第四話 寄生虫に共感する
「知らない天井だ」
赤黒くて脈動する天井なんて珍しい。
ヌルヌルとした液体に体を浸し、熱く感じるほどの臭気を孕んだ熱波に不快感を感じる。
「あぁ……アニサキスになってたんだっけ」
神様から衝撃の事実を聞かされた後、いつの間にか寝落ちしていたらしい。
まぁ元々寝ていたわけだけど。
「この……ちょっと熱めのお風呂感……気持ち悪い」
普段サウナに入らないけど、今目の前に水風呂があったら迷わず飛び込んでいるだろう。
「この世界に風呂ってあるのかな?」
知識によると生活魔法で『クリーン』は無理らしいから、風呂でツルツルピカピカにするしかない。
デブがモテない一番の理由は、悪臭と不潔という悪い印象があるからだろう。
それならば、それを払拭できさえすれば体が大きい人になるのではないだろうか。……地球だったら。
「ハンデを背負ってるわけだから、最低限スメハラをしない清潔なデブを目指すべきだろう」
それにしても、一睡の効果は素晴らしい。
神様の力のおかげなんだろうけど、頭も体もすっきり全快。
不快な環境でも一睡前より全然我慢できるし、知識も活力も漲るどころか溢れている。
決して慣れたからではないだろう。
一睡くらいで慣れるような環境ではない。
食欲が湧かない空間なのだが、一睡したら肉が食べたくなったんだよ。すごくない?
「武闘神様、素晴らしい体を下さり本当にありがとうございます」
デュー君の記憶によると、開拓村ではほとんど肉を食べなかったようだ。
収穫祭や竜糞堆肥の加工終了時の打ち上げくらいでしか肉は振る舞われることはなく、肉を食べるためには自分で狩るか、購入するか、譲られるかの三択のみ。
畜産をしている家系は売却が目的だし、寿命での屠殺はほとんどない。さらに、魔物に殺された家畜を食べるということもほとんどない。
地竜のおかげで魔物被害が微少だからだ。
実際、デュー君の家も養豚は売却目的だから、自分たちで食べることはほとんどなかった。
保存食に加工する際に出る余剰分のみ食卓に並び、ごちそうだと奪うようにして食べていたらしい。
デュー君は当然奪われる側だ。
「全く優遇されてないのに生贄とか……可哀想だろ」
生贄のショックというより、家族に死ねと言われたと感じたショックで死んだと思わずにはいられない。
八歳の子供にとって家族は、自分の世界の全てと同じだろう。世界から必要とされなくなったときの絶望感を想像するだけでも悪寒が走るのに、デュー君の心情を思うと黙祷を捧げずにはいられない。
「一緒に食おう。目の前には高級肉が山のようにあるんだから、食べなきゃ損だよ。なっ」
腹を一つポンッと叩き、食事の準備をする。
「宝具ってこれだよね」
寝ている間に抱きしめていたらしい布製のバックパックから、調理道具の宝具を取り出す。ついでに、生成り色のローブや二本の棒や予備の短剣を収納しておく。
宝具の詳細は後で取説を見て確認するとして、まずは腹ごしらえをしようではないか。
「なになに、鍋セットね。……他は? ないのかな?」
宝具はバックパックと鍋セットと、錬金術師なりきりセットだけだった。
「神様は料理をしないのかな?」
まぁ包丁は短剣で代用するとして、味付け用の調味料はないのだろうか。
それとも高級肉の竜肉は、味付けが必要ないくらい美味なのだろうか。
「物は試しだ。普通に焼いてみよう」
寝る前に切った肉は既になく、新しく切り出さなきゃならない。
少し面倒だが、横穴が少し狭くなったような気がするから、拡張も兼ねて張り切って切り出そうと思う。
「新鮮な肉も食べられるしね」
脱出のことを考えれば下方に向かって掘り進めるべきなのだろうが、上方に向かって掘り進めることが最善らしい。加えて、胃に向かって広げていくことも重要らしい。
全ては頂いた知識に基づいているのだが、とりあえずはいいだろう。
衣食住が一番大事だ。……衣服はないけど。
「そうだ。せっかく武術の才能を頂いたんだから、意識して剣を振ろう」
アニサキスで竜殺しになったわけじゃなくて、短剣で竜殺しになったと胸を張れると思う。
自己肯定感はモチベーションを維持する上で大変重要な要素だからね。ただでさえ、一生デブ体型というモチベーションが低下するような事実を知ったばかりだ。モチベーションの維持ができる要素があるなら、使わない手はない。
「せいっ」
大人にとっては片手で扱うような短剣でも、子供にとっては本来両手で持つこともある武器だ。
一睡前はアドレナリン全開で一心不乱に切り刻んでいたから気にならなかったが、意識して握ると重さも重心も全てが別物に感じる。
「これが才能か」
それとも少し冷静になっただけなのか。
火事場の馬鹿力ということもあったのかもしれない。
「……ダメだ。切り出しのときに修行するのはやめよう」
才能がせいだろうか、集中力が途切れずに短剣を振り続けてしまう。
時間がすぎるのも忘れて、ただただ無心で短剣を振り続ける。疲れ始めても先に進むことが楽しくて仕方がなく、本当に没頭してしまうのだ。
才能とは諸刃の剣、そう思った。
自制心がなければ、ただ好きなことだけをやるダメ人間なってしまう。
自己中で我が儘な社会不適合者である。
多くの才能を与えられたからこそ、俺は自制心を忘れずにいようと思う。
「それに我が儘なデブとか、典型的な悪役じゃねぇか」
良い子が転生したら悪役になりましたとか、デュー君に申し訳が立たん。
「普通にギコギコ切ろう」
途中大きな血管を切りそうになって焦ったが、なんとか無事に切り出し作業を終えた。
「ステーキ、ステーキっ」
フライパンとフライ返し、それから魔導コンロを取り出して早速焼いていく。
硬さとかわからないから、ステーキと言っても薄めに切っている。
ラノベで竜肉は鶏肉っぽいとか高級牛肉っぽいとか描写されているが、切るときの感触では牛肉っぽい。
首肉だからということもあるだろうけど、少し硬そうな感触だった。
「硬かったらどうしよう。しばらく首肉の予定なんだけど」
カセットコンロの魔力版らしい一口魔導コンロにフライパンを載せ、一枚ずつ肉を焼いていく。
転生前の意識のままなら、不衛生な体内での調理とか考えるだけでも悍ましい。が、環境適応能力がある強靭な体を持ったということが関係しているのか、体だけでなく精神的にもそこまでのストレスを感じなくなっている気がする。
むしろ、サバイバルとして楽しんでいる気持ちが強いかも。
それも飲水の確保ができたということで安心が担保されたからだろう。まだ工事はしていないけど、水道を見つけたのだ。
食料と水があれば、他は些末なこと。
探険なんかしても面白いかもしれないな。
「おぉ、焼けたんじゃないか? 匂いはいいけど」
ヌルヌルの足場から魔導コンロが滑り落ちないように気をつけながら、焼けたばかりの肉を一口。
「ふぅー、ふぅー。いただきます。──うっまぁぁぁああっ」
脂は少なめ、弾力はあるが硬すぎず、噛むたびに肉汁と旨味がジュワッジュワッと。
「薄めに切って正解だった」
次からは二枚ずつ焼こう。
止まらん、手が止まらん。
「アニサキスの気持ちわかるわぁー。こりゃあ居着くって」
食料と水を提供してくれて、体内は灼熱のシャンデリアのおかげで真っ暗ではないし、喉近くなら空気もある。
至れり尽くせりではないか。
バーベ村の住人も試せばよかったのに。
竜の体内でバーベキューだよ。最高じゃん。
まぁ野菜も好きな俺からしたら、少し物足りないけどね。
「そうだ! ホルモン焼きとかもいいんじゃないか?!」
こっちの世界で内臓を食べるのかどうかわからないけど、地竜の内臓は薬の素材としては最高級らしいから、きっと食べても大丈夫。
前世ではハツ刺しが好きだったから、異世界でも試せたらいいな。
「あれ? 討伐もできるから、一石二鳥じゃないか?」
いいじゃん、いいじゃん。
アニサキスの最終目標はハツ刺しだな。
「食事も終わったことだし、今後の簡単な方針でも決めるとしよう」
地竜様、ごちそうさまでした。
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