第3章08「思惑混ざるフローア村4」
仮面を被った男は、その光景を暫く前から観察していた。自国最強カードとも呼べる者が、目を背けたくなる程の打撃の暴風雨を浴び続けているーーともすれば現実ならタオル投入も辞さないようなーー凄惨なK.O.劇は、恐怖とは全く異なる思考を彼に巡らせていた。
(『風刃』ッテ、こんなニ弱かったカ…?)
伝え聞く『風刃』の強さとは別次元の弱さ。それが、彼の驚嘆の源だった。
そも、拳が刃に敵う訳がない。たとえその刃が魔術で作られたものであり、月の国の賢者が魔術に強い抵抗性を持っていたとしても、それを簡単に無力化できる筈がないのだ。彼女の拳を守る手袋、それが風の刃で裂けていない事が、風の刃の出力が鈍かった何よりの証拠である。
…自分の中で論ずるよりは、実際に戦った女教皇サマの意見も聞いておきたい。『風刃』の意識が地面に吸われたのを確認し、マイティは真相を確かめるべく隠形を解いて姿を現した。
「お嬢チャン、今の戦いについて聞きタイ事ガーー」
「カケル様を危険に晒した罪を雪ぎなさい、そこの不届き者っ!」
まるでマイティがそこに隠れている事が最初から解っていたかのような動きで、女教皇の拳が一つ。人体の急所に突き刺さったそれは、大の男の身体を宙に浮かせるに足る威力だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「私も鬼ではありません。何か弁明があれば聞きましょう」
「全力で相手を叩き殺スつもりの一撃、ご馳走サマごぶぇッ」
「この沙汰とは別に、内臓は男性でも鍛えられない部位だと、この際骨の髄まで叩き込んで差し上げましょうか?」
不要な一言で余計なダメージを肝臓に負ったマイティは、現在味方の筈である部下たちに白目を剥かれながら囲まれて女教皇の沙汰を受けていた。今のところ誰も彼女を止めに入る気配もなく、むしろ今の今まで自分ひとり隠れていやがってコノヤロウ、と言わんばかりに冷ややかな視線が突き刺さる。
…防御貫通で打ち抜かれる拳と部下の信頼が落ちる音ほど嫌なものはない、改めてマイティは鈍痛と共に思い知った。
「コホン、改めて問います。この事態について、何か弁明はありますか?」
「俺はお嬢チャンと戦うつもりは最初カラ無かったんだけどナァ、どうしてこうナッタのカ」
「頭領、あの合図でそれは無いです」「一斉にかかれ、って指示してたでしょ」「それでいて自分だけ見物って…」
この女教皇サマに対して嘘はご法度と、目の前で『風刃』相手に見せつけられた事もあり、部下の感想は大変素直である。俺を売っタナお前ラ!?と抗議する間もなく、彼女の視線が有罪の決を下しそうになっているのを見て、流石のマイティも目の前の脅威から逃れるべく慌てて言葉を作り始めた。
「テ、訂正しヨウ。確かニ指示はシタ。俺が受けた暗殺ハ、お嬢チャンを襲エという指示だからナ。ダガ、それ以外にはこちらカラ手を出していナイ」
「…あまり期待していませんが、私を狙うよう指示した方の名前と顔を教えてください」
「お嬢チャンの、期待していナイ通りだヨ。残念ながラ伝令の顔しか俺ハ分からないネ」
実際、この手の暗殺は依頼主が判らないよう仲介人を経ている事が多い。中には顔合わせすらなく、お互い名前も知らないままに仕事をこなす事もある…のだとか。それこそフィクションの世界観である、日頃から真っ当な生活を送っていればの話だが。
「はぁ。ようやく掴んだ情報だったのですが、やはり空振り…。ソレイユ様も同様に知らないの一点張りですし、これはいよいよ太陽の国まで踏み込む必要がーー」
「お嬢チャンみたいな賢者の発想ニ俺も驚きヲ隠せないネ…」
「太陽の国まで攻め入る前に、お喋りなマイティ様の口が二度と閉じられないよう顎を壊して差し上げましょうか?」
いや全く。太陽の国の第二王女サマとやらも言っていたが、脳まで猪娘とはまさにこの事。パキリと拳を鳴らす彼女を傍で見物する分には面白そうだが、下手に口出しすると明日は我が身。おぉ怖い怖い。
命の危険を感じたマイティは、諸手を挙げて改めて降参の意を示した。「ふんっ」と鼻を鳴らしながらそっぽを向いてしまった女教皇の天秤を、今ここで有罪に傾けきる訳にはいかないと、彼女が口を開けるより先に本題を切り出していく。
「ところで先ノ『風刃』との戦イ、お嬢チャンはどう感じタ?」
「どう、とは」
「具体的にハ…弱すギル、なンテ思わなかったカナ?」
マイティの言葉に、ピクリとレイラの眉が動いた。その変化を、嘘がつけない女教皇の性格と照らして彼は肯定と捉える。
「あの焔ノ魔女の言葉ヲ借りるナラ、自動人形…だったカ。アレと同じだト、お嬢チャンは思うカイ?」
「そうだとしたら、あの方の説明が矛盾します。『本体と比較すると力の質の向上や変質が認められる』…それと真逆の性質という事になってしまいます」
そう話をしながら、二人は未だ倒れ伏して動けない『風刃』の影を見下ろした。
頂点まで昇りきった日が落ち始める頃というのは、一番気温が高くなる時刻。影が出来るには最適な条件だ。にも関わらず、『風刃』には影がなかった。
「自動人形の中にも、強さのブレがあるという事なのでしょうか」
「カモ、しれないネ」
今回は偶々弱化を引いたが、次に戦う時は強化を引く可能性があるーー。それはつまり、肉弾戦を主体とするレイラにとって、戦闘における力の抜きどころが分からないという厄介さを孕んでくるのと同義だ。猪の体力も、ましてや恩恵を纏う力も無尽蔵にある訳ではない。
「そこデ、ダ。俺たちト手を組まないカ、月の国ノ賢者サマ?」
「…マイティ様の思う所は理解しました。少しだけ、考える時間をいただいても?」
どうゾ、と手で示されてレイラは思案する。彼女の頭の中にあったのは、力を持たない依頼主の安全をどう確保するか、だった。
盾になる事ができない前進ホコ女、と何度もソレイユに揶揄された過去の記憶が掘り起こされるが、それを全力で彼女の煽り顔ごと記憶を叩き潰し。しかし自らの性能は、しっかりと受け止める。
間違いなく、レイラの性能は攻撃に特化しており、誰かを護る事はあまり得意ではない。さらに言えば、打撃職故に今回のように距離が離れすぎていると、もしもの時に駆けつける事が叶わない。
次に、目下で伸びている自動人形の脅威に思考を移す。強さがまちまちな自動人形を相手に一人で長時間戦い続けていれば、確かに限界を迎えるのも近いだろう。一人より二人、二人より三人で行動した方が動きやすい事も多い。国を追放される前も、確かにその恩恵にレイラも預かっていた。
だが、それは預ける背中の安全があってこその恩恵だ。前提となる安全性がまだ脆い以上、このまま首を縦に振るのは憚られる。ましてや、非戦闘員を預けるにもーー。
「信用ガ足りてイナイ。そうダロウ?」
「…マイティ様はいつ読心術を修得なさったのです?」
「こればかりハ思考の先読ミ、という奴だヨ。そして、それへノ回答ハ『お嬢チャンの心一つ』ダ」
つまる所、レイラの一言次第で今後の方針が決まる分水嶺という事。次第に殺意が着き始める暗殺者たちの視線に、しかし女教皇は答えを臆さない。
「つまり、全滅がお望みと?」
「そうなったラ仕方ナイ。こちらも全力デ足掻くシカないネ」
ただ、と言葉を置いて、手に持つ長棍を地面に突き立て、戦意が無い事をアピールしながらマイティは改めて口を開いた。
「お嬢チャンと事を構えたくナイのは本心ダ。頭領としてモ、個人としてモ」
嘘を見抜ける女教皇だからこそ、マイティの言葉に偽りがないと察する事ができる。
誠意には誠意を返す。それが、彼女の信条であるからして。
「分かりました。ただし、カケル様の安全が最優先です。守られなかった場合、相応の報復を行う事をご承知おきください」
「今ハ、その言葉デ十分ダ」
一度目を瞑り、大きく深呼吸をして目を開けた後…レイラはそれに応えた。
女教皇「それはそれとして、カケル様を危険に晒したので絞めます」
仮面男「いや待っテ痛ダだだダ!?」
部下たち(南無三…)
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●自動人形の強さ
女神様の自動人形講義における、最大の誤りがこの強弱について。今回のヒロインちゃんたちのやり取りでも触れている通り、自動人形一つを取っても強さの程度は様々です。
例えるなら、「元々火術に特化した人物が、より強力な火術の魔法を習得したルートA」の自動人形であれば強力な個体となる一方、「元々火術に特化した人物が、弱点を補う為に風術を習得したルートB」の自動人形は弱点が水・土の2つに増えてしまう…といった具合。…ルートBは複合魔法にすれば強くなる?これ以上は思考速度と経験に拠る、としか作者的には言えませんね…。
勿論、これ以外にも経験・習得魔術の数・元の身体の強さといった様々な要因で個体毎に強弱が決まります。実際に戦闘しなければ、正確に自動人形たちの実力を測る事は難しいでしょう。
●ところで、マイティって今の今まで何してたん?
一応、ヒロインちゃんを襲った賊の長なので、一気に攻め込まれないよう雲隠れ…ならぬ影隠れをしていました。
彼自身、元々乗り気ではなかったヒロインちゃんの暗殺計画。当然ながら、くっついてきた主人公君の命には興味がなく、折を見て降参の意思表示をしようと考えていたようです。
ですが残念、開戦した時点でヒロインちゃんの心は有罪に傾いていました。浅はかなり、変人仮面頭領…!




