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夢渡の女帝  作者: monoll
第1章 日常が塗り替わる日
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第1章06「ファーストコンタクト4」

文章の気に入らない箇所をあらかた直していたらこんな時間に。寝なきゃ…。

 レイラさんが木の棒を激しく擦って熾した炎は、オレの知識にある焚き木の熾し方と何も変わらないものだった。火術は疎いらしく、「本当はもっと簡単に熾せるのですが、ちょうど手持ちの火石がなくて…」とレイラさんは申し訳なさそうにしていたが、こうした原始的な方法での着火を目の当たりにすると逆に安心する。

 ただ、何もせずじっとしているのは流石に気が引けるので、オレは見様見真似でそれに枝をくべていく役割を引き受けた。暫くしてパチパチと音を立てて燃え始めた火は、ゆらりと揺れながら徐々にその勢いを増していく。


「ふぅ、カケル様のご指摘がなければお食事までの時間が遠のく所でした」


 額の汗を拭いながら、レイラさんが笑顔を浮かべる。焚き火を挟んだ先に居る彼女の方を見ると、解体し終えた猪の肉を木の串に刺してセットしている最中であった。程よく脂がのっているのか、先行していた第一陣の肉から時折ジュワァと汁が弾ける音が聞こえてくる。


「こうして誰かと食事を取るのは久々なので、何だか緊張してしまいますね」

「まぁ、こんな森の中ですから。街に戻ればこうした食事もできますよ」

「…えぇ、そうですね」


 ふと、レイラさんの声が気持ち沈んだような気がした。…いや、気のせいとは思えない。職業柄、声色や表情の機微にはある程度敏感になってしまうのだ。


「レイラさん、街にはいい思い出がなかったりしますか?」

「いえ、そういう訳では。…カケル様、本当に今の私が置かれている状況をご存知ないのですね」


 レイラさんが置かれている状況? 確かに、そんな事情があるような話はあった気がするが、そこまで深刻なものなのだろうか。


「申し訳ない、自分は情報に疎いようでして。別にレイラさんの事情を聴いたからと言って道案内役を取り消す、なんて事は絶対に言いません」


 だから、と言うのは我ながら卑怯だとは思うが、少しくらいは街の情報を知りたい。

 レイラさんは小さく息を吐いて猪の焼け具合を確かめた後。オレの方を見て、静かに口を開いた。


「私は国を追われ、今は刺客から逃れる為にこの森に来たのです。もっとも、真相が知りたくてここに戻ってきた…という言い方が正しいのですが」

「追われているって、そういえば言ってましたね。念のためにお聞きしますが、レイラさんは悪い事はしていないんですよね?」

「はい、していません。それは断言できます。ですので、私に掛けられている罪状は真っ赤な偽物…。王族の謀殺なんて、私がする筈ないのに」

「おうぞ…え?」

「『王族謀殺』…つまり賢者を殺した罪です。その疑いが晴れるまで、私の首は狙われ続ける事でしょう」


 いよいよもって、オレの理解の範疇を超えて情報の波が押し寄せてきた。謀殺って何? 王族って一体どういう事!?

 ゲームの知識があっても、実際に聞く話を全て素材の味のまま飲み干せるかと言われたら、答えはノーだ。そしてオレは今、知らない内にその罪の片棒を担がされてもおかしくない立場に立っている…と考えて良いだろう。


「すみません、その事件の内容を全く知らなくて。王族謀殺って、もしかして太陽の国の偉い人を…?」

「えぇ、こちらの国ではそのように言われています。実際には月の国の賢者も犠牲になっていて、文字通りはかりごとで両国の死傷者が多数出た痛ましい事件でした」


 当たり前だとは思ったが、オレの夢の中の世界のクセに設定はしっかりしているんだなとつい感心してしまう。太陽の国のトップも賢者と呼ばれているのか。

 いや、そんな事より一大事件じゃないか!彼女は冤罪と言っているが、時代が時代ならノーをイエスに塗り替える「魔女狩り」だって有り得るだろう。

 不快な鼓動や頭痛がオレの精神を蝕んでいく。夢の中だけの世界とはいえ、オレの心を抉るようなトラウマを思い出すようで思わず胸元を抑えたくなった。


「カケル様、ご安心ください。私は決して貴方様にご迷惑を掛けたりはしません。どうか、その点は信じていただきたく思います」

「…、……。少しだけ、考える時間をください」


 はい、と。レイラさんは小さく呟くと、押し黙るように俯いてしまった。


『さて、どうするかい? このまま彼女を信じてついていくか、それとも信じられないと手を切るか。この選択は一度きりだ、ゆっくり考えるといい』


 身体が悲鳴をあげる中、あの女神の声が意識の中で木霊する。少し前までは胡散臭かったその声が、今のオレにとっては心を落ち着けさせる音になっていた。


(「考えるって言ったって、こんなの実質一択だろ」)

『まぁそうだけども。…いや、今のはボクが悪かった。もう少し言葉を選ぶべきだったね』


 そりゃそうだ。今のを正気で言っていたのなら本気で怒る所だったぞ。


『本当は今後の為にあまり力を割くような事はしたくないのだけどね。今のキミを見ていたら、逗留しているボクにも後々影響し兼ねない。ここは先ほどのお詫びも兼ねて、一肌脱ごうじゃないか』


 そりゃありがたい、とは口が裂けても言えなかった。転生・転移モノで贈られる神様からの力と言われて、諸手を挙げて喜べるような童心は冷え切ってしまっている事もあるが、こういった旨い話には必ず裏があると相場は決まっている。

 疑ってかかる事、それを忘れてはいけないとオレは仕事げんじつで学んだ。夢の中だろうと、この癖だけはどうにも抜けない。


『うん、その姿勢は大事にするといい。誰が相手であろうともね』

(「……」)

『でもキミもつくづく天邪鬼だね。少しでも彼女の負担を軽くしてあげたい、でもキミにはそんな力がない。そこにボクからの天啓!喉から手が出るほど力に飢えている今のキミの心境はいかに』

(「黙って聞いていれば…。あぁそうだよ、何の力か分からないけど欲しいよ!悪いかチクショウ!」)


 半ばヤケクソ気味に答えてやると、自称女神様はクスリと笑ったような気がした。


『悪いだなんてとんでもない。それに、自分に素直になれるのは良い事だ。そういう人間は嫌いじゃないよ』


 まるで子供を相手にするような声色で、こちらをからかっているんじゃないかと勘繰ってしまう。


「あ、あの…カケル様?」


 オレと女神の念話が聞こえないレイラさんにとって、今のオレは勝手に七面相する変人に映っている事だろう。その評価は甘んじて受けよう。何、後で死ぬほど悶える程度の恥だ。今更一つや二つ増えた所でフラッシュバックの(オッサンが悶える)回数が増えるだけ。何も問題はない。


『さぁ、ボクからのお膳立てはしてあげた。乗るか、反るか、後はキミの判断一つだ』


 言われなくたって、と口にするのも億劫だった。けれど、その一言がなければいつまでも決断できずにいたのは事実でもあった。永遠に現実逃避している訳にはいかない。

 意を決して、オレはレイラさんに向かい合った。


「レイラさん、言った筈です。道案内役を解消するような事はしないと。それに、事情を聞いて驚きはしましたが、正直スケールが大きすぎて想像がつかないというのが実際の所です」

「…………」

「だから率直に、今のお話を聞いた上で一言だけ。…自分を、助けてください」


 オレが出した結論は、実に素直なものだった。何の力もない無一文のオッサンが、レイラさんの力抜きで地理の分からない森から無事に抜けられる保証はない。仮に森を無事に抜けられ、人気のある街に着いたとしても、レイラさんと行動を共にしていたという実績がある以上、詰所などで追及されればオレの命は保証されるものではなくなるだろう。

 だから、助けを請う事しかできなかった。その行為が無謀で無策で、無茶な依頼であるのは重々承知の上で、オレはレイラさんに頭を下げた。

 普通なら鼻で笑われて一蹴される案件だろう。木偶の棒を荷物に持ち運ぶのは誰だって避けたい筈だから。だけど、彼女は。


「ふふっ、カケル様も困ったお方ですね」


 驚嘆、戸惑い、そして…心からの笑顔。巡り巡る表情の終着点で、オレの傲慢な打算を受け入れてくれた。


「それでは改めて。不肖の身ながら、月の国の賢者としてカケル様から戴いたお役目、精一杯務めてまいります」


 法衣のスカートを摘まんで優雅に礼をするレイラさんの仕草に、思わず見惚れてそうになる。…が、その中でもオレは聞き逃さなかった。


「えっと…レイラさん。今、なんと?」

「? お役目を務めてまいりますと」

「いや、そのもう少し前です」

「月の国の賢者と申しましたが」


 賢者、と言われて頭から血が引く。この手の世界で言うその称号は、地位の高い人間が持っているイメージが強い。実際、そのイメージ通りなのだろう。

 どれだけの期間を逃げているのかは分からないが、国を追われていると言う、未だ五体満足で行動できる実力を持つ少女一人。それだけ高性能な美少女と、こうもピンポイントに遭遇できるものかと。転生モノによくある展開だと一笑に付していた過去のオレが、助走をつけて現在を殴り飛ばしに来ていた。


「?」


 真っ青になっていくオレの顔を、きょとんとした表情を浮かべ小首を傾げるレイラさん。彼女の姿が余計にオレの罪悪感を募らせていくのだが、それを言語化するのは憚られた。

「ファーストコンタクト」、了です。次回からサブタイトルが変更になり、ようやくアクションが入る予定です。

また、書き溜め分が尽きそうなので次回更新まで2~3日(最長1週間程度)ほどお時間をいただきます。


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●レイラさん、お料理できるの?

焼く事だけなら…(震え声)。ただし火加減という概念がないので、大概は丸焦げになる。

また、包丁をはじめとしたあらゆる刃物を持てない(持つと握り潰してしまう)為、食材を切る時は浄化の力を込めた手刀を用いる。手刀って、便利だなぁ…(目逸らし)。


●『王族謀殺』事件

月の国、太陽の国の停戦協定を結ぶ場に、血と怨嗟を撒き散らした悲しき事件。

特に停戦派を掲げていた両国要人を殺した事、その犯人の特徴の一致から、レイラが槍玉に挙げられてしまう。

そのレイラが月の国の賢者という立場だった事もあり、両国ともに血眼になって捜索・報復の為に暗殺部隊を立ち上げる程の大事になった。この為、レイラは月の国(故郷)に立ち入る事すら出来なくなった。


この事件を経て、レイラの他にも在り方を捻じ曲げられた者は少なくない。

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