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夢渡の女帝  作者: monoll
第1章 日常が塗り替わる日
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第1章閑話1(白い外套の答え合わせ)

 レイラさんの白い法衣の背中を追いかけた時、オレはふと件のマントの事を思い出した。白の上質な生地で作られたこのマント、それをオレに掛けてくれた人物は、恐らく―――。


「何か気になる事でもありましたか?」


 ふとオレの視線が気になったのか、前を歩いていたレイラさんが振り返る。しまったと思いつつも、気付かれてしまってはもう遅い。

 献上させられたマントを、ちゃっかり伸びた盗賊から剥ぎ取り返していたのだが、今度はいつ元の持ち主に返したものかと頭を悩ませていた。口下手、話下戸なオレは恥ずかしい話ながら、今の今まで水を向けられるまで話題にする事が出来なかったのだ。

 だが、向けられた以上は話をするのが礼儀。オレは意を決して、口を開いた。


「実は、誰かが自分にこのマントを掛けてくれたみたいでして。持ち主がもしかしたら、レイラさんじゃないかなと思ったんです」

「…はい、それは確かに私の物です。わざわざありがとうございます、カケル様」


 やはり、とマントを差し出すと、しかしレイラさんはそれをオレに返すように手を添える。


「ですが気にしないでください。元々その外套は、カケル様に差し上げるつもりでしたので」

「え? くれるって、こんな上等なものを?」


 想定外の答えに、オレは素っ頓狂な声を上げてしまう。その反応が面白かったのか、彼女はまたくすりと笑ってみせた。


「私は今、故あって追われている身なのです。そしてその追手は、月の国の兵士。カケル様をお助けしたのも、私の”協力者”になっていただきたかったからなのです」

「え、え?」


 言われた意味が上手く飲み込めず、再び困惑の声を上げる。しかし、彼女は変わらず柔らかい笑顔のまま。


「事後承諾になってしまった事は申し訳ありません。ですが、その外套を持ったまま行動されるとなれば、私と一時でも行動を共にした証として命を狙われる可能性も無きにしも非ず。……それに。」


 そこで言葉を区切ると、彼女はおもむろにオレに近付いてくる。その滑らかな動作に心臓が跳ね上がりそうになるが、長年無駄に鍛え上げたポーカーフェイスを武器に対抗してみせた。


「私も一人で行動するのが寂しくなってきた所なのです。どうか、そのまま受け取っていただけませんか?」


 眼前で立ち止まったレイラさんは、そう言ってオレの目を真っ直ぐに見つめてきた。澄んだルビー色の瞳に吸い込まれてしまいそうになる錯覚から、つい視線を外してしまいそうになる。

 これが世に言う所のハニートラップなのか…!?と童貞歴30年のオッサンが戦々恐々とする中、しかし一方で理性がレイラさんの提案を、そのまま受け入れる事に一時停止をかけていた。


 現在オレはレイラさんの事を、まだよく知らないのだ。何が答えで、何が地雷なのかある程度知っておきたい性分のオレの事だ。レイラさんを刺激しないよう、このまま提案を受け入れる事も視野に入れるべきだと考える、オレの中の思考理屈も解らなくもない。

 だが、本当に信用しきっても良いのかどうか。その一点について、オレの頭の中で堂々巡りの自問自答を繰り返しているのだ。突破口さえ何か見つけられれば、妥結案も出せるのだろうが…。


「…ところでレイラさん、もしかしてこれを羽織るだけでレイラさんの仲間認定されてしまうんですか?」

「はぐッ!?」


 少しでも考える時間が欲しくて逸らした話題が、思いのほかレイラさんには大ダメージだったらしい。頭を鈍器でフルスイングされたかのようによろめき、必死にその場で踏ん張っている様子が傍から見ている分には微笑ましい。

 だが、それを目の当たりにする当事者ともなれば話は別だ。…まさか、本当に寂しかったからオレを仲間に引き入れようとしていたのかこの人?


「わわ私は聖職者ですからね? そそそんな他人を陥れて仲間に引き入れるなんて真似、する筈がなななないじゃないですか」


 図星だコレ。それでもって、他人に嘘をつけないタイプだコレ! 先ほどまでの清楚なイメージとは打って変わって、顔を真っ赤にしてあたふたと慌て始めるレイラさん。そのギャップに驚きながらも、オレはつい吹き出してしまった。


「あははっ、そんなテンプレこてこての慌てっぷりは久しぶりに見ましたよ!」

「うぅ…からかわないでくださいよぉ」


 涙目になりながら、再びレイラさんがこちらを見つめてくる。…彼女のその表情で、オレの心は決まった。


「分かりました。そういう事なら、ありがたく使わさせていただきます」

「ほ、本当に良いんですか?」

「本当は二言はないと言いたい所ですが…、決意が鈍る前にいただいていきますね」


 そんなに念を押されたら、もう一度理性が働いてしまいそうで怖かった。いそいそとマントを広げ、今着ている黒コートの上からそれを羽織ってレイラさんに向き直る。…流石上物、安い黒コートよりも肌触りが良い。黒コートは後で畳んでおかなければ。

 追われているとか、”協力者”とか言われてもまだ理解の追い付かない話ではあるが、彼女に救われたのは事実。それに、今の会話の中で垣間見えた人の好さは信頼しても良いとオレは思ったのだ。


「改めて、これからよろしくお願いします」


 現実世界では滅多にしない事だって、この夢世界の中では出来る気がする。そう思ったら、自然と言葉が零れ出た。


「…はい、こちらこそ」


 まだ顔の赤みが引かないレイラさんは、それを隠す事なくオレに向き合い、照れ臭そうに微笑んでみせる。オレの目からは、その表情は心の底から嬉しそうに見えた。

●レイラの外套マント

彼女の恩恵ちからが籠められた、賢者の証である特注品。羽織るだけであらゆる呪い・穢れに属するモノから守り、傷の治癒能力も併せ持つスグレモノ。ただし、定期的にレイラ自身が羽織って力を籠め直す必要がある。

つまりは、レイラにとって自らの存在証明に関わる大切なもの。月の国の民であれば恐れ多くて受け取れないし、太陽の国の民であればノータイムで強奪する程には最高級品。


また、月の国には自らの身につけているものを贈り物にする、という行為そのものに特別な意味を持っている。特にそれが特別地位の高い者から贈られる場合…。


●レイラについて 2

実は、腹芸ができない。自分に嘘がつけない性格の為、無理やり思ってもいない事を口にしようとするだけで拒否反応が起こってしまう。

今回は、カケルを味方に引き入れる為についた()が該当する。別に彼女の外套マントを羽織った程度で命は狙われないし(牢獄にはぶち込まれるが)、むしろ「レイラから外套マントを奪った英雄」として一部で持て囃されるまである。

一瞬、言葉を詰まらせたのはその拒否反応を抑える為…だが、結局抑えきれず身体も動いた模様。


ちなみに、月の国に居た頃は嘘発見器として活動していた事がある。当時の本人は仕事中、大変苦痛だったそうな。

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