第十話 慈愛に満ちた豚天使
開戦を宣言した日から地竜の嫌がらせは激化の一途を辿っている。
ブレスによる火炙り、飛礫攻撃に水責めは当たり前。
さらに水責めが止んだと思って油断しているところに嘔吐。危うく巻き込まれるところだった。
食事も一工夫してきて、魔物や魔獣を丸呑みするようになった。
あわよくば魔物と魔獣が俺を殺し、そうならなくても圧死か胃まで押し流そうという魂胆なのだろう。
いつ来るかわからない攻撃に不眠症を発症しそうになったが、現在は住居を移したから比較的安眠できている。
新居は当然予備倉庫だ。
結石による怪我が怖かったから、もったいないけど胃の方に放出した。
質がいいものはとっくに回収しているからそこまで後悔はなかったが、庶民出の俺からするとどこか割り切れない気持ちがある。
「せめて他の竜素材は持ち帰りたいなぁ」
引越し前に切り出した喉肉で干し肉を作りたかったのだが、体内が臭いことを思い出して断念した。
でも肉は欲しい。
バックパックに入れておけば腐敗もゆっくりになるから、少しくらいは持っていけるだろう。
「竜晶と竜核は絶対にもらって帰る」
まるごと持って帰れないなら、一番価値があるものだけでももらって帰らねば。
「そのためにも、今日もかかって来いやぁっ」
短剣の内一本を槍に改造して、半死状態で襲ってくる魔物たちを討伐する。
俺は錬金術用の素材が手に入って嬉しい。
対して地竜は、俺を疲弊させつつ油断したところを水責めで胃の中へ、という作戦らしい。
度々行われているけど、一度も成功していない。
なのに、馬鹿の一つ覚えのごとく同じ手を使ってくる。
高位の知能を持つ生物だという認識だったが、所詮蜥蜴か。
──と、思っていた時期もありました。
地竜は情報収集のために、馬鹿みたいに同じことを繰り返していたらしい。
俺の戦力はどのレベルか。
正確な位置は?
魔力吸収を行う場所は? などなど。
何故わかったかというと、半死状態じゃない二足歩行の蜥蜴が俺のところまでやってきたのだ。
しかも部隊単位で。
魔力吸収に集中するために仕掛けていた罠のおかげで奇襲は阻止できたが、さすがに多勢に無勢では勝算がゼロに近い。
でも一番怖いのは包囲戦術によるなぶり殺し。
回避するためには接敵人数を減らしつつ前方戦闘に集中させられる場所に誘導し、各個撃破が望ましい。
それを可能にさせるのは予備倉庫の入り口しかない。
敵襲を知った時点で予備倉庫の外側にヌルヌル体液を撒き散らし、あわよくば胃の中は放り込めるように準備しておく。
これは地竜の水責めが開始されるまでという時間制限がある作戦だが、時間稼ぎをするだけで地竜が処理してくれると思えば士気も保てる。
多勢と接敵する場合で、時間稼ぎをすればいいという状況においては剣より槍の方が使いやすい。
ただでさえ人数的に二人同時までしか絞れないという数の不利があるのに、刃渡りが短い短剣では牽制という点において現状不可能だ。
その点、槍であれば目や足を突くふりをすれば、防御反応で勝手に牽制になる。
俺からすれば防御してもしなくてもどちらでも利点しかない。
この戦術で連勝している。
まぁ一番の理由は情報を持ち帰る蜥蜴がいないからだろう。
蜥蜴たちは片道切符だと思って俺を殺しに来ているみたいで、結構士気が低い。
前方の二体以外は後ろで棒立ちになっているだけで、焦りとか全くない。が、たまにやる気があるやつもいる。
そいつは前方にいる仲間を肉盾にして、仲間ごと槍で貫いて来たのだ。
あのときは本当に焦ったけど、彼は別の仲間に殺されてしまい、結局水責めで一掃された。
「地竜は俺に武器を提供したいがために蜥蜴を派遣してくれているのかな?」
衛生面が怖いから肉の切り出しには使用はしていないけど、魔物の討伐や罠作り、投擲用などに使っている。
そんな豚竜大戦は開戦してから既に一ヶ月が経っていた。
俺は激しい悪臭に耐え、胃の入口近くを手に入れた武器で切り刻んだり、予備倉庫の壁を切り開いて竜核との距離を近づけたりと、嫌がらせを兼ねた修行に勤しんでいる。
魔力吸収も痛みに慣れた後、命核に直接魔力を流すのではなく全身に循環させてから命核に吸収するように意識した。
また、前世で聞いた丹田というものを思い出し、丹田なるものに溜めるように意識したところ、そこに命核のようなものができている気がしたのだ。
その効果かはわからないが、非常に吸収がはかどる。
命核での吸収が終わった後、丹田の方でも吸収しているのだが、未だに満杯になったと感じたことがない。
いくらでも入る気がしてならないが、限界まで溜めるという挑戦は一度もできていない。
何故なら、邪魔者たちが現れるからだ。
本当に迷惑。
「まぁお互い様か」
なお、蜥蜴たちは来なくなった。
もしかしたら族滅してしまったのかもしれないが、地竜が兵種を変えたかっただけかもしれない。
それに地竜も毎食蜥蜴とか嫌だろう。
「今回の竜糞は栄養が詰まってるんじゃあないか?」
内臓損傷を回復するために食事を増やしているだろうし、追加で寄生虫討伐隊をも食べる羽目になっているのだ。
一年便秘した後の排便なら、相当高品質の糞が採取できるだろう。
「絶対にさせないけど」
バーベ村が俺たちにした仕打ちへの報復の内、比較的平和な方法を選択して、今まで犠牲になった者たちへの餞とする予定だ。
そしてそれは、俺の目的と非常に近しいものである。
「作戦名『竜糞製造機破壊計画』の実行を宣言する。これを持って本戦への終結を目指すものとするっ」
「ブヒッ」
そう、ここで討伐し竜糞を二度と与えない。
生贄の必要もなくなるし、貴族のご機嫌伺いも不要。
堆肥がなくとも近くに肥沃な森があるのだから、自力で農業を行えばいいのだ。
腐葉土をもらって来れば、竜糞堆肥の下位互換的な作用も期待できるだろう。……多分。
「本当は竜糞の受け渡し時に体内で暴れて、予言どおりに紅蓮の業火で焼き殺してやりたかったが……手に入るものが入らなかったときの絶望だけで我慢してやろう」
情けは人の為ならずと言うしね。
神様から受けた慈愛は分けてあげられるときに分けてあげるべきだ。
ついでに親子の縁を切った両親に命という名の養育費を支払い、後顧の憂いを完全に断つ。デュー君の家族への気持ちも含めて過去を清算する。
「今までデュー君を育ててくれてありがとうございました。命は助けてあげるので、どうぞ幸せに暮らしてください。──さようなら」
気持ちを新たなに、今日も大戦のため作業場に向かう。
◆
新居の奥にある作業場で魔物や魔獣たちの解体をしたり、秘薬瓶代わりの容器を作ったりしている。
そこで本日も解体をしていたのだが、珍しく日課にしている作業を忘れていた。
「あっ! そういえば今日の分の蜥蜴くん、まだ作ってなかった」
蜥蜴くんとは、蜥蜴の骨格を使用して作ったゴーレムだ。
といっても、かかしにしかならないけど。
「あんなんでも奇襲対策になるからなぁ」
最近の兵種は機動隊とも言えば良いのか、速度の早い狼などが主体になっていた。
二足歩行から四足歩行へ切り替わったときは対処の違いにかなり焦って怪我することが多かったけど、慣れた今ではほとんど怪我することがなくなった。が、戦闘の仕方は慣れる前と変わらず力押しである。
というのも、速度による奇襲と撹乱をさばくのが本当に骨が折れる。
ただ速いだけならいいのだが、隙を突かれて新居に侵入されないことや自慢の俊足を使っての逃走にも気を配らなければいけない。
しかも腐っても地竜の配下。
知能が半端なく高い。
俺が住居侵入を嫌がっていると否や、仲間の背中を踏み台にしたジャンピング突撃や、攻撃を陽動とする住居侵入を繰り出し始めてきた。
だが、人間様である俺も負けてはいない。
侵入を達成しドヤ顔浮かべている狼に、便秘解消の民間療法をお見舞いした。
その名も、ミストルティン。
いや、グングニルも捨てがたい。
それとも弾丸系にする?
「どっちにしろ、ただのカンチョーだけど」
伏兵として潜ませていた蜥蜴くんが自慢の槍で穴を穿っただけなのだが、その衝撃は被害狼だけではなく周囲にも及んだようで侵入に二の足を踏むようになった。
追撃にカンチョー狼を振り回せば本物の狼牙棒として、短時間だけ役に立つ。
他の戦法は、蜥蜴くんの肉体に使っているものを団子にして投げつけたり、巨体を使った通せんぼう突撃だ。
団子は水を精製するときに出る汚物をヌルヌル体液で捏ね、自然乾燥させて作っている。
これがめちゃくちゃ臭くて、嗅覚の鋭い狼への投擲武器として有効なのだ。……鼻が死ぬまでの短時間だけだけど。
通せんぼうは簡易の大盾を持って入り口を塞ぐように突進し先頭の狼の出鼻を挫き、水責めまで耐え忍ぶだけという簡単な戦法だ。
通せんぼうは情報を持ち帰られてしまう可能性があるから多用を控えているが、寝込みを襲われたときなどの緊急事態の戦法としては非常に助かっている。
それゆえ、最近の錬金術の講義は武器製作と蜥蜴くん製作に全振りし、当初の予定であった秘薬もあまり作れずにいた。
理由は、地竜が予想よりも早く寄生虫の駆除を始めたからだろう。
「やっぱり地竜も寄生虫には勝てないんだな」
ちなみに、アニサキスの治療法は内視鏡での除去らしいが、奇しくも地竜も同じことをしている。
効果は全く出ていないけど。
「頑張れ、地竜。俺は応援しているよ。ブヒッ」
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