第九話 豚、宣戦布告する
本日二話目です。
「ただいま」
ようやく帰って来れた。
ちょっと修復されているような気がしないでもないけども、すごく懐かしい気持ちになる我が家に。
「修復された分、また掘削しないとね」
とりあえず本日分の魔力吸収を終えようと、階段状に肉を切り取りながら灼熱のシャンデリア近くまで登っていく。
肉の切り出しには慣れてきたが、短剣が徐々に切りづらくなってきているせいでなかなかの重労働だ。
短剣のメンテナンスはローブだった布で拭くくらいしかできないから、早々に限界が来るだろうことは目に見えている。
対策としていくつか考えたのだが、一つは断念することになった。
そう、宝探しだ。
胃酸でも溶けないメンテナンスフリーの刃物があればと思って出掛けたのに、激しい悪臭と突然の濁流に断念せざるを得なかった。
そして二つ目は牙や骨を砕いて、錬金術で刃物を作る。
ワンチャンいけると思ったのだが関連する魔法陣が付属してないから、これはしばらく保留にする。
三つ目は短剣を補強すること。
補強なら付属の魔法陣で対応可能なのだが、短剣の状態によっては二本使用することになるらしく、失敗したら竜学ライフはほぼ詰む。
尖らせた棒で肉が切れなかったことから、爪や歯で切り取ることは困難だろう。
「残された道はファンタジー系技能の一つ、武器を魔力で覆うスキル」
よく魔装とか魔力纏とか言われているアレ。
この世界風に言うなら、命力纏になるのかな?
「オドン装とかいいんじゃないか?」
できるかどうかはわからないけど、今のところ一番可能性がある。
それに最悪短剣が使用できなくなったら、強化の素材にしてしまえばいいんだから。壊れているものを使用すれば気楽に錬成できるだろう。
「どちらも無理だったら自主退学しよう」
どの穴からかはわからないけど。
「じゃあ今日も張り切って、レッツメトロノームっ」
本日は地竜の幻影が大きくはっきりしているように感じたが、それ以外は問題もなく終えることができた。
命核についてはコーティングを終えていたからか、満杯まで溜めるだけでいいという昨日よりは簡単だった気がする。
しばらくは同じ作業を繰り返すだけらしい。
それでもそこそこ時間がかかるから大変ではある。
「次は水の精製か」
水は毎日作らないと全然足りない。
一応節約して飲んでるんだけどね。
「問題は竜震だよ」
もう少し血管周りの肉を掘り返して短剣を抜きやすくし、同時に塹壕みたいなものを作って滑り落ちないようにしようかな。
「肥溜めには絶対に行きたくない」
まずは塹壕からやろう。
血管周辺の掘削作業の途中で竜震が来ても大丈夫なように、さらに地竜の食事がいつ行われても大丈夫なように避難所が欲しい。
「塹壕に排水溝も開けておかないと」
ヌルヌルの体液の風呂に入ることになるだけじゃなく、最悪の場合溺死するかもしれない。
そんな間抜けな死に方はごめんだ。
「短剣の劣化も辛いけど、ヌルヌル滑るのも辛い……」
まぁお弁当の仕込みだと思えば、少しは気力が湧いてくるか。……少しだけ。本当に。
◆
「意外に楽しかった」
塹壕造りのモチベーション維持のため少し遊び心を加えた結果、結構集中してしまった。
「やっぱり神様すごいわぁ」
肉の切り出しが飽きてきた頃、本日の午後に行う予定だった錬金術の実技を行おうと思いついたのだ。
棒とロープと短剣で簡単なコンパスを作り、肉に魔法陣を描いてみた。手本は宝物の付属品や入門書があったし、魔法陣の知識も付与してくださっていたから問題はなかった。
池を作って、底に魔法陣を描く。
あとは血液を溜めて錬成。
たったこれだけなのだが、普通に錬成できた。
ただ水の質は蒸留器製の水には全く勝てないレベルだったし、藍の秘薬も下級しかできなかった。
「わかっていたけど、宝物の性能は半端ない」
ちなみに、錬成した水と藍の秘薬はもったいないからお風呂にした。
久しぶりにヌルヌル以外の液体に浸かることができて幸せだったし、おかげでストレスが大分和らいだと思う。
鉄臭い水だったけど、思わず頭の頭頂部まで沈めてしまうほど気持ちよかった。
「このお風呂は取っておこう」
排水溝と肉栓を作っておいて、いつでもお風呂に入れるようにしておけば快適な竜学ライフを送れるはず。
「じゃあ次は血管露出作業だな」
いつでもお風呂に入れると思うと不思議とモチベーションが上がる。
こういうところに日本人らしさがあると思う。
血管から離れているところは大雑把に切り、血管に近づくにつれて慎重に肉を切り出していく。
すると、太い血管が露わになった。
「なんか……蛇みたい……」
しかもグロい。
仕方がないのかもしれないが、蛇は無理。
嫌いとか苦手とかの軽さではなく、生理的に無理。
「失敗したなぁ……」
結局、就寝場所を離れたところに設けることで対応し、無事に水の精製を始めることができた。
「相変わらず揺れるなぁ」
予想通り竜震が発生したが、今日は塹壕のおかげで余裕がある。
血液採取も塹壕内に設置した蒸留器へ、肉の壁を伝って勝手に溜まっていくから楽だ。時間も短縮できるからきっと早く寝れるだろう。
「次は灼熱のシャンデリアを露出させても面白いかもしれないなぁ」
まぁ現実的ではないけど。
足場の不安定な高所作業を命綱なしでやったら、待っているのは死だ。
その前に焼豚になる可能性もある。
「地竜からしたら喉に口内炎ができた痛みに近いのかな?」
それとも逆流性食道炎か?
最終的には宝物庫手前の壁に穴を開けてショートカットしたいから、食道がんとかになるのかな?
いつまでも竜学ライフを送れるわけでもないし送りたいとも思っていないから、今から少しずつ宝物庫に向かってショートカットコースを作るのもありかもしれない。
「いいね。採用」
何事も目的を持ってやることが大事と言うけど、本当にその通りだ。
一気にやる気が漲ってきた。
「よし。寝る」
今日はもう疲れた。
おやすみなさいませ。
◆
お風呂ができた日から早一ヶ月。
変わったことと言えば、魔力吸収が次の段階に移ったこと。
初心者の枠を出て、命力の質を変化させる段階に来ている。
ただ魔力を吸収するだけでなく、吸収した魔力を限界まで圧縮して保持する。そして次に日に吸収した魔力と融合させて圧縮。
この繰り返しだ。
次に、宝物庫までのショートカットコースが完成した。
今は俺のジョギングコースになっている。
時折肉の地面が揺れたり動いたりするが、体幹トレーニングになって足腰の良い鍛錬にもなっている。
続いて三つ目なのだが、こちらはよろしくない方の変化だ。
どうやら地竜は寄生虫に対してかなりストレスを感じているようで、頻繁にブレスを放つようになってしまった。
ブレスは二種類あって、一つは普通の火炎型ブレス。
二つ目は地竜らしく岩石放出型のブレスだ。
どちらも困るが、どちらかと言うと岩石の方が嫌。
塹壕内にいても破片が飛んできて怪我をするのだ。
おかげで、赤の秘薬の中級まで作れるようになったけど。
さらに、ブレスの発生源は灼熱のシャンデリアだ。
魔力吸収中にブレスを使われたら死ぬから、発動の変化にも気を使うようになり、発動の予兆を感じたら新しく作った滑り台で塹壕に直行できるようにした。
思わぬ修行が発生し徐々に練度が上がっていると実感しているが、修行の強度が一足飛びに上がり過ぎな気がする。
現在はできるときにするという方針転換をし、魔力吸収を主軸に修行を続けている。
「──クソッ! ブレスだっ」
それに加えて嫌な予感がしたから、塹壕内に滑り込んだ後、急いでジョギングコースを通って予備倉庫へ駆け込んだ。
結石にぶつかって痛かったが、すぐ後ろを大量の水が通り過ぎて行ったのを見たことで痛みは消えた。
「──ふうぅぅぅ……。よかったぁぁぁ……」
次は水責めだったらしい。
止めどなく流れていく濁流を眺めながら思わず安堵のため息が溢れる。
「これは本格的に急がないとな」
一年くらいは竜学できるかと思っていたが、内臓系の痛みは数日でも辛いからどだい無理な話だったわけだ。
よって竜核からも魔力吸収を行おうと思う。
今までは基礎を優先させていたことと、竜核の魔力を制御できるか不安だったことから保留にしていたのだ。
まだ不安は残っているが、現状が甘えを許さない状況である。
つまり、やるしかない。
「いつものメトロノームだ」
いつ何時も自分のリズムを崩さないことが重要。
ゆえに、まずは自分のリズムを作ることから始める。
「よし。行ける」
灼熱のシャンデリアという名の竜晶から魔力吸収を行っていた時、活性化させる度に地竜の幻影がはっきりとした姿になっていったのだが、竜核は正に格が違う。
幻影だけじゃなくて感触があるのだ。
肌に爪が食い込んでいるような痛み。
万力のような力で握られている痛みと苦痛。
制御させないどころか侵食してこようとしている意志。
そして、明確な殺意。
「カアァァァ…………」
思わず意識を手放しそうになる。
「俺、はぁ、最……強の、デブに、なるっ」
地竜の圧力を命力で跳ね返すように意識しつつ、竜核から魔力を吸収し圧縮していく。
頭がクラクラし視界が歪むほど辛いし、手足が千切れそうなほど痛いが集中力を切らすことなく吸収を終えた。
「死ぬぅっぅぅ……」
予備倉庫越しだったから少し吸収しづらかったが、遮熱効果は助かった。
地竜の圧力に灼熱まで加わったら、俺はきっと負けていた。その場で即死していた自信がある。
「水。肉。秘薬……欲しい」
地竜によって傷つけられた傷を、地竜によって回復させてもらう。
こうなったら意地でも負けない。
全てもらってやる。
「ここに第一次豚竜大戦の開戦を宣言するっ」
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