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夢渡の女帝  作者: monoll
第3章 夢幻を映す湖の記憶
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第3章07「思惑混ざるフローア村3」

 『風刃ふうじん』、それが和装束の女が戴く名だ。彼女から繰り出される手刀こぶしは、空を裂く剣の如く、しかしその射程は留まる事を知らないと言う。どれだけの距離がそこにあろうと、風が届く限り彼女の凶刃から逃れる術はないという触れ込みだ。ーー適当な暗殺者の心中を読んだ程度の情報だが。

 敵国事情に詳しくない『黎明旅団れいめいりょだん』の暗殺者たちも、自国の危険人物ともなれば風の噂に聞く程度には知識があるらしい。逃げ出そうと思えば逃げられる筈の技量を持ちながら、しかし暗殺者かれらはその場から動こうとはしなかった。…否、できなかった。

 背中を見せれば、られる。少なくとも『風刃おんな』が暗殺者こちらに視線を向けている間は、月の国の賢者同様に目を離してはならないと。獣の理性の枷を外したその刻が、自分たちの最期だと。それなりに積んだ戦闘経験から、暗殺者かれらっているのだ。


「なんで、こんな所に『風刃ふうじん』が居るんだよ…!」


 しかし、そんな些細な問題を押してなお、暗殺者かれらは感情を乱してしまう。理由は簡単、最前線とはいえ辺鄙へんぴなこの村に軽々に立ち寄れるような立場ではないからだ。太陽の国の王子、王女を護衛する戦力が、ソレイユという第二王女の存在を無視して突貫するような真似をして良い訳がない。


「良い質問だ。それには、こう答えよう」


 ただの愚痴に、和装束の女は律義にも反応する。その会話の反応速度に、虎の尾を踏んでしまったのかと暗殺者たちはゴクリと固唾を飲んで、いつでも戦闘に突入できるよう各々の得物に手を掛けた。言葉次第では、たとえ敵わない相手であったとしても、頭領に最優先でこの災害ききの存在を伝えなければならないからだ。


「道に迷った」


 …どこの世界に、要人を置いて道に迷う護衛がいると言うのか。目の前にいる?それは言わないお約束という奴だ。


「道に!迷った!」

「強調しなくても分かるわァ!」


 つい得物に掛けた手から力が抜けそうになる暗殺者(面々)。道に迷った所為せいで全滅とか、全くもって笑えない話を実現されそうで困る。

 「む、そうなのか」とバツの悪そうな表情をされる所もまた、全くもって状況が笑えない。笑えないからこそ、もう一人の獣(女教皇)が動いた。


「ーーシッ!」


 鋭く踏み込んだ先で、初動の速い拳が弾丸のように『風刃(おんな)』に伸びる。急襲とはいえ、拳速ではレイラの方が上。速さ勝負では分が悪いと判断したのか、咄嗟に手刀を抜いて『風刃(おんな)』は迎撃した。

 一合目、突き結んだ左の手刀に帯びていた、何かしらの恩恵ちから無力化じょうかされる。狙いは明白、『風刃(おんな)』の武力ちからを鎮静する為の下拵したごしらえだ。

 二合目、殺気を抑える事なく振り抜かれた右の手刀に対し、レイラは軽く弾くように拳を当ててくる。当たるだけで『風刃(おんな)』の恩恵ちからが霧散し、無慈悲な現実に思わず『風刃(おんな)』は歯噛みした。

 たった二合で武器を失ってしまった『風刃(おんな)』は、早急に恩恵ちからをより手に回そうと態勢を整えようとしーー未だレイラの間合いに立っている事を忘れた『風刃(おんな)』は、想定外の下段蹴り(ロー)をまともに受け、衝撃に耐えられずその場で膝を折った。

 自国のほぼトップに君臨する実力者と認識している危険人物ケモノが、敵国の怪物バケモノに一本取られた姿に、暗殺者たちは思わず後ずさりする。このまま『風刃ふうじん』が手玉に取られるのではと、想像したくもない未来を視てしまったのかもしれない。ガタガタと脚を震わせる者も現れる始末だ。


「こちらは賢者相手にコトを構えるつもりは毛頭ないのだが、この仕打ちはあんまりだ」

「誉め言葉として受け取ります。…貴女様、先ほどの二つ名から容易に想定できましたが、風の恩恵を受けられる方ですね?」


 膝を折った相手を、見下すように未だ拳を構えるレイラ。その眼は、先ほどまで暗殺者相手に向けていたものより数段鋭くなっていた。


「今の打ち合いで、いくつか解った事があります。貴女様は私のように纏う性質ではなく、放出する性質をお持ちの筈ですね」


 鋭くなるのも無理はあるまい。何故なら、『風刃(おんな)』はレイラが嫌っている嘘をついているからだ。


「風の恩恵ちからを受けられる方が、気がつかない筈のない恩恵ちからの使い方。風読みという技法です」


 どこに、何の為の嘘を混ぜていたのか。その先の答えを聞いたら、暗殺者かれらは果たして正気を保てるのだろうか。


恩恵ちからを放出、または纏う事で起こる気の流れ。洞窟などから脱出口を見つける為の技術ですが、それを応用して目的の人物の尾行もできるのだとか」


 レイラのその言葉を聞いて、察しの良い一部の暗殺者たちの表情が硬くなる。その感情の変わり具合に察せていない者たちの焦りが混ざって、一帯が良くない感情の吹き溜まりとなり始めた。


「貴女様は太陽の国の戦士。であれば、対象もおのずと絞られるというものです」


 唐突にレイラから四本の指が提示された。襲撃対象という、砂上に突き立てられた選択肢カードを。


「初撃の殺意の載せ方が違ったので、当然ながら対象は私ではありません。ではこの場にいる、『黎明旅団れいめいりょだん』のどなたか?だとしたら、私に構わずその方を真っ先に狙えば良い」


 一つずつ、レイラの指が折られていく。周囲の砂を掻き抱き、その余波を受けてもなお残されていく選択肢に、ある者は得物に手を掛け、ある者は怯えた表情で後退の為に半歩足を退かせる。


「そして、マイティ様でもありません。彼を狙うつもりであれば、ここの方を誰か一人捕まえて呼び出せば良い」


 それでもまだ、察しの悪い暗殺者にトドメを刺すようにーーレイラは残った指を突き出し、言語化する。


「貴女様の狙いは、太陽の国の第二王女ソレイユ様ーー謀殺です。違いますか?」


 その言葉に反応して、『風刃(おんな)』が再び手に風の恩恵ちからを纏わせる。…否、風の刃を小さく放出しながら刀の如く腕を振るう。

 しかし、二人の姿勢の差がこの戦いの勝敗を分けた。焦りの為か、立ち上がりながら大きく振るわれた事で、想定より軽くなってしまった『風刃(おんな)』の手刀に合わせ、レイラは光を纏った両腕で風の刃ごと手刀を強く打ち落とした。

 再び単純な格闘戦に持ち込まれ、「くッ」と苦悶な表情を浮かべる『風刃(おんな)』。そのガードのがら空きとなった躰に、女教皇の拳が人体の急所(みぞおち)を正確に突き上げた。躰中を毒のように駆け巡る衝撃となって、『風刃(おんな)』は体内の空気を限界まで吐き出させる。


「敵国の事情とはいえ、多少の顔見知りを目の前で粛清される所は見たくありません。ーー裁きを受けなさい、痴れ者」


 一撃、二撃、三撃…。『風刃(おんな)』の口から漏れる嗚咽を無視して、『風刃(おんな)』の身体が地面に叩きつけられるまで、レイラは一切の容赦を見せずに拳を振り抜いた。その様をずっと周囲で見続けていた暗殺者たちは、殺気立った女教皇に立ち向かおうなど思い直す筈もなく。ただ静かに、目の前で鎮圧される脅威を見つめていた。

滅多打ちさん!?まずいですよ!

ヒロインがするような事ではありませんが、ちゃんとこの物語ではヒロインなので…。


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●『風刃ふうじん』 1

本名はノーラ。作中で触れられている通り、風を自身の腕や脚に纏わせるーーように見せているだけで、実際は常に風の魔法を放ち続けているという燃費の悪い戦い方しかできない太陽の国の女戦士。


魔力の貯蔵量が多い事が災いし、魔力切れを狙って自滅する周囲の観察力・戦闘力の低さも相俟って、今も本人はこれが最善の戦い方だと思い込んでいる。そりゃ風を無効化してくる天敵のヒロインちゃんには手も足も出ない訳です…。


●結局この『風刃ふうじん』(笑)、何がしたかったの?

この場にいなかったソレイユの暗殺が目的だったようです。場合によっては、ヒロインちゃんとも事を構える心積もりだったようで…。

この嘘ポイントを作ってしまった事で、自らの負け筋を作ってしまいました。嘘は良くない、ちゃんと覚えて帰ってね!


…なお使い捨ての駒として動く事に疑問を持たなかった事、ヒロインちゃんとの一騎打ちも辞さない心構えだった事が重なって、五体満足で帰る事ができるクモの糸ほどの最適解を自ら潰してしまった模様。

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