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夢渡の女帝  作者: monoll
第1章 日常が塗り替わる日
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第1章05「ファーストコンタクト3」

 さて問題です。年頃の女の子と、その後ろを歩く30になるオッサン。どちらの体力が尽きるのが早いでしょうか。答えは簡単、後者である。


「ちょ、ちょっと…待って、くださ、いぃ」

「えっと…このペースだと日暮れには間に合わないのですが」


 息切れしながら訴えかけるオレに、困った表情でレイラさんが答える。そんな事を言われましても、こちらは生まれてこのかたインドア派に生きてきた男だ。酒タバコは嗜まないが運動不足を解消せず30歳を過ぎたという、言わば体力ミジンコ勢。健康診断の結果はこれでも良好です。

 それに対して、レイラさんは見た目通りであれば18歳前後と推測する少女。身体のスペックは先ほどのならず者たちの末路の事を考えれば、オレと比べるまでもなく超優等生だろう。


「ひゅー、ぜぇ、ぜぇ」

「あの、大丈夫ですか?もしや、何かご病気が持っていらっしゃるとか…」

「いえ、持病は…ありません。けほっ」


 心配そうなレイラさんの声に、虚勢で返すも咳込んでしまう。くぅ、格好くらいはつけさせてくれ…。


「お疲れでしょうし、一度休憩にしましょう。カケル様がこのままでは死んでしまいます」

「いや体力が尽きかけなくらいで死には…いやするかも。げほ、ごほっ」

「……」


 結局虚勢は張りきれず、情けない姿を晒してしまう。それを更に困った表情で考え込んでしまったレイラさんは、数拍の後に何か思いついたのかポンと手を打ってみせた。


「カケル様、やはりこちらで少し休憩を。手持ちの食糧が少ない事を思い出しましたので」


 え、食材ってどこにあるの? と聞きたい所だったが、その頃には既に彼女はダンと地面を踏み抜き、忽然と姿を消してしまっていた。…これ、オレが居なかったらレイラさん一人で今頃目的地まで辿り着けていたのだろうか。兵站的な意味でも。


「…はぁ」


 一人残されたオレは、近くの木陰に腰を下ろすと深い溜息を吐く。見上げた木々の隙間からは青空が見えており、それが余計にオレを惨めな気持ちにさせた。


『くくく、黄昏ているじゃないか。ボクで良ければ話し相手になってあげても良いけど、どうだい?』

「うおぁッ!? お、おま…お前一体どこか、ら…」


 現れたのか、と言葉にしたかったが、それは尻すぼみになっていく。辺りを見回してみたが誰もおらず、しかし頭の中にはオレをこの世界に叩き落した自称女神様の声が響いている。あの女神め、一体どんなトリックを使ったというんだ。


『まだこれは調整中だからね、その話は追々。だけど念のため、ボクとの会話は最小限にしてもらおうかな。今のボクとキミは、念話で話をしているに過ぎない。つまりキミがボクへの返事を声にしてしまえば、その内容は周囲に筒抜けになる』

(「それを先に言え駄女神ィ!」)


 突然のカミングアウトに思わず声が出そうになるが、百面相を作って怒りを多少発憤させる事でなんとか自制する。というより、先ほどのオレの声は下手したら誰かに聞かれていた可能性が…?


『あぁ、それは無い。キミの声が届く範囲に現在、人間はいない。それはサーチ済だから安心して声を出したまえ』

(「アンタわざと言ってるだろそれェ!!」)

『ははは、面白い反応をするねキミ。うん、ボクは好きだよそういう人間は!』


 愉快そうな笑い声が脳内に響いて気持ち悪い。頭がキンキンするんだよチクショウ…。


『おっと、それはいけない。やはりまだ調整が必要なようだ、本稼働はもう少しお預けだね』

(「是非とも永久に点検していてくれ」)


 もういっそコイツと話す時は黙っている事にしよう。どうせオレの言葉は勝手に拾ってくれるんだ、相手にするだけこちらが先に疲れてしまう。

 そう心に決めたところで、タンッとオレの傍に着地する軽い足音が周囲に響いた。


「カケル様、ただいま戻りました」


 振り返るとそこには、両手いっぱいに木の実を抱えたレイラさんの姿があった。いや、よく見たら猪のような生物も背負っているようだ。…ものの数分でこんなに獲って来たのこの人?


「こちら、森で採れる果物です。疲労回復効果があるので、是非カケル様に召し上がっていただければと」

「ど、どうも…」


 この人の身体能力、改めてどうなっているんだ。興味本位で聞いてみたい気もしたが、ここはすっかり自称女神様に乱された心を落ち着ける為に、レイラさんから受け取った彩みどりな果物?と一緒に飲み込む。丸齧りで果物を食べるとかいつ以来だろうか。

 さて、レイラさんはと言うと。捕まえてきた猪をその場で素手で捌いていた。…もう一度言おう、素手で捌いていた。


「えっと、レイラさん。自分、こういうサバイバル知識が皆無なので間違っていたらすみません」

「はい?」

「その、解体作業って全部素手でやるんですか?」

「……? はい、そうですよ」


 きょとんとした表情でレイラさんが答える。うーん、この夢世界と現実の文化の違い。刃物を全く使わず、血抜きや骨の処理まで全て手でやるものなのか。折角のレイラさんの白い法衣が台無しに…。


「あれ、汚れてない…?」

「カケル様、もしかして光術こうじゅつをご存知なかったりしますか?」


 え、何そのファンタジーな造語。初めて知りました。「その表情だと、ご存知ないみたいですね」と、オレの眉をひそめた表情にレイラさんが苦笑してしまった。


「それでは簡単に説明させていただきます。魔術にもいくつか種類がありまして、火術かじゅつ水術すいじゅつ風術ふうじゅつ土術どじゅつの4種類がメジャーな所ですね」

「へ、へぇ…」


 申し訳ありません、レイラさん。そのメジャー所ですらオレにとっては新世界です。魔術とか、漫画とかアニメの世界の産物だと思ってました。だが哀しいかな、ゲーマー教育によって言葉そのものは理解が追いついてしまう。


「それぞれの特性には恩恵がありまして。火であれば熱耐性が、水であれば水中呼吸が、風は敏捷性の向上が、そして土は身体の耐久力上昇が望めると言われています」

「なるほど…?」


 聞く限り、火の恩恵とやらが若干弱そうなのが気になるが、概ね属性に添ったボーナスが得られる、という認識で良いのだろう。ゲームらしくて非常に分かりやすい。


「そのメジャーな属性の先…いわゆる進化した属性も幾つかあると言われていますが、私の使う光術こうじゅつはそれらとは系統が異なるものです。メジャーな4種類とは全くの別種、と考えていただければ」


 要するに、レイラさんの力は珍しいという事なのか。なら、レイラさんの言う光術こうじゅつは何の恩恵があるのだろうか。


「そして、私の光術こうじゅつの場合は浄化の恩恵を戴いています」

「浄化?」

「はい。例えば治癒、これを言い換えれば傷口や毒素の浄化です。簡単な手当てで済む怪我なら、すぐに治してさしあげられます」


 オレの中の浄化の定義、壊れる。すると何か、レイラさんの衣装に猪の血が付着しないのは、『血で汚れる服を』即座に浄化しているからだとでもいうのか。


「ただ、私の場合は纏う事を得意とする反面、放出するのは不得手なのです。ですので、私の浄化の恩恵はこのように何かに触れている必要があるんですよ」

「なる、ほど…」


 ゲーマー教育による「法衣を着ている=遠距離職かサポーター」論はまだ有効らしく、レイラさんの説明に一応納得はできた。なるほど、格闘シスター職らしい能力だこと。


「こうして掌に浄化の恩恵を纏えば…このように骨の処理も簡単に」


 できてしまうんですと、猪の一番大きな骨のついた肉をまるで紙切れのように一振りの手刀で割いていく。…精肉工場で働く人達が泣いて喜びそうな手際と光景である。

 そして、あのならず者たちを単独制圧できた理由もこれで納得できた。こんな力を纏った拳で殴られたら、いくら女性の細腕であってもタダでは済まないだろう。


「ところでカケル様は、何か恩恵はお持ちですか?」

「へ…?」


 急に話を振られて頭の中が真っ白になる。現実離れした話を咀嚼して飲み込むのに必死だった講義中の所への質問投下だ、思考がフリーズするのは大目に見てもらいたい。

 そんな調子で何も答えられずにいると、レイラさんは困ったように微笑んでみせた。


「…失礼しました。あまり気持ちの良い話題ではなかったようですね」

「いえ、そういう訳ではないです。ただ、自分にはそんなレイラさんのような能力は無いので面食らったというか」

「だとしたら余計に、私の配慮が足りませんでした。本当に、申し訳ありません」


 深く頭を下げるレイラさんに慌ててしまう。別に彼女が謝るような事では無いのだが、その姿勢は彼女自身の性格がよく表れていると、思わず理性で感心してしまった。


「頭を上げてください。別にレイラさんが謝るような事は何もしていません、ただ自分が無知なだけですから」


 それに、こうして非日常が目の前で見られるのは案外楽しいものだ。この高揚感は例えるなら、好きなキャラクターの設定を読み込むようなイメージだろうか。下手したら1日中見ていられる。


『興味深い話だけど、そろそろ彼女に忠告してあげないといけないね』

(「うおッ、びっくりした…。急に話し出すんじゃねぇよ」)


 ”ヤツヨ”の発言に思わず身体が反応してしまい、それをレイラさんは小首をかしげて見つめてくる。…今の話の流れならオレの事情を話しても良いのかもしれないが、それよりも忠告する事とは一体何なのかという興味の方に意識が割かれてしまった。


『彼女、切る事に夢中になっているけど…。捌いた肉を加工する肝心な火をまだ熾していないじゃないか』


 …確かに、生のまま肉を頬張るのは少し遠慮したい。”ヤツヨ”の忠告内容を、多少言葉を濁しつつレイラさんに話してみる。


「す、すぐ準備しますっ」


 顔を真っ赤にしながら慌てて火を熾す彼女の姿に、不謹慎ながら心がつい和んでしまった。

●”ヤツヨ”との念話

カケルと繋がっている心の回線パスで”ヤツヨ”と会話ができるスグレモノ。(こいつ、頭の中に直接…!?)ごっこができる。

…というのは、調整が済んだ回線パスの話。実際は、接続先カケルの心を直接イジるという、一歩間違えれば即廃人化する超絶危険な”ヤツヨ”の持つ技術スキル

会話中にキンキンと耳が痛む程度なら可愛いもの。時にはアナログテレビの砂嵐だったり、鈍器で殴られたような頭痛が急に襲ってきたり…。女神様プロの調整がないとカケルの心が焼き切れてしまう。


しかし一度しっかり調整されれば、”ヤツヨ”側から切断しない限りは念話がいつでも可能。それどころか、”ヤツヨ”側からカケルの周囲の情報を拾う事ができるので、探索スキルとして非常に優秀で(は)ある。



●魔法(魔術)について

本作における異世界の魔法(魔術)は、主に4つの属性がある。


火術かじゅつ…自身の身体そのものの耐熱性を上げる他、他の属性と比べて攻撃の汎用性が高いという利点がある。水術すいじゅつに弱い。

水術すいじゅつ…水中でも長時間活動可能な他、攻撃と防御どちらもこなす事が可能。周囲に水のある戦闘においては無類の強さを誇るが、風術ふうじゅつに弱い。

風術ふうじゅつ…風を纏う事で多少の空中歩行ができる他、あらゆる行動速度を上昇させる利点がある。攻撃に依った使用法が主だが、洞窟の出口を探す等の応用も可能。風を通しにくい土術どじゅつとの相性が悪い。

土術どじゅつ…攻撃性能はそこまで無いが、こと防御においては随一の力を発揮する。力を纏う事で真価を発揮する、玄人向けの魔法(魔術)。火術かじゅつに弱い。


他、レイラの持つ光術こうじゅつは癒し・浄化の力に長けており、影術えいじゅつは模倣・潜伏に長けた力を持っている。

基本属性は上記の火・水・風・土の4つのみだが、それらから派生した新しい属性が生まれる事もある。一説では光術こうじゅつ火術かじゅつの、影術えいじゅつ土術どじゅつの派生と言われているのだとか。

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