第3章閑話2(月夜が照らすは女教皇の道標)
オレたちの寝床の割り当てが決まり、後はもう寝るだけ…なんて気分にはなれず、オレはつい礼拝堂まで足を運んでしまった。比較的崩壊の少ない牢屋を宛てがってくれたのは嬉しいが、どれだけ部屋を装飾しても牢屋は牢屋。この認識があるだけで、オレの心に小波が立つのも無理はない…と、思って欲しい。
ギィと音を立てて礼拝堂の扉をくぐると、月光を受けたステンドグラスが、誰もいない部屋を淡く幻想的に照らしている。その礼拝堂のあちこちに戦闘の跡が見られるが、それがノスタルジックな演出になっているような気さえした。あくまで美的センスの乏しいオレの感想なので、邪魔なものは邪魔と一蹴されても文句は言うまい。
(一人の時間は落ち着くな…)
無事な会衆席に座り、ステンドグラスを眺めるオレは、これまでは横に誰か話し相手が常に居たのだったと思い返した。その相手はレイラさんだったり、女神様だったり…。とても賑やかだったが、それ故に今の静かな時間は久しぶりに感じてしまう。
そういえば、女神様にいくら呼び掛けても、小言すら返さないのは気掛かりではある。だが、そう考えたのも数拍程度。いつかは返してくれるだろうと、深く気にしない事にした。どうせこちらが望むタイミングでは話すらしてくれないし。
「あれ…月、かな」
ふと、照らされるステンドグラスに視線が移り、その装飾の一部が月のような形をしている気がして独りごちる。
確かこの村、ニ国間の境にあるとレイラさんが言っていた。ならば太陽の装飾もあるのではないかと、視線を横に逸らしーー。
「カケル様?お休みになられずどうしましたか?」
そこで、レイラさんが教会の壊れた床からひょっこりと顔を出している事に気がついた。…待ってください格闘姫。今の貴女はオレの微かな独り言を聞きつけた上、地下の牢屋からこの地上の礼拝堂まで飛び跳ねて、腕の力だけで身体を支える変態的な芸当をしてのけているんですか?
「えっと、カケル様?」
「あ、あぁすみませんレイラさん。中々寝付けなくてついここまで…ハハハ」
受け入れていたつもりだった彼女の身体能力の高さに思わず乾いた笑いが溢れるが、それがレイラさんの感情に触れてしまったらしい。
「無理をされてはいけません、先ほどの毒リゴンが浄化しきれていなかったのでしたらそう仰ってください」
そう言いながら、白い法衣ドレスのままこちらまで軽々と登ってくる始末だ。ちゃんと慎みを持ってください、お願いなのでロングスカートとはいえ、中身が見えそうな程の宙返りは野郎の居る前ではしないでください。
「カケル様、こんなに汗をかかれて…。やはりお休みになられた方が良いと思います」
「いやいやそんなまさか」
レイラさんの羞恥心は無いのかと内心ヒヤヒヤしただけですと、思わず口が開きそうになり。誤魔化す為に額を拭って…そこについた水滴の量にオレ自身が驚いた。やはりソレイユが盛ってくれた毒は、とても強力だったのだろう。
身体は正直、表情も正直。これ以上の無理は良くない。礼拝堂のこの夜の雰囲気にもっと浸りたかったが、レイラさんの忠告通り大人しく部屋に戻った方が良いと判断した。
「ですが、お戻りの前に少しここで横になってください。カケル様の中に残ったしぶとい毒素を、浄化しきります」
治療を申し出られてしまっては、こちらも断る訳にはいくまい。「お願いします」と言いながら、オレは言われるままに会衆席に寝転んだ。
「…毒素は浄化しきったつもりでしたが、一体どこに残っていたのやら」
掌に光を纏わせ、オレの身体を触診していくレイラさん。途中、「やはりソレイユ様をもう一度締め直す必要があるのでしょうか」と、不穏な呟きも一緒に漏れてくるが、今は聞かなかった事にしよう。オレは何も悪くない、悪いのは毒を盛ったソレイユなのだ。
しかし、このままレイラさんの口から紡がれる呪詛のような呟きをずっと聞き続ける訳にもいくまい。彼女の意識を逸らすべく、何か話題はないかとオレは必死に視線を巡らせる。そこで見つけたのは、今も月光を受けてこの礼拝堂を淡く照らしているステンドグラス。
「レイラさん、あの祭壇の上にあるステンドグラスって月を象っている所がありますよね?」
「はい。元は停戦協定の証としてこの教会は建てられましたので、月の他にも太陽を象った装飾も施されています。今は夜なので月の装飾が目立ちますが、日が昇った時間にまたご覧になると太陽の装飾も見えやすいかと」
ほう、それは興味深い話が聞けた。翌朝起きたら、一番に礼拝堂に入って探してみようかな。
「ですが、私も月の国の賢者です。カケル様には是非とも、月が綺麗だと仰っていただきたいものですね」
おぉう、これは答えに困る奴だぞ。さて、どう返したものか…。
現代では有名な色文句の亜種なのだが、当人の耳や頬に紅潮の兆しはない。つまり困った事にこのお姫様、素面かつ真面目に現代ネタをぶっこんできたのである。
しかもレイラさん、どうやらオレの表情を観察し、「太陽より月が良いでしょう?」と釘を刺してきたと見た。…答える方向性を、間違える訳にはいくまい。
「確かに、月と太陽のどちらが好きかと言えば、月が好みではあります」
事実だ。満ち欠けだけでなく、色違いでも楽しめる月は見ていて飽きない。
「ただ、綺麗なだけあって、それに照らされる自分の汚い部分がより見えてしまうのが怖いですね」
事実だ。汚いモノは、どれだけ綺麗なモノに憧れても。決して同一なモノにはなれない。対象が綺麗であればある程、憧れと妬みはより一層強くなってしまう。
「だから、太陽からも月からも距離を置いたと」
「…そう、かもしれません」
事実だ。オレは結局、何もかもが中途半端だった。
宙ぶらりんな半端モノが辿る運命は、両者からの制裁と相場は決まっている。そうなると知っていても、オレの性格は結局優柔不断なまま変わらなかった。
「お辛かったでしょう、どちらにも寄り添えなかった事は」
「どう、でしょうか」
「どちらも選べなかった、のではありません。カケル様の場合、どちらも選びたかったのでしょう。妥協点を探しても見つからず、いたずらに時間だけが過ぎていき…その結果。どちらも選べなかったように見えるだけ。心のお優しい方だと、カケル様を僭越ながら評させていただきました」
「そう言っていただけるのなら、嬉しいですね」
くすぐったい心が熱を持ち、早鐘を打っているオレの心の中まで透かされているような気分だ。フイと視線を逸らし、これ以上心を読まれてたまるかと身体を無理やり起こした。
「…ちょうど、浄化も終わりました。お部屋までお送りしますね」
「いえ大丈夫です。一人で部屋まで戻れますから」
そそくさと小走りに礼拝堂を後にしようとしーーオレの腕を後ろからがしりと掴まれる。レイラさんの腕を振り切ろうにも、身体能力でレイラさんに勝てる訳がなく。…為す術もないとは、まさに今の状況の為にある言葉だろう。
「お送り、します」
「ーー分かりました」
たっぷりと間をあけて、諦めたようにオレは声を漏らした。
かくして月は、捻くれた半端モノをも優しく照らす光となり。今日も今日とて半端モノの往く闇夜の標になる。
そんな月が、報われる日は果たして訪れるのだろうか。ふと、柄にもないポエムを脳内で詠みながら。宛がわれた部屋に横にされたオレは、夢へと墜ちていった。
中秋の名月という事で、月の国の賢者ことヒロインちゃんの即興閑話制作企画を立ち上げ…たった3時間程度で仕上げた内容を一部加筆修正したものになります。修正不可なこの企画、二度目は無ェぞ…ゼェゼェ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●「女神様にいくら呼び掛けても、小言すら返さない」
主人公君、渾身の致命傷スルー!?
以前(第1章05)の後書きにもあるように、「”ヤツヨ”側から切断しない限りはいつでも念話が可能」です。それが出来ないという時点で(現時点での本編では設定としてすら語られていないにしても)、主人公君には女神様の身に何かあったのでは?と疑ってほしかったですねぇ…。
●教会のステンドグラス
元々は停戦協定の場として指定された教会、月の国と太陽の国の二国間が歩み寄る為の絵図も当然必要です。そこで用意されたのが、この表題のステンドグラス。
この夢世界では、光魔術によって様々な紋様の加工ができます。ネックレスやイヤリングなどの小物にも採用されたりと、主に位の高い人物たちに重宝されているようですね。
教会のステンドグラスも例に漏れず、月の国の装飾・太陽の国の装飾が、時間・光の当たり具合によって見えやすくなる特殊仕様…めっちゃ豪華な造りとなっています。
当然ながら、魔術を使っている以上はヒロインちゃんがこのステンドグラスに触れると容赦なく両国の装飾が無くなります。ヒロインちゃんが居ないので両国が輝いている、と考えると…何だか切ないですね。故に、今の主人公君の「どっちつかず」な立ち位置に惹かれたのかもしれません。
ーー「ところで作者、こんなトンデモステンドグラスを現代で再現できるのか」…ですか?むしろ、どうやってやるんです?




