第五話 豚に真珠、とは言わせない
行動方針を決めることにしたのだが、水道工事が完了していないから水がない。
水がないとフライパンが洗えない。
ということで、まずは水道工事を行うことにした。
「排水口はトイレ同様、胃に近い方がいいよねぇ」
横穴の中でも胃に近い方に進み、そこにある太い血管に短剣を向ける。
「せいっ」
血管の弾力性により僅かな抵抗があったものの、難なく突き刺すことができた。
「おっと」
さすがに痛かったのか激しい振動がしばらく続く。
地震に倣って竜震とでも言おうか。
バウンドする体を短剣だけで支え、震動が収まるのをひたすら待つ。
「宝具を背負っておいてよかったー。最悪詰んでたわ」
バックパックは肩ベルト以外にもウエストベルトもついているから、体にしっかり固定できるのだ。
さすが神様。サポートに抜かりなし。
「もうすぐ……。もうすぐで水が飲める……」
どれくらい待ったか分からないが、体感的に十数分くらいだろうか。
ようやく震動が収まった。
「やっと次の作業に移れる」
不安定な足場と重量のある我が儘ボディのせいで腕がパンパンだが、水分を補給しなければ脱水症状で動けなくなりそうだ。
被害が腕だけのうちに、できることは全てやっておこう。
「まずは短剣を抜くんだけど、余震がありそうで怖いなぁ」
バックパックから予備の短剣を取り出して逆手にし、左手に持って構えておく。
そして意味があるか分からないが、腰を落として足に力を入れる。一瞬でも踏ん張れれば、その隙をついて左手の短剣を突き刺そう。
「できるっ! できるっ! できるっ!」
イメトレでは完璧だった。
俺は才能豊かな神童だ。
できないはずがない。
「とうっ! ──くそっ」
やっぱり余震があったか。
想定内だったが、イメージが甘かった。
一瞬よろめき胃に滑落しそうになったが、なんとか短剣を突き刺すことに成功し、右手の短剣も間に合ったことで滑落は免れた。
「し、死ぬかと思ったぁぁぁぁ」
頭上から吹き出す血液を浴びながら余震を堪えること数分、出血が緩やかになっていくのに合わせて震動も弱まっていく。
「待て待て、俺の水道っ」
せっかく掘り当てた水道が、管理者によって目の前で修復されていくという絶望感。
「待て待て待てっ。今行くからっ」
気合を入れて登りきり、バックパックから蒸留器を取り出して血液を入れていく。
蒸留器は錬金術師なりきりセットに含まれるもので、前世でも見たことがある寸胴鍋くらいの大きさだ。違う点は、加熱や冷却などの細々しているものがついていないところだろう。
魔法陣が描かれている鍋敷きの上に載せるだけで加工ができるらしく、その魔法陣もいくつかセットに含まれている。
「水道工事が楽にできるくらいまでは体を鍛えないとな。あと体力もね」
血液が溜まるのに時間がかかるだろうし、休憩がてら補償の確認でもするか。
行動方針を決める材料になると思うし。
「わかりやすいやつから確認しよう」
後回しにしていた宝具の詳細を取説を読んで確認することに。
その間蒸留器から目を離してしまうから、大きい体を蒸留器に押し付けて固定しておく。面積が広いから手足で固定するよりも安心できる。
一つ目は大活躍のバックパック。
本体の機能としては五メートル四方の空間拡張と、時間停滞及び所有者のみ対象の重量軽減が付与されている。さらに、所有者は俺に固定されていて、自動洗浄機能もある。
偽装機能に本体の汚濁偽装や、中身の偽装具現がある。
俺がバックパックを開けて中を見ると黒い空間が渦巻いているように見えるのだが、他人がそれを見ると宝具を持っているとバレるわけだ。
そこで中身の偽装具現が役に立つと。
基本的に相手が欲しがらないものしか具現できないらしい。例えば、安物の着替えや外套など。
代価は魔物を討伐したときに獲得できる魔核という魔力の発生源で、そのまま放り込めばいいそうだ。
むしろ、何かに包まれた状態だと大切なもの扱いと判定されて対象から除外されるらしい。
素晴らしい機能だ。
売却用と偽装用に自動で仕分けてくれるというのは、手間を考えればかなり嬉しい。
さらにこれらの機能は、シリーズの宝具を集めて統合すれば成長するらしい。
おまけに、空間機能がないポーチが本体の左右に一つずつと、ポーチを含む全体が神様特典で破壊不能になっているそうだ。
「最後は全然おまけじゃねぇ……。神様、ありがとうございますっ」
二つ目はごちそうを提供してくれた鍋セット。
一見空間系とは無関係なフライパンと深底鍋のセット。
これらはキッチンシリーズを集めれば、キッチンの亜空間を創造できるから奮って蒐集して欲しいと書いてある。
それまでは個別で持っていなければいけないのだが、紛失したら可哀想ということで所有者固定の上、バックパックに紐付けされているそうだ。
至れり尽くせりで頭が上がらないし、足を向けられない。
付属品は自動でサイズを調節する鍋蓋にフライ返し、一口魔導コンロがそれぞれ一つずつ。それに普通のと穴あきの二種類のお玉がある。
「え?」
最後の方に機能が書かれていたのだが、早く読むべきだったと後悔してしまう内容が記されていた。
一つは蓋をすることで保温機能が発動すること。
もう一つは魔力を使用することで自動で洗浄されるということ。
「なるほど。こんな機能があったら生活魔法はいらないわな」
クリーン? そんなのいるぅ?
って全員もれなく思うわ。
魔力があればきれいになるんだもん。
「まぁまだ魔力を操れないから、そこまで悔しくはないかな」
キッチンシリーズはカスタム型らしく成長はしない模様。破壊不能なところは同じだが。
「そこそこ溜まってきたな。ちょっと急いで読もう」
三つ目は現在進行系で飲水を確保してくれている錬金術師なりきりセットだ。
これは褒美というだけあって、既に完成されているようなセット内容で大変満足している。
もれなく空間系の宝具らしいが、鍋セットと同じく個別所有のままだ。逆に何を足せば亜空間が創造されるのか分からないくらいである。
その完璧なセット内容は、目の間で頑張ってくれている蒸留器に、定番の錬金釜。それからあまり聞いたことがない錬金盤だ。
基本レシピなどが載った入門書に、釜蓋などの付属品がある。
機能は概ね鍋セットと同じで、違う点は火を必要としない点だろう。
全ての加工は魔力で行うらしい。
……気づいた? 俺、水飲めなくないか?
「まさかの魔力操作が先だったかぁ……」
蒸留器を使っているからミスをしないように取説を読んでおこうと思ったのに、まさかの選択ミス。
「毒を食らわば皿までだ。せっかくだから最後まで読んじゃおう」
入門書以外のレシピ集は錬金図鑑全集なるものがあるそうだが、めちゃくちゃ高いらしい。
可哀想だし、地竜の体内での修行を勧めたこともあるから、地竜の素材に関するレシピは知識として付与してくれるそうだ。
「やったぁぁぁーー! 努力しますっ!」
なお、破壊不能の機能は当然あるが、攻撃には使えないらしい。事故で誰かに当たっても怪我をしないレベルの衝撃しか与えないから、くれぐれも扱いに気をつけるようにと記されている。
「いやいや。こんなとんでも宝具、自分から好んで人目に晒さないよ」
所有者固定されているから無理って言っても理解しない有象無象たちが、我先にと「よこせ、よこせ」と付きまとってくるに決まってる。
考えただけでも面倒くさい。
「豚に真珠だろっ! 人間様が使ってやるっ! 光栄に思うんだなっ!」
って言うやつは、きっと一人じゃない。
ちなみに、空間系シリーズの一例も記載されていた。
寝具シリーズ、浴室シリーズ、馬車シリーズなど。
「いいな。欲しい」
シリーズというところも、元々の蒐集意欲を刺激していて良い。
行けたらいいなから、絶対に迷宮に行こうと気持ちが変化するまで宝具に惹かれている。
「その前に死なないようにしないとね」
まずは水のために魔力操作なるものを習得してみせる。