第3章閑話1(果物を食らわば毒まで)
呉越同舟という言葉を、オレは真っ先に思い浮かべた。何故かって?お姫様二人が再び拳と脚を交えないよう、常に間に立たなければならないオレの心境を、是非とも皆には味わってみてほしい。そうすれば、オレのこの疲労感も納得してくれるだろう。
ここは教会の礼拝堂。推定駄女神が張った焔の結界に閉じ込められたオレたちは、(主にレイラさんとソレイユの二人の為、)なるべく顔を合わせないよう、オレとマイティが一人ずつ彼女らについて過ごす事になった。肉弾戦を主戦場とする二人にとっては、物理的な距離を離すだけでも効果はそれなりにあるようだ。
しかし、食事刻だけはどうしようもない。そもそも外に出る事を禁じられたオレたちに、食糧の調達なんてできる訳がなく。教会の備蓄は一箇所にまとめて保管している為、自然と礼拝堂で顔を合わせてしまうのだ。
どうやら今回の争いのタネは、食事内容についてらしい。以下、オレが胃痛に至るまでの展開だ。
「はーッ!?これのどこが食事だって言うのよ!カンゾ、カイス、リゴン…って、あんたが持ってくるもの全部ただの果物じゃない!」
「ソレイユ様はいい加減、この教会の外に出られない現状を受け入れるべきです!そもそも、今朝方少し多めに摘み取ってここに保管しておいた私の慧眼に感謝してもらいたいものですね!食糧があるだけもマシだと、今は理解していただきたいです!」
「これだから戦闘民族は!ただ食べるだけなら、そこらの動物だってできるわ!食事は見栄えも大事!その果物を切るなり飾りつけるなり、最低限の事くらいしなさいよッ!…あっ、頭のお硬い教皇様だからナイフの握り方も知らないんだっけ。ごめんなさいねー気が付かなかったわー!」
「失礼な!私もナイフくらい握れま…握れ、にぎ…うぐぐぅ」
…え、嘘。レイラさん、包丁持てない人?ちょっと意外な一面が見られたかも。それはそうと、やっぱり嘘はつけない性格なんだなレイラさん。
けれども、今からがオレの胃痛タイムだ。ここでオレが間に入らなければ、あと数秒でお互いの拳と脚が出てしまうだろう。ほらもう!レイラさん既に拳に光を集めて臨戦態勢でいらっしゃるし!
「ま、まぁまぁレイラさん!人には得手不得手がありますから、ね?」
「そうだゾお嬢ちゃんタチ、頼むから貴重な食糧を無駄ニしないでくれヨ?俺たちの食い扶持ガ減っちマウ」
「なによ、二人して!あたしは料理できるわよ、このガサツ女と違って!」
「私はガサツではありませんっ!ほらカケル様、昨日は私が料理したボロアを召し上がったではないですか!ソレイユ様にその事をビシッと言ってやってください!」
さらっとオレまで巻き込むなこの仮面野郎!こんな狭い教会の中で戦争おっ始めるつもりか!?それとレイラさん、手刀の扱いは確かにお上手でした。
「ぷふーッ!手刀の使い方誉めてもらって良かったわね脳筋女!ほら料理出来るんでしょ?待っててあげるからやってみなさいよ!」
「…良いでしょう。拳は飽きたとソレイユ様が仰るのであれば、手刀での折檻も止むなしーー」
「ストーップ!!今のはオレの言い方が悪かった!レイラさんの血抜きと解体技術、素晴らしかったです!」
「料理の味を誉めてください!?」
ソレイユの言葉より、オレの言葉にダメージを受けているような気がするのは一体…?
けれども料理の味については、実は何もコメントができない。猪のような肉の味、あの時は緊張のあまりよく分からなかったのだ。
「か、カケル様…。もしかしてあのボロアの串焼き、お口に合わなかったのに我慢なさっていたのですか?」
「いえそういう訳ではないです!ただ直前にされた話が気になってしまって、その所為で味が分からなかっただけでーー」
「やーい味オンチ!怪力しか取り柄のない脳筋女に、料理なんて繊細な作業はできないのよ!一生ボロア相手に肉を削ぎ落とす仕事でもしていたらぁ?」
「そ、そこまで言うのでしたらっ!まずはソレイユ様の料理を先に見せていただきましょう!えぇ、私の粗を探すあまり自分の事を棚に上げるような事、ソレイユ様はされないでしょうから!?」
「ふーん、言ったわね?これであたしの料理が上手かったら、あんたはずっとボロアの肉削ぎ係よ!」
おいおい…あの忍者女、自分で火種を放り込みに来やがったぞ。それみろ、レイラさんが拳を握り締めてプルプル震えていらっしゃる。
ともかく、以上が四言あらすじになる。オレの余計な一言が原因だった?それはそう、反省はしてる。だが、自分で蒔いた種は自分で刈り取ってもらわなければ。決して、これ以上の失言を避ける為に距離を取った訳じゃないぞ。
「では、カンゾから!」
「食べやすいように切り分けて、刃を入れて…飾りつけはこう!」
どこからか取り出したナイフを使って、ソレイユがあっという間にただの果物を、お高いホテルビュッフェに出てくるような小洒落た一品を仕上げてみせた。一口サイズに整えられた果物、その断面を見せる事で本来持っている瑞々しさを際立たせている…ような気がする。少なくとも、丸かじりよりは食指が動くのは確かだ。
「つ、次…カイス!」
「そもそもこれを切らずに食べるのは、あんたみたいな怪力女くらいだっての。ザックリと放射線状に切って、甘い所が均一になるようにして…。あ、皮はちゃんと捨てなさいよ」
続いて差し出された果物は、見た目が西瓜そのもの。確かに皮は分厚そうだ…切ってもらって正解だったかもしれない。
恐らく味の濃い所が中心部分なのだろう。切り分ける部位で味に差が生まれないよう、配慮された切り方はお見事と言う他ない。ソレイユには料理のセンスがあるのだろう。
「り、リゴン…」
「はッ!最後にリゴンなんて舐めてんの?縦に切ったら芯を取って、後はこうやって少しずつ薄く切っていって…。最後に、円を描くようにすれば」
目に涙を浮かべ、何かを訴えるようにレイラさんが差し出した果物は、あっという間に薄切りに。しかも、先の二品とは違って遊び心のある切り方で、食べる側の心も掴んでくる。言わずもがな、オレとマイティの票はソレイユに傾いた。
この一品がレイラさんの心を完全に打ちのめしたらしく、その場で膝を折って項垂れてしまった。余程ショックだったのか、その落ち込み具合は地下牢に引き籠ってしまうのでは?と心配してしまう程だ。
「申し訳ありません、カケル様。私、これから一生ボロアの肉削ぎ係として生きていきます…」
「レイラさん!?か、顔を上げてください!自分、そんな係をレイラさんに望んでませんから!?」
「どうせ私は、田舎から出てきた浄化の恩恵と怪力しか取り柄のない女。料理の才なんて私には無かったんです!」
自棄を起こしたレイラさんが、「うわーん!」と涙声を礼拝堂に響かせながら、オレが呼び止めるより先にあっという間に走り去ってしまった。こ、この世界で料理ができないって…そんなに辛い事なのか?
ともかく、このままレイラさんを放っておくのは非常にマズイ。そして、このまま何も食べるものが無いのもマズイ。「気分の良いあたしの奢りよ、好きなのを持っていきなさい」と許可をもらい、オレは果物を切り分けられた皿を片手に彼女を追いかけていった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「はーっ!気分良いわー、あいつを久々にギャフンって言わせてやれたわー!」
「今のでお嬢ちゃんの気が晴れたのナラ良いガ、後始末もこの調子で任せタからナ?」
「後始末?はッ、今のあたしなら皿洗いだって鼻歌まじりでやってやるわよーー」
「そのナイフ、毒を仕込んでイタ筈だヨナ?」
「…………あ」
その後、オレの口八丁でどうにか機嫌を直したレイラさんだったが。オレが果物を食べた直後に泡を吹いた事でいつもの調子を取り戻したらしく、慌てて皿を回収に来たソレイユを渾身の胃洗浄で叩きのめしたのだった。
皆は、包丁は用途に合わせたキレイなものを使おう。
お魚を切ったまな板と、お肉を切ったまな板は分けるべし。私、覚えた…(一敗)
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●ヒロインちゃんの料理下手がバレた!後書きでしか解説されていないのに!
設定がある以上、いずれはバレてしまうという事で…。
ヒロインちゃんは包丁をはじめとしたあらゆる刃物が持てない(持てたとしても特別鍛えた得物のみ)、その理由は彼女の持つ浄化の恩恵が関わってきます。
強力な自動回復・治癒が可能かつ相手の恩恵無効を持つ反面、殺傷能力の高い得物は握力の都合で持てなくなる…。以前(第1章06)の後書きで触れていた通りのデメリットが、ここで活かされている訳ですね。
因みにソレイユは料理の才があり、主人公君も思わず感心してしまう程。美味しい料理が食べたかったら、彼女の好感度管理にも気を付けなきゃね…!
●今回出てきた果実、どんな見た目なの?
それぞれ、現実世界にあるような形・色を似せています。以下の通りです。
・カンゾ:現実におけるミカンの形をした、赤い果物。甘酸っぱい上、瑞々しさも感じる人気の果物の一つ。
・カイス:果皮の厚い、現実におけるスイカの形をしたオレンジ色の果物。ただし大きさはバレーボール程度と、少し小振り。
・リゴン:現実におけるリンゴの形をした、緑色の果物。甘さと瑞々しさがウリの、人気の果物の一つ。カンゾ派、リゴン派で揉める事もあるとか。
●「この世界で料理ができないって、そんなに辛い事なのか…?」
基本的に自給自足の生活を強いられる「眠りの森」では、食事事情も現実と異なります。
(ソレイユという例を除いて)都合よく料理人なんている筈もなく、かつ(ヒロインちゃんという例外を除いて)自分の取り分を見返りなく分けてもらえる事はありません。その意味では、主人公君はとても恵まれていますね。
因みに、主人公君もヒロインちゃん同様に料理ができない人です。つまり、二人の機嫌を損ねたら…。




