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夢渡の女帝  作者: monoll
第3章 夢幻を映す湖の記憶
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第3章19「水面に浮かぶは隠者の影2」

 タンタンと小気味リズムよく刻まれる包丁の音、ジュワリと魚の脂が跳ねて焼ける香ばしい匂い、そして老若男女問わず漂わせるアルコール臭。そうです、やっぱり酒宴ですチクショウ。

 現代だと少し値の張る良い宴席コースのような豪勢な彩みどりな料理が、オレたちの前に所せましと並べられていく。一皿に盛られる量も優に三人前はありそうだが、並べられたその皿は20を数えた辺りでオレは思考を止めた。「お、多すぎる…」と、つい口の中で言葉を漏らしてしまったが、まぁ少しずつ料理を摘むビュッフェ形式だと思えば、この眩暈も多少は和らぐだろう。


「さ!食べるぞー!」「チトとモンレのサラダ、串焼きまで!うっひょー!」「酒だ!酒を持ってこーい!わっははははは!」


 だが、残念ながら周囲のエルフたちの食事風景は、オレのささやかな願望を軽々と打ち砕いてくれた。まだ女性衆は慎みをもった量ーーサラダやら主菜、汁物が所狭しと自分たちが楽しみたい分だけ手元に確保しているが、男衆に視線を移せば自分たちの好きな料理を山のように自分の皿に積み上げ、それらをブルドーザーよろしく胃袋の中へとかき込んでいくではないか。

 胃袋の大きさが全盛期だった頃のオレでも、手を付ける事すら躊躇うような食事の山が、あっという間に小さくなっていく。これまでに「マンガのような光景」という表現を何度もしてきたが、現実味を帯びない異常を簡潔に言い表すには、これ以外の言葉がオレの貧弱な語彙力ボキャブラリーでは捻り出せそうにない。恨んでくれて良いぞチクショウ…。


「はい、あなた」

(マジか…おいマジか)


 オレの視界の横から赤ずきん少女に差し出された串焼きには、こんがりと焼けた大きなチトの塊。一見するだけなら美味しそうなのだが、いかんせん一口サイズと差し出された量が大きすぎる。オレの口はバスケットボールが入るような大きさはありません、それくらい解ってくれ…。

 歳を取ってすっかり委縮したオレの胃袋に恐る恐る肉を押し込み、意外とイケる味だと気がついても咀嚼そしゃくのスピードが上昇する訳もなく。飽きさせない味付けをされているのが幸いし、脂の乗った肉にどうにか食らいついていく。オレの真横でずっと見つめ続ける赤ずきん少女の視線さえなければ、より美味しくいただけた気もするが…ここは語らぬが吉。

 ようやく串焼きという名の巨大3連ステーキを平らげる頃には、他の皿に盛られた料理の大半は底が見えていた。うぅ、野菜をくれ…。


「どう?おいしかった?」

「エェソウデスネ」


 若干的を外れた機械的な返しをしたにも構わず、赤ずきん少女は更にグイグイと身体を寄せてきた。胃の中に食べ物を押し込む事を躊躇させた元凶の甘い表情と打って変わって、オレの目元はひどく引き攣っている。誰か…誰でも良いから、この女を引き剥がしてくれ…。


「あれ、もう無くなっちゃった!?」「女と食事は早いもの勝ちさ若いの!わっははははは!」


 そんなゲッソリとしたオレの心情を語る間にも、エルフの中にはどうやら満足に食事にありつけなかった者がいたらしい。こうなればしめたもの、「食事がなければ酒を飲めば良いじゃない!」と酒に身を任せる奴も出てくる筈だ。実際、昨夜はそんなエルフが大勢いた。

 そうなれば、必然的に介抱するエルフが増える。その数はネズミ算の如く増え続け、一定数まで達したら自然と席は流れるだろう。昨夜のような夜通しの席はもう懲り懲りだ、是非ともあの若そうなエルフにはヤケ酒に酔い潰れてもらいたいーー。

 そんな邪な思考がぎった直後、それを見計らったように「新しいの持ってきたよー!」と料理の作り手たちが新たな山を生成してしまった。今度は時間が経っても温かさが逃げにくい餡かけ風だ…!


「やったぜ!」

(いややってないし!何おかわり持ってきちゃっているんだあの女エルフーッ!?)


 しかもこの食事の山、生成したのは一つだけではない。あっという間に空の皿と入れ替わるように並べられていき、その様を見た一部の女エルフ衆が「じゃあ料理番替わるわー」と席を立つ始末。おいおい、料理だけじゃなく食べ手も追加かよチクショウ!?というより、エプロン代わりに装備品を担いでいくな何に使う気だオイ!?


「どうした人間?食べないのか?」「ほらほら、食え食え!」「これ美味しいよ、あげるね」「どれ食べても美味しいんだから遠慮しないで!」


 気になる光景につい目を奪われてしまったが、それを遮るようにオレの前にはマンガ飯もビックリな食事の塔があっという間に出来上がる。うわ…、これ一日のカロリー何食分?

 いやそもそも!食事は食事でも、ちゃんと盛り付けとか気を使ってくれ?グッチャグチャに色々な味が混ざった山は、流石に勘弁願いたいんだが!?


「みんな、このひとのいぶくろはひとつしかないわ。たべてもらいたいきもちもわかるけど、じゅんばんに…ね」


 山積みに順番も何もあるかチクショウ!赤ずきん少女も山を崩さないように取って箸をオレの口元まで運ぶんじゃねぇ、オレ一人で食えるから!

 うぅ…、それより水が欲しい。目の前の食事の山を片付ける為もあるが、オレの感情ジェットコースターを鎮める為にまずは真っ当な水が欲しい…。


「はい、お水。プリシラちゃんの言う通り、山を崩すのは順番が大事だよ、ファイト!」


 コトリ、とオレの視界の脇に木のジョッキを誰かが置いていく。うん、この席で出される水って言ったらお酒だろうねありがとうチクショウめ!

 こうなれば自棄ヤケだ、オレが酔い潰れてやる。乱暴にジョッキに手を掛け、一気にそれを飲み干した。


(あ、れ)


 一口目から、不思議な感触が喉を通り過ぎる。構えていた喉の焼ける感触は、いつまで経っても襲ってこない。気のせいだったのか、それともオレの感覚が鈍ったのかと何度も液体を喉に通したが、やはり結果は同じだった。

 つまり今、誰かが用意してくれたのは正真正銘の命の水(ミネラルウォーター)。その気配を、察知しないエルフたちではない。


「「「「「「……………………」」」」」」


 シン、と静まり返る宴席。あれほどドンチャン騒いでいた老エルフも、食事にありつけず涙目だった男エルフも、熱々の料理を大皿ごと勧めようとした女エルフも。全員がその動きを止め、感情のスイッチを切り替えた瞬間の冷たい空気が、その場をあっという間に支配した。

 この冷えた雰囲気を、オレは知っている。ほんの小さな波紋いわかんは静かな水面くうきを揺らし、やがて殺気という大波(一つの流れ)に変貌するこの恐怖を、記憶トラウマっている。


「…っ」


 不規則に荒ぶる心臓の音が周囲にバレないよう、必死に表情を作り続ける。バクンと今まで小食だった筈の心臓が、身体中の血液から酸素を大食いする音がーー頭の中の酸素バンクから急激に在庫が無くなる音が、オレの脳内で響き渡った。

 何故こうなった、という理由にまで思考が割ける筈がなく、ただひたすらに呼吸が乱れないよう意識を集中させる。けれども、やはりすぐ傍にいる赤ずきん少女は誤魔化せない。


「みんな、いちについて」


 そんなオレの周囲に取り巻いていたエルフたちは、赤ずきん少女の一声で静かに己の得物を手に取り、部屋の出入り口を立ち塞ぐように陣取り始めた。まるで、オレをこの宴席から逃がさない為のーーエルフの檻だ。


「そこの女、動くな」


 しかし、彼ら彼女らの動きはそれに留まらない。エルフたちが漏らした殺気は、その場でオロオロとしていた、木のジョッキを何個も両手に持っている一人のエルフ少女へと注がれた。


「お前、名前を言え」

「と、トリシュ…です」


 槍玉に上げられたトリシュと名乗ったエルフ少女は、平時であれば控えめな性格で前線に出たがらないであろう見た目をしていた。その細い手を守るようにつけられた篭手は、緑の可愛らしいデザインとは裏腹によく使い込まれたものらしい。…今にもあの木のジョッキを同時に握り潰しそうな想像をしてしまうのは、これまで格闘姫たちが暴れ回った所為だろうか。

 エプロン姿で料理の盛られた大皿を持ち運びする配膳姿は何人も視界の端を通った気がするが、その中の一人だったと記憶している。空の大皿を何度も運ぶ様は、昨夜の酒宴でも印象的だったーー。


「ではトリシュ、何故あの人間に水を与えた?」


 そこまで回想した所で、槍を構えていたエルフの男が彼女の喉元に穂先を突きつけた。他のエルフらも、男に倣って得物の照準を次々と少女に合わせていく。


「ち、違うんです。私じゃ、ありません…」

「ではその手に持っているジョッキ、中身は何だ?酒にしては、()()()?」

「本当です、信じてください…!」


 自分の無実を訴える少女に対し、しかしエルフの男(尋問官)の握る槍の穂先は下ろさない。それどころか、穂先を更に突き上げて少女の首に一筋の赤い線が出来上がった。


(おいおい、いくら何でもやり過ぎだろ…!)


 無抵抗な少女に対するあまりな仕打ちに、つい自分の呼吸を忘れそうになる。「う…」と怯えた表情で両腕を上げ、無抵抗をアピールしている様は流石に可哀想だ。

 ゲームの主人公なら、「止めろ!」と叫びながら割って入るだろうシーンに、オレはその場から動けずにいた。そもそもオレにそんな力がない事もあるが、オレの腕をしっかりホールドする赤ずきん少女の存在が理由の大半を占めている。


「だめ、うごかないで」

「いくら何でも、あの子が可哀想だろうが!」

「あのこのうらぎりだもの、わたしたちがわってはいるのはろんがい」


 裏切り…?一体何の話だ、と言葉を続けようとしたその時。少女の影がおもむろに伸び…それが大穴のように膨らむ様を、オレたちは目の当たりにした。

 影は少女の近くにいた尋問官エルフたちを、少女そのものを、まるで底なし沼に引きずり込むように次々と飲み込んでいく。

 影に呑まれたエルフたちは、声を上げる事すら叶わない。得物を必死に振り回すも、見えない敵への抵抗も虚しく次々と無力化されていった。


「てッ、敵襲ーッ!!」


 たった数秒で少女を囲んだ包囲網に穴をあけた早業に、残されたエルフたちの警戒が一層強まる。オレの腕に絡み静観していた赤ずきん少女も、何かを感じ取ったのか水を纏って戦闘態勢へと移行した。


「何の罪もない子を寄ってたかって追い詰めても、出てくるのはただの復讐心だけだから止めた方が良いわよ?」


 さながらブラックホールのような黒い巨影は、少量の食事エルフで腹が満たされたのか、必要以上に膨らむ事なく萎んでいき、再び人の形に戻っていく。ただし、それは先のトリシュと名乗った少女の形には戻らない。

 影から現れたのは、首に黒いマフラーを巻いた銀髪の女。鎖帷子くさりかたびらと忍袴は冷酷な忍者を想起させるが、紅の紐リボンを足と背中に映やし、引き締まったお腹を出している衣装はどこか幼さを覚える。


「ま、月の国の事情なんて知った事じゃないけどね」


 そんな風変わりな自称太陽の国の王女様が、不敵な笑みを携えながら単身敵地に殴り込みをかけてきたのだった。

●酒宴ばっかで羨ましいぞこの野郎!?

そうでしょう?羨ましいでしょう?このまま酔い潰れてもいいのよ?


なお、この酒宴で主人公君たちが何もアクションを起こさなければBAD END LOG直行です。現段階で月の国に連行されるのは大変よろしくありません。頑張って脱出を試みましょう。

…ソレイユが居なかったら試みるも何もない?仰る通りです。この時点でソレイユとの共闘関係になかったら、ヒント無し・より短い時間制限の中で悪魔タロットを起動しなければなりません。


●食事量のおかしいエルフ族

あっという間に空の大皿が山のように積まれていく様は、爽快感よりも恐怖を覚えました(主人公談)。

この大量の活動燃料(エネルギー)、一体どこで発散させるのやら…。まさか筋トレでも今から始めるのか!?


…その答えは、「魔力」の供給です。戦闘になると、あっという間に溜め込んだ魔力を使い切ってしまいます。手軽に魔力を供給する手段として、この夢世界いせかいでは大量に食事をする事があります。第1章や第2章など、お食事の描写が多いのはこの為ですね。

「食事が摂れなければ酒に走る」彼らの行動も、いつヒロインちゃんとの戦闘になるか分からない為の、彼らなりの戦闘準備だった訳です。


ちなみに、この発散法がある為に夢世界いせかいの住人たちは基本的に太りません。なんて羨ましい世界なんだ…!


●途中で差し出された「水」

このアクリス村から主人公君を脱走させない為、エルフたちは酔い潰す事に執心しています。つまり、酔い覚ましは最初から出すつもりはないのです。うーんこの畜生ども…。


ところで…。この「水」は、ヒロインちゃんの浄化の恩恵をこれでもかと注ぎ込んだ最強の毒消しです。もし第3章16時点で誤って毒を含んだ状態だったとしても、これを飲めば一瞬で浄化されます。

しかし、そんなエルフたちにとっての「毒」を持ち込む仲間はいません。…おや、誰か間者スパイが混じっていませんか?


●トリシュ

風の支援魔法が得意とする、控えめな性格のエルフ耳の少女。しかしその正体は、「黎明旅団」の支援魔法の鬼。


マイティを含め、集団戦闘時では彼女の世話なしでは生き残れません。攻速上昇バフ防御崩壊デバフはお手の物、透明化インビジブルなんて変わり種も味方に付与する事ができます。

そんな彼女が装備している篭手は、自身の魔法を増幅させる効果がある珍しい太陽の国の装備。主君ソレイユから下賜されたものなのだとか。そりゃ杖を棄ててでも使い込みますわ…。


ただし間者スパイではありますが、主人公君に「水」を差し入れた実行犯は別人です。


●影に呑まれたエルフたち

ソレイユの影に呑まれた彼ら彼女らは、別に戦闘状態を維持しながら待機している、「黎明旅団」によって無力化されています。

また、「黎明旅団」の面々が待機している場所はアクリス村から少し離れた所です。エルフたちの戦線復帰がすぐに叶わない代わりに、ソレイユの危機にすぐに駆け付ける事ができないのが欠点。

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