかりしてますよね」
「そこはもう、教育のたまものですの。お父様が親バカでダダ甘なので、お母さまやお兄様、爺やにそれが普通だとわがまま放題続けたらジョンみたいになるぞと脅されまくったのです」
「ジョンって誰ですか?」
「近隣領地の有名なバカ息子ですの。あれと同じだと見られるとか屈辱にもほどがあるので、お母さまやお兄様、爺やにクリスにもああなっていないかずっと聞きながら頑張って勉強していろいろ自重してきましたの」
「ふむ。とはいえ、それはそれで子供らしくはなくてよくないのう」
「ちゃんと、時々わがままは言っていましたの。行事や誕生日の時ぐらいは、ドレスやアクセサリーをねだっていましたの」
「恐らく、そういう教育が行き届きすぎているところも、王太子にとって気に入らない部分だったのでしょう」
「「なるほど」」
エリザベスがやたらしっかりしている背景を聞き、いろいろ納得するレティとシェリア。
分かりやすい反面教師がいると、教育もとてもやりやすそうである。
もっとも、ちゃんと周囲が愛情を示していたことと、エリザベス本人が聞き分けがよく聡明であったからこその結果ではあろう。
「ただ、こんなに素直に立派に育った、まだ親元で愛情を受けながら育つべき子供をこんな風に島流しにして、エリザベスの国の王家は大丈夫なのかね?」
〔・そのあたりはまだ、何の動きもないっぽい。
・いきなりのこと過ぎて、どこも行動を決めかねてる。
・大公家に至っては、まだ情報が届いてないし。
・王と王妃も頭抱えてるだけで、どうするかって話はしてない〕
「そりゃまた、荒れそうだな。っと、いい感じに焼けたな」
話をしている間に、いい具合にベーコンに火が通る。
それを皿に盛り付け、フォークを添えてエリザベスとクリスに渡す耕助。
「悪いけど、すぐに用意できるのそれか焼き肉しかないんだ」
「他はトウモロコシとジャガイモ、ニンジン、大根、ラディッシュじゃったか?」
「そうそう。トウモロコシとジャガイモは茹でるのに結構時間かかるからなあ……」
「麦類がないので、パンも作れませんしねえ……」
「食べさせていただけるだけ、感謝ですの」
「この状況で、出されたものに文句をつけるほど落ちぶれてはおりません」
そう言って、ありがたそうにベーコンを受け取りエリザベスとクリス。
皿に盛られた分量はクリスのほうが多いが、エリザベスもそれが当然だと思っているようで特に反応はない。
「いただきますの。……美味しい、美味しいですの……」
「ええ、本当に……」
ベーコンを一口食べて、感極まったように涙を流すエリザベス。
そのエリザベスに同意し、こちらも涙を流しながらベーコンを食べるクリス。
どうやら、本当の意味でようやく一息つけた安心感でこらえていたものがあふれ出したらしい。
レッサードラゴンというトップクラスの食材が持つうまみの暴力も、二人の情緒を揺さぶったのは間違いない。
「こうやって見ると、やっぱりエリザベスは子供だよなあ……」
「うむ。クリスのほうも、まだまだ小娘と言うて良い年じゃからのう」
「……これから、責任重大ですね、耕助さん」
「だなあ。さしあたってはまず、米か麦の栽培を目指すのと、やっぱ服だよな……」
「服や小物に関しては、作るだけでなく、ダンジョンからのドロップも狙うことにするかの」
「もしかしたら、森や山にいい素材があるかもしれませんし、頑張って探してみます」
年相応と言っていいエリザベスとクリスの姿を見て、そんな風に先のことを話し合う耕助、レティ、シェリア。
こうして、十日目の朝は過ぎていくのであった。
最初は妙齢の女性にする予定だったエリザベス。
友人が悪役令嬢がロリだったらそれはそれで面白くない? と悪魔のささやきをしたものだから、つい魔が差しで2D6+6で年齢を判定することに。
折角だから王太子も同じ条件で、クリスは2D6+12で判定したら作中の年齢になったとさ。
なお、なぜ誰も王太子の暴挙を阻止できなかったかというと、思い立ったのが前日の夜で、実行したのが当日の早朝だったから。
これをそんな短時間で形にできる程度に能力があり、それをやったら後々どうなるかの想像力や相手が子供だってことに配慮するような思いやりが全くなく、嫌いだと思ったものに対しては徹底的に攻撃する程度には攻撃性が高いのが、このクズ王子です。
亡くなった婚約者がその辺をうまくコントロールしてたのですが、亡くなった結果このざまに。
なお、個人的にはこの王家、さかのぼっていけば前々話に出てきたクズ王の血筋につながってるんじゃないかと思っています。
どうでもいいことながら、悪役令嬢だから髪の色は金か銀か赤だろうと思って本屋でランダムに手に取った悪役令嬢ものの表紙で決めたら銀髪のお嬢様だったので、エリザベスは銀髪になりました。
なお、その本は買ってません。




