第3章04「ようこそフローア村へ4」
たった一日、されど一日。食事事情の他にも風呂事情、部屋割り等、様々な悶着があったが、オレたちは無事に悪夢のような舟旅を終えることが出来た。すり減ってはいけない神経まで削ぎ落とされたような気もするが、今は考えないようにする。この手の思考の沼に一度浸かってしまったら、抜け出すのは困難だとオレ自身がよく知っているからな。
それより大事なのは、この教会の外に出られるか否か。あの女神様がレイラさんに出した交換条件、「一日はこの教会にいる事」がこの焔の結界を解く鍵だというのなら、今のオレたちの状況で条件が満たされる筈だ。もう一日過ごせるDON!と言われたら、今度こそ廃人になる自信があるから勘弁してください。
「カ、カケル様のお顔がこんなにもやつれて…。くっ、一体どなたがこんな酷い事を!」
「鏡の前で今と同じ事を言いなさい、目の前に答えがあるから」
「事ある毎にこちらにちょっかいを掛けてくる上、すぐ脚を出す放浪姫の性格に難ありかと!」
「はッ!あんたが無能のポンコツだから、あたしに被害が出る前に口を出してるだけなんですけど?」
「「…………」」
「喧嘩なら買いますよ!?」「喧嘩売ってるのこの女!?」
顔を合わせた途端にコレである。最早この程度の言葉の応酬ではオレも反応しなくなった。ほら、喧嘩するほど仲が良い間柄って言うだろう?マイティも触らぬ女に祟りなしと言わんばかりに、影からオレたちを見ているじゃないか。あれくらいの距離、オレも取りたいなぁ。
昨日は結局、何だかんだあったものの、未だに二人の不仲の経緯を聞けていない。もう無理やり今この場で問い質してやろうかと、空気の読めない考えがつい過ってしまう。実際オレの理性は感情に押し潰され、「なぁ、二人がそこまでいがみ合う理由って何なんだ?」と脈絡なく口を開き始めていた。
しかし、そんな時に限って状況は変化する。唐突にガチャリと、何かが解錠するような音が地響きのような振動と共に教会中を震わせ、オレたちを否応なく現実に引き戻した。
「今の派手な音、あの結界が崩れた音だと思う?」
「私にはそう聞こえましたが、ソレイユ様は違うとお思いですか?」
「あんたが言うならそうだろうけどさ」
エントランスを覗いてみると、昨日と何も変わらない風景。唯一の出入り口となっている扉は、未だ閉じたままだ。
ただしそれは戦闘素人から見た所見であり、戦闘玄人たちからすれば、変化は明白だったらしい。
「粉々になっていますね、結界。通る分なら何も問題ないでしょう」
「通る分なら、って不穏な言葉が出てきたのですが…。もしかしてあの結界、粉々にはなったけど完全には壊れていない、って事ですか?」
「結界を張る知識と十分量の魔力があれば、再び組み立てる事は可能だと思います。ただ、あの方の張られた結界のように、私たちを一日閉じ込めるような強固なものにはならないでしょう」
なるほど、ちょっとした牢の材料にはできるのか。例えば、何も力を持たないオレみたいな一般人を閉じ込めるのに丁度良いーー嫌な死亡フラグを想像したなオレ、頼むからレイラさんから絶対離れるなよ!?
「なら、早くここカラ出ヨウ。敵地にずっと居ルのは心臓に悪イ」
「そうね、ここからさっさと出ましょ」
オレがアワアワとしている間にも、太陽の国の面々は早々に扉を通って外へと出て行ってしまう。
…そうだ、何だかんだあったので忘れかけていたが、レイラさんとソレイユは敵国同士。かつ、ソレイユはレイラさんの命を狙いに来た暗殺者。一日共に過ごした程度で「皆で手を繋いで行動しましょ」みたいなお花畑な展開にはならないのだ。堂々と再び命を狙いに来るような事がないだけ、まだマシと思わなければ。
「籠城、という訳にもいきませんね。カケル様、どうか私から離れないように」
「へ…?」
不穏な言葉その二。この村で、オレたちは一体何度命を狙われたのだろう。それを全部跳ね返すレイラさんの戦闘技術と精神力のタフさも大概だが、オレにはそのどちらもない。むしろ、あってたまるか。
拳に光を纏わせ、緊張しているレイラさんの背中を見つめながら、何もないオレは彼女の後をついていくしかできなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
教会の扉は、何なく通り抜ける事ができた。レイラさんたちから事前に聞いていた、焔の結界とやらは機能しなくなっていると改めて体験した形だ。扉を通り抜けた後も、自分の身体が燃えていないかとつい触ってしまう。
というのも、通り抜ける時に若干熱っぽいかも?とは一瞬感じたのだ。けれどもそれは、教会内の涼しい環境に置いていたオレの身体が、単に直射日光の持つ熱量に驚いただけだろうと無理やり納得させる。そうでなければ、先ほどの脅し文句が現実になりそうで怖いのだ。
そんなオレたちを出迎えたのは、一昨日レイラさんが伸した、得物を構えた盗賊たち。オレたちと彼らの間に、ソレイユたちが立っている。
「頭!ご無事で何よりです!」「生きてて良かったァ!身体が変になっているけど!」「月の賢者に閉じ込められたって知った時はどうしようかと…」
彼らの声は、黒いフードを被った仮面の男へと注がれていた。…成程、レイラさんの言う籠城の意味が解った気がする。
このフローア村は元々、月の国と太陽の国の境にあるのだと言う。であれば、物事を優位に運ぶ為に、その国の息がかかった者が紛れていても不思議ではない。ただし、その規模が違った。
オレたちの目の前に並ぶのは、先にも言ったがレイラさんが伸した盗賊たちだ。その数、ざっと50人はくだらない。レイラさん一人なら対処できたのかもしれないが、お荷物を守りながらの肉弾戦はとても厳しいだろう。
「でハ、改めて挨拶をしヨウ」
クルリと、こちらに振り返る仮面。そこに在るのは、教会の中で手を組んだ男とは別人のオーラを持った何か。
「俺の名ハ、マイティ。太陽の国、暗殺者集団『黎明旅団』を率イル頭領ダ。ようこソ、我らノ根城ーーフローア村へ」
頭領の言葉の瞬間、100対以上の視線がオレたちへ過剰に注がれる。酷く冷たいそれらに凍えるオレを、レイラさんは拳を構えて全てを受け止めようとしていた。
●たった1日の共同生活、ひと悶着程度で…済みましたか?
済む訳が無かったんだよなぁ…(作者、無慈悲の一刺し)
これまでの作中、後書きでも触れている通り、ヒロインちゃんとソレイユは顔を合わせるだけで殺意を乗せた拳と脚を交換し合う関係の為、間を取り持つ人物が必要となります。
その役割が主人公君である以上(かつマイティも手綱を握る事を放棄している為)、少なくともどちらか片方の少女に付きっきりになる必要があります。二人が顔を合わせないように調整したり、愚痴の捌け口になったりと大変です。誰か主人公君に胃薬を届けてあげて…。
●粉々になった焔牢結界
浄化の恩恵ですら力づくで突破できなかった、女神様お手製の結界もこの状態では機能しません。
ただし、粉々になっても結界は結界。正しく魔力を通せば、強度と有効範囲の制限はありますが再利用する事が可能です。主人公君程度であれば、簡単に監禁が可能という危険な代物…誰かが悪い事に使わない事を願うばかりです…。
●「身体が変になっているけど!」
マイティの部下の発言の一つです。どうやらこの人は、マイティの秘密を知っているようで…。
とはいえ、見た目が変化している訳ではありません。何が、どのタイミングで「変に」なってしまったのでしょうか…?




