第2章24「解答1:黒い星が隠すは」
二択を正確に外す事で定評のあるオレが、イチかバチかでギャンブルする程の肝は据わっていない。ましてや、今回の選択肢は数が青天井。よほどの幸運でない限り、一発クリアは難しいだろう。
しかしこの男、適当な回数を押す事で訳も分からず突破してしまった。二度目同じ問題を出されても、解法はまるで理解していないので慌てふためく様が今から目に浮かぶ。
この手の仕掛けは数回触って解錠するのが定石だ。ここがオレの夢の中であれば、そこまで捻くれた思考は混ぜない…筈。
問題は、それが何度触れば良いのか。特に、試行回数の制限があるのかどうか。試行可能回数が少なければ、打つ手も慎重にならざるを得ない。そんな中、及び腰のまま火の紋様を七度ほど触れた所で調度品がひとりでに動き出したという訳だ。
(火の紋様を適当に触っただけなんだけどな…)
ともかく、これでようやく隠し通路が口を開けてくれた。当然と言えば当然だが、向かい側の通路にも同様に仕掛けがある筈だーー。
「って、向こう側も開くのかよ!?」
まさかの親切設計…いや欠陥設計か!?片方を開ければ自動的に向かい側も開くとか、隠し通路になってねぇ気がするけど!?
だが、ツッコミの間にも扉は閉まっていく。それは、向かい側も同様だ。
「つまり、扉が開いている間に向こう側まで走りきれって事かチクショウ!」
遅々としたこの閉扉速度が続くのなら、今ならまだ間に合う。オレのイマイチ頼りない脚力を信じて、全速力で走り出した。
次第に暗くなっていく通路を死に物狂いで走る今のオレの様は、まるで発車前の最終電車に慌てて駆け込む会社員のそれだ。もしこの扉が閉まって中に閉じ込められたら、暗視技能のないオレにとっては詰みも同然。 暗がりの通路をひたすらに走り、足が攣りそうになるが気付かなかったフリをする。これほど普段から身体を動かしておくべきだったと、後悔する事が続いた日はあっただろうか。
「間に、合ったァ!!」
果たして、一発勝負の全力疾走はオレの身体を向かい側の牢屋までどうにか滑り込ませる事ができた。その数秒後、オレの背後で調度品が定位置に収まった音がする。
現代の電車扉と違って、人体が挟まってもお構いなしに閉じたであろう重い音に、全力疾走で熱くなった筈のオレの身体とは裏腹に心が急激に冷えていく。現代でも駆け込み乗車、ダメ絶対。
「ぜぇ、ふぅ、はぁ、…なる、ほど」
呼吸を整えつつ、辺りを見回してみる。大丈夫、この牢屋で襲撃はされない。この牢屋に居る筈の老司祭は、礼拝堂でレイラさんたちと戦っているのだから。
眼前に広がる鉄格子のひしゃげた形、そして石壁の抉れた痕。いずれもレイラさんの拳圧によるものだ。よほどの力が籠められたのか、門扉の隙間が大きく広がっている。
…いや、ちょっと待て。オレの目の前で確かにレイラさんの鉄拳は鉄格子をひしゃげたが、ギリギリ人が通れるまで酷く変形する事はなかった筈だ。それが今はどうだ、オレですら通れそうな隙間に広がっているではないか。
考えられるとしたら、第三者による工作だが…。残念ながらそれができそうな人物は、一人しかオレは知らない。
(あの自動人形、どんだけ情緒不安定だったんだよ)
お陰でオレが通れるけども。まだ地雷がどこかに埋まっていないだろうな、と意味のない警戒をしながら、オレは急いで礼拝堂へと向かうのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
派手な打撃音が、地上への階段を抜けた先のエントランスまで響き渡る。おかしいな、礼拝堂での戦闘は決着がついたんじゃなかったのか?
(誰かが、戦っている?ここに居るのって、レイラさんたちだけの筈だけど)
恐る恐る礼拝堂を覗くと、白い聖職者と黒い忍者による取っ組み合いが勃発していたらしい。…新たな刺客の存在を、一瞬でも危惧したオレの心配を返せチクショウ。
「カケル様、ご無事でしたか!」
ソレイユの蹴りを無理やり抱え込みながら、レイラさんがこちらを慮るように声を掛けてくる。…無事で何よりです、格闘姫。頭の痛くなりそうなこの状況、ここに至るまでの経緯が何となく理解できてしまうオレの想像力が恨めしい。
落ち着いたら絶対、この二人の諍いの種を聞き出してやる。こみ上げてくる感情のあれこれをグッと堪え、彼女たちの集まる礼拝堂へと足を踏み入れた。
「オジサン、あたし最初に言ったわよね?あの女と組むつもりは毛頭ないって!何か弁明はある!?」
「ごえッ!きど、気道が、絞ま」
しかし、その一歩目から先に身体が動かない。何かがオレの首を、ガッチリと固定してきたからだ。
頭上からはソレイユの声、そして絞められる首。彼女の恩恵でレイラさんの拘束を無理やり解き、影を渡ってきたのだろう。不意を突いた組み技は、完全にオレの命を締め上げていた。
目がチカチカと光り出し、耳鳴りが聞こえ始める。成程、レイラさんとの共闘はそんなに嫌だったのかーー。
「ソレイユ様、カケル様の顔がもう真っ青です!今すぐその腕を離しなさい!」
「イ・ヤ・よ!そもそもあんたの言葉に従う義理はないし、コイツから謝罪の言葉を引き出すまで、止めるつもりはないわ!」
「仕方がありません、実力行使です!今後その脚で悪さが出来ないよう、念入りにへし折ってあげましょう!」
「ハッ、その言葉なら買うわよ!今度こそあんたをボッコボコにしてやる!」
用済みとなったオレはその場で捨て置かれ、女子二人は肉体言語の応酬に勤しみ始めた。仲裁しないと、と思えど身体は動かず、ただでさえ疲弊していた意識は休息を求めて暗く沈んでいく。
オレは結局、ソレイユへのおしおきの一部始終を見届ける事なく、意識を手放したのだった。
さて、前回のなんちゃってクイズの答えです。「焔7」が作者が想定した正解となります。
第2章07「焔の隣人7」にて、場面切り替えの☆が5つ並んでいるのですが…。これと似た場面切り替えの記号が、第2章23「演目1:黒い星が隠すは」にあったかと思います。
それぞれ5つの☆を「焔・の・隣・人・7」に対応させ、★に該当する部分を隠すと、残った☆に当たる文字が「焔・7」のみになる…というクイズもどきでした。分かるかこんなクソ問題!
ちなみに、ここ以外の場面転換で使用している☆の数は6個です。こちらは今回のクイズでは全くの無関係ですのであしからず。やっぱりクソ問題じゃねぇか!!(天丼)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●今更だけど、ヒロインちゃんと女忍者の沸点、低くない?
「もうちょっとこう…自制心というか…」と、作者でも思います。
元々仲の悪い国のお偉いさん同士、やはりお互いに赦せない部分があるのかもしれませんね。(いくらヒロインちゃんが浄化の恩恵持ちだからって、)腫れが見えやすい顔はダメです。二人とも、狙うなら(服で隠せる)お腹にしなさい!
また、主人公君が礼拝堂にこれ以降のタイミングで入った(=隠し通路の全力ダッシュに失敗した)場合は、ヒロインちゃんがソレイユを折檻し終わっています。やっぱり格闘姫には敵わないよ…。
この場合、ソレイユの好感度は当然ながらダダ下がりです。彼女の好感度は今後の展望にも関わる為、折角主人公君に協力的な姿勢を見せてくれた彼女の好感度は、ある程度高く維持したいですね。




