第3章17「プレイバック・アクアリウム編5」
本日で拙作の掲載1年が経ったそうです。すごーい!
今後も牛歩ですが、チマチマと拙作を完結するまで書き進めていきます。これからも拙作にお付き合いいただけますと幸いです!
法衣ドレスを纏ったその女は、手に浄化の恩恵を纏わせーー倒れている人物を少しずつ癒しているらしい。周囲を見渡すと、暗殺者らしき人間たちが同じように寝かされている。浄化待ちの列の最前線で恩恵を振るい続ける様は、戦場の天使と表現しても過ぎる事はないだろう。
その仕事があるからか、こちらの存在に気付きながらも、視線は癒しを待つ人物から離さない。その態度が、まるでこちらを歯牙にも掛けないような振る舞いで少女の癪に障った。
逆恨みのような感情なのは理解している。けれども、無意識に溢した少女の言葉は棘を隠せなかった。
『うらぎりもののあなたには、わたしがどこにいこうとかんけいないはなしでしょう?』
『プリシラ様が後ろに背負われているのは、今私がお護りするべき方です』
『…………』
返された言葉に、少女は二重の意味で詰まった。口が異常に渇き、求めていた水がますます欲しくなる。
まずは背中の男が、裏切り者のお気に入りだという事。敵と見るや否や、猪のように突っ込んで蹴散らしてくるようなあの戦車女が。男の気配すら匂わせない、月の国の清らかな女の象徴が。たった一人の男にここまで執心し、護りを固めている事に少女は驚いた。同時に、少女の中の独占欲がフツフツと沸騰してくる。
そして男もまた、既に女に手を出していたという事に驚きを隠せなかった。その女がよりにもよって裏切り者だった事に、男の女選びの感性の無さを痛感する。やはり男は見てくれに騙される生き物なのだろう、今後の男の苦労を考えると憐憫の情すら覚えた。
これら2つと女としての直感が、ある単語を少女の中で結びつける。
『あなた、まさかこのおとこに「えいせいのちぎり」もーー』
『えぇ、既に。つまり今のプリシラ様は、私にとって二重の意味での外敵。その上で改めてお尋ねします』
通常であれば恥じらっただろう言葉も、意に介さず宣ったその女。女がその場に立ち上がり、ゆっくりと身体をこちらに向かせた。
その間にも、手に載せた浄化の光が徐々に攻撃的な性質に変化していくのが解る。いよいよ、少女を敵だと認識したのだろうーー。
『私のカケル様を連れて、どちらに行かれるおつもりですか?』
感情のない表情、しかし殺意がドス黒く渦巻く眼光に、少女の体全体から、生命の危険信号が発し始めた。心臓が跳ね、殴られてもいないのに口から臓器が外に出てしまうような錯覚さえする。…それでも、ここで背中を見せる訳にはいかない。
自身の矜持を捨ててまで結んだ契りを、かなぐり捨てる訳にはいかないのだ。
『わたしが、かえるべきばしょに』
『では、その選択に後悔の念を植え付けてあげましょう』
……………………
…………
……
…
★ ★ ★ ★ ★
…あぁ、思い出した。オレは牢屋の前で思いっきり吐血したんだった。だからこんなに身体が怠いのかーー。
「って待て待て、あの吐血量で死んでないオレの身体って一体何なんだ!?」
思わず跳ね起き、自分の全身を掻き抱くように触ってみる。…返ってきたのは冷水にでも浸したかのような冷たい手指の感覚と纏わりついた贅肉の弛みだけで、内臓の痛みは不思議と感じない。
もしかして、レイラさんが浄化してくれたのだろうか。だとしても、あれだけの血を吐いた後なのだから貧血の症状一つくらいあってもおかしくない筈だが…。
「わたしのちからで、みずをいちじてきにちにへんかんしているだけ。むりにうごいたらしぬわよ、あなた」
そこで、オレの身体がゾクリと震える。水を血に変換した、とかいう末恐ろしい言葉に驚いたのではない、想定していなかった人物の声にオレの心が跳ねたのだ。
あり得ないと、脳が理解を拒みながら声がした方へと視線を恐る恐る向ける。その視線の先で、赤い頭巾を下ろした桃色の髪の少女がこちらを見下ろしていた。
「おきたようね。そのちょうしだと、げどくもちりょうもうまくいったようでなによりだわ」
「お、前…。どうして、牢屋の外に」
「あのきょうかいからだっしゅつしたからにきまってるわ。…あぁ、あのうらぎりものはしばらくおってこれないからあんしんして」
突然の状況、降ってきた言葉にオレの思考がようやく追い付いてきた。教会から脱出?追ってこれない?つまり現在のオレ、この赤ずきん少女の逃避行に巻き込まれた一般人って事!?檻に入れられているの、よく見たらオレの方だし!?
それにこの女の口ぶりからして、あのレイラさんを正面から倒したって事か!?なら刺客に追われていると言っていたレイラさんの首は、まさかもうーー。
最悪の想像を少しでも振り払うように、オレは声を荒げて檻越しにこちらを見る少女に詰め寄った。
「レイラさんはどうしたんだ!?まさかお前、殺したなんて言わないだろうなッ!?」
「あのおんなをころせるのなら、とっくにころしてるわ。いまはみうごきがとれないだけ。そのあいだに、わたしたちはくににもどるの」
話の全体像は見えないが、レイラさんはまだ生きているらしい。その一点に胸を撫で下ろしたが、しかし状況は好転していない。あのレイラさんが足止めを食らうって、どういう状況なんだ…?
「まさかお前、オレに盛った毒を他の誰かにもーー」
「それはちがう、わたしはなにもしていない!」
ガシャンと、檻を乱暴に揺らしながら少女が吠える。突然の反論に「うっ」とオレの言葉が詰まり、つい半歩退いてしまった。…確かに、決め付けは良くない。それは反省しなければ。
だが、今の言葉からしてーーレイラさんが追ってこれないと言うのは、あの暗殺者たちもオレと同じように毒を盛られ、それを浄化しているから…なのだろうか。だったら、オレをどっちの国に連れていくのかは分からないが、少しでもオレの拘束時間を長引かせればまだ希望はーー。
「プリシラ、楽しいお喋りの最中で悪いが食事の準備ができたぞ」
「わかった。ありがとう」
…待て。今の男の声、誰だ?赤ずきん少女の仲間か!?
教会から脱出。レイラさんの身動きが取れない。その間に国に戻る。この3つの言葉を連想ゲームの要領で繋げ…、今の第三者の存在を加味し。オレの脳が最悪に近い想像で満たされて、これ以上の思考を放棄しようとしている。
恐らく。オレをいつでもどちらかの国に連行できる態勢が整っていると見て良いだろう。つまり、レイラさんが助けに来てくれる時間なんてほぼ無い訳でーー。
「そのかお、じょうきょうをりかいしてくれたみたいでうれしいわ」
こちらを見つめてくる赤ずきん少女の瞳に映り込むオレの顔が、酷く青ざめている気がした。オレの思考が表情に出やすいとレイラさんや女神様に指摘された筈なのに、動揺を隠せないでいる。
万事休すと歯噛みしながら、せめてもの抵抗で赤ずきん少女を睨み返す。しかしオレのその姿勢が、赤ずきん少女にはどうやら可愛く見えたらしい。頬すら赤らめ、恍惚とした表情でこちらに微笑みかけてきた。
「ここはつきのくにのすぐちかく、エリアス湖のほとりにあるえるふぞくのむら。わたしのしはいちへようこそ、あ・な・た」
ーー、ー。…ぱーどぅん?
●急な場面転換!?
元々、主人公君の回想は第3章15の時点で途切れています。前話、今話は何故こうしてお届けできているのかって?それは勿論、誰かが見ていたから、ですよ。
●永誓の契り
前話でも触れた通り、「自らの全てをあなたに捧げます」という契約の事。主従関係を結ぶ時は、必ずと言って良いほど強制されます。
本作の夢世界の住人すべてにこの契約が存在し、一度結べば当人たちどちらかが死ぬまで有効。幼稚な契約ごっこかな…?
なお、男と女の「永誓の契り」は基本的に他の男女と競合しないように結ぶのがマナー。もし誤って結んでしまった場合は、当人同士の話し合いで解決しなければなりません。…これは、血生臭い展開が待っていそうな予感が?
●エリアス湖って、意外と教会から近くなかったっけ?
ヒロインちゃんの身体能力換算で、「数十秒で行き来できる」だけです。普通はこんな超人染みた移動はできません。ヒロインちゃんは戦闘民族か何かかな?
また、第2章閑話1でも触れている通り、自然豊かな土地であり、エルフ族が住み着いています。彼ら彼女らの縄張りに入って、赤ずきん少女もタダで済む筈がないのですが…?




