第3章09「アクアリウム・コロシアム1」
暗殺者集団と停戦協定を結んだレイラは、何やら気まずい表情を浮かべながら依頼主を置いてしまった教会の前へと戻ってきていた。その原因は、依頼主の失踪だ。
最初こそ「敵国の男の捜索なぞ誰がするものか」と唾を吐いた暗殺者たちも、同時にソレイユの姿も見えないと知るや否や、心を入れ替えて(主にソレイユの)捜索に精を出したのだが…。いくら探せども二人の姿は見つからず、人員たちの生存・経過報告も兼ねて教会前に次々と集まってきていた。
「やはり、この教会の中…ですか」
「だろうネ。これダケ手を尽くシテも見つからないンダ、もうここシカ考えられナイ」
『黎明旅団』の面々が揃った事を確認し終えた頭領は、諦めたように嘆息する。レイラもまた、意を決したように教会の扉を睨みつけた。
教会の捜索を最後に回したのは、主に二つの理由がある。一つは、マイティをはじめとした暗殺者たちが物理的に近寄れなかった為。レイラたちを閉じ込めた焔の結界が、再び機能しているのだ。
しかし結界の強度は昨日のものとは比べ物にならない程に脆く、レイラの恩恵であっさりと解決できる拍子抜けっぷり。しかし厄介な事に、無力化できるのはレイラが扉に触れている間のみに限られている。自分たちの目的が達せられない可能性がある為、暗殺者たちは女教皇の先行を承諾しなかった。
そしてもう一つの理由が、何の説明もなく依頼主の傍を離れてしまったレイラの罪悪感。その気なら暗殺者たちの事情など知った事かと、速攻でカケルを助けに突入するであろう彼女が、扉を前にしてからその場をウロウロと動き回るだけの変質者になっているのだ。
「カケル様、もしかして私が勝手に前線で戦ってしまったので、中に引き籠られてしまわれたのでしょうか。…はっ、私の突飛な行動に愛想を尽かされてしまわれたとか!?」
「この状況デよく呑気な事ガ言えるネ、お嬢チャン」
「冗談の一つでも言わないと私の気が紛れないんですっ!」
果たしてそれは冗談なのだろうかと、その場に立つ面々の心の中で、一言一句違わぬツッコミが入る。そんな事を知る由もない彼女は、更に頭を抱えて唸り声を上げ始めた。
「うぅ。カケル様、ご無事だと良いのですが…」
「まァ、お嬢チャンの猪突猛進な行動ハ今に始まった事デモないだロウごぼブェ」
(((頭領って、マゾなのかな…)))
口は災いの元、真っ黒な皮肉は時と相手を選ぶべし。選択を間違え、物理的に首を締め上げられる頭領を、部下たちは後ろから冷たく見守っていた。
一度なら地雷を踏んでしまったと、自らの運の無さに観念しつつも次に活かすべく学ぶ所だろうが…。なんとこの仮面男は口を開く度に数多の地雷を踏み抜き、定期的にレイラに燃料を注いでいるのだ。
既に似たようなやり取りは5回も繰り返しており、その度に集まってきた部下たちに醜態を晒している。自分を燃やしてまで火種を作る必要はないと思うのだが、不思議と口が軽いこの炎使い、鎮火するつもりが無いのだろう。
さらにタチの悪い事に、本人からすぐさま否定の言葉が出てこないのが不気味だ。よって、マゾ疑惑が第三者の視点からも生まれてくる訳なのだが…良いのかこの暗殺者の頭領?
(((ダメだこの頭領、自分たちが支えなければ…)))
そんな部下たちもまた、自分たちに燃え広がらないよう固く心に誓っているようだった。強火マシマシ火傷上等な上司の手綱を今後どう彼彼女らが握るのか、今から楽しみだ。
「そ、それヨリ。いつまでココに居ルつもりダイ?部下たちモ揃った事ダ、中でお嬢チャンの帰りヲ待ち続けてイル、健気な男の為ニモ早く中に入ロウじゃないカ。そうジャなけれバ、俺ノ首をそろそろ解放してホシイ」
「ぐっ…分かってます、今から入りますよ。それと、十中八九マイティ様は逃げるので解放するのはダメです」
尚も逃げようとするマイティの首を器用に固定しながら、6回目の正直で意を決したレイラは、ようやく扉に浄化の恩恵を纏った手を掛けた。
そこにあったのは、所々に散水された跡が残る戦場だった。老司祭との戦闘を経ても比較的無事だった床は、強い衝撃を受けて踏み砕かれ、礼拝堂へと繋がる扉は何かで両断されている。まるで、誰かがここで防戦していたような印象を受けるエントランスは、もう機能不全に近い有様だった。
そして極めつけはーー。
「宙に浮いた、水の…珠?」
暗殺者の一人が呟いたそれは、この教会内において存在しないものだ。つまりは、敵性勢力の置いた土産物。
「お前タチ、教会ノ中に入るナ!」
「頭領、それはどういうーー」
未だ察せていない部下たちを庇うように、レイラが急いで扉を蹴り閉じる。既に数人が教会内に入ってしまっているが、これ以上彼彼女らを中に入れないよう、恩恵を解いて結界を再起動させた。
「…マイティ様、あの水の珠の数は?」
「ざっト数えたダケで10個。お前タチ、数に間違いハ無いカ?」
「柱の陰に複数個隠れてます。それを含めれば20は無い程度かと」「地下に隠れていたら分かりませんがね」
すぐ互いに背中を預ける形で態勢を整え、武器を構える暗殺者たちを横目に、レイラは先ほどまでとは別の緊張をしていた。
彼女はこの攻撃を識っている。彼女はこれとよく似た光景を知っている。彼女はこれに、殺されかけた事がある。
「だれかとおもったら、くにをおわれたおんなじゃない」
幼い声が、レイラたちの正面から響いてくる。大人びた白いブラウス、赤いスカートから伸びる細い脚を包む膝丈まであるブーツと、何より遠く離れていても目を引く赤いフード。いわゆるゴスロリチックな衣装に身を包んだその少女は、礼拝堂から悠々と姿を現した。
「さがしもの?どうせここにはなにもないわよ。だって、わたしがこわしちゃったもの」
鈴の音のような可愛らしい声色とは裏腹に、この場にいる全員の地雷を盛大に踏み抜く胆力は中々のものだ。
可能性の域を出ないとはいえ、目の前の少女の言葉をこの場にいる全員が無視できなくなり、暗殺者たちの殺意が一気に漏れ出る。
「貴女様の玩具はここには無い筈です、早々にお引き取りください、と言いたい所ですが。折角ここまでいらっしゃったのですから、私とも少し遊んでいきませんか…プリシラ様?」
「まぁ、『いくさみこ』をこわせるなんてゆめみたい。みんなにじまんできるわ」
悪意を笑みに張りつけて、周囲の水の珠を集めて身の丈ほどの鎌を作り出す少女。レイラもまた、既に武器を構えている暗殺者たちに倣って恩恵を纏った拳を構える。
レイラの第2ラウンドの鐘の音が鳴り響くのに、そう時間は掛からなかった。
●停戦協定(暫定)
やったねヒロインちゃん、念願の相手国との停戦だよ!なお個人間のやり取りに過ぎないので、小競り合い以上の戦いは今後も続く模様。
また、ヒロインちゃん単独では今後、太陽の国の面々(主にソレイユ)との衝突が多くなる為、協定を維持するには誰かのサポートが必須です。…「誰がそんなサポートをしてくれるんだ」って?そりゃ勿論、夢世界の主クンしか居ないじゃないですか…。
●再度封じられた教会
女神様の施した結界が壊れた際、放置された欠片を用いた簡易的な結界が起動した状態です。この程度でも作中の通り、対策していない夢世界の住人は焔の檻への入獄・脱獄が不可能。腐っても壊れても、女神様の結界強度を舐めてはいけません。
現段階で、この焔の檻へ自由に出入りができるのはヒロインちゃんのみである為、ソレイユを助け出したい『黎明旅団』の面々からしたら面白くありません。入獄したらそのまま命まで奪いかねないので、ヒロインちゃんへの協力度は最底辺ランクです。
となると、彼ら彼女らとの橋渡し役がやはり必要です。ヒロインちゃんが心を砕く人物で、『黎明旅団』の戦力より弱い人物…。主人公君には是非とも、大役に励んでいただきたいですね!(胃薬、頭痛薬案件)




