第3章閑話3(外堀埋める呑兵衛たち)
「ほら飲め、若いの!わはははは!」
「あなた、人間にこんな強いお酒渡さないでちょうだい!…ごめんなさいね、すぐお水持ってくるから」
「これでも十分弱い方だぞ?わっははははは!」
どこかで似たようなやり取りを、つい先ほど回想した気がする。香ばしいハーブの香り、果物のような甘い香りに混ざってキツいアルコール臭の籠る大部屋で、オレは何故かその中心に座らされていた。
一体何事かとお思いだろう。大丈夫、オレもそれは現在進行形で思っている。むしろ何故牢屋から出されたと思ったら、再び宴会のような席に参加させられているんだ。疑問符が頭の中で収まりきらず外まではみ出す始末だ。
「はい、お水よ」
「あ、どうも…」
木でできたジョッキを渡され、「ありがとうございます」と軽く会釈する。少しでも過剰熱で茹だりそうになる頭を冷やしたくて、何より緊張で乾いた喉を潤したくて…まともに中身を確認せず、それへと少し口をつけた。
が、お冷のつもりで用意していた喉が途端、焼けるように熱くなる。熱くなった喉から込み上がってくるアルコール独特の刺激が、鼻を抜けて脳まで瞬間届くのではと錯覚する。そうなれば必然、待っているのは生理的な現象だ。
「ごぶッ!えほっ、けほっ」
「あっはっはっは!やっぱり何度やっても騙されるねぇ人間!」
「ここに用意した水は全部酒じゃよ、残念じゃったな若いの!はっはははは!」
うぅ、この酒飲み特有のノリ…全然理解できない。家の人間は誰も酒を飲まないし、毎年忘年会やら年始会なんてものがある会社なんかに勤めていないオレには、本当に理解できない。
肩を落としながらジョッキを恨めしそうに力なく睨むが、その様がどうやら周囲には小動物の仕草に見えたらしく、「あっははははは!」と更に笑いを誘うネタにされてしまった。…正直、これほど居心地の悪い席は、大学時代に強制的に配属された、いけ好かない教授を囲んだ飲み会に比肩する経験だ。そりゃ若い世代が飲み会スキップするような時代にもなるわ…。
さて。いい加減この状況を説明しなければなるまい。かく言うオレも、混沌としたこの場について上手く説明できるかは分からないが…頑張ってみたいと思う。
どうやらオレは、エリアス湖のすぐ近くにある小さな集落…アクリスという村まで連れてこられたらしい。エルフという現代世界ではお馴染みの亜人族ーー耳が長く尖ったヒト族が棲む村のようで、周囲を見渡してみると老若男女問わずヒト型の生物は皆耳を尖らせている。いよいよもって幻想物にまで手を出し始めたか、オレの夢世界よ…。
部屋を見渡してみると、帯剣用のベルトやら矢筒やらがキチンと並べられており、成程意外と武闘派な一面もあるのだろうと想像がつく。エルフとは杖を振り回して魔法を好んで使うイメージなのだが、この夢世界では事情が違うのかもしれない。
…こんな物騒な物、お酒の席に持ち込むべきではないと思うのだが、敢えて気にしない方向で行こうと思う。更に足を踏み入れた考察は、何となくオレの命に関わりそうだ。
また、月の国までそんなに遠くない場所にある村との事だが、残念ながらオレにはその地理情報は活かせそうにない。最初こそしつこく念話してきた女神様も、今となっては音信不通だし、レイラさんが居てくれたら解りやすく講義してくれたのだろうが、残念ながら一番信頼できる彼女は近くには居ない。…ソレイユかマイティ?嫌な顔を返されそうだから聞きにくいんだよなぁ。
だが、オレのすぐ横にいるのはレイラさんを始めとした味方ではなく、レイラさんを亡き者にせんと何者かによって差し向けられた刺客…(と思われる)赤ずきん少女だ。その彼女が、何を間違えているのか今ではオレの左肩にすっかり身体を預けているではないか。
(何故…。本当に何故…)
「かおがひきつっているわ。ほら、えがおをわすれないで」
引き締まっていながらも柔らかい少女の肌の感触は、身体をよく動かす前衛職の証。そしてこの食事の場に合わせてよく身を清めたらしい髪の甘い香りが、男の平常心を燻らせていく…のは常人による平時の話だ。
残念ながら年齢が交際経験無しに結び付く童貞であり、幼少期から女性そのものに良い思い出のないオレにとっては、まるで意味を為さない据え膳だ。羨ましい、その幸運を寄越せだって?ならこの幸運とやらを元払いで送るから是非受け取ってくれ。
それだけではない。レイラさんの敵であるこの赤ずきん少女、どういう訳かオレから全く離れようとしてくれない。席が近いからと半身ずらすと、一身ずずいとこちらに寄って来る始末だ。
「…………近い」
「これくらいはふつうよ、あ・な・た」
オレの目元の引き攣り具合が更に増した気がする。昔から苦手なんだよ、誰かに触れられるのは。あぁ、某テーマパークでジェットコースターに乗った時の同級生にしがみ付かれた時に咄嗟に引き剥がした記憶が蘇る…。
それと、オレはいつこの少女と夫婦関係になったんだ。撤回しろ今すぐに!要らない誤解が生まれそうなんだが!?
「いやぁ、隅に置けないねぇ!いつプリシラちゃんを引っ掛けたんだい、人間?」
「そうそう!こんな良い子、そう滅多にいるモンじゃないよ!見た目は女運無さそうなのに、ツいてるねぇ!」
「馴れ初めを聞かせておくれよ、人間!ついでにオイラの恋愛相談にも付き合ってくれ!」
「腕によりをかけた料理もドンドン持ってくるからね!お酒の追加も頼んでおかなきゃ!きゃー!!」
止めてくれ…本当に止めてくれ。外堀から埋められていくのが童貞には一番堪えるんだよ。ほら、そこの赤ずきんも何か言ってーーいやダメだ、頬を赤らめながら憑りつくように腕を絡めてやがる。周囲に漂わせる水で器用にハートまで作ってやがる!こんな所で色気を出すな年頃の女の子がァ!?
「ほら、人間!」「イッキ!イッキ!」「オイラの話も聞いてくれよ人間ー!」
(もう…もう、知らない相手との酒の席は嫌だーッ!!)
届け、聞かぬ存ぜぬを貫く駄女神にこの心の悲鳴。ついでに胃薬も持ってきてくれ。
その後、オレは夜通しこの席に付き合わされーー。赤ずきん少女の肩を貸されながら牢屋に戻されると、気を失うように床へと突っ伏したのだった。
お酒の席って、何かしらアクシデントが起こりますよね。関係ない人を巻き込むのは当然ですが、親しき中にも礼儀ありとも言いますので、個人の領域に他人が入り込むのは程々に…。
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●はしご酒だぁ!?
主人公君、まさかの酒盛り2連続。お酒に弱い為、実は教会では周囲にバレないよう、水ばかり飲んでいました。勿論、横でずっと見ていたヒロインちゃんはご存知です。
ただし、そんな事情は知った事ではない2軒目の面々。酒豪ばかり揃った宴会場って、飲めない人からすれば、ただの地獄なんです。逃げ道くらい、用意してあげてね…?
(未成年に限らず皆様、お酒は飲んでも呑まれてはいけませんよ?お水と偽ってお酒を飲ませるのはダメ、絶対)
●このエルフたち、折角の宴会なのに物々しいような…
「ヒロインちゃんから逃げおおせた」というだけで、実は月の国の面々からしたら勲章モノです。勿論、太陽の国の面々からしても特進級の活躍として讃えられます。それだけ、あのヒロインちゃんの恩恵と格闘術は特別なのです。
赤ずきん少女は五体満足で帰ってきたものの、彼女が任務の途中となれば話は別。このアクリス村で彼女の恩恵を回復させながら、それを警護する為の酒宴となっています。
とはいえ、お酒が入れば少々気が緩んでしまうもの。途中からは(多少の緊張の糸は残せども)酒呑みの性が表に出てきてしまいます。
「水割り?ジョッキ?んなチビチビ飲んでられるか、樽ごと持ってこい!三樽はここに置いておけェ!」そんな会話が彼らの日常です。
「…エルフって、こんなにお酒に強かったっけ?」、そんな疑問をお持ちのアナタ。その疑問、大事にしてください?




