第3章03「ようこそフローア村へ3」
破壊の嵐が過ぎ去った後の礼拝堂は、恐らく元の静けさを取り戻して安堵していた事だろう。しかし世の中には、嵐の前の静けさという言葉がある。嵐の卵がエントランスにて孵化待ちである以上、礼拝堂が再び喧噪に包まれるのも時間の問題だ。その嵐がやってくるまでの間、無事な会衆席に腰掛けていよう。立ち続けているのも疲れるだけだ。
ふと気配を感じて視線を滑らせると、礼拝堂の壁にもたれている、黒いフードを深く被った仮面の不審者を見つけた。そのフードの色合いもあり、ちょうど影に紛れてしまうような薄暗い場所だった為、思わずこちらも二度見してしまう。
「な、何だ居たのか」
「居ちゃ悪いのカ?」
そういう訳ではないのだが、心臓に悪いのは事実だ。せめてそんな暗がりではなく、見つけてもらいやすい壇の近くに立っていれば良いものを。…それはそれで、こんな恰好をした男に好んで近寄りたいとは思わないかもしれない。
さて困った事に、現実世界のオレはコミュ力/ゼロな三十路を超えた陰キャおじさんである。それは夢世界の中でも変わる事はなく、汎用的な話法術は残念ながら持ち合わせていない。かと言って、話題がないと落ち着かない訳ではないので、オレは布団よろしく会衆席にダラリと背中を預けてステンドグラス越しの光を浴びるだけの存在に成り下がる事にした。
陽射しが心地良い。夏の汗ばむような、照り付けるようなそれではなく、どちらかと言うと冬に差し掛かる頃の光量、丁度良い加減の暖かさだ。学生の頃、誰も来ない日の当たる体育館裏で寝そべっていた記憶がふと蘇った。結局、何度もその日向ぼっこ場所に足を運ぶオレを不審に思ったであろうクラスメイトたちが、後をつけてきた事でオレの静かなひと時は儚く散ったのだが。
…あぁ、静かな空間でただ日光を浴びるこの時間がずっと続けば良いのに。生まれ変わったら植物になりたい。
しかし、そんなオレの願いも虚しく、嵐の卵はついに産声を上げた。
「ハッ!そんな愚鈍なパンチが当たる訳…ぐえッ!?」
「物の一つ覚えで繰り出す蹴りに、私が対応できないとでも!?」
ドッタンバッタンと暴れ回っている音が、礼拝堂の外から響いている。その音も長くは続かず、1分もしない内に再び礼拝堂内を静寂が包んだ。
「お嬢ちゃん、またやったのカ」
マイティの溜息が、静まり返った礼拝堂に音の波紋を作る。存外その失言が大きく堂内に響かせてしまった事に、仮面の上から額に手を当てて溜息を漏らした。
…現実でも、手に持った傘が音を反響させて声が漏れたとか、確か聞いた事があったような。そもそも、この教会は天井が高い造り。祝詞とか、最低限の声量でも大きく音を響かせる事ができるようになっているのだろう。
その溜息が止んでから程なくして、ソレイユが猫のようにレイラさんに摘まれながら礼拝堂に入ってきた。大人しくされるがままのソレイユが、こちらの姿を認めた途端に一層ムスっとした表情を向けられ、ついオレの口元が引き攣った。やはりレイラさんとの共闘を嫌がっていた件、まだ引き摺っているのだろうか。
…それはそうとレイラさん、人間の首根っこを掴みながらこちらに来ないでください。いくら掌に浄化の恩恵を纏わせ、ダメージが帳消しになるからと言っても、その見た目ほどエグい図はありません。
「お待たせしましたカケル様、マイティ様も。ソレイユ様をお連れするのに少々手間取りまして遅れました」
「流石に可哀想なので放してあげてください」
優雅に一礼している場合かっ!と声にはしないながらも、言わなければいけない事はしっかり言わさせてもらう。ソレイユは猫ではないのだ、しでかした事は変えられないが、過剰な仕置きは流石によろしくない。
「むぅ」とレイラさんに一瞬唸られる。めげずにレイラさんの目を見続けると、「分かりました」と渋々ソレイユを解放してくれた。オレの横で「マジか…」と驚かれたが、話が拗れそうなので今は聞かなかった事にする。
「ッはー!生き返ったわー!ようやく首の太い鎖が外れたわー!」
「カケル様、やはりソレイユ様をもう一度伸しておいた方が良いと思います!どうかご再考を!」
…何故こうも自分からガソリンをぶち込みに来るのだろうか。もしかしなくともソレイユは、これまで事ある毎にレイラさんにこうして喧嘩を吹っ掛けていたのだろうか。忍耐力を鍛える為と、聞かないフリをするレイラさんの寛容さにも限界はあるだろうに。
であれば、レイラさんの再考検討に心が傾くのもやむなし。考えるだけで言葉には絶対に出さないが。…そんなに食い入るようにこちらの表情を見ないでください、レイラさん。オレの顔は本来真正面に向いているんです、ずっと横を向いている訳ではありません。
「んで、お嬢ちゃんたちが話を脱線させル前ニ。外に出られないこノ状況、どうするンダ?その為に集まル、という話だったダロウ?」
「外に出られない?」
「そ、そうなんです。カケル様にはお伝えしていなかったのですが、今この教会は炎牢…。外に出ようとした者を、なりふり構わず燃やす強い結界が張られています」
「そんな危ないモノが張られているの!?」
危ねぇ、さっき外に出ようとしていたらオレも物理的に炎上していたのか。というより、燃えるって何故解ったのだろう。実際に誰かが触ったとか?
「お陰で俺も身体を構成し直す羽目になったンダ。焔使いの俺でも燃エル焔、厄介極まりないナ」
「むしろ、マイティ様だからこそ全身火傷で済んだのでしょう。私がいなかったら回復も難しかった筈です」
「…その点ハ感謝しているヨ」
そのまさかだったらしい。火術に長けた人は熱に強いとレイラさんに教えてもらった魔術属性の勉強が、ここで活きてくるとは。だとしたら、オレが触れたら確実に死だろう。試す気すら起きない。
件の結界を突破できそうな人物は一人知っているが、あの女神様は現在行方不明。念話も繋がらない以上、お手上げだーー。
「そうだ、もしかしたら”ヤツヨ”が言ってたオレとレイラさんへの約束。一日教会の中で過ごすようにって言ってたの、あれって何か関係あったりしないです?」
「ハッ!そこの脳筋教皇ならいざ知らず、アレが約束を律義に守るような女なの?あの偽物の双子司祭を倒した時、急に姿を消したようなのが?」
オレの思いつきに、当然の反論をしてくるソレイユ。しかし、周囲の様子は違う。レイラさんも何か考えるような表情を浮かべ、マイティは「あー」と納得のいった声を漏らした。
…よく考えなくとも閉じ込められる条件が揃っている以上、あの女神様が何か仕掛けたと考えるべきなのだ。木偶の棒がいるので実質稼働人数にマイナスは入るが、この場にいる四人が束になっても恐らくあの女神様に実力は及ばないだろう。現状対処不可能な結界の仕事人が、あの自由な女神様なのだとしたら、オレたちが結界内でしなくてはならないヒントも直前の言葉にある筈だ。
勿論、教会外の人物がこのような結界を張った可能性も否定できないが、だとしたらレイラさんが簡単に叩き割ってくれそうな予感がする。単純な魔術程度なら、レイラさんの浄化の恩恵の前では塵芥も同義だろう。
「一日経った程度で変わる状況なら、それを待った方が効率的です。幸い、一日程度なら食糧もどうにかなるでしょう」
「無駄ナ争いさエ、しなければネ」
マイティの言葉は果たして誰に対しての物言いか。その言葉を受けた二人は、鼻を鳴らしながら顔を互いに背ける。その姿を見て溜息が二つ、今日一日はこの空気が続くと思うと今から胃が痛い。…恨むぞ駄女神、次会ったらオレも道連れにレイラさんの折檻をぶち込んでやるからなチクショウ。
●マイティさん、シニカルに構えてどうしたの?何か悪いものでも食べた?
黒ずくめの格好だけでなく、仮面で素顔を隠す徹底ぶりもあって、意識外から突然現れたら誰だって主人公君のような態度を取るでしょう。地肌が見えないよう、普段から立ち振る舞いに気を遣っているみたいです。
ちなみに、悪いものを食べる理不尽を受けるのは主人公君の役割です。どちらかと言うと、彼の役割は主人公君たちのストッパー役でしょうかね…?
●ヒロインちゃんvsソレイユ 1
さぁ始まりました、二国の武力の頂点たちによる取っ組み合い。白星は月の国の姫の側で多く輝いているが、此度は太陽の国にも瞬かせる事ができるのかーー!
なお、ヒロインちゃんの地獄突きで沈んだ模様。いつでもトドメが刺せるよう、首を締め上げながらの礼拝堂入場となりました。そりゃ主人公君も止めに入りますわ…。
●教会から出さない為の炎牢
”ヤツヨ”が仕込んだ、「5人目」を閉じ込める為の策です。その本人が居なくなっても、効果はしっかり持続します。め、迷惑過ぎる…!
この焔はマイティの扱う炎の恩恵の上位種で、耐性のあるマイティですら、この牢にまともに触れると命を落とします。
現時点では、自然消滅を待つ他ありません。大人しく、仲良く教会の中で1日過ごそうねっ!(なおヒロインちゃんとソレイユの友好度、マイナス限界突破の模様)




